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第6章 誰ガ為ニ

119 蝶と鳥

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「心配かけたわね」

 アゲハさんに完全に背を向けこちらを見て、千鳥ちゃんは腰に手を当てて余裕の面持ちで言った。
 玉のような張りのある肌を惜しげもなく晒したまま、堂々とした立ち姿で。

 一見すれば中学生と見間違うほどの小柄な体型はそのまま。
 普通の少女の身体で、その背中から黄金に輝いている白い鳥のような翼を生やしている。

 金髪のツインテールは解けてしまっていて、だらんと真っ直ぐに垂らしているものだから、少しだけ大人びて見えた。

 堂々と得意げに、そして力強く。
 千鳥ちゃんは私たちを見回してニカッと笑うと、軽く手を振った。
 すると電気をまとった輝く魔力が、その身体にまとわりつくように渦巻いた。

 その魔力は次第に形を成して、キラキラと黄色く輝くドレスになった。
 肩と背中が大きく開いた、ラフながらも煌びやかなテールカットドレスだ。
 後ろの方だけが少し長めなスカートは、どこか鳥の尾を思わせる。

 新調した衣服をチラリと確認してから、千鳥ちゃんは少し気取ったようにハラリと髪を掻き上げた。
 下ろした髪や綺麗なドレス、それに余裕を感じせる佇まいも相まって、どこか今までよりも大人びて見える。

 けれど、それでもそこにいるのは紛れもなく千鳥ちゃんで。
 その姿をこの目で認識した私は、もういても立ってもいられなかった。

「千鳥ちゃん……!」

 氷室さんの腕から飛び出して、無我夢中で千鳥ちゃんに駆け寄った。
 走るその勢いのままに飛び付くと、千鳥ちゃんは少しよろけながらもがっしりと受け止めてくれた。

「千鳥ちゃんだ……本当に千鳥ちゃんだ。千鳥ちゃん、千鳥ちゃん……! よかったよぉ……」
「ばか、大袈裟ねぇ。大丈夫だって言ったでしょ?」
「大袈裟なんかじゃないよ! 絶対失敗したって、死んじゃったって思っちゃったよ! もったいぶりすぎなんだよ! 千鳥ちゃんの方がよっぽどばかだよ!」

 ぎゅうぎゅうと抱きつく私に、千鳥ちゃんはやれやれと呆れたような声を出す。
 けれど、爆散したままあれだけの間何もなければ、心配しない方がおかしい。

 そう思って怒りをぶつけつつ、それでも私は千鳥ちゃんを放さなかった。
 触れれば触れるほど、抱きしめれば抱きしめるほど、私の大好きな千鳥ちゃんだとわかる。

 けれど同時に、どうしようもない違いも理解できてしまう。
 人ではない別のものになってしまった異質さを、こうやって触れ合うことでよく感じてしまう。
 でも、千鳥ちゃんは千鳥ちゃんだ。そこには、何の違いもない。

「ごめんごめん。想像してたより、やっぱ大変だったのよ、戻ってくるのは。でもこうやってちゃんと帰ってきた。だからほら、泣かないの」
「……泣いてない!」

 嘘だ。涙を堪えることなんてできなかった。
 千鳥ちゃんが死んでしまったんじゃないかという不安を抱いていた緊張の糸が切れて、そして同時に、無事また会えたことへの安堵に満たされて。
 私の涙は止まるところを知らなかった。

 そんな私の背中を千鳥ちゃんが優しくポンポンと叩いてくれる。
 その手がとても温かくて、優しくて。
 普段はピーピー騒いでいる千鳥ちゃんだけれど、やっぱりお姉さんなんだと思わされる。

『…………クイナ』

 私たちが抱きしめ合っている中、アゲハさんが静かに声を上げた。
 狂ったように荒ぶっていたさっきまでとは違い、とても落ち着いている。
 けれど根本的な感情は変わっていないようで、静かな声の中にも溢れ出しそうな感情の起伏を感じた。

「私だってね、やればできんのよ」

 私のことをそっと放し、アゲハさんに真っ直ぐ向き合いながら返す千鳥ちゃん。
 その表情はキリッと引き締まっていて、まるで対等であるかのように堂々としていた。

『…………取り返しのつかないことを。アンタも転臨したのなら理解したでしょ。今の自分が何なのか』
「ええ、したわ。でも後悔なんてしてない。極端な話、魔女になっちゃった時点で似たようなものだったしね。それに私はアリスの友達だから、むしろ本望よ」
『っ…………』

 淡々と堂々と。迷いのない意志を持って言葉を並べる千鳥ちゃんに、アゲハさんは歯噛みした。
 恨みがましく千鳥ちゃんを真っ直ぐ見遣って、そして口を開く。

『転臨ができたところで、私との力の差は変わらないってのに。そんなことくらい、わかっていたんじゃないの?』
「わかってるわよ。再臨に近い状態を再現しているアンタ相手に、転臨しただけで敵うとは思ってない。でもね、今の私は一人じゃないのよ。足りない隙間を、埋めてくれる友達がいる」
『っ…………!』

 千鳥ちゃんの言葉にアゲハさんが背負う気配が重くなった。
 ズシンとした怒りの感情が、強いプレッシャーとなって放たれている。
 けれどそれでも、千鳥ちゃんは顔色一つ変えずに真っ直ぐにその顔を見返す。

「アンタが私のことを想ってくれてるのは、もうわかった。その手段を受け入れることはできないけどさ。でも、まだ私にはいまいちアンタの気持ちがわからないのよ。だって私は、アンタに嫌われてると思ってた。アンタがツバサお姉ちゃんを殺したあの日、私のことを散々罵ったんだから」
『当たり前でしょ。アンタのせいでツバサお姉ちゃんは死ななきゃいけなかったんだから。アンタのせいで、私たち姉妹は狂ったんだから……!』
「…………。だったらどうして、私のことを守るとか救うとか、そういうこと言うのよ。矛盾してんのよ。だから、わけわかんないのよ!」

 ふつふつと怒りを煮えたぎらせるアゲハさんの言葉に、千鳥ちゃんは若干の気負いを見せつつも食らいついた。

『それは私が、アンタのお姉ちゃんだから……! それ以上でもそれ以下でもない! アンタのことをどれだけ嫌いたくても、どれだけ憎らしいと思っても! アンタは私の妹だから……! 愛せずにはいられない! お姉ちゃんってのは、そういうものなのよ!』
「っ…………!」

 千鳥ちゃんはガリッと歯を食いしばりながら、でもどこか訝しげな顔をした。
 きっとそれは、私が感じた疑問と同じものを抱いたからだ。

 アゲハさんが言うそれは家族、姉妹の親愛ということ。
 でもそれは妹である千鳥ちゃんに対してだけのものなのかな。
 アゲハさんのお姉さんでもあるツバサさんのことは?
 そこまでの姉妹愛があるのに、どうして手をかけたりなんかしたのか。

「じゃあ! じゃあどうしてツバサお姉ちゃんを殺したのよ! いい加減、訳を話しなさいよ!」
『……アンタには、関係ない! そんなこと、関係ない!』
「なによそれ。私のせいだとか散々言ったくせに! ここまできたら言いなさいよ! 今更、これ以上何を隠してるってのよ!」
『うるさい! うるさい、うるさいうるさい! それはアンタには関係ない! これは、私とツバサお姉ちゃんの約束なの────!!!』

 ツバサさんの名前が出た瞬間、アゲハさんから負の感情が吹き出した。
 彼女の言葉を聞いているに、ツバサさんのことを憎んで殺したようにはとても思えない。
 千鳥ちゃんは、アゲハさんはその死体を眺めて笑っていたと言っていたけれど。
 でも、その真意というか、真実は全く違うところにあるのかもしれない。

 それをアゲハさんが口にしない限り、この姉妹の軋轢はなくならない。
 その日から決裂してしまったこの二人は、そのことが解決しない限りはすれ違ったままだ。
 例えどんなに想っていたとしても、尽くしていたとしても。

 けれど、アゲハさんがそう易々と口を割るとは思えない。
 ツバサさんの名が彼女の地雷である以上、聞き出すのは至難の技だ。
 でもそれを果たさない限り堂々巡りは続く。
 そのためにはやっぱり、戦って戦って戦うしかない。

『もういい────だからもういいの! 私は別に、アンタとわかり合おうなんて思っちゃいない! アンタはただ────私に叩き潰されて、言うことを聞いてればいいのよ! いい加減妹らしく────お姉ちゃんの言うことを聞け!!!』
「お断りよ! 私はアンタになんか屈しない! 友達を殺させたりなんかしないし、アンタからツバサお姉ちゃんを殺した理由を聞き出してやる! いつまでも、お姉ちゃんに敵わない妹じゃないのよ!」

 二つの禍々しい気配が膨れ上がり、衝突する。
 人ならざるものである二人の強大な魔力が、この場をおぞましい感覚で満たす。

 アゲハさんが巻き起こす強烈な暴風。
 千鳥ちゃんが迸らせる激しいスパーク。

 その二つがぶつかり合って、さながら嵐のようにこの空間を支配した。
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