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第6章 誰ガ為ニ

100 噛み合わない会話

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 一歩、千鳥ちゃんは前に踏み出した。
 腕からスルリと離れそうになった私の手を、けれど千鳥ちゃんはキャッチしてぎゅっと握ってきた。
 小さな手が懸命に私の手を握りしめて、押さえ込もうとしている僅かな震えが伝わってきた。

 けれど、千鳥ちゃんは決然とした表情でアゲハさんをまっすぐ見つめている。
 そんな千鳥ちゃんに、アゲハさんは目を細めた。

「やっぱ私とやる気? アンタじゃ私には敵わないって、もう流石にわかってんじゃないの?」
「確かに、実力じゃアンタに敵わないかもしれない。けどね、夜子さんやアリスをアンタに殺されるわけにはいかないのよ」

 小馬鹿にするように鼻を鳴らすアゲハさんに、千鳥ちゃんは努めて冷静に返した。
 けれどやっぱりアゲハさんを前にすると心がざわつくのか、その声は若干震えている。

「それに私は別に、アンタと殺し合いたいわけじゃない」
「私だってそうだよ? 可愛い妹を傷つけたいと思うわけないじゃん? でも、聞き分けが悪い妹には、お姉ちゃんが躾をしてあげないと」
「わ、私は……アンタとちゃんと、は、話がしたいのよ……!」
「はなしぃ?」

 私の手を握りしめることで勇気を振り絞っている千鳥ちゃんは、つっかえながらも言葉を絞り出した。
 けれどアゲハさんは可笑しそうに眉を上げた。

「私とアンタ、今更何話すの? てか、何か話すことある? あ、恋の相談でもしたいとか?」
「わ、私は真面目な話をしてるのよ! アンタに話がなくても、私にはあるんだから! アンタが今までどれだけ、私に何にも言わずに好き勝手してきたか……!」

 本気かわざとか。アゲハさんはニシシと軽い笑みを浮かべて、頭の後ろで手を組んで千鳥ちゃんを見下ろす。
 そうやって少し背を反るものだから、くっきりと浮かび上がっている胸元がより強調されている。

「いい加減、私はアンタとケリをつけたいのよ! だからもう、私は逃げるのをやめたの。アンタと、ちゃんと向き合うために」
「ケリ、ねぇ。別に私、アンタと喧嘩してるつもりはないけど?」
「アンタがどう思ってるかなんて、この際どうでもいい。私はアンタがしたこと、しようとしてることを問い正さないと前に進めないのよ……!」
「……ふーん」

 歯を食いしばりながら千鳥ちゃんは言って、それに対してアゲハさんは少しうざったそうに気の抜けた声を出した。
 二人の温度差があまりにも違って、見ていてとてもハラハラする。

 同じ不安を感じたのか、氷室さんも私の反対の手をそっと握ってきた。
 アゲハさんから目を離さずに横目で隣を窺うと、心配そうに私とその先の千鳥ちゃんに視線を送る氷室さんの瞳が見て取れた。

「それで、クイナは私に何を聞きたいわけ? そんなに言うならしょーがないから聞いてあげる」
「っ…………」

 手を組みながら溜息交じりに言うアゲハさんに、千鳥ちゃんは顔をしかめつつも口を開いた。

「……そもそも、アンタはどうしてこんなことしてんのよ。昔はあんだけレジスタンス活動に精を出してたアンタが、どうしてワルプルギスを裏切ってまで、夜子さんやアリスを殺そうとしてんのよ」
「はぁ? 聞きたいのってそれ? ちょっとちょっとクイナ。そんなこと、アンタはもうわかってんじゃないの?」

 アゲハさんはあからさまに顔を歪め、嫌悪感を露わにした。
 小馬鹿にしているというよりは、大丈夫かと心配をするような勢いだ。

「私があの胡散臭いオッサン魔法使いと繋がってんのはもうわかってんでしょ? だったら、考えなくてもアンタなら大方わかんじゃないの? それに私は散々言ったじゃん。全部、アンタの為なんだよクイナ」
「ば、馬鹿にしないでよ! 私だって、か、考えたわよ! でも、理由が何にも見つかんないし、それに……私の為って意味が全然わかんないのよ……!」
「言葉通りの意味ですけどー」

 アゲハさんは手を解くと肩を竦めて、大きな声を上げて溜息をついた。
 対する千鳥ちゃんは、顔を真っ赤にして額に汗を滲ませている。

 アゲハさんが何を言っているの私にはわからなかった。
 確認を取るように氷室さんに目を向けると、静かに首を横に振られた。

 千鳥ちゃんなら大方わかる。それは一体どういう意味なんだろう。
 今まで千鳥ちゃんは特に何も言わなかったし、心当たりはないみたいだけれど。

「アリスや夜子さんを殺してほしいなんて、私思ってない! 私は、そんなこと望んでないのよ! だから私の為とか言うんなら、大人しく手を引きなさい!」
「あっそ。まぁアンタが何を言おうが、私はこれがアンタの為だと思ってるからさ。アンタの重荷は、お姉ちゃんが全部取っ払ってあげる」
「だから、何でアンタがそんな出しゃばってくんなよ! 何にも関係ないでしょ!?」
「関係ない? いやいやそんなことないってぇ。だって私はアンタのお姉ちゃんだよ? それだけでどうしようもなく関係あるし。それに、お姉ちゃんってのはね、妹の為ならいくらでも出しゃばっちゃうもんなの」

 段々とヒートアップしていく千鳥ちゃんと、それをマイペースにいなしているアゲハさん。
 はたから見ていると、とても会話が成立しているようには見えなかった。

 アゲハさんは昨日から、ひたすらに千鳥ちゃんの為だと言っている。
 でもそれは千鳥ちゃん自身にはそう思えてなくて。
 そこの認識の違いが、二人の会話をどうしても噛み合わせていない。

「アンタみたいな弱虫が、他人に迷惑しかかけない臆病者がさ、今みたいな生活しんどいでしょ? だから私が解放してあげるって言ってんの。私がアンタを、楽にしてあげる。お姉ちゃんだけだよ? アンタみたいなのを無償で可愛がってあげんのは」
「う、うるさい! だから私はそんなの望んでないって言ってんでしょ! これは、私が自分で選んだの! 私は自分で好きでここにいるの! それに、こんな私をみんな受け入れてくれる! ここが私の居場所なのよ……!!!」

 これでもかと私の手を握る千鳥ちゃん。
 痛いくらいに握り込むその力が、きっとそのまま今の彼女の痛みだ。
 だから私は顔を歪めることなく、それを受け入れ支えるように強く握り返した。

「なんで、どうしていつもそんなに勝手なのよ。私の為とか言うくせに、そんな大雑把なことしか言わないでさ。何にもわかんないのよ。もっとちゃんと話しなさいよ。私にわかるように、思ってることを話しなさいよ!」
「…………」

 余裕の表情を浮かべていたアゲハさんの顔が少しだけ曇った。
 それは理解しない千鳥ちゃんへの不満か、それとも胸の内を語れと言われた不快感か。
 どちらにしろ、アゲハさんは千鳥ちゃんに詳しいことを話したくないように見えた。

 それはつまり、言葉にしているもの以外のことがあるということだと私は思った。

 あれだけ投げやりに、小馬鹿にしたことを言うアゲハさんだけれど。
 まるでそれが全てだというようにふわっとした理由しか口にしないけれど。
 そこにはきっと、まだ何かある。

「それに、アンタは散々一丁前にお姉ちゃんぶるけどさ。私はあの時から、アンタのことお姉ちゃんだなんて思ったことないわよ! だってアンタは、ツバサお姉ちゃんを殺した。私の大好きなツバサお姉ちゃんを殺したんだから!!!」

 アゲハさんから完全に余裕が消え、その瞳には影がさした。
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