上 下
420 / 984
第6章 誰ガ為ニ

104 君のおかげで

しおりを挟む
 ────────────



「見つけたぞ、ロード・ケイン!」

 真宵田 夜子が居を構える街外れの廃ビル。
 その屋上に着地して、カノンは声を張り上げた。

 まくらを背負って建物伝いに上空を跳んでやってきたカノンは、眼下でアリスたちがアゲハと衝突していることを確認していた。
 その上で、屋上の柵に寄りかかって呑気に下を観察しているケインの元へと、自分の役割を果たす為に訪れた。

「やぁ、カノンちゃん。来ると思ってたよ」

 ゆっくりと振り返ったケインは、カノンの姿を見るとふんわりと気の抜けた笑みを浮かべる。
 まるで道端でばったり会ったような、何の気ない笑みだ。

 そんな彼を、カノンはまくらを降ろしながら強い視線で睨んだ。
 ケインは自身の気配を隠すことなく堂々とこの場にやってきていた。
 そのあからさまな気配を追って、カノンがやってくることなど想定済みだったのだろう。

 その余裕、全てを見透かすような飄々とした振る舞いに、カノンは少なからず苛立ちを覚えた。
 しかしそれは彼としてはいつも通りの行い。ロード・ケインの傘下に属していたカノンにとっては、ある意味日常のような光景だ。
 今更腹を立てても仕方ないと、カノンは平静に努めて深く息を吸った。

「アタシが来ることがわかってたってんなら、用件もわかってんだろ? さっさとアイツを止めろ」
「うーん、それは難しい相談だなぁ」

 即座に木刀を取り出し真っ直ぐ突きつけるカノン。
 しかしそれを向けられたケインは、さして気にするそぶりを見せず、困ったように眉を寄せて肩を竦めた。

「彼女を止めることは、僕にはできないよ」
「ふざけんな。てめぇの差し金だってことはもうわかってんだよ」
「そう言われてもなぁ。しない、じゃなくてできない、だからねぇ」

 屋上の柵に背中を預け、ケインはうっすらと笑みを浮かべつつも、やはりどこか困ったような顔をする。
 そんな彼の言動に違和感を覚え、カノンは首を捻った。

「どういう意味だ。てめぇが差し向けてんだから、てめぇの指示一つだろーが」
「いやいや、僕は指示なんて出してないからね。飽くまで自分からやりたいと言うから、いいんじゃないの?って言ったまでさ」
「なんだと!?」

 我関せずといった顔で呑気に答えるケイン。
 そのあまりにも他人事然とした振る舞いに、カノンは少なからず動揺を隠せなかった。

 ロード・ケインがワルプルギスにスパイを差し向けていたことは確定事項だ。
 そしてそのスパイであるアゲハが、アリスと夜子の殺害を目論んでいる。
 それはつまりケインによる指示だと、普通の流れであればそうなるはずだ。

 しかし彼は今、それをいとも簡単に否定した。
 それは飽くまでアゲハの意思による行動であると。

「けどよ。アンタはこの間アタシに言ったじゃねぇか。スパイが真宵田 夜子を殺害する手伝いをしろって」
「まぁ言ったけどさ。でも別に、僕が指示したことだとは言ってないだろ? 彼女の行動が僕の益にもなるだろうから、手伝ってあげようと思っただけだよ」
「ふざけたことを……!」

 彼の言い分を信じるならば、それはアゲハの独断による行動。
 二人の殺害という目的は、ケインの直接的な意思によるものではないということになる。

「だがまぁ、てめぇらしいやり口であるな。どうせアイツが食いつきそうなエサでも垂らしたんだろうさ。飽くまで指示はしていないと、そう言い逃れできるようにな」
「酷い言われようだなぁ。まぁでもここは、どうだろうね、とでも言っておこうか」

 ケインは決して余裕を崩さない。
 しかしその答えはほぼイエスの意味だとカノンは受け取った。
 この男は、そういう男だと彼女はよく知っている。

「まぁそういうわけだからさ、僕のことをどうしたって彼女は止まらないと思うぜ? だから痛いのはやめようよ」
「悪いがそういうわけにもいかねぇんだよ。てめぇがそういうスタンスを取ろうが、てめぇが元凶であることにはかわらねぇからな」
「やっぱり君はおっかないなぁ」

 そう口では言いつつも、警戒の色さえ見せないケイン。
 うっすらと微笑んだままの彼に、カノンは木刀を握る手に力を込めた。

「口でなんて言おうが、てめぇがアリスや真宵田 夜子の命を狙ってることにはわかりねぇ。それに、アタシ自身のケジメもあんだよ」
「ケジメ? あぁ、その件ならいいよ。今回君はとっても役に立ってくれたからね。裏切りの件は特別に不問にしてあげるよ」
「は、はぁ!?」

 予想だにしない角度の発言に、カノンは思わずひっくり返った声を上げてしまった。
 そんな彼女を面白そうに眺めて、ケインは言葉を続ける。

「本来なら魔女狩りから無断で離脱し、魔女に肩入れして逃亡、しかも姫君の傍にいながらその自由を黙認した君は、然るべき厳罰を課せられるべきだ。けどまぁ僕も色々人のこと言えないしねぇ。それに、今回の君の功績も考慮して、全て不問だ」
「ちょ、ちょっと待てよ! どうしてそうなるんだ!」
「なんだ、不満かい? 特別褒賞とか欲しい?」
「そういうことじゃねぇ! 今回の功績って、どういうことだ!」

 あっけらかんと首を傾げるケインに、カノンは思わず木刀を降ろして声を上げた。
 魔女をスパイとして繋がっていた彼が、人のことを言えないというのはわかる。
 けれど、一体何を持って役に立ったと、功績があると言っているのか、カノンにはさっぱりわからなかった。

「何って、君のここ数日の立ち回りさ。君は僕の思い描く通りに動いて、いいデコイになってくれた。とっても満足だよ」
「そ、そんなバカなことあるか! アタシはてめぇの要求を全部蹴った! てめぇに寄与することなんて、なんもしちゃいねぇよ!」
「うん、それでいいんだ。もちろん素直に手伝ってくれたらそれはそれで助かったけど、でもそれでよかったんだ。君はそういう子だと、僕はわかってたからね」
「…………!」

 うんうんと愉快そうに頷くケインの言葉に、カノンはサッと血の気が引いていくのを感じた。
 それはつまり、彼女が助力を断りアリスたちを守るために動くことを、全て想定していたということだ。

 思わず木刀を取り落としそうになるのをグッとこらえ、カノンは歯を食いしばってケインを睨んだ。
 背後で心配そうにカノンの服を摘むまくらの存在が、辛うじて彼女の理性を保っている。

「だ、だとしても。アタシがなんの役に立ったっていうんだ。アタシは、別に何も……」
「君が姫様たちの周りにいてくれた、それそのものが大いに役立った。お陰で彼女たちの視線をそらすことができだし、事実を誤認させることができた。君は何にもしていないけれど、何にもせずそこにいてくれたことがとても役立ったのさ」
「ふざけ、やがって…………!」

 カノンがアリスに接触し、ケインがスパイを放っているという情報を伝えること。
 共に行動することでその側にいること。
 ケインが干渉していることで、彼女を通して何か手を打っていると思わせること。

 その全てが盛大なフェイント。
 カノン自身は何もせず、そしてカノンを通して何かが起きることもない。
 しかしケインに唯一接触した彼女がアリスの側にいること。
 ただそれだけで、思考を惑わし判断を誤らせる要因となる。

 カノンが助力を受けようが断ろうが、彼女を利用する手段をケインは全て用意していた。
 どの道を辿りどう作用しても構わないよう、あらゆる分岐を視野に入れていた。
 どう転ぼうが、カノンの行動は彼の思惑通りだった。

「ありがとう。君のおかげでここまでは想定通りだ」

 怒りと悔しさに打ち震えるカノンに、ケインはニッコリと微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説教室・ごはん学校「SМ小説です」

浅野浩二
現代文学
ある小説学校でのSМ小説です

二穴責め

S
恋愛
久しぶりに今までで1番、超過激な作品の予定です。どの作品も、そうですが事情あって必要以上に暫く長い間、時間置いて書く物が多いですが御了承なさって頂ければと思ってます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜

マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。 職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。 ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。 そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。 始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。 憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!? *この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

処理中です...