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第5章 フローズン・ファンタズム
28 二人の親友
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「説明してもらうよ。どうしてこうなっているのか」
静寂に包まれた公園の中で、D4の棘のある声が響き渡る。
背を向けている彼女の表情を窺うことはできないけれど、その声色からは静かな怒りが滲み出ていた。
私とそう変わらない背丈の背中は、私なんかとは比べ物にならないくらい大きく、たくましく見えた。
D4。彼女もまた、私のことを親友と呼ぶ魔法使い。
以前はD8と一緒に私を迎えに来た人だ。
けれど今は私を殺そうとしているD8と対立しているように見える。
あの二人もまた親友同士のはずなのに、一体何がどうなっているんだろう。
「アリア。どうしてお前がここに……」
「どうしてはこっちのセリフだよ、D8。あなたは国を出る時私に、アリスの監視を任されたと言っていた。なのにどうしてそのあなたがこんなことをしているの?」
D4の姿を見て驚愕を隠せないでいるD8は、苦々しく顔を歪めていたたまれないという風に顔を背けた。
そんなD8に対してD4は冷ややかな態度で詰問した。
以前何度か私に見せた、穏やかで優しげな態度とは全く違う、厳格で冷徹な態度だった。
私は何がなんだかわからなくて、とりあえず隣に立つ氷室さんの無事を確認した。
D4が張ってくれたであろうあの障壁はしっかりと氷室さんのことも一緒に守ってくれて、私たちはお互いに怪我をしてはいなかった。
氷室さんは私の無事を確認して安心したように小さく息をついてから、訝しげに二人の魔女狩りの方に目を向けた。
氷室さんもまた、状況についていけていないようだった。
「お前には、関係ねぇだろう……」
「関係ない? そんなことあるわけないじゃない。私たちは共にアリスを助けるために魔女狩りになって、今までずっと頑張ってきたんでしょ? なのに、どうしてよりによってあなたがアリスの命を狙っているの」
D8は言いにくそうに短い言葉を弱々しく溢すだけ。
対するD4は口調自体は丁寧ながらも、追求の勢いを緩めない。
仲間であるD4にとっても、彼の行動な理解できないことだったんだ。
「お前に話すことなんてねぇよ。そこを退けアリア」
「ロードなの? ロード・デュークスがあなたに指示したの? アリスを殺せって。それであなたは、大人しく従ってるの!?」
「うるせぇ! ……ロードは、関係ねぇよ。これは……俺の意思だ」
「そんなの、私は信じないよレオ」
「知ったことかよ。俺は俺がやるべきことをするだけだ。俺は……アリスを殺すんだ……!」
意を決したようにD8は語気を強め、真っ直ぐにD4を見据えた。
その力強い視線にD4はわずかに怯んだのか、半歩足を下げる。
瞳の奥に、その心の奥にメラメラと熱い炎が燃えているようなD8の姿勢に、私もまた気圧されそうだった。
「そんなの……そんなの認められるわけないでしょ! 他でもないあなたがアリスに手をかけようなんて、そんなの私が許さない!」
「引っ込んでろアリア! これは俺の問題だ!」
「ふざけないで! あなたがアリスを殺すっていうのなら……私が、私があなたを──── !!!」
「やめてよ二人共!!!」
まさに殺し合わんとする二人を見ていられなくて、私は思わず声を上げた。
一歩身を乗り出した私に、氷室さんが咄嗟に私の腕を掴んで引き止めたけれど、私は構わず二人を強く見据えた。
魔女狩りの二人は突然の私の叫びに驚いて、一触即発の雰囲気にも関わらず揃ってこちらに視線を向けてきた。
「何で二人が喧嘩してるの? 二人は仲間なんでしょ? 親友なんでしょ? 私、二人のそんなところ見たくないよ……」
D4とD8が言い争う姿を見ていると、胸が締め付けられそうだった。
悲しいんだ。悲しんでるんだ。『お姫様』の彼女が悲しんでいる。
親友である二人が今にも殺し合いそうな雰囲気で争っているのが、たまらなく辛かったんだ。
「アリス……ごめんなさい。私たちも別に喧嘩がしたいわけじゃないの。けれど、あなたの命を狙うと言われたら……」
「それでも私は二人に争って欲しくないよ。だって二人は……」
「アリス……」
滅茶苦茶なことを言っているのは自分でもわかってる。
私自身まだ過去の記憶を取り戻してはいなくて、二人が親友だという実感はない。
二人のことは知識として頭ではわかっているけれど、実際を伴う親愛は沸いていない。
けれどそれでも、私の心は悲鳴をあげていた。二人の親友が仲を違っていることに。
実感は湧かなくても、その気持ちは理解できたから。
仲が良かったはずの友達同士が争っている。それはたまらなく辛いことだ。
それも私をめぐってのことなら尚のこと。だから私は必死になって訴えた。
D4はそんな私を見て苦しげに顔を歪めた。
困ったように、でも私に対して申し訳なさそうに。
そしてゆっくりとD8へと向き直った。
「ねぇレオ。お願いだからちゃんと話して。一体何があったの? だって、あなたがアリスを殺すだなんて、そんなこと……」
「……アリア。悪いが、お前に話せることはねぇよ。俺はアリスを殺す。これは、お前のためでもあるんだ」
「私のため……? ねぇレオ、それどういう意味!?」
「っ…………」
D8はしまったとでも言うように顔を歪めた。
言うべきではないことを、言うはずではなかったことを口走ってしまったようだった。
私を殺すことがD4のためでもある? その言葉の意味は私にもわからなかった。
「ねぇD────」
「花園さん」
私が口を開きかけた時、氷室さんが私の腕を強く引いてそれを遮った。
氷室さんは私を引き寄せる、とその静かな瞳を鋭く向けてきた。
「彼らが仲間割れをしている隙に逃げた方がいい」
「でも、そうしたら二人は────」
「まずはあなたの、自分たちの身を考えないと。魔女狩りたちの問題は、当人たちに任せておけばいい」
「 それは……」
それは、そうだけれど。でも私はあの二人を放ってはおけなかった。
意見が完全に食い違い、話をする余地もないあの二人は、本当に今にでも殺し合いを始めてしまいそうだ。
敵だから関係ないと、そう簡単に言い切れない。
だって私が覚えていないだけで彼らは私の親友で、そしてそれは私の心が明確に感じているんだから。
でもそれは私のわがままなのかもしれない。
私がここに残ることで、氷室さんもまた巻き込んで危険に晒してしまう。
魔女である氷室さんと力を使いこなせていない私では、魔法使いには歯が立たない。
逃げられるのなら、きっとそれが一番なんだ。
「……わかったよ氷室さん。隙を見てここから逃げよう」
今の私にとって何が一番大事なのか。
私自身に覚えのない、敵方にいる親友の争いを止めるのが優先なのか。
今目の前にいる大切な友達の身の安全が優先なのか。
そのなこと、考えるまでもないんだから。
私が頷くと、氷室さんは強く私の手を握った。
逃げるべきとは言いつつも、氷室さんは氷室さんで私の気持ちを気にしてくれているんだ。
それでも今はその気持ちよりも逃げ延びることこそが大事だと、決断を促してくれた。
D4とD8は向かい合い、今に飛び掛かりそうな剣幕だった。
D8が完全に対話を拒絶していることで、理解し合う余地が全くなくなっている。
私を殺したいD8と、守りたいD4。正反対の意思は完全に衝突していた。
理解し合えない二人の気持ちは平行線で、どうあがいても交わることはできないように見えた。
仲間のはずなのに、友達のはずなのに、親友のなずなのに。
ついこの前までは肩を並べていたのに。
きっと今でも本心ではお互いのことを思い合っているはずなのに。
私へ向ける想いが、より大切だと思う事柄への気持ちが、二人を向かい合わせている。
それはとても悲しいことだ。
二人は完全にお互いを睨み合い、今この時その意識は私たちから外れているように思えた。
逃げるなら今だと私たちは顔を見合わせる。
一触即発の二人がお互いを注視している今こそ、この場を立ち去るチャンスだと。
そう確信して手を取り合って、急ぎこの場を後にしようと動き出した、その時だった。
この世全てを一瞬で凍てつかせるような、冷たい気配がこの場を埋め尽くした。
まるで地面を影が這って伸びていくように、氷のような凍てつく気配が一瞬で浸透する。
私たちはその気配に飲み込まれ、て足を一歩も進めることはできなかった。
心臓を凍らされ、体すらも一瞬で氷漬けにされたと錯覚するほどに、見えない力に気圧されてしまった。
「これは一体何事だ。どうして君たちが、姫君を前に場を荒らげているんだい?」
静かな澄み渡るよな声が、凍てついた空気に響き渡った。
落ち着いた穏やかな優しい声。けれどその中には氷のように冷え切った、静かな怒りが込められていた。
穏やかに尋ねているような口調なのに、けれどそれは厳格な詰問だった。
唐突に現れた氷結の気配。そして放たれた静かな声。
私たちは全員その声のする方に顔を向けた。
そこには白いローブをまとった黒髪の男の人が一人、静かに佇んでいた。
「ロード・スクルド……! どうして、あなたがここに…………!」
愕然するD8の呟きが、澄み切った空気に静かに浸透した。
静寂に包まれた公園の中で、D4の棘のある声が響き渡る。
背を向けている彼女の表情を窺うことはできないけれど、その声色からは静かな怒りが滲み出ていた。
私とそう変わらない背丈の背中は、私なんかとは比べ物にならないくらい大きく、たくましく見えた。
D4。彼女もまた、私のことを親友と呼ぶ魔法使い。
以前はD8と一緒に私を迎えに来た人だ。
けれど今は私を殺そうとしているD8と対立しているように見える。
あの二人もまた親友同士のはずなのに、一体何がどうなっているんだろう。
「アリア。どうしてお前がここに……」
「どうしてはこっちのセリフだよ、D8。あなたは国を出る時私に、アリスの監視を任されたと言っていた。なのにどうしてそのあなたがこんなことをしているの?」
D4の姿を見て驚愕を隠せないでいるD8は、苦々しく顔を歪めていたたまれないという風に顔を背けた。
そんなD8に対してD4は冷ややかな態度で詰問した。
以前何度か私に見せた、穏やかで優しげな態度とは全く違う、厳格で冷徹な態度だった。
私は何がなんだかわからなくて、とりあえず隣に立つ氷室さんの無事を確認した。
D4が張ってくれたであろうあの障壁はしっかりと氷室さんのことも一緒に守ってくれて、私たちはお互いに怪我をしてはいなかった。
氷室さんは私の無事を確認して安心したように小さく息をついてから、訝しげに二人の魔女狩りの方に目を向けた。
氷室さんもまた、状況についていけていないようだった。
「お前には、関係ねぇだろう……」
「関係ない? そんなことあるわけないじゃない。私たちは共にアリスを助けるために魔女狩りになって、今までずっと頑張ってきたんでしょ? なのに、どうしてよりによってあなたがアリスの命を狙っているの」
D8は言いにくそうに短い言葉を弱々しく溢すだけ。
対するD4は口調自体は丁寧ながらも、追求の勢いを緩めない。
仲間であるD4にとっても、彼の行動な理解できないことだったんだ。
「お前に話すことなんてねぇよ。そこを退けアリア」
「ロードなの? ロード・デュークスがあなたに指示したの? アリスを殺せって。それであなたは、大人しく従ってるの!?」
「うるせぇ! ……ロードは、関係ねぇよ。これは……俺の意思だ」
「そんなの、私は信じないよレオ」
「知ったことかよ。俺は俺がやるべきことをするだけだ。俺は……アリスを殺すんだ……!」
意を決したようにD8は語気を強め、真っ直ぐにD4を見据えた。
その力強い視線にD4はわずかに怯んだのか、半歩足を下げる。
瞳の奥に、その心の奥にメラメラと熱い炎が燃えているようなD8の姿勢に、私もまた気圧されそうだった。
「そんなの……そんなの認められるわけないでしょ! 他でもないあなたがアリスに手をかけようなんて、そんなの私が許さない!」
「引っ込んでろアリア! これは俺の問題だ!」
「ふざけないで! あなたがアリスを殺すっていうのなら……私が、私があなたを──── !!!」
「やめてよ二人共!!!」
まさに殺し合わんとする二人を見ていられなくて、私は思わず声を上げた。
一歩身を乗り出した私に、氷室さんが咄嗟に私の腕を掴んで引き止めたけれど、私は構わず二人を強く見据えた。
魔女狩りの二人は突然の私の叫びに驚いて、一触即発の雰囲気にも関わらず揃ってこちらに視線を向けてきた。
「何で二人が喧嘩してるの? 二人は仲間なんでしょ? 親友なんでしょ? 私、二人のそんなところ見たくないよ……」
D4とD8が言い争う姿を見ていると、胸が締め付けられそうだった。
悲しいんだ。悲しんでるんだ。『お姫様』の彼女が悲しんでいる。
親友である二人が今にも殺し合いそうな雰囲気で争っているのが、たまらなく辛かったんだ。
「アリス……ごめんなさい。私たちも別に喧嘩がしたいわけじゃないの。けれど、あなたの命を狙うと言われたら……」
「それでも私は二人に争って欲しくないよ。だって二人は……」
「アリス……」
滅茶苦茶なことを言っているのは自分でもわかってる。
私自身まだ過去の記憶を取り戻してはいなくて、二人が親友だという実感はない。
二人のことは知識として頭ではわかっているけれど、実際を伴う親愛は沸いていない。
けれどそれでも、私の心は悲鳴をあげていた。二人の親友が仲を違っていることに。
実感は湧かなくても、その気持ちは理解できたから。
仲が良かったはずの友達同士が争っている。それはたまらなく辛いことだ。
それも私をめぐってのことなら尚のこと。だから私は必死になって訴えた。
D4はそんな私を見て苦しげに顔を歪めた。
困ったように、でも私に対して申し訳なさそうに。
そしてゆっくりとD8へと向き直った。
「ねぇレオ。お願いだからちゃんと話して。一体何があったの? だって、あなたがアリスを殺すだなんて、そんなこと……」
「……アリア。悪いが、お前に話せることはねぇよ。俺はアリスを殺す。これは、お前のためでもあるんだ」
「私のため……? ねぇレオ、それどういう意味!?」
「っ…………」
D8はしまったとでも言うように顔を歪めた。
言うべきではないことを、言うはずではなかったことを口走ってしまったようだった。
私を殺すことがD4のためでもある? その言葉の意味は私にもわからなかった。
「ねぇD────」
「花園さん」
私が口を開きかけた時、氷室さんが私の腕を強く引いてそれを遮った。
氷室さんは私を引き寄せる、とその静かな瞳を鋭く向けてきた。
「彼らが仲間割れをしている隙に逃げた方がいい」
「でも、そうしたら二人は────」
「まずはあなたの、自分たちの身を考えないと。魔女狩りたちの問題は、当人たちに任せておけばいい」
「 それは……」
それは、そうだけれど。でも私はあの二人を放ってはおけなかった。
意見が完全に食い違い、話をする余地もないあの二人は、本当に今にでも殺し合いを始めてしまいそうだ。
敵だから関係ないと、そう簡単に言い切れない。
だって私が覚えていないだけで彼らは私の親友で、そしてそれは私の心が明確に感じているんだから。
でもそれは私のわがままなのかもしれない。
私がここに残ることで、氷室さんもまた巻き込んで危険に晒してしまう。
魔女である氷室さんと力を使いこなせていない私では、魔法使いには歯が立たない。
逃げられるのなら、きっとそれが一番なんだ。
「……わかったよ氷室さん。隙を見てここから逃げよう」
今の私にとって何が一番大事なのか。
私自身に覚えのない、敵方にいる親友の争いを止めるのが優先なのか。
今目の前にいる大切な友達の身の安全が優先なのか。
そのなこと、考えるまでもないんだから。
私が頷くと、氷室さんは強く私の手を握った。
逃げるべきとは言いつつも、氷室さんは氷室さんで私の気持ちを気にしてくれているんだ。
それでも今はその気持ちよりも逃げ延びることこそが大事だと、決断を促してくれた。
D4とD8は向かい合い、今に飛び掛かりそうな剣幕だった。
D8が完全に対話を拒絶していることで、理解し合う余地が全くなくなっている。
私を殺したいD8と、守りたいD4。正反対の意思は完全に衝突していた。
理解し合えない二人の気持ちは平行線で、どうあがいても交わることはできないように見えた。
仲間のはずなのに、友達のはずなのに、親友のなずなのに。
ついこの前までは肩を並べていたのに。
きっと今でも本心ではお互いのことを思い合っているはずなのに。
私へ向ける想いが、より大切だと思う事柄への気持ちが、二人を向かい合わせている。
それはとても悲しいことだ。
二人は完全にお互いを睨み合い、今この時その意識は私たちから外れているように思えた。
逃げるなら今だと私たちは顔を見合わせる。
一触即発の二人がお互いを注視している今こそ、この場を立ち去るチャンスだと。
そう確信して手を取り合って、急ぎこの場を後にしようと動き出した、その時だった。
この世全てを一瞬で凍てつかせるような、冷たい気配がこの場を埋め尽くした。
まるで地面を影が這って伸びていくように、氷のような凍てつく気配が一瞬で浸透する。
私たちはその気配に飲み込まれ、て足を一歩も進めることはできなかった。
心臓を凍らされ、体すらも一瞬で氷漬けにされたと錯覚するほどに、見えない力に気圧されてしまった。
「これは一体何事だ。どうして君たちが、姫君を前に場を荒らげているんだい?」
静かな澄み渡るよな声が、凍てついた空気に響き渡った。
落ち着いた穏やかな優しい声。けれどその中には氷のように冷え切った、静かな怒りが込められていた。
穏やかに尋ねているような口調なのに、けれどそれは厳格な詰問だった。
唐突に現れた氷結の気配。そして放たれた静かな声。
私たちは全員その声のする方に顔を向けた。
そこには白いローブをまとった黒髪の男の人が一人、静かに佇んでいた。
「ロード・スクルド……! どうして、あなたがここに…………!」
愕然するD8の呟きが、澄み切った空気に静かに浸透した。
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