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第6章 誰ガ為ニ

48 ライバル

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 ぞわりと、不穏な波が私の肌を撫でた。
 鳥肌が立つのとはまた違う、気持ちの悪いものが肌を這っているような錯覚にかられる感覚。
 クリアというその名前に、私は必要以上に敏感に反応してしまった。

 私はその人を知らない。ただ、名前を知っているだけ。
 善子さんから名前を聞いて、千鳥ちゃんから少し触りを聞いただけ。
 それだけなのに、その名前は私の心をざわつかせる。

 クリアランス・デフェリア。それがその人の本名。
 千鳥ちゃんの話では、少し前に魔女狩りのロードから命からがら逃げ延びて、でもその後は行方知らずということだけれど。
 でも、レイくんがさっきまで会っていたということは、クリアはこの世界に、この街に来ているってことだ。

 魔女がその名前を聞いただけで疎む、狂った魔女が。

「その人は確か、五年前にこの街で、レイくんと一緒にシオンさんたちと戦った人、だよね?」
「そうだよ。善子ちゃん辺りに聞いたのかな? まぁ一緒に戦ったというか、利害が一致していたから共闘することもあった、というのが正しいんだけれどね」

 クリアの名前を聞いた氷室さんや千鳥ちゃんとは違い、レイくんは彼女に対して特に思うところはないようだった。
 普段と変わらない調子で私の質問に答えてくれる。
 まぁワルプルギスに所属していないらしいとはいえ、前から繋がりがあったんだろうし、見方が違うからかもしれない。

「そのクリアって人は、最近行方がわからなくなったって、聞いてたけれど……」
「そうだね。だから僕も驚いたよ、元気そうだったからさ。僕が知る限り彼女は相当の傷を負っていたから、まさかもう自由に動けているなんて思ってもみなかったよ」
「そう、なんだ……」

 千鳥ちゃんはクリアのことを、名前も聞きたくないと言っていた。
 関わり合いにならない方がいい、狂った魔女だって。
 クリアがこっちの世界に来たのは、単純に魔女狩りの手から逃れる為なのか。
 それとも、私の力を求めているのか。

 もし後者だとすれば、その存在は決して人ごとではない。
 でも、かつてレイくんと共に鍵の強奪を図ったというのだから、その可能性は限りなく高いんだ。

 そんなことを考えていたら、また気持ちが落ち込んでしまった。
 俯く私の頰にレイくんの手がそっと触れて、優しく顔を待ち上げられた。

「アリスちゃんがクリアちゃんのことで何を聞いたのかはわからないけれど、安心していいよ。彼女は君に危害を加えるようなことはしない。クリアちゃんはね、君のことが大好きなのさ」
「え……?」

 楽しそうな笑みを浮かべるレイくんを、私はキョトンと見返してしまった。
 その笑顔はどこか悪戯っぽく、人の恋路に茶々を入れるような、そんな笑みだった。
 普段キリッとしているレイくんにしては、少し緩んだ表情だ。

「まぁ少々考え方が奇抜な所はあると、僕も思うけれどね。クリアちゃんは純粋に、君のことを大切に思っている。まぁそれは、君が一番知っていると思うよ」
「えっと、それはつまり……私は過去にクリアと会っていて、仲が良かったってこと?」
「彼女が言うにはね。さっき会った時だって、君の心配ばかりしていたさ」

 初めてその名前を聞いた時から、心にざわつくものがあった。
 それは私自身がその名前に感じるものがあって、大切に想っているってことだったんだろうか。
 千鳥ちゃんの話を聞いてついつい不安が先行してしまったけれど。
 私にとってのクリアは、一体どんな存在なんだろう。

 でも、彼女もレジスタンス活動をしているらしいし。
 私にとって本当にいい存在かはまだわからない。
 ワルプルギスのように直接的に私に害をなさなくても、私の意思と合わない思想を持っている可能性だって十分にあるんだから。

 クリアランス・デフェリア。近いうちに、私の前に現れるのかな。

「まぁ彼女はある意味で僕のライバルでもあるんだけれど、僕は彼女を応援したいと思ってるんだ。彼女の生き方は実にひたむきで健気だ。誰に何を言われようと、自分の望みと意思を貫いている。だから、アリスちゃんには、彼女にまっすぐ向き合って欲しいのさ」
「う、うん……」

 向き合ってと言われも、正直困ってしまうけれど。
 でも、過去の私と関わりを持っている人ということなら、記憶を取り戻した後、私自身にもきっと思うところがあるはず。
 クリアが何を目的にして何を望んでいるのかはわからないけれど、少なくとも私のことを想ってくれているというのなら、いつかは向かい合うことにはなるんだろうな。

「いやぁ実はね、僕の帰りが遅くなったのは、クリアちゃんとばったり会っちゃったからなんだ。そうじゃなければ、アリスちゃんが会いに来てくれた時ちゃんと出迎えられただろうし、アゲハの暴挙も未然に阻めたのにさ。まったく、タイミングが悪いよね」

 レイくんは困ったようにあははと笑ってから、少し鋭い目つきになった。
 それは、裏切り者であるアゲハさんに対するものだとすぐにわかった。
 にこやかな笑みを浮かべている中に、ナイフのような鋭いものがチラついて、私は少し身を引いてしまった。

「……レイくんは、アゲハさんがあんなことをするって、前から知っていたの?」
「大方目星はついていたよ。だから泳がせて尻尾を掴もうと思っていたんだけれど、思ったより速くに強硬手段に出られてしまった。僕の読みでは、君に直接手を出すのはもう少し先になると思っていたからさ」

 ごめんねと困った笑みを浮かべながら、レイくんは指の腹で私の頰をそっと撫でた。
 私は小さく首を振りながら、レイくんを見上げた。

「アゲハさんは、どうしてワルプルギスを裏切ったの? 仲間を裏切ってまで私を殺す意味って、何なの?」
「さぁ、何だろうね。僕にもそれはわからない。でもそもそも、僕らは彼女に仲間だと思ってもらえていなかったのかもしれない。だってアゲハは、魔法使いと繋がっているみたいだから。言うなればスパイみたいなものさ」

 レイくんは普段と変わらない朗らかな口調で言った。
 アゲハさんに裏切られて怒ったり、悲しんだりしている様子はない。
 はじめからわかりきっていたことだから、もうそれに対して思うところがないのか。
 それとも、達観しているからこそなのか。
 私には、レイくんの気持ちがよくわからなかった。
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