上 下
318 / 984
第6章 誰ガ為ニ

2 寝起きの攻防

しおりを挟む
 目を覚ました時、そこは真っ暗だった。
 いや、正確にいうと薄っすらと光は感じるから、言うほど真っ暗ではなかったんだけれども。
 ただ顔を何かに押し付けられていて目を覆われているので、やっぱり暗く感じるし何も見えはしない。

 少しふわふわとした意識で、今の状況について考える。
 ぼーっとした頭で視覚以外の感覚を呼び起こして、とても柔らかくて温かなものに包まれているのを感じた。
 特に顔だ。顔がふんわりと柔らかなものに抱かれている。人肌のような温もりが温かくて、ふわふわな柔らかさが心地いい。

 このまま再び瞼を閉じて、この柔らかさの中に沈んでいきたいと思ってしまう。
 まるでお母さんに抱き締められて眠っているかのような安心感。
 微睡みに浸ってこの温もりに全てを委ね、蕩けてしまいたいと、私は顔を更に埋めた。

 そして、けたたましい音を上げて目覚まし時計が鳴り響き、私の意識は一瞬で覚醒した。

 その瞬間、私が何に埋もれていたのかを理解した。
 これは胸だ。女の子の胸だ。私は女の子の胸の間に顔を埋めている。
 柔らかいのは当たり前だ。心地いいのは当たり前だ。
 でも私が顔を埋めているのは当たり前じゃない……!

「…………!」

 私は慌てて顔を剥がそうとしたけれど、頭をがっちりホールドされていて身動きが取れなかった。
 細い腕が私の頭を抱きしめていて、自らの胸に押し付けている。
 私が離れようといくらもがいても、抱き枕のように抱きしめられていてはどうしようもなかった。

 氷室さんは目覚まし時計が鳴り響いている中でもぐっすりと眠ったままだった。
 胸に押し付けられているからその顔は窺えないけれど、こうしている以上起きてはいないだろう。
 確か昨日も同じようなことがあったよなぁ。立場は逆だったけども。
 別に嫌な気はしないし、むしろちょっと下心のようなものが顔を出してしまうけれど、でもこのままは良くないし。

 とりあえず氷室さんを起こさないとどうしようもないと、私は背中をぽんぽんと叩いてみるけれど、起きる節はなかった。
 昨日も確かなかなか起きなかったし、どうやら朝は弱いみたいだ。
 困ったものです。まぁ私は損をしてないからいいんだけど。

 いつも一人暮らしをしているという氷室さんは、でも案外寂しがり屋さんなのかなぁなんて考えてみる。
 そう思うと、昨日も連れて帰ってきたのは正解だったかもしれない。

 全ての戦いが終わって、レオとアリア、そしてロード・スクルドが去って行ったのを見届けて、私は氷室さんをまたうちに泊めることにした。
 氷室さんを狙う脅威は無くなったから心配する必要はもうなくなったけれど、まだ一人にはさせたくなくて。

 うちで一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にベッドで眠った。
 そんな何気ない普通のお泊りをして、一緒にいることで氷室さんにありふれた幸せを感じて欲しかった。
 恐怖で身を寄せ合うわけでもなく、ただ仲良しの友達として一緒にいたかったんだ。

 まぁその結果として、この寝起きのサプライズなわけだけれど。
 これが氷室さんにとって良いものかどうかは……私にはなんとも言えない。
 でも、私のことを大事に抱きしめて眠ってくれたという点に関しては、まぁいいことだと思う。うん。

 そんなことを考えながら根気よく身体揺すって、ようやく氷室さんが目を覚ましたのは多分十分後くらい。
 覚醒した氷室さんは自分のしていることに気付いた瞬間、飛び上がって私を放し、そのまま反対を向いて顔を隠してしまった。

「おはよう、氷室さん」

 やっと解放されたことで視界が開けた私は、朝日の眩しさを感じながら起き上がった。
 カーテンから溢れる日差しは暗闇に慣れた目を突き刺すように鋭かったけれど、私は堪えて体を起こす。
 そして恥ずかしがって背を向けてしまった氷室さんに、とりあえず平静な挨拶をしてみる。
 昨日もほぼ同じような光景を見たなぁと思って、少し笑みがこぼれてしまった。

「……おはよう。アリスちゃん」

 氷室さんはまだ寝転んだまま、控えめにこちらを向いてポツリと応えてくれた。
 寝ている間に乱れた髪で器用に顔を隠したまま、その隙間からほんの少しだけ瞳を覗かせている。
 今まで自分がしていたことへの恥ずかしさと、でも私のことを見たいという気持ちがせめぎ合っているであろう、絶妙な体勢だった。

 その姿がなんともいじらしく見えてしまって、私はニヤニヤを抑えられなかった。
 普段はクールでキリッとしている氷室さんだけれど、こういうふとした仕草が堪らなく可愛らしい。
 私は込み上げる衝動を堪えきれず、その小さな背中に飛びついた。

「…………!」

 ビクンと氷室さんが驚いて体を震わせるのも構わず、私は後ろからぎゅっと抱きしめた。
 細くて柔らかい体をこれでもかと抱きしめると、氷室さんは恥ずかしいのかどんどん縮こまってしまう。

「氷室さん可愛いなぁ。このこの~」
「ア……アリス、ちゃん……その……」

 動物にじゃれ付くようにぎゅうぎゅうと腕を絡み付けると、氷室さんはか細く戸惑いの声を上げる。
 後ろからじゃ見えないけれど、流石のポーカーフェイスもやや崩れているのではなかろうか。
 その反応がまた可愛らしくて、私の加虐心は余計に煽られる。

 首元に顔を埋めて更に密着度を上げて、ついでにその柔らかな香りを吸い込むと、氷室さんは声にならないなんとも言えない細い声を上げた。
 これって普通に考えてセクハラだよね。訴えられてもおかしくないなぁ。

 ちなみに氷室さんは、いつの間には私のことを普通に『アリスちゃん』と呼ぶようになっていた。
 それはつまり信頼がより深まった証かなと思って、私も『霰ちゃん』と一回呼んでみたんだけれど。
 氷室さんは照れてしまったのかなんなのか、俯いてしまって会話にならなかった。
 多分嫌がっているわけではなさそうなんだけれど、私に名前で呼ばれるのはまだ気恥ずかしいかったのかもしれない。

 だから仕方なくいつも通りに呼んでみると、それだと普通で。
 私としては名前で呼びたかったんだけれど、それで会話ができないようじゃ本末転倒だ。
 だからひとまずはいつも通りの呼び方を継続することにしたんだ。
 なんだか不公平な気もするけれど、仕方ないよね。うん。

 まぁその仕返しってわけではないんだけれど、今は氷室さんの可愛さを堪能させてもらうことにした。
 後ろからガッチリとホールドして、縮こまる氷室さんをひたすらに愛でる。
 私から逃れて顔を伏せようとする氷室さんと、それを逃さず撫でくりまわす私の攻防は、痺れを切らしてお母さんが起こしに来るまで続いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...