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第5章 フローズン・ファンタズム
48 どちらも大切
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「あなたが、私をここに呼んだんだよね?」
「うん、そうだよ。あなたが大切な人を守りたいって強く思ったから、その気持ちに応えたいと思って。晴香が私たちのために頑張ってくれて、鍵が解放されて制限がほぼなくなったから、私はあなたに大分干渉できるようになったし」
カップをテーブルに置いてから私が尋ねると、『お姫様』はにっこりと微笑んで頷いた。
今日改めて胸に抱いた覚悟と誓いに、『お姫様』は手を伸ばしてくれたんだ。
「道を外れた時は少しびっくりしたけれど、ちゃんとここまで来られてよかった」
『お姫様』はそう言ってホッとした笑みをこぼす。
道を外れた、というのは、森ではなくあのお花畑に降り立ったことを言っているのかな。
でも透子ちゃんが森の前まで連れてきてくれたから問題なかったし、彼女も別段気にしているようでもなかった。
「あのね、私、あなたに謝らないとと思って……」
「レオのこと?」
膝の上で拳を握って、私は緩やかに切り出した。
すると『お姫様』はわかっていたというようにその名前を出してきたので、私は素直に頷いた。
「あなたが謝るようなことじゃないよ。寧ろ謝るのはわたしの方。だってレオはわたしのせいで────」
「ううん、あなたは悪くない。私は、あなたにレオと戦わせてしまったことが、申し訳なくて……」
同じ顔をした私たちがお互いに謝り合う妙な光景が流れた。
私はやっぱりかつての親友であるレオと、当時の私である『お姫様』が戦うことになるのが嫌だった。
彼女の気持ちを思えば、それほどまで不本意なことはないんだから。
「前にも言ったでしょ? わたしも今の方が大事だって思ってるの。今こうしてぶつからなければならないのは、仕方ないことなんだよ」
「でも、戦わないで済むのなら、やっぱり私は……」
「ありがとう。あなたは優しいね。あなたはアリアとちゃんと向き合ってくれて、わたしはそれがとっても嬉しかったよ。ありがとう」
『お姫様』は無邪気な明るい笑顔を私に向けてくる。
その切り替えの良さが、今の私に気を使っているような気がして、私はそれが嫌だった。
「私は、レオともちゃんと向き合いたいと思ってる。アリアとだって和解ができたわけじゃない。それでもお互い飲み込んで、わかり合おうとして、それで何とか向かい合えたの。だからレオとだって……」
「うん、そうだね。あなたの言う通り。もしかしたらまだ、なんとかなるかもしれない。でもね、それでも戦いを避けることが全てじゃないと、わたしは思うんだ」
口調は柔らかく、やっぱりどこか幼さを思わせる。
かつて『まほうつかいの国』にいた頃の私なのだから、その精神年齢は十歳から十二歳ほどなのかもしれない。
けれどその芯は固く、今の私よりもしっかりしているように感じられた。
「場合によっては、やっぱり戦わなきゃいけない時ってあると思うんだ。それが友達なら尚更。あなたもそれは、わかってるんじゃない?」
「それは……」
友達だからこそぶつからなきゃいけない時がある。
気心知れているからこそ、引いてはいけない時がある。
それはわかっているつもりだけれど、レオに関しては根本的にすれ違いすぎていて、まずはわかり合える道を探りたいと思ってしまう。
「レオは男の子だからね、考えるより先に体が動いちゃうところはあるよ。それに昔から熱くて、パワフルだった。向き合おうと思うなら、そういうところは合わせてあげなきゃかも」
自分のやり方を貫くだけではどうしようもないことも、あるってことかな。
『お姫様』はそこまでわかった上で、戦うことに否定的ではなかったということなんだ。
もちろん避けられるのであれば避けたいだろうけど、それでも戦わなければいけないのなら、と。
「どちらにしても戦わなければいけないと、あなたは思っているの?」
「うん。嫌だけど、辛いけど、怖いけど。今、わたしはレオと戦わないといけないと思ってる。それがレオとの向き合い方だと思うから。でも、その戦い方はあなたの自由だよ。踏み倒すために戦うのか、わかり合うために戦うのかでは意味は全く変わってくる。その過酷さも。どっちが辛いかは、わかるよね」
「……うん」
ただ立ちはだかる敵だと薙ぎ倒す方が、何も考える必要がなくて簡単だ。
相手を理解しようと、自分のことを理解して貰おうと、心をぶつけ合う方がよっぽど苦しい。
「なら私は、わかり合うための戦いを選ぶよ。もし戦うことが避けられないのなら、それでも道を切り開ける方を、私は選ぶ」
「ありがとう。あなたは強いね。ならわたしも、その道についていくよ。だってあなたがそれを望むのなら、わたしが諦めるわけにはいかないから」
今を守るために戦う。でもそれは同時に、かつての親友とわかり合うための戦いでもある。
欲張りかもしれないけれど、諦めることはしたくないんだ。
私のためだと言うレオと、そしてアリアから、私は目を背けたくないから。
私の目をまっすぐに見据えて『お姫様』は頷く。
でも少し心配そうな目で、私を伺うように見据えてきた。
「でもね、あなたがレオやアリアと向き合うとしてくれるのは嬉しいし、それがうまくいけばどんなに素敵かって思うよ。でもわたしはやっぱり、今を大切にして欲しいから。過去を振り返ることで今を蔑ろにしてしまうようなことは、して欲しくないなぁ」
「それは……うん。そのつもりだよ」
それは、過去を知った上で私と同じ今を見ている『お姫様』の気持ちだ。
今私が守るべきもの、私が大切にしたいもの。そしてかつての大切なものと失いたくないもの。
その二つを私はやはり天秤にかけて、どちらかを選ばなければいけない時が来るかも知れない。
その時は、私は迷わず今を選ぶべきなんだ。そしてそれは本来、私がそうしたいと思っていることだ。
過去を大切にしようとするあまり、その気持ちを見失っては意味がない。
どちらか一方を選ぶのはとても難しい。
でも、いざという時どちらをより優先するかと言われれば、それはやっぱり私を取り巻く今現在の日々だ。
それは私の心の柱だから、それを歪めてはいけない。
覚悟を決めて頷くと、『お姫様』は嬉しそうに笑った。
私のこの綱渡りのような選択を、欲張りな選択を、『お姫様』は笑顔で受け入れてくれた。
どっちも諦めたくないという、無茶な選択を。
だからこそなのか、『お姫様』は不意に尋ねてきた。
「ねぇ。あなたは、過去にわたしたちがどんな日々を過ごしたのか、聞かないの?」
「……うん、聞かない。それをここであなたの口から聞くのは、なんか違う気がするの」
今は私たちを隔てる制限がないから、『お姫様』から口伝えで当時のことを聞くことはきっとできるんだ。
二人との間のことだけではなく、私が知らない『まほうつかいの国』での出来事を、きっと聞くことはできる。
でもそれは私自身が思い出して知ることでないから、結局は私自身のものにはならないし、その時の気持ちは戻ってこない。
飽くまでそれは外聞の知識でしかなくて、そんな中途半端なものを得ても、きっと私は選択を間違える。
大切なことだからこそ、きちんとした手段で取り戻して大切にしたい。
もし人から聞くとしてもそれは『お姫様』からではなくて、当事者であるレオやアリアからだ。
過去の私から、私ではない私の主観で話を聞くのは、きっと違う。
「そうだよね。そう言うと思った。だってあなたはわたしだもん」
「細かいこだわりなのかもしれない。本当なら手段は問わず知っておいた方がいいのかもしれない。でもこれは、理屈じゃなくて気持ちの問題だから」
「うん。わたしはその気持ちこそを大切にするべきだから、わたしもそれでいいと思うよ。あなたの心のままにするのが一番だよ」
『お姫様』はまたにっこりと微笑んだ。
私の選択が嬉しいとでも言うように。
その笑顔があまりにも無垢で、私もつられて笑みをこぼしてしまった。
「わたしは所詮過去からの影法師だから、今を生きているあなたに託すしかない。こんなことわたしが言うのは変かもしれないけれど、でもあなたが昔のことも大切に思ってくれているからこそ、あえて言うよ」
『お姫様』は少し真剣な面持ちになって言った。
その言葉に私は背筋を伸ばしてしっかりと向き合う。
「レオとアリアのことを、お願い。わたしが手を放してしまったものを、あなたに拾いあげて欲しいの。二人は、わたしの大切な親友だから」
「もちろんだよ。だってあなたは私でしょ? あなたが置いてきたものは、私のものだから。私がかつて辿った軌跡だって、今と同じくらい大切なものだから」
捨てられるわけがないんだ。諦められるわけがないんだ。
だって大切なんだから。過ぎ去ったものでも、その気持ちに変わりはない。
だから私は極限まで、諦めない道を選ぶ。
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「レオのこと?」
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「あなたが謝るようなことじゃないよ。寧ろ謝るのはわたしの方。だってレオはわたしのせいで────」
「ううん、あなたは悪くない。私は、あなたにレオと戦わせてしまったことが、申し訳なくて……」
同じ顔をした私たちがお互いに謝り合う妙な光景が流れた。
私はやっぱりかつての親友であるレオと、当時の私である『お姫様』が戦うことになるのが嫌だった。
彼女の気持ちを思えば、それほどまで不本意なことはないんだから。
「前にも言ったでしょ? わたしも今の方が大事だって思ってるの。今こうしてぶつからなければならないのは、仕方ないことなんだよ」
「でも、戦わないで済むのなら、やっぱり私は……」
「ありがとう。あなたは優しいね。あなたはアリアとちゃんと向き合ってくれて、わたしはそれがとっても嬉しかったよ。ありがとう」
『お姫様』は無邪気な明るい笑顔を私に向けてくる。
その切り替えの良さが、今の私に気を使っているような気がして、私はそれが嫌だった。
「私は、レオともちゃんと向き合いたいと思ってる。アリアとだって和解ができたわけじゃない。それでもお互い飲み込んで、わかり合おうとして、それで何とか向かい合えたの。だからレオとだって……」
「うん、そうだね。あなたの言う通り。もしかしたらまだ、なんとかなるかもしれない。でもね、それでも戦いを避けることが全てじゃないと、わたしは思うんだ」
口調は柔らかく、やっぱりどこか幼さを思わせる。
かつて『まほうつかいの国』にいた頃の私なのだから、その精神年齢は十歳から十二歳ほどなのかもしれない。
けれどその芯は固く、今の私よりもしっかりしているように感じられた。
「場合によっては、やっぱり戦わなきゃいけない時ってあると思うんだ。それが友達なら尚更。あなたもそれは、わかってるんじゃない?」
「それは……」
友達だからこそぶつからなきゃいけない時がある。
気心知れているからこそ、引いてはいけない時がある。
それはわかっているつもりだけれど、レオに関しては根本的にすれ違いすぎていて、まずはわかり合える道を探りたいと思ってしまう。
「レオは男の子だからね、考えるより先に体が動いちゃうところはあるよ。それに昔から熱くて、パワフルだった。向き合おうと思うなら、そういうところは合わせてあげなきゃかも」
自分のやり方を貫くだけではどうしようもないことも、あるってことかな。
『お姫様』はそこまでわかった上で、戦うことに否定的ではなかったということなんだ。
もちろん避けられるのであれば避けたいだろうけど、それでも戦わなければいけないのなら、と。
「どちらにしても戦わなければいけないと、あなたは思っているの?」
「うん。嫌だけど、辛いけど、怖いけど。今、わたしはレオと戦わないといけないと思ってる。それがレオとの向き合い方だと思うから。でも、その戦い方はあなたの自由だよ。踏み倒すために戦うのか、わかり合うために戦うのかでは意味は全く変わってくる。その過酷さも。どっちが辛いかは、わかるよね」
「……うん」
ただ立ちはだかる敵だと薙ぎ倒す方が、何も考える必要がなくて簡単だ。
相手を理解しようと、自分のことを理解して貰おうと、心をぶつけ合う方がよっぽど苦しい。
「なら私は、わかり合うための戦いを選ぶよ。もし戦うことが避けられないのなら、それでも道を切り開ける方を、私は選ぶ」
「ありがとう。あなたは強いね。ならわたしも、その道についていくよ。だってあなたがそれを望むのなら、わたしが諦めるわけにはいかないから」
今を守るために戦う。でもそれは同時に、かつての親友とわかり合うための戦いでもある。
欲張りかもしれないけれど、諦めることはしたくないんだ。
私のためだと言うレオと、そしてアリアから、私は目を背けたくないから。
私の目をまっすぐに見据えて『お姫様』は頷く。
でも少し心配そうな目で、私を伺うように見据えてきた。
「でもね、あなたがレオやアリアと向き合うとしてくれるのは嬉しいし、それがうまくいけばどんなに素敵かって思うよ。でもわたしはやっぱり、今を大切にして欲しいから。過去を振り返ることで今を蔑ろにしてしまうようなことは、して欲しくないなぁ」
「それは……うん。そのつもりだよ」
それは、過去を知った上で私と同じ今を見ている『お姫様』の気持ちだ。
今私が守るべきもの、私が大切にしたいもの。そしてかつての大切なものと失いたくないもの。
その二つを私はやはり天秤にかけて、どちらかを選ばなければいけない時が来るかも知れない。
その時は、私は迷わず今を選ぶべきなんだ。そしてそれは本来、私がそうしたいと思っていることだ。
過去を大切にしようとするあまり、その気持ちを見失っては意味がない。
どちらか一方を選ぶのはとても難しい。
でも、いざという時どちらをより優先するかと言われれば、それはやっぱり私を取り巻く今現在の日々だ。
それは私の心の柱だから、それを歪めてはいけない。
覚悟を決めて頷くと、『お姫様』は嬉しそうに笑った。
私のこの綱渡りのような選択を、欲張りな選択を、『お姫様』は笑顔で受け入れてくれた。
どっちも諦めたくないという、無茶な選択を。
だからこそなのか、『お姫様』は不意に尋ねてきた。
「ねぇ。あなたは、過去にわたしたちがどんな日々を過ごしたのか、聞かないの?」
「……うん、聞かない。それをここであなたの口から聞くのは、なんか違う気がするの」
今は私たちを隔てる制限がないから、『お姫様』から口伝えで当時のことを聞くことはきっとできるんだ。
二人との間のことだけではなく、私が知らない『まほうつかいの国』での出来事を、きっと聞くことはできる。
でもそれは私自身が思い出して知ることでないから、結局は私自身のものにはならないし、その時の気持ちは戻ってこない。
飽くまでそれは外聞の知識でしかなくて、そんな中途半端なものを得ても、きっと私は選択を間違える。
大切なことだからこそ、きちんとした手段で取り戻して大切にしたい。
もし人から聞くとしてもそれは『お姫様』からではなくて、当事者であるレオやアリアからだ。
過去の私から、私ではない私の主観で話を聞くのは、きっと違う。
「そうだよね。そう言うと思った。だってあなたはわたしだもん」
「細かいこだわりなのかもしれない。本当なら手段は問わず知っておいた方がいいのかもしれない。でもこれは、理屈じゃなくて気持ちの問題だから」
「うん。わたしはその気持ちこそを大切にするべきだから、わたしもそれでいいと思うよ。あなたの心のままにするのが一番だよ」
『お姫様』はまたにっこりと微笑んだ。
私の選択が嬉しいとでも言うように。
その笑顔があまりにも無垢で、私もつられて笑みをこぼしてしまった。
「わたしは所詮過去からの影法師だから、今を生きているあなたに託すしかない。こんなことわたしが言うのは変かもしれないけれど、でもあなたが昔のことも大切に思ってくれているからこそ、あえて言うよ」
『お姫様』は少し真剣な面持ちになって言った。
その言葉に私は背筋を伸ばしてしっかりと向き合う。
「レオとアリアのことを、お願い。わたしが手を放してしまったものを、あなたに拾いあげて欲しいの。二人は、わたしの大切な親友だから」
「もちろんだよ。だってあなたは私でしょ? あなたが置いてきたものは、私のものだから。私がかつて辿った軌跡だって、今と同じくらい大切なものだから」
捨てられるわけがないんだ。諦められるわけがないんだ。
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