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第5章 フローズン・ファンタズム

7 どの答えを選ぶのか

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「魔法使いは、『始まりの力』がドルミーレだということを知っているんでしょうか?」

 私のお姫様の力が魔女に由来するものだとしたら、魔女を忌み嫌う魔法使いが求めるのは少しおかしい気がする。
 覚悟を決めて少し冷静さを取り戻したら、それが気になってしまった。

「王族特務や君主ロード連中は知っているよ。ただ『始まりの力』の詳細については基本的に開示されていないから、その他多くの魔法使いは知らないだろうね」
「でも、私を連れ戻そうと指示している偉い人たちは知ってるわけですよね? なのに魔女の力を必要としてるんですか?」
「まぁそこら辺は小難しい問題なのさ」

 いつの間にかいつも通りのあっけらかんとした表情に戻った夜子さんはのんびりと答えた。

「確かにドルミーレは魔女だ。しかも始祖たる『始まりの魔女』だ。しかし彼女の魔法は奴らにとっては未知であり強大なものだ。忌々しい魔女だがしかし、姫君の中にある力となった状態ならば、それは魔法使いの発展に繋がる力たり得ると考えているのさ」

 魔女としては嫌悪する存在だけれど、その力には利用価値があるって考え方なのかな。
 現金というかなんというか、まぁ実際的ではあると思うけれど。

「けれどまぁ、『始まりの魔女』ドルミーレは『まほうつかいの国』の歴史の闇に葬られた、存在しないことになっている女だ。魔女由来であるということと同時に、そうした事情も公言できない理由だろう」
「歴史の闇に葬られたって……?」
「あの国の住人にとって、ドルミーレは忌むべき存在だったのさ。彼女が存在していたこと、それそのものが奴らにとって目をそらしたい事実なんだよ。だからなかったことにされたのさ」

 夜子さんは笑みの中に冷たい瞳を浮かべた。
 その事実そのものが、『まほうつかいの国』の住人たちがしたことが唾棄すべきものだと言うように。
 しかしあくまでその緩い笑みは崩さない。

「『始まりの魔女』であるドルミーレは、一体何者なんですか? 『まほうつかいの国』で一体何をして、そしてどうして私の中に……?」
「悪いけれどそれを今語る気にはならないなぁ。それは私にとっても結構しんどい話でね」

 夜子さんは変わらぬ笑顔のまま言った。
 その口調こそ普段通りの穏やかなものだったけれど、しかしその言葉からはこれ以上聞いてくれるなという意思が伝わってきた。
 私はそんな夜子さんに少し気圧されて口を噤んだ。
 代わりに別の質問をする。

「……ワルプルギスが私を手に入れようとするのは、つまり私の力が魔女の始祖の力だからってことですかね」
「まぁそんなところだろう。実際のところはわからないけれど、彼女たちの目的が『始まりの魔女』そのものであることは間違いないだろうね」

 私が話題を変えると、夜子さんは平然とそれについてきた。
 緩やかな圧力はすぐになくなり、穏やかで呑気な雰囲気に戻る。

「魔法使いが彼女を力と見ているのに対して、ワルプルギスは彼女そのものの存在を重視しているんだろうね」
「ワルプルギスがお姫様である私を信奉し崇め奉っている、なんて言っていましたけど、それは実の所私の中にいる『始まりの魔女』に向けてってことなんですね」
「ワルプルギスの目的は私にとっても不明瞭だ。まぁおおよそのあてはつくけれどね。実際のところは本人たちから聞き出すといいんじゃないかな」
「そう、ですね……」

 ワルプルギス、特にレイくんには今複雑な心境だ。
 彼女たちは私に危害を加えるつもりはないし、私の意思を尊重するのが基本方針だって言っていた。
 けれどレイくんは鍵を持ち去ってしまったし、正直どういうつもりかわからない。
 これからも顔を合わせることになるだろうけれど、私はあの人たちをどういう目で見るべきなんだろう。

 一概に敵だと言い切れないのはわかっているけれど、でも晴香が命がけで守ってくれていた鍵を持ち去ったレイくんには、今はあまり穏やかな気持ちではいられない。
 晴香が守ってくれていたものであると同時に、あれは私がみんなを守り救うために必要なものなんだから。

「夜子さんは昨日レイくんと色々話してましたけど、レイくんのことよく知ってるんですか?」
「よくってほどじゃないけれど、まぁそれなりに前から見知った仲だね。奴は彼女、ドルミーレに酷い執着心を持っているようでね、昔からちょろちょろしていたのさ」

 夜子さんは参ったという風に溜息をついた。
 二人共何を考えているかわからない飄々とした態度は共通だけれど、気が合うようには見えない。
 どういう関係かまでは見えないけれど、仲は悪そうだ。

「彼女を信奉すると言うと聞こえはいいけれど、奴らがしていることは私にしてみれば彼女の冒涜のようなものだ。私はどうも好きにはなれないね。まぁ私もあまり人のことは言えないけれど」

 夜子さんは独り言のようにそう溢すと、すっと立ち上がって大きな伸びをした。
 だぼだぼとした大きな服の中で、小柄な身体をぐいっと伸ばしている。
 そして私の方を振り返りざまに見下ろした。

「アリスちゃん。君の道筋に正解はない。魔法使いや魔女が、様々な思惑と理由で君を巡って騒ぎ立てているけれど、最後の選択をするのは君だよ。アリスちゃんにとって何が正しくて何をするべきなのか、答えを見出すのは君自身だ」

 何でも色んなことを知っているであろう夜子さんは、しかしとても他人事のように言った。
 そのスタンスはいつも通りだけれど、でも今はわざとそういう風に言っている気がした。

「他人が決めた道筋をなぞる必要なんてない。アリスちゃんはアリスちゃんの道を歩みなさい。アリスちゃんの人生だ、誰の言うことも聞く必要なんてない。もちろん、私のもね」

 夜子さんは悪戯っぽくニッと笑う。

「私が話したことも真実とは限らない。何を正しいものだと信じるかはアリスちゃんの問題だからね。君にとってより良い選択をするためにも、アリスちゃんはもっと沢山のことを見聞きして、知った方がいい」

 自分たちの利益を求める人たち。私のためだと言う人たち。私に寄り添ってくれる人たち。中立を決め込む人たち。
 私にとってどれが良くて、そして求める答えに近いのか。
 それをわかるためには、全てのことに目を向けて、逃げることなく関わっていかないといけないんだ。

 夜子さんも全てを語ってくれるわけじゃない。
 それに昨日のように、意見が対立すれば容赦なくぶつかってくることもある。
 それが悪いわけではないけれど、夜子さんは私にとっての全面的な味方ではない。

 仲良くしてくれるし助けてくれるけれど、それは飽くまで利害が一致する時だけだ。
 でもそれは夜子さんに限った話じゃなくて、きっとほとんどの人に当てはまること。
 百パーセント全面的に味方で、反対に百パーセント全面的に敵である人なんていないんだ、きっと。

 考え方や立場が変わるだけで、そんなものはガラリと変化する。
 だから私はできるだけ柔軟に多くのものに触れて、そこから色んなことを知っていかないといけない。
 私はこれからのために知っておかなきゃいけないことがまだまだあるんだから。

「私、まだまだわからないことだらけで、何が正しいとかどうすればいいとか、そういうことはまだ不鮮明ですけど。でも、友達を守りたい気持ちや、一緒に過ごす平和な日々を続けたいって気持ちは確かなものです。それが手に入る答えを、私は絶対見つけてみせます。私に繋がる、全ての友達に誓って」
「是非とも見届けさせてもらうよ。アリスちゃんが辿り着く答えがどんなものなのか興味深いからね。その答えが、彼女の求めるものにとってどうなるかな」

 私が真っ直ぐに見上げて言うと、夜子さんはにんまりと笑った。
 その瞳はどこか遠くへ向けられているようで、けれど私の奥底に向けられているように思えた。
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