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第6章 誰ガ為ニ
86 お守り
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「あ、創」
家を出ると、同じように今まさに家を出た創の姿があった。
ダークブラウンのダウンジャケットにジーンズというラフな格好で、若干背を丸めている。
私の声に少し億劫そうに反応して、私を上から下までよく眺めてきた。
そして、なんだ出掛けるのか、と特に興味なさそうに言いながらのっそりと近付いてきた。
「創もどこか出掛けるとこ?」
「まぁな。とりあえず駅まで行くとこだ」
「じゃあ一緒だね。私もそっち行くんだ」
氷室さんと千鳥ちゃんとは駅前で待ち合わせをしている。
そこまで一緒に行こうと促すと、創は素直に頷いた。
二人で肩を並べて歩く。
昨日の下校の時のことを思い出すと、ちょっぴり気不味い部分もあるけれど。
でも創は私を信頼してくれているんだから、その気持ちに応えるためにも、私は元気でいなくちゃいけない。
そして一刻も早く全ての問題を片付けて、何の曇りもなく笑顔でいられるようにしないと。
「……なぁ、アリス」
心の中でそう決心しながら歩いている時だった。
私よりも断然高い位置にある目をチラチラと私に向けながら、創はのっそりと口を開いた。
「お前に、渡しておくものがあるんだ」
「…………?」
いきなりの言葉に首を傾げていると、創はジャケットのポケットまさぐった。
そうして引き抜いた拳を私の前で開くと、手のひらの上にはピンク色のお守りが乗っていた。
細かい刺繍が入った可愛らしいもの。でもどこかのお寺とかのものではなくて、そこはかとなく手作り感がある。
どちらにしても明るいピンク色の、それにお花やら何やらの可愛らしい装飾のついたお守りを創が持っているというのは、なかなかミスマッチだった。
「これ、持っとけ」
「創……」
ぐいと突き出されて、私はおずおずとそれを手に取った。
触れた瞬間、じんわりと心が温まったような気がした。
「ごめんね、創。沢山心配かけちゃって」
「いいよそれは。てか、そういう意味だけで渡したわけじゃねぇよ」
「…………?」
照れ臭そうに、でもどこか気まずそうに顔を背ける創。
その仕草が何だか引っかかって覗き込んでみると、創は言いにくそうに眉を寄せた。
「俺がお前にお守り渡すだけなら、そんなファンシーなやつ選ばねぇって」
「まぁ確かに。ただ、私のために可愛いのにしてくれたのかなぁなんて思ったり。でも、これどこかで買ったやつじゃないよね?」
「……まぁな」
私より二十センチ程背の高い創に顔を逸らされるとどうにもできない。
それでも懸命に視線を向けると、少し口をパクパクさせてから、覚悟を決めたように私に視線を戻してきた。
「それは、晴香から貰ったもんだ」
「へぇ晴香に────────え?」
ピタリと足が止まった。
創はそんな私を振り返って、駅まで行くんだろ?と手を引いてきた。
されるがままに足を運びながらも、私の頭は完全にフリーズしていた。
はじめは普通に聞き流しそうになったけれど。
その名前は、決して創の口から出てくるはずのないものだから。
私の、私たちの大切な幼馴染。
晴香は先日、『魔女ウィルス』の侵食によって命を落としたんだから。
そして同時に、自らその痕跡をこの世から抹消した。
自分に関する記憶も、生きてきた形跡も全て。
魔法使いや魔女のような、魔力を持つ存在は例外らしいから、みんながみんな忘れたわけじゃないけれど。
でも創たち一般人は、みんな晴香なんてはじめからいなかったと思っている。
そのはずなのに。
どうして、創から晴香の名前が出てくるの……?
「は、創……」
込み上げる不安全てを視線に乗せて見上げる。
喉がカラカラになって、握られている手に汗が滲むのを感じた。
絞り出すような私の呼び掛けに、創は唇を噛むだけだった。
「もしかして創は……魔法使い、なの?」
晴香の名前を口にできる理由は、それしか思いつかなかった。
そんなこと有り得ないと思いつつ尋ねると、創はすぐに首を横に振った。
「いや、違う。俺は魔法使いじゃない」
「じゃ、じゃあ……」
その否定に安堵しつつ、同時に別の疑問が湧いてくる。
魔法使いじゃないということは、なら一体何なのか。
そもそも、魔法使いという言葉に疑問を抱かず否定してきたということは、創は色んなことを知っているってことなのか。
何から聞いていいかわからず、半ばパニックになっている私を見て、創は眉を下げた。
小さく息を吐いてから、繋いでいるのと反対の手で私の頭をそっと撫でてきた。
「心配すんな。俺は何でもねぇよ。何でもないただの俺だ。お前の知ってる俺以外の何者でもねぇよ」
「で、でも…………ならどうして、魔法使いとかのこと、知ってるの……?」
「それは……」
繋いだ手、私の頭を撫でてくれる手の感触を感じれば、この人は私のよく知っている創だってわかる。
でも、予想もしていなかった方向からの事実に、私は動揺を隠せなかった。
そんな私に、創は若干おろおろしながらも優しい視線を向けてきた。
「俺は何でもないこっちの世界の住人で、一般人だ。でも、お前を取り巻いていることや、こことは違う世界があるってことは、大体知ってる。晴香から、全部聞いたんだ」
「晴香、から……?」
普段は口の悪い創なのに、今は妙に穏やかな口ぶりだった。
私の心を落ち着けようとしてくれている気持ちが伝わってきて、やっぱりこの人は私の創だって思えた。
「ああ。アイツが魔女とやらになった後、全部俺に教えてくれたんだ。一緒にアリスを見守ってほしいからって。アイツはずっと、お前を心配してたんだ。自分はいつかお前の前から離れなくちゃならなくなるってわかってたから、その後を俺に託したんだ」
握りしめているお守りからはポカポカとした陽だまりのような温かさを感じて、溢れる涙が止まらなかった。
家を出ると、同じように今まさに家を出た創の姿があった。
ダークブラウンのダウンジャケットにジーンズというラフな格好で、若干背を丸めている。
私の声に少し億劫そうに反応して、私を上から下までよく眺めてきた。
そして、なんだ出掛けるのか、と特に興味なさそうに言いながらのっそりと近付いてきた。
「創もどこか出掛けるとこ?」
「まぁな。とりあえず駅まで行くとこだ」
「じゃあ一緒だね。私もそっち行くんだ」
氷室さんと千鳥ちゃんとは駅前で待ち合わせをしている。
そこまで一緒に行こうと促すと、創は素直に頷いた。
二人で肩を並べて歩く。
昨日の下校の時のことを思い出すと、ちょっぴり気不味い部分もあるけれど。
でも創は私を信頼してくれているんだから、その気持ちに応えるためにも、私は元気でいなくちゃいけない。
そして一刻も早く全ての問題を片付けて、何の曇りもなく笑顔でいられるようにしないと。
「……なぁ、アリス」
心の中でそう決心しながら歩いている時だった。
私よりも断然高い位置にある目をチラチラと私に向けながら、創はのっそりと口を開いた。
「お前に、渡しておくものがあるんだ」
「…………?」
いきなりの言葉に首を傾げていると、創はジャケットのポケットまさぐった。
そうして引き抜いた拳を私の前で開くと、手のひらの上にはピンク色のお守りが乗っていた。
細かい刺繍が入った可愛らしいもの。でもどこかのお寺とかのものではなくて、そこはかとなく手作り感がある。
どちらにしても明るいピンク色の、それにお花やら何やらの可愛らしい装飾のついたお守りを創が持っているというのは、なかなかミスマッチだった。
「これ、持っとけ」
「創……」
ぐいと突き出されて、私はおずおずとそれを手に取った。
触れた瞬間、じんわりと心が温まったような気がした。
「ごめんね、創。沢山心配かけちゃって」
「いいよそれは。てか、そういう意味だけで渡したわけじゃねぇよ」
「…………?」
照れ臭そうに、でもどこか気まずそうに顔を背ける創。
その仕草が何だか引っかかって覗き込んでみると、創は言いにくそうに眉を寄せた。
「俺がお前にお守り渡すだけなら、そんなファンシーなやつ選ばねぇって」
「まぁ確かに。ただ、私のために可愛いのにしてくれたのかなぁなんて思ったり。でも、これどこかで買ったやつじゃないよね?」
「……まぁな」
私より二十センチ程背の高い創に顔を逸らされるとどうにもできない。
それでも懸命に視線を向けると、少し口をパクパクさせてから、覚悟を決めたように私に視線を戻してきた。
「それは、晴香から貰ったもんだ」
「へぇ晴香に────────え?」
ピタリと足が止まった。
創はそんな私を振り返って、駅まで行くんだろ?と手を引いてきた。
されるがままに足を運びながらも、私の頭は完全にフリーズしていた。
はじめは普通に聞き流しそうになったけれど。
その名前は、決して創の口から出てくるはずのないものだから。
私の、私たちの大切な幼馴染。
晴香は先日、『魔女ウィルス』の侵食によって命を落としたんだから。
そして同時に、自らその痕跡をこの世から抹消した。
自分に関する記憶も、生きてきた形跡も全て。
魔法使いや魔女のような、魔力を持つ存在は例外らしいから、みんながみんな忘れたわけじゃないけれど。
でも創たち一般人は、みんな晴香なんてはじめからいなかったと思っている。
そのはずなのに。
どうして、創から晴香の名前が出てくるの……?
「は、創……」
込み上げる不安全てを視線に乗せて見上げる。
喉がカラカラになって、握られている手に汗が滲むのを感じた。
絞り出すような私の呼び掛けに、創は唇を噛むだけだった。
「もしかして創は……魔法使い、なの?」
晴香の名前を口にできる理由は、それしか思いつかなかった。
そんなこと有り得ないと思いつつ尋ねると、創はすぐに首を横に振った。
「いや、違う。俺は魔法使いじゃない」
「じゃ、じゃあ……」
その否定に安堵しつつ、同時に別の疑問が湧いてくる。
魔法使いじゃないということは、なら一体何なのか。
そもそも、魔法使いという言葉に疑問を抱かず否定してきたということは、創は色んなことを知っているってことなのか。
何から聞いていいかわからず、半ばパニックになっている私を見て、創は眉を下げた。
小さく息を吐いてから、繋いでいるのと反対の手で私の頭をそっと撫でてきた。
「心配すんな。俺は何でもねぇよ。何でもないただの俺だ。お前の知ってる俺以外の何者でもねぇよ」
「で、でも…………ならどうして、魔法使いとかのこと、知ってるの……?」
「それは……」
繋いだ手、私の頭を撫でてくれる手の感触を感じれば、この人は私のよく知っている創だってわかる。
でも、予想もしていなかった方向からの事実に、私は動揺を隠せなかった。
そんな私に、創は若干おろおろしながらも優しい視線を向けてきた。
「俺は何でもないこっちの世界の住人で、一般人だ。でも、お前を取り巻いていることや、こことは違う世界があるってことは、大体知ってる。晴香から、全部聞いたんだ」
「晴香、から……?」
普段は口の悪い創なのに、今は妙に穏やかな口ぶりだった。
私の心を落ち着けようとしてくれている気持ちが伝わってきて、やっぱりこの人は私の創だって思えた。
「ああ。アイツが魔女とやらになった後、全部俺に教えてくれたんだ。一緒にアリスを見守ってほしいからって。アイツはずっと、お前を心配してたんだ。自分はいつかお前の前から離れなくちゃならなくなるってわかってたから、その後を俺に託したんだ」
握りしめているお守りからはポカポカとした陽だまりのような温かさを感じて、溢れる涙が止まらなかった。
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