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第6章 誰ガ為ニ

90 オジサン

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「────さてと。それじゃあまず、これからどうするかなんだけど」

 緩やかだった空気を一旦打ち止めて切り出す。
 できることならずっとくだらないお喋りをしていたいものだけれど、現実問題そういうわけにもいかない。

 少なくとも今目の前の問題を解決させないことには、心からゆったりと寛ぐことなんてできないわけだし。
 事が済んだから、みんなで好きなだけくっちゃべれば良い。

「一応周辺一帯を探知してみたけど、アイツらしい気配はなかったわ。といっても身を隠してるでしょうし、探り当てられないように工夫してるんだろうけど」

 ズズッとアイスティーを飲み干して、千鳥ちゃんがのっそりと言った。
 その言葉に、私の隣にいる氷室さんも無言で頷く。

「ワルプルギスから裏切り者として追われてるもんね。そう簡単には見つからないか……」
「でもアイツの目的は夜子さんとアンタを殺すことなんだし、いつまでも隠れてるってことはないでしょうけど」
「じゃあ例えば、向こうに見つけてもらうとか?」

 こっちから見つけるのが難しいのなら、逆に見つけてもらうのはどうだろう。
 アゲハさんだってこっちに用があるわけだし、もしかしたらそっちの方が手っ取り早いかもしれない。
 今は昨日みたいに一人ぼっちではないから、アゲハさんが強襲してきても大事にはならないだろうし。

 そう思って提案すると、氷室さんが無言の鋭い視線を向けてきて、すぐさま首を横に振った。

「……それは現実的ではない。危険すぎる」
「そうね、私もそれは反対。あからさまにアンタの存在をアピールしてたら、余計な問題まで引き寄せかねないし」
「そ、そっか……」

 二人に続けざまに否定されて、ちょっぴり落ち込む。
 でも確かに少し軽率な提案だったかもしれない。

「わかってるとは思うけどさ、アンタの身柄を狙ってる奴はいっぱいいるんだから。それは殺す殺さない関係なくて。普通に生活してるだけならまだしも、そんなことしたらどうぞ狙ってくださいって言ってるようなもんよ?」
「うん。ごめん」

 ブスッと顔をしかめて言う千鳥ちゃんに、私は大人しく謝った。
 普段は割とヒステリック気味な千鳥ちゃんの、落ち着いていて論理的な指摘は、まさにお姉さんのお説教といった感じでスッと耳に届いた。

 私が素直に謝ると、千鳥ちゃんは「しょーがないわねぇ」と眉を上げて薄く笑った。

「気持ちはわかる、ってかありがたいけど、焦んなくて良いわよ。まぁアイツもあの様子だとアンタのことを諦める気なんてさらさらないっぽいし、いずれは血眼になって見つけてくるでしょ」
「でもあんまり悠長にしていると、先にレイくんたちに捕まえられちゃうかもしれないし……」
「まぁ、それはそうだけど……」

 私たちの目的はアゲハさんと争うことじゃなくて、飽くまできちんと話すこと。
 だからもしレイくんたちに先を越されてしまったら、それが叶わない可能性が高い。
 焦らなくてもとは言いつつ、でもあんまりのんびりもしていられないんだ。

「例えば……」

 千鳥ちゃんと二人でうーんと唸っていると、氷室さんがポツリと口を開いた。

「彼女の気配そのものを探るのではなく、周辺一帯の、不自然に魔力が閉ざされている場所を、探してみる、とか……」
「あぁ。結界とかで遮断されている空白の部分を探るってわけね。確かにそれは一つの手かも」

 控えめな声で、けれど淡々と述べられた氷室さんの言葉に、千鳥ちゃんは腕を組みながら頷いた。
 私にはあまり良く理解ができなくて、首を傾げていると千鳥ちゃんが補足してくれた。

「魔女とか魔法使いとか、魔力を持ってる生き物は常にその魔力を微弱に振りまいてるのよ。それがいわゆる気配の元なんだけど。その気配を遮断するためには、漏れ出してる魔力を極限まで押さえ込んだり、結界を張って感知を遮断したりする、ここまではわかる?」
「う、うん。なんとなく」
「そうやって魔力を意図的に伏せてると、どうしてもそこに違和感が生まれるのよ。本来そこにあるものをないように見せてるんだからね。特に結界で遮断してればぽっかり穴が空いたように感じたりする場合もあるってわけ」
「な、なるほど……」

 真面目な顔で解説してくれる千鳥ちゃんに、とりあえず頷いてみる。
 私自身は基本的に魔力とか気配を感じることができないから、いまいちイメージが難しい。
 頷きつつも眉を寄せていると、氷室さんが口を開いた。

「……もちろん、気配を消すためにやっていることだから、それそのものを見つけ出すことは、難しい。透明なガラスに目を凝らして、実は汚れているかもしれない所探すような、そんな作業」
「それはつまり、とっても大変ってこと?」

 私の問いかけに、氷室さんは一拍遅れてから静かに頷いた。
 一見すれば透明なガラスの、誰も気づかないような汚れや曇りを隅々確認するような作業。
 そう言われると、参ってしまいそうなことだということは理解できてきた。

「大変といえば大変だけど、あてもなくぷらぷら探し回るよりは建設的だと思うわよ。アリスを狙っている以上そう遠くには行ってないだろうし、範囲は限られてるわよ」
「でもその方法だと私、何にもできないよ」
「良いわよ別にそんなの。結構集中しなきゃだから、むしろ全員でやってたら危ないし」

 千鳥ちゃんはニヒルに笑って手をプラプラと振った。

「アンタは見張り役、みたいな感じでいいでしょ。まぁ、その方法でいくならだけど」
「……まぁでも、後は歩き回るくらいしか案はないよね。アゲハさんが行きそうな場所を知ってるわけでもないし」

 といっても、身を隠そうとしている人が自分の行きそうな場所に行くとも思えない。
 それに、実際アゲハさんと会った時一悶着あることは予想できるし、その時の体力を温存しておくためにも、無駄に出歩かない方がいいかもしれない。

「ま、ここであんまりウジウジ言ってても仕方ないし、できることから試してみましょ。ダメだったら次を考えればいいのよ」
「それもそうだね。任せちゃって悪いけど、まずは氷室さんの案でいこうか」

 物は試しというのはあれだけれど、まずは色々やってみないと始まらない。
 ピシャッと言う千鳥ちゃんに頷くと、氷室さんも続いて頷いて居住まいを正した。

「それじゃ、私たちは探りに集中するからアリスは────」
「おやおや、可愛い女の子が三人で仲良くティータイムかい? よかったらオジサンも混ぜてよ」

 不意に聞きなれない低い声が響いて、千鳥ちゃんの言葉を遮った。
 私たちは一斉に声のした方に顔を向けて、それから千鳥ちゃんは一人飛び上がるように立ち上がった。

「なっ…………なんで、ここに────!?」

 千鳥ちゃんの斜め後ろ、氷室さんの正面に当たる空いたひと席の後ろに、見知らぬ男の人が立っていた。

 年の頃は四十代中盤頃。男の人にしては若干長めの縮れ髪を小粋に垂らしている。
 薄っすらと伸ばした無精髭に、ゆったりとした垂れ目と浮かべる温和な笑み。

 大人の男性の色香を感じさせる、何というか俗に言うチョイ悪オヤジのような人だ。
 愛想の良さそうなその柔らかい笑みは、どことなく遊び人のような、女の子を転がすのに慣れているような軽薄さを感じさせる。

 気さくでとっつきの良さそうな、人の良さを感じさせつつも、どこか信用しきってはいけないと思わせる危険な香りがする。

 けれど、私がその人に感じたのはそれだけだった。
 軟派なオジサンに声をかけられた、その程度の印象しかなかった。
 けれど立ち上がって顔面蒼白にしている千鳥ちゃんや、素早く腕を伸ばして私を庇った氷室さんの反応を見れば、それがただのオジサンではないであろうことは察しがついた。

 そしてそれを踏まえてよく見た時、私も気づいてしまった。
 そのオジサンは、この場には似つかわしくない出で立ちをしていた。
 真っ白なローブを身にまとっている。それは、ロード・スクルドが身につけていたものと、よく似ていた。

「いやぁ驚かせちゃってごめんね。可愛い女の子を見るとついつい声をかけたくなっちゃうんだ」

 オジサンは人が良さそうにくしゃっと笑った。
 しかしそれを受けても氷室さんは警戒を解かないし、千鳥ちゃんに至ってはガタガタと身を震わせていた。

「あの、あなたは一体……」

 ニコニコと微笑むオジサンに対し、はち切れそうな緊張をまとう二人。
 現状についていけていない私は、恐る恐る疑問を口にした。
 けれど、この人が誰かはわからなくても、何者であるかは薄々わかっていた。

「おっとこれは失礼。僕としたことが名乗っていなかった」

 てへっと悪戯っぽく舌を出すオジサン。
 中年男性としては中々苦しい仕草だけれど、そのダンディさが中和して少し様になっている。
 でもオジサンのそんな茶目っ気を許す空気ではとてもなかった。

 そんな雰囲気を察したのか、オジサンはすぐに舌を引っ込めて緩い笑みを浮かべた。

「僕の名前はケイン。『まほうつかいの国』で君主ロードの位を賜り、魔女狩り統括の一端を担っている者さ」

 息の吸い方を、忘れた。
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