426 / 984
第6章 誰ガ為ニ
110 本音と建前
しおりを挟む
「これは失礼。ただつまり、その約束とやらに姫様が関わっているということでいいのかな?」
「近からずも遠からず、といったところだね」
「じゃあ、姫様個人ではなくその力、あるいはその源流か」
ケインは目を細め、突き刺すように言葉を投げかけた。
それに対して夜子は口を開かず穏やかな笑みを浮かべるだけ。
「君もわかってはいると思うけれど、『始まりの力』は今後の魔法の発展、延いては『まほうつかいの国』の繁栄に欠かせないものだ。それを個人的な理由で損失させる行為は、ワルプルギス────レジスタンスと変わらないと僕は思うんだけどなぁ」
「つまり君たちにとって私は謀反者ってことかな? まぁ好きに言えばいいよ。私は君たちのような阿呆に何を言われたってちっとも気になんてしないしね。ただ、一つ言わせてもらうとすれば────」
ゆらゆらと、安楽椅子に腰掛けているように体を揺らす夜子。
穏やかな笑みを浮かべたまま、しかしその瞳は獰猛な肉食獣のような鋭さと重さを持った。
だというのに、口元はニンマリと笑みを作っているものだから、ケインは若干冷や汗が滲むのを感じた。
「彼女は誰のものでもない。それを侵そうとする者を、私たちは赦さない」
「…………こいつは困ったなぁ」
敢えておどけて頭を掻くケイン。
浮かべる笑みとは裏腹に、内心には焦燥を抱いていた。
魔法使いが『始まりの力』を、姫君の身柄を求める以上、目の前の女との衝突は避けられないと悟ったのだ。
しかし夜子も全面的な戦争を望んでいるわけではない。
しかし、お互いの意思がお互いの目的を阻害していることには変わりない。
今後の身の振り方をどうするべきかケインが頭を巡らせていると、夜子は鋭い瞳を引っ込めて緩やかな笑みに戻った。
「そう怖い顔をするもんじゃない。安心しないよ。基本的に私は出しゃばるつもりはない。これは彼女の問題で、そして今を生きる者の問題だ。過去の者である私は精々、裏方で踏ん反り返ってそれっぽい事を言う都合のいい役割に徹するさ」
「………………」
その言葉に他意があるようには、ケインは感じなかった。
しかしだからと言って鵜呑みもできないが、彼女が表舞台に出てこないと言うのであれば、それに越したことはない。
疑心と安堵の混ざり合った居心地の悪い気持ちを抱きながら、ケインは小さく唸った。
そしてバレないようにふぅっと僅かに息を吐き、気持ちを切り替えて再び笑みを浮かべる。
「そうか、なら安心だ。君と正面きっての争いごとなんて、例え国を挙げたとしてもしたくはないからね。君が隠居を決め込んでくれるのなら、僕としては万々歳た」
「それはなにより」
ハハハと乾いた笑いを交わす二人。
何が本音で何が建前か。そんなものはもう関係なかった。
お互いが牽制し合い、大事にしないように努めている。
両者の意見や目的が相反し、わかり合えぬことなどもう当たり前のこと。
その上で表立った問題にしないよう、何事もないように見えるように努めている。
「じゃあお互い不干渉といこうか。僕もとりあえず、これ以上の手は打たないでおこう。平和的にいこうよ」
「ああ。どうせ、なるようになるよ」
ケインはそう言いつつ、アゲハの行動を止めるつもりはなかった。
それは夜子も承知の上だったが、もう二人にとってそのことに意味はなかった。
二人はあくまでそれを他人事としている。
「さて。じゃあついでにもう一個聞いちゃおうかなぁ」
表面上まとまった空気になったところで、ケインはのっそりと立ち上がりながら言った。
「デュークスの『ジャバウォック計画』のこと、君は知ってる?」
「ああ、小耳に挟んだよ」
「じゃあ聞くけどさ」
夜子の隣を通り過ぎ、屋上の柵にもたれかかって下を見下ろしながら、ケインは静かに尋ねた。
「君は、どう思うんだい?」
「吐き気がするね。実に不愉快だ」
飄々としている彼女には珍しく、その言葉には憎悪のような黒い感情が込められていた。
しかし声色はいつもと変わらず緩やかなまま。
まるで何も気にしていないかなようにサラッと言って、夜子もまた立ち上がった。
緩慢な足取りで身を翻し、ケインから少し離れたところで同じように柵にもたれかかる。
「けれど、些細は知らないが、その名を冠するのなら理に適ってはいるだろう。ただ『あれ』を人の身で御し切れるのか……」
「なるほど。よく知ってるんだね」
「………………」
ケインの含みを持たせた言葉に、夜子は沈黙で返した。
顔を合わせていない二人にはお互いの顔色を伺う術はなかったが、もうこの会話の結論は出ていた。
「結局、行く末を左右するのは姫様というわけか」
ケインがポツリとそう溢し、二人の対話は打ち切られた。
────────────
「近からずも遠からず、といったところだね」
「じゃあ、姫様個人ではなくその力、あるいはその源流か」
ケインは目を細め、突き刺すように言葉を投げかけた。
それに対して夜子は口を開かず穏やかな笑みを浮かべるだけ。
「君もわかってはいると思うけれど、『始まりの力』は今後の魔法の発展、延いては『まほうつかいの国』の繁栄に欠かせないものだ。それを個人的な理由で損失させる行為は、ワルプルギス────レジスタンスと変わらないと僕は思うんだけどなぁ」
「つまり君たちにとって私は謀反者ってことかな? まぁ好きに言えばいいよ。私は君たちのような阿呆に何を言われたってちっとも気になんてしないしね。ただ、一つ言わせてもらうとすれば────」
ゆらゆらと、安楽椅子に腰掛けているように体を揺らす夜子。
穏やかな笑みを浮かべたまま、しかしその瞳は獰猛な肉食獣のような鋭さと重さを持った。
だというのに、口元はニンマリと笑みを作っているものだから、ケインは若干冷や汗が滲むのを感じた。
「彼女は誰のものでもない。それを侵そうとする者を、私たちは赦さない」
「…………こいつは困ったなぁ」
敢えておどけて頭を掻くケイン。
浮かべる笑みとは裏腹に、内心には焦燥を抱いていた。
魔法使いが『始まりの力』を、姫君の身柄を求める以上、目の前の女との衝突は避けられないと悟ったのだ。
しかし夜子も全面的な戦争を望んでいるわけではない。
しかし、お互いの意思がお互いの目的を阻害していることには変わりない。
今後の身の振り方をどうするべきかケインが頭を巡らせていると、夜子は鋭い瞳を引っ込めて緩やかな笑みに戻った。
「そう怖い顔をするもんじゃない。安心しないよ。基本的に私は出しゃばるつもりはない。これは彼女の問題で、そして今を生きる者の問題だ。過去の者である私は精々、裏方で踏ん反り返ってそれっぽい事を言う都合のいい役割に徹するさ」
「………………」
その言葉に他意があるようには、ケインは感じなかった。
しかしだからと言って鵜呑みもできないが、彼女が表舞台に出てこないと言うのであれば、それに越したことはない。
疑心と安堵の混ざり合った居心地の悪い気持ちを抱きながら、ケインは小さく唸った。
そしてバレないようにふぅっと僅かに息を吐き、気持ちを切り替えて再び笑みを浮かべる。
「そうか、なら安心だ。君と正面きっての争いごとなんて、例え国を挙げたとしてもしたくはないからね。君が隠居を決め込んでくれるのなら、僕としては万々歳た」
「それはなにより」
ハハハと乾いた笑いを交わす二人。
何が本音で何が建前か。そんなものはもう関係なかった。
お互いが牽制し合い、大事にしないように努めている。
両者の意見や目的が相反し、わかり合えぬことなどもう当たり前のこと。
その上で表立った問題にしないよう、何事もないように見えるように努めている。
「じゃあお互い不干渉といこうか。僕もとりあえず、これ以上の手は打たないでおこう。平和的にいこうよ」
「ああ。どうせ、なるようになるよ」
ケインはそう言いつつ、アゲハの行動を止めるつもりはなかった。
それは夜子も承知の上だったが、もう二人にとってそのことに意味はなかった。
二人はあくまでそれを他人事としている。
「さて。じゃあついでにもう一個聞いちゃおうかなぁ」
表面上まとまった空気になったところで、ケインはのっそりと立ち上がりながら言った。
「デュークスの『ジャバウォック計画』のこと、君は知ってる?」
「ああ、小耳に挟んだよ」
「じゃあ聞くけどさ」
夜子の隣を通り過ぎ、屋上の柵にもたれかかって下を見下ろしながら、ケインは静かに尋ねた。
「君は、どう思うんだい?」
「吐き気がするね。実に不愉快だ」
飄々としている彼女には珍しく、その言葉には憎悪のような黒い感情が込められていた。
しかし声色はいつもと変わらず緩やかなまま。
まるで何も気にしていないかなようにサラッと言って、夜子もまた立ち上がった。
緩慢な足取りで身を翻し、ケインから少し離れたところで同じように柵にもたれかかる。
「けれど、些細は知らないが、その名を冠するのなら理に適ってはいるだろう。ただ『あれ』を人の身で御し切れるのか……」
「なるほど。よく知ってるんだね」
「………………」
ケインの含みを持たせた言葉に、夜子は沈黙で返した。
顔を合わせていない二人にはお互いの顔色を伺う術はなかったが、もうこの会話の結論は出ていた。
「結局、行く末を左右するのは姫様というわけか」
ケインがポツリとそう溢し、二人の対話は打ち切られた。
────────────
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜
マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。
職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。
ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。
そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。
始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。
憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!?
*この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?
海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。
そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。
夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが──
「おそろしい女……」
助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。
なんて男!
最高の結婚相手だなんて間違いだったわ!
自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。
遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。
仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい──
しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。
西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~
雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。
元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。
※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる