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第5章 フローズン・ファンタズム

75 理屈じゃない

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「何から、話した方がいいな。アリス、あなたが『まほうつかいの国』のお姫様で、特別な力を持っているっていうことは、もう知ってるよね?」

 私の目を真っ直ぐに見つつも、迷いに瞳を揺らしながらアリアはおっかなびっくり切り出した。
 私が頷くと、アリアもまた噛みしめるように頷いた。

「昔、あなたは『まほうつかいの国』に迷い込んできて、そこで私たち三人は出会ったの。私たちは一緒に国中を冒険して回って、最終的に当時悪政を敷いていた女王を打ち倒した」

 アリアが語ることは、私が知っている情報とおおよそ一致していた。
 一緒に国中を冒険した、ということは、私たちはそこで友情を育んだのかもしれない。

「冒険の中であなたは、自分の中にある力、『始まりの力』がドルミーレに由来するものだと知った。歴史の闇に葬り去られた古に生きた魔女。『始まりの魔女』ドルミーレだと」

 アリアは苦々しげに眉を寄せた。
 それは明らかに、ドルミーレに対する嫌悪感だった。
 私がドルミーレを抱いているということを快く思っていないみたい。
 それはきっと、私のことを思ってのこと。

「だから、女王を打ち倒した功績と、何よりその力を必要とされて姫君に迎えられたことは、私たちにとって嬉しくもあったけど、複雑な気持ちもあった。でもあなたは、それが国の人たちのためになるのならって、笑顔で受け入れたんだよ」
「私がその、お姫様になってからも、二人は一緒にいてくれたの?」
「冒険していた頃に比べれば、一緒にいられる時間は少なくなってしまったかな。あなたは一国のお姫様で、私たちはあくまで平凡な魔法使いの家の生まれだったから」
「そっか……」

『お姫様』が二人のことをとても大事に思っていることはよくわかってる。
 話を聞くに、冒険していた時が楽しかったであろうことも想像できる。
 でも実際にお姫様となって以降、二人とあまり会えていなかったんだとしたら、きっと寂しかったんだろうなぁなんて、漠然と思ってしまった。

「お前が姫君になっちまったもんだから、俺たちは側にいるために王族特務を目指したのさ。そうすりゃ、いつでもお前の近くにいられて、お前を守れるからな」
「王族特務……お城遣えの魔法使いのことだとよね」

 私が確認するとレオはコクっと頷いた。
 私のためにそこまで考えていてくれたんだ。
 きっとその頑張りを、当時の私も見ていて嬉しかったはずだ。

「けど、お前はある日突然いなくなっちまった。前触れもなく、急にだ。俺たちはただ、お前が記憶と力を失ったことと、姿を消しちまったことを後から聞かされただけだった」

 レオは俯いてぐいっと拳を握った。
 その時のことを思い出すと、今でも悔しいというように。
 そんなレオの背中をポンポンと叩いて、アリアが続けた。

「あなたがいなくなってしまって、私たちは進む道を魔女狩りに変えたの」
「……どうして?」
「お姫様のあなたを探すだけなら、そのまま王族特務に進んだ方が早い。けれど、私たちはもうそれだけではダメだと思ったの。ただ、見つけるだけではダメだって」

 アリアは言葉を選びながら、ゆっくりと語る。
 そしてどこか伺うような目を私に向けてきて、恐る恐る手を伸ばしてきた。
 アリアの手が私の手に、まるで壊れ物にするようにそっと触れてきた。

「あなたが消えたのは、あなたが持つ力、つまりドルミーレが関係していると思ったから。だから、あなたをただ見つけるだけじゃ何の解決にもならない。あなたからその力を取り除いてあげないとって思ったんだよ」
「お前がドルミーレの力を使って、そしてその力を持つことで不要な運命に囚われていることが、俺たちにはもう我慢ならなかったんだ。だから俺たちは、お前の内なる魔女を倒す力を得るために、魔女狩りになった」

 私の手を握って、私を労わるように縋るアリア。
 そんなアリアの肩を抱いて、同じように私に優しい目を向けるレオ。
 二人はずっと私のことを心配してくれていたんだ。
『始まりの魔女』ドルミーレが、その力が私に与える影響や、それを巡る策謀に巻き込まれる私のことを。

「先日あなたが発見されたという報告を受けて、私たちはかつての同行者だった立場を使ってロードに根回しをしてもらって、王族特務からあなたを迎え入れる任をもらったの」
「それが、あの日なんだね」

 私が尋ねると、アリアはおっかなびっくり頷いた。
 あの日のことを悔いているように。まるで、叱られるのを恐れる子供のように。
 全ての始まり。二人が私を迎えにきた日から、全ては始まった。
 あの日のことは、数日経った今でも鮮烈に覚えている。

「五年ぶりにあなたに会った私たちは、正直冷静ではなかった。やっと会えた喜びと、何としてもあなたを救いたい想いが混じり合って、とても焦ってしまった」
「それに、魔女の介入が余計に不安を煽った。俺たちの知らないところで、お前に良くないことが起きてるんじゃないかって、気が気がじゃなかったんだ」

 迎えに来たという割には、確かに強引だった。
 一番最初の時点からレオはとても暴力的だった。
 問答無用で突撃してきて、剣を振り下ろされた時のことは、今でも脳裏に焼き付いている。

 そしてそれを助けてくれた透子ちゃんとの戦いのことも。
 あれは単純な魔女に対する敵意だけじゃなくて、私の側にいるからこそ、余計にムキになってしまっていたってことだったんだ。

「本当に馬鹿だったと思う。はじめからちゃんと話していれば、あなたと衝突することはなかったのに。私たちは、何が何でもあなたの身柄を確保しなきゃって焦ってた。気を抜けば、またあなたは私たちの手から離れてしまうんじゃないかって、そう思って……」

 私の手を握る力がぐっと増した。
 後悔と不安に駆られているアリアの声は、今にも泣きそうに震えていた。
 そんなアリアを支えるように肩を叩くレオも、悲壮感に暮れた瞳をしていた。

「ごめんなさい、アリス。何度謝っても仕方ないかもしれないけれど。私たちの焦りが、結果的にあなたに沢山の辛い思いをさせてしまった。あなたのためと思ってしたことが、私たちはあなたを傷付けてしまった」
「……うん。そうだね」

 もしあの時、あの最初の時、二人と冷静に穏やかに話すことができていたら、今は全く違う状態になっていたかもしれない。
 透子ちゃんは意識不明の重体にならず、私は戦いの日々に身を置かなくてよかったかもしれない。
 仮定の話ではあるけれど、でも迎える未来は違ったはずだ。

「二人が私のためを思って色んなことをしてくれてきたってことは、わかったよ。私たちが大切な親友同士だってことも、理解した。でも、うん。やっぱり、あなたたちにされたことは、辛い出来事だったことに変わりはない」

 私のことだけならまだしも、透子ちゃんが受けた仕打ちを考えれば、やっぱり簡単に許せることじゃない。
 そしてそれから起こった出来事の数々も、二人の行動が起因していると言えなくもないんだから。

「あの時のことは今でも忘れられないし、あなたたちには、私の大切な友達を傷付けられた。二人にとっては憎らしい魔女でも、私にとっては大切な友達だったの」
「……ああ、そうだよな」

 レオは複雑な顔をしながらもそう言って俯いた。
 透子ちゃんの胸を貫き、決定的な致命傷を負わせたのはレオだった。
 そこに負い目を感じているようだった。

「だからやっぱり私は、あなたたちのことを簡単に許して、受け入れることは難しい。いろんな事情を聞いて、あなたたちの気持ちを聞いて、頭では理解できるけど……」

 私の言葉に二人は項垂れた。
 その姿はあまりにも弱々しくて、胸がズキリと痛んだ。
 大切な友達に、親友に拒絶される苦しみを、二人の姿から想像してしまった。
 もし、逆の立場だったらって。

「そう、だよね。今更あなたに何もかも許してもらって、今まで通りになんて、虫が良すぎる。そうなるための道筋を、私たちは決定的に間違えてしまったんだから」
「……そうだな。アリスのためだと言いながら、結局俺たちは自分たちのために動いちまってた。アリスのことを考えきれていなかった、俺たちが悪いんだ」
「………………」

 そう。そうだ。二人は私のためを思ってくれて、色んなことをしてくれていた。
 でも、それはかつての私のことを思ってのことで、今の私への配慮はなかった。
 きっと私が記憶を取り戻せば全部納得できるって、そういう考えだったのかもしれない。

 でも、今ここにいるのは私だから。
 かつての記憶がなくても、私は私だから。
 今色んなことを感じ、想うのは私だから。
 今の私を蔑ろにする人とは一緒にいられない。

「あのね、二人とも。でも、ね……」

 それでも、心ってそんなに単純じゃない。

「あなたたちを拒絶できない自分がいるの。あなたたちのこと怖くて、憎くて……それに敵、なのに。でも、二人のことを想ってしまう。これはきっと、記憶を失っても私の中に残ってる、私の気持ちだ……」

 最初の時から、二人が私に向ける表情に、眼差しに何かを感じていた。
 私に襲いかかってくる怖い敵なのに、どこか憂や優しさを感じて、憎みきれない自分がいた。
 二人の言葉や表情に、迷っている自分がいた。

 それは『お姫様』と話すことでより膨らんでいった。
 記憶とは別に、私の中に残っていた二人への想いが、何も知らない今の私の気持ちを揺らしていたんだ。

「だから私、二人のことを嫌いになんてなれない。昔みたいに仲良くなるには時間がかかるかもしれないけど。それでも、いつか二人とそんな風になれたらなって思っちゃうの……」
「アリス……」

 言葉に迷いながら、込み上げてくる気持ちをなるべく素直に口にする。
 二人に対する不安と、けれどどうしても感じてしまう親愛。
 その二つの感情はせめぎ合いながら、私の中で暴れまわる。

 私の言葉にアリアは縋るように身を寄せてきた。
 けれどどこか迷うように、不安を感じているように、弱々しい顔で私を見つめた。

「私たちは、あなたに酷いをことをしてしまったのに。それでもあなたは、私たちのことを友達だって、思ってくれるの……?」
「……うん。この気持ちはきっと理屈じゃない。二人にされたことは今でも心に傷として残ってる。でも、それでも二人のことを大切な友達だと思ってしまう。この気持ちはきっと、かつての私たちが本当に心を交わしていたからこそ、感じるものだと思うから」

 記憶を失って何も覚えていなくても、心が感じている。
 二人は友達だと。私にとって、大切な友達だと。
 どんなに酷いことをされても、それそのものが許せなくても、だからといって友達じゃない、とはならない。
 大切な友達だからこそ、それを乗り越えてもう一度仲良くなりたいと、そう思う。

「今の私はまだ何も覚えていないし、二人が望んでいる私じゃないと思う。それでも私は、二人と仲良くなれたらって思う。だめ、かな……?」
「ダメなわけ、ねぇだろ……」

 私が尋ねると、レオは声を震わせながら言った。
 私の肩にそっと手を伸ばして、しわくちゃな顔をこちらに向ける。

「もう嫌ってほどわかった。あの時の記憶がなくたって、お前はお前だ。何にも変わっちゃいない。お前は、俺たちが大好きなアリスだ」
「うん、そうだよ。私たちは勘違いしてた。その心はずっとずっとアリスなんだから。昔なんて関係ない。ここにいるあなたこそが、私たちの大切な親友だった……」

 二人はらしくない情けない顔で私に飛びついてきた。
 それは数日前、私を迎えにきた二人からは想像のできない姿。
 けれど、そうやって心を寄せて触れ合ってくれる様は、とても心に馴染んだ。
 きっとこれが、私たちの本来の在り方だったんだと、妙に納得できた。

「ありがとう二人とも。それにごめんね。これからも、よろしく……」

 わだかまりがなくなったわけじゃない。
 私たちの想いが完全に一致したわけじゃない。
 けれど、そんなものはこれからゆっくりわかり合っていけばいいんだ。
 大切なのは、お互いのことを想い、理解し合おうという気持ちだから。
 それは今の私たちに一番足りていなかったものだ。

 しばらく三人で抱き合った。
 レオとアリアは見せはしなかったけど泣いていたと思う。
 だって、私が泣いてしまったんだから、二人が泣いてないわけがない。
 私のことをこれでもかと抱きしめてくるからちょっと苦しくて、でもそれがとても安心できる気がした。

 誰からともなく身体を離して、私たちはようやく落ち着いた。
 長い間のいざこざは一段落して、私はホッと胸を撫で下ろす。

 頰を伝った涙を拭ってやっと冷静になった頭で、氷室さんのことを思い出した。
 一人で戦いを挑むと言った私を送り出してくれた氷室さん。
 無事に終えた今、約束通りちゃんと氷室さんの元に帰らないと。
 そしてちゃんと、ぎゅっと抱きしめてあげるんだ。
 見守ってくれて、信じてくれてありがとうって。

「あれ……?」

 心軽やかに立ち上がって、私を待つ氷室さんの方へ向く。けれど、そこには誰もいなかった。
 すっかり日が落ちて暗闇に沈んだ公園。街灯の明かりが照らす園内のどこにも、氷室さんの姿は見当たらなかった。




キャラクター:レオ&アリア
イラスト:SSS様
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