上 下
410 / 984
第6章 誰ガ為ニ

94 アドバイス

しおりを挟む
 これ以上ここでこの人と話す意味を、私は感じられなかった。
 最初に感じていた恐怖や萎縮よりも、今はこの人の考え方やスタンスに対する嫌悪感がまさっている。
 とてもこのまま会話を続けたいとは思えなかった。

「……私たち、もう行きます」

 だから私は二人に倣って立ち上がった。
 結局この人は私たちに用という用はないようだし、本当にこれ以上話す意味がなかった。
 何よりこの人から何を聞いたところで、本人に確固たるものがないのだから。

 ロード・ケインに何を聞いても、何を話しても、きっと何も進展しない。
 彼は私にまつわることに興味なんてないんだから、意味なんて生まれるべくもないんだ。
 そんな人に今私たちは振り回されているんだと思うと、なんだかとっても悔しかった。

 だからこそ、早くアゲハさんを探してちゃんと話をしたいと思った。
 アゲハさんがどうして彼のスパイになっているのかはわからないけれど。
 でもそれは、のらりくらりとしている彼に、何かを吹き込まれているからなんじゃないかという気がする。

 だからこの人と話している時間があったら、一刻も早くアゲハさんと話したい。
 その方がよっぽど意味がある気がする。

「そう、か。残念だなぁ。僕はもっと君と親睦を深めたかったんだけどなぁ」
「私を殺そうとしている人と、生きようが死のうがどっちでもいいと思ってる人と、親睦を深めることは私にはできません。けれど私だって無用な争いはしたくないので、あなたが手を出してこないというのなら、私はただ大人しく立ち去るだけです」
「なるほど、そうだね」

 テーブルの上で手を組んで、ロード・ケインはあっさりと頷いた。
 決して崩さないにこやかな笑顔で私を見上げる。

「冷静な判断だ。僕は実のところ、君たちの方から手を出してくる可能性も視野に入れていたんだんよ。その時は、相応の対応をしないといけないなぁと思っていた。だからその必要がなくて安心したよ」
「…………」

 それはつまるところ、私たちの方からけしかけさせようとしていた、ということなのかな。
 自分から手を出すつもりはなかったけれど、私たちの方から仕掛けてくるなら、と。
 つくづくこの人は食えない。

「確かに君は、良い方向に成長したみたいだね。昔のような純真さを持ちつつ、強く優しく逞しい少女になった。その内に抱える力も、今の君ならもう違えることはないのかもしれない」
「なにが、言いたいんですか……」
「なに、オジサンがただ感慨に耽っているだけさ」

 ロード・ケインはそう言うと、頭の後ろで手を組んでニッとわかった。
 いい歳のオジサンが、まるで少年のような軽やかな笑みを浮かべている。

「まぁ僕は裏方が似合うタイプの人間だから、ここは大人しく振られておくよ。後はみんな、やりたいことがある連中が頑張るさ」

 裏方といえば聞こえがいいかもしれなけれど。
 でもそれは他人をいいように使っているってことなんじゃないのかな。
 手を貸すとかサポートとか支持するとか、他人の望むことを状況に合わせて手伝っている口ぶりだけれど。
 その実この人がしていることは、最終的に自分の利益になることで、その過程を他人に委ねているように思える。

 自分のすることの理由に他人を言い訳に使って、自分はふわふわと宙を浮いている。
 お姫様としての私の力のことも、『まほうつかいの国』のことも、ロード・デュークスの計画のことも。
 そして、スパイとして遣わしているアゲハさんのことも。

 そんなスタンスのロード・ケインが、私はどうも快く思えなかった。

「……もう行こう、二人とも」

 ロード・ケインに対して警戒を解かない二人を促して、席から押し出す。
 二人とも彼から視線を離さないまま、頷いて足を動かした。

 一番隅の席に陣取ったことが仇になって、なんとも席を立ち難い。
 三人で連なって奥側から出る私たちを、ロード・ケインは静かに見守っていた。

「────そうだ。未来を生きる若者に、オジサンから一つアドバイスをしよう」

 別れの挨拶をする気にもなれず、そのまま立ち去ろうとした時。
 ロード・ケインがおもむろに口を開いた。

 正直これ以上彼のゆらゆらとした言葉を聞きたくはなかったけれど。
 だからといって無視するのも失礼かと顔を向けると、ロード・ケインは私の目をまっすぐ見据えてきた。

「物事は多面的に見た方がいい。目に見えることが全てではないし、語られる言葉が真実とは限らない。常にあらゆる角度から観察し、様々な展開を想像して予測するんだ。まだまだ若いんだから、柔軟な姿勢で臨まないとね。何でもかんでも鵜呑みにして思い込みに囚われていると、大切なものを見落としちゃうからさ」

 小気味よくウィンクをして言うロード・ケイン。
 それは意外にも真っ当なアドバイスで、ますますこの人が何を考えているのかわからないくなる。
 とても私に刺客を差し向けている人の言動とは思えない。

 それはつまり、自分を信用するなと言っているんだろうか。
 でもそんなことをわざわざ自分から言う必要性を感じないし、それこそがフェイクなのかな。

 ダメだ。今ここで考えても頭がこんがらがるだけだ。

「……わかりました。それじゃあ、私たちはこれで」

 そう手短に答えた私を面白そうに眺めたロード・ケインは、それから順繰りと二人にも視線を向けた。
 終始静かに彼を警戒している氷室さんをからかうように流し見て、そして腰が引けている千鳥ちゃんにニコリと微笑んだ。
 うっと呻いて体を縮こませた千鳥ちゃんが面白かったのか、なんだか楽しそうにうんうんと頷いている。

 私はそんな視線を掻い潜るように背を向けて、二人を押して足を進めた。
 この人と話したり、ぶつかって何かが解決するのならいいけれど、そんなことはない。
 これ以上は本当に、なんの意味もないから。

「まぁ頑張ってよ。君がどうするのか、よーく見させてもらうから」

 そんな言葉を背中に受けながら、私たちは黙ってお店を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。

三月べに
恋愛
 事実ではない噂に惑わされた新国王と、二年だけの白い結婚が決まってしまい、王妃を務めた令嬢。  離縁を署名する神殿にて、別れられた瞬間。 「やったぁー!!!」  儚げな美しき元王妃は、喜びを爆発させて、両手を上げてクルクルと回った。  元夫となった国王と、嘲笑いに来た貴族達は唖然。  耐え忍んできた元王妃は、全てはただの噂だと、ネタバラシをした。  迎えに来たのは、隣国の魔法使い様。小さなダイアモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を差し出して、彼は傅く。 (なろうにも、投稿)

処理中です...