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幕間 まだ見ぬ真実へ

6 それぞれの思惑

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「では、私は私で部下を派遣させてもらおう」

 ケインが提示した方針が固まった空気の中、デュークスはのっそりと声を上げた。
 そんな彼にスクルドは素早く視線を向けた。

「デュークスさん、何を考えておられるのですか?」
「色々と考えているとも。貴様とは年期が違うのだよ」

 小馬鹿にするような見下すような、皮肉を隠さない物言いにスクルドはやや顔をしかめた。
 デュークスには無断で姫君を抹殺しようとした前科がある。
 そんな彼の思惑の見えない行動は看過できなかった。

「策というのは複数用意しておくものだ。ケインの方針それ自体に異論はないが、それだけでは心許ないだろう」
「何をするおつもりですか」
「監視、だな。常に姫君とその周囲に目を光らせておく必要があるだろう。もちろん、可能であれば護送も視野に入れる」
「それは……」

 スクルドは難色を示した。
 姫君の監視自体は問題ではないが、ケインが提示した静観には些か反する行為に思える。
 その監視がワルプルギスたちを刺激する可能性は否定できない。

「まぁいいじゃないの。いくら待つって言ったってボケっとしてるわけにもいかないだろ? 敵さんを刺激しないように細心の注意を払う必要はあるけれど、目を光らせておいた方がいいのは事実だよ」
「それはそうですが……」

 ケインが助け舟を出し、スクルドは不満を見せながらも否定はしなかった。
 デュークス自体は再び独断に走る可能性を捨て切れはしないが、ケインの手が伸びている以上滅多なことはしにくいだろうと、スクルドは仕方なくそう落とし所をつけた。

「わかりました。ではそのようにお願いします。全体の流れはケインさんの方針に、そして姫君とその周囲の監視はデュークスさんに。それぞれお任せしましょう。私は国内の対処に力を入れることにします」
「そうだねぇ。国内のワルプルギスの動きも、未だ収まる気配はないし。それに、例の彼女はまだ仕留めてないんでしょ?」

 小さい溜息をついてからまとめたスクルドに、ケインはニンマリと笑みを浮かべた。
 そんな彼を見てスクルドは更に重い溜息をついた。

「クリアとかいう魔女。前にスクルドくんが取り逃がして以降、見つかってないんだけ?」
「……ええ。ですがご心配なく。必ず仕留めて見せましょう」

 意地悪く指摘したケインに、スクルドは冷たく言い放った。
 魔女、クリア。ワルプルギスには所属していないが、ワルプルギスが起こす騒ぎに乗じて現れる魔女であり、幾度となく魔女狩りの手を逃れ続けている。
 一度スクルド自ら彼女と相対し追い詰めたが、逃走を許してしまった過去がある。
 数々の問題を引き起こす魔女狩りの頭痛の種だ。

「姫君のことは我々に任せ、貴様は自分の仕事をこなすことだな」
「……わかっていますとも。では、私はこれで」

 自身の失敗と責任を棚に上げて言うデュークスの言葉に、スクルドは少なからず反感の意を浮かべながらも、努めて平静な声色で返した。
 そして一方的に全てを打ち切り、立ち上げる。

「そういえばさぁ。向こうに行った時、ナイトウォーカーの他にも気になる子を見つけたんだよねぇ」

 部屋を後にしようとしたスクルドに、ケインがわざとらしく大きめの声で言った。
 スクルドは戸を開こうとノブに手を掛けたところで足を止め、顔だけケインに向ける。
 そんなスクルドを見てケインは口の端を上げた。

「姫様と一緒にいた若い女の子の魔女なんだけどさ。どこかで見たことあるなぁと思って考えてたらさ、なんとなくスクルドくんの顔が浮かんでさ」
「何が言いたいんですか?」
「いや別に。ちょっと思っただけだよ。なんとなく、そのがよく似てるなぁって」

 スクルドの眉がピクリと動いたのをケインは見逃さなかった。
 薄暗い部屋の中でも、その碧い瞳は鮮やかに見て取れる。

「スクルドくんの家は確か大層な家柄だったよね。でも昔確か、家の人間の中に────」
「ケインさん」

 うんうんと唸りながら思い出すように言葉を並べるケインを、スクルドが語気を強めて遮った。
 その顔は不機嫌に歪められ、普段の余裕のある爽やかさに影が差していた。

「何が、言いたいのでしょう」
「いや、別に? ちょっと思い出話をしているだけさ」
「……そうですか────では、私はこれで」

 スクルドは凍りついた目で短く言い放つと、後は見向きもせずに足早に部屋を出て行った。
 残された二人はそんな後ろ姿を見送って、澄み切った静寂に浸った。

「何が争いごとは嫌い、だ。見事に焚き付けているではないか」

 しばしの静寂の後、デュークスが呆れるように言い放った。
 ケインはそれにヘラヘラとした笑みを返す。

「人聞きの悪い言い方はよしてくれよ。僕はただ見て思ったことを教えてあげたまでさ」
「奴にとっては、わざわざ知らせるようなことではなかっただろうがな」
「それはまぁ、価値観の問題さ。その後の判断はスクルドくん次第ってね」

 先程までスクルドが座っていた椅子に目を向けて、ケインは目を細めた。
 口元は笑っているが、その目は全く笑っていない。

「それに、デュークスのためなんだぜ? 君を動きやすくしてやったんだ。スクルドくんはああ見えて以外と利己的で保守的だからね。必ず行動に移すよ。スクルドくん自身も勝手な行動を取るのなら、君の行動にもあまりうるさくは言えなくなるだろう」
「貴様は食えん奴だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ。まぁうまくやりなよ。僕は君の計画も悪くはないと思っているからね、できる限りのフォローはしてやるさ。でもまぁ個人的には、やっぱり姫様の力は手に入れとくべきだとは思うけどさぁ」

 デュークスは鼻を鳴らした。
 ケインはとことん腹の中が見えない。その思惑が全く見えてこない。
 彼の語るもの、その中のどれが真実なのかはデュークスにもわからない。
 しかし自身の邪魔をしないならばと、デュークスは彼の心の内に踏み入ろうとはしなかった。

「さて、これからどうなるかな」

 顔の前で手を組んで、ケインはヘラヘラと気の抜けた笑みを浮かべた。
 しかしその目にはしっかりと芯が据えられていて、何かを強く見据えているようだった。
 そんな彼を横目で見て、デュークスは口を結んだ。

 三人の交わらない思惑は、それぞれの方向へと足を進めていく。



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