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第5章 フローズン・ファンタズム

10 子供と大人

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 クロアさんに引っ張られるままやって来たのは、駅前広場にあるこじんまりとした喫茶店だった。
 あまり目立たない佇まいで、言われてみればこんなお店もあったなと思うものの、今まで気にしたこともなかった。

 真昼間だけれど、店内に入るとぼんやりとした照明が少し暗めの雰囲気を感じさせる。
 窓は小さめで、外からの光や見通しは最小限にしてあるようだった。
 大人っぽいムーディな店内の雰囲気にどぎまぎしながら、クロアさんに促されるまま奥の方の四人掛けの席に着く。

 ここへ来る道中、そしてお店の中に入るにも私は酷く人目を気にしてしまった。
 何てったって、クロアさんは昔のヨーロッパの貴婦人が着るような黒いドレスを着ているわけで、こんな地方都市では目立つことこの上ない。
 けれど、私たちに奇異の眼差しを向けてくる人たちはいなかった。
 多分先日のシオンさんやネネさんのように、認識をずらす魔法でも使っているのかもしれない。

「さぁさぁ姫様。お好みの茶葉はおありで?」
「あの、いえ。紅茶には詳しくなくて……」

 重く暗めの雰囲気に少し落ち着かない思いをしながら椅子にちょこんと腰掛けている私に、クロアさんは少し浮き足立った声色で訪ねてきた。
 落ち着いた大人っぽいクロアさんには似合っているお店だけれど、私のようなガキンチョにはなんだか敷居が高く感じる。

 今時滅多にお目にかかれないレコードで何らかのクラシック音楽が流れていて、それは耳心地良い。
 ランプに灯された緩やかな火がゆらゆらと揺らめいている様も味わい深いと思う。
 でもどこか格式張った雰囲気が否めなくて、私のようなお子ちゃまがいて良いのかという気分にさせられる。
 この店にいる限りにおいては、クロアさんのような格好がドレスコードなのではと思ってしまうくらいだ。

「ではお紅茶はわたくしにお任せを。姫様はケーキをお選びくださいな」
「あの、私はお茶だけで……」
「まぁまぁいけませんよ。美味しいお紅茶は美味しいお菓子と共に。味わいも時間の有意義さも違います。さぁ、お好きなものを」

 それはクロアさんの持論なのか、それともそれが紅茶の正しい楽しみ方なのかはわからない。
 ただあまり強く拒むのもなんなので、仕方なくメニューに目を通した。
 お店の雰囲気から察することはできたけれど、どれもこれも目が飛び出るほどに高かった。

 高校生の懐事情的にもやっぱり遠慮したいところだ。
 けれどクロアさんの、さぁどれを選ぶんでしょうかというニコニコ顔を見たらそれもできず、私はとりあえず安めのシフォンケーキにすることにした。
 素直な感想を言えば、フルーツがゴロゴロ乗ったタルトがすごく美味しそうだったんだけれど、とてもじゃないけれど手が出るお値段ではなかった。

 私が選んだのを見て、クロアさんがすっと静かに店員さんを呼んだ。
 そんな些細な所作すらも優雅に見せるクロアさんからは、本当に大人の気品を感じる。
 それこそ本当に昔の貴族様だと言われても疑わない。
 いや、クロアさんは異世界人だし、もしかしたらあながち間違いではないのかもしれない。

「姫様は愛らしくていらっしゃる」

 注文をし終えてから、クロアさんは私のことを見ると唐突にそう言ってクスリと微笑んだ。
 なんだか酷く子供扱いされている気がして顔が赤くなった。
 まぁこのお店の雰囲気に当てられているお子様ではあるけれども。

「そう遠慮なさらずとも良いのですよ。姫様は未成年でいらっしゃる。確かこの国でも彼の国と同じく成人は二十の歳でなさるものとか。まだまだ大人に甘えてよろしいお年頃ですよ」
「そ、そんなこと……」

 私をここへ誘うときは自分がまるで子供のような無邪気さだったというのに、そうやって優しく微笑む姿はとても大人びている。
 お母さんや歳が離れたお姉さんに言われているような、包み込むような言葉だった。

 確かに未成年ではあるけれど、高校生ともなれば子供ぶってもいられないし、そういたくないと思うものだ。
 でもこうやって大人の余裕を向けられると、自分がいたくちっぽけに思えてしまう。

「様々なことに責任を感じ、思いを巡らせておられるのでしょう。確かにあなた様はそれを強いられるお立場。ですがもしよろしければ、わたくしの前ではもっと無邪気に、羽を伸ばしていただけると、わたくしは大変嬉しく思います」
「は、はぁ……」

 ニッコリと柔らかく包み込むような笑顔を向けられると、確かに気を抜いてしまいそうになる。
 クロアさんとは顔を合わせたのも数度で、交わした言葉もまだまだ少ない。
 けれどクロアさんが醸し出す雰囲気には、とても親しみを感じてしまう自分がいた。

 相手はまだまだ得体の知れないワルプルギスの魔女で、鍵を持ち去ったレイくんの仲間。
 けれどこうして相対していると、そういったことはとても瑣末なことに思えて、何も関係のない優しいお姉さんと一緒にいる気分になってしまう。

「さぁ、来ましたよ」

 私の芳しくない反応にも微笑みを向けていたクロアさんは、店員さんがやってきたのを見て手を合わせて更にニコッとした。

 濃い赤褐色の液体に満たされた、透明のガラスのティーポットが置かれる。
 芳醇な香りが鼻孔をくすぐって、その香りだけで気持ちが落ち着いていく気がした。
 紅茶なんて精々ティーバックの安物しか飲まない私は、なんだかそれがとても新鮮に感じた。

 そんな私の前にシフォンケーキが置かれた。
 ベーシックなシフォンケーキに、生クリームが添えられているシンプルなものだ。
 それでもふわふわな生地に真っ白な生クリームの組み合わせはとても美味しそうで、これだって悪くないと思った。

 クロアさんが選んだのはチョコレートケーキのようだった。
  濃厚そうなチョコレートにコーティングされ、細かいチョコレートの装飾がついたそれは見た目だけでもとても可愛らしく素晴らしかった。

 これでもう全部かなと思っていると、店員さんはもう一つの皿を手に取った。
 それをどこに置こうか少し逡巡して、クロアさんがそっと私の方に促したので、シフォンケーキに隣にそれを並べた。
 それは私が気になっていたフルーツのタルトだった。

 私これは選んでいないのに、と目を瞬かせて前を見ると、クロアさんはニッコリと柔らかい笑みを向けてきた。

「気になっていらしたんでしょう? どうぞ、ご遠慮なく」

 どうやら気付かれていたようだった。
 自分でも知らず知らずのうちに、興味深く見てしまっていたのかも知れない。
 注文の時はクロアさんの所作に見惚れていて、クロアさんが何を頼んでいるのかちゃんと聞いていなかった。
 茶葉の話とかもよくわからなかったし。

「ありがとう、ございます……」

 私は消え入るようにお礼を口にした。
 見透かされていたこと、そして大人の余裕を持つその気遣いがなんだか気恥ずかしかった。
 でもせっかくの好意だし、ありがたく頂くことにする。

 ケーキを一気に二つも食べるというのは年頃の女の子にとっては色々ヘビーだけれど、今はそれについては気にしないでおこう。
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