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幕間 まだ見ぬ真実へ

3 どちらを選ぶのか

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「貴様は何をやっているのだ」

『まほうつかいの国』、魔女狩り本拠地のダイヤの館。その中の君主ロードの部屋で、ロード・デュークスは怒りと呆れの混じった声を張り上げた。
 一切のシワなく着こなした白いローブに、ぴったりと固められた金髪。そして威厳に満ちたその厳格な表情は、彼の品位と地位の高さを伺わせる。
 その佇まい、在り方、一つひとつの所作に至るまで、彼の四角四面な固さが滲み出ていた。

 自身の深い椅子に腰掛け、忌々しげに声を上げた先には、黒いコートに身を包んだ赤毛の男、D8ディーエイトが居心地悪そうに立っていた。
 辟易と溜息をつくデュークスをまっすぐに見て、言葉を飲み込むように口を噤んでいる。

「貴様は先日、姫君奪還をしくじったばかりなのだぞ。その上独断で行動し、あまつさえ他の君主ロードの邪魔立てをするなど……! 相手がケインだったから良かったものの、相手によっては大事だ」
「申し訳、ございません……」

 辛うじて謝罪の言葉を並べるD8だったが、しかしそこには不服がありありと示されていた。
 そんなD8を見てデュークスは顔しかめる。

「本来、最優先事項である姫君奪還の任を失敗に終わらせた時点で、貴様は責任を問われてもおかしくなかったのだ。それを私の裁量で不問にしてやったのだぞ」
「…………」

 デュークスの言葉にD8は内心毒づいた。
 彼がD8たちの任務失敗を問わなかったのは自分のためだ。
 姫君が魔女になったことを口実に抹殺を図るため、問題点をシフトさせたかっただけだ。
 決して部下を庇うためだったわけではない。

 そして刺客に遣わしたD7ディーセブンも任務に失敗し、速やかにことを終えられなかったデュークスは他の君主ロードの介入を許してしまった。
 今現在はロード・ケインによって抹殺の動きを抑えられ、満足に思惑を動かせないでいるというだけだ。

「ケインは今回の件に目を瞑ると言ったが、これで私は奴に借りを作ることなってしまったのだぞ。貴様もその意味はわかるだろう」

 そもそも魔女狩りは、姫君を奪還し保護することが目的だった。
 それは本来王族特務の管轄であったが、姫君と親睦深いD4ディーフォーとD8が所属していることを理由に、デュークスが半ば強引にその任を請け負ってきたのだ。
 それによって魔女狩りはいち早く姫君に触れる機会を得、魔女掃討の計画に利用するという算段だった。

 そうであった任務を、姫君が魔女になったということを笠に着て抹殺に切り替えたのはデュークスの独断だ。
 任務が手元にあることをいいことに、他の君主ロードに話を通すことなく、自身の計画のために姫君抹殺を企てた。
 しかし抹殺は上手くいかず、その間にケインに釘を刺されてしまった。
 それでも尚抹殺を強行することは可能であったが、自身の部下の失態を不問にするという借りを作ってしまった今、独断の強行は明確に角を立てる行為になってしまう。

 そもそも君主ロードたちの中で認可されていなかった計画を押し通すためには、そういった立場の不利は避けなければならない。
 今でこそケインはデュークスの肩を持っている状況だが、反感を買えば彼とてどう立ち回るかわかったものではないのだから。

「貴様には失望したぞD8。もう少し優秀な男だと思っていたのだがね」
「…………」

 D8は言葉を返さなかった。返せなかった。
 口を開けば反論の言葉が出てしまうとわかっていたからだ。
 デュークスは未だ自身の計画を諦めてはいない。
 立場上堂々と抹殺ができなくなったが、それでも機会があれば姫君を亡き者にしようとしている。
 そんな彼の方針に異を唱えてしまうからだ。

 しかしそれをするわけにはいかない。
 D8は魔女狩りの立場を手放すわけにはいかない。
 組織に属する以上、上司に刃向かうことは許されない。

「……こうなればやはり、再び姫君をお連れするよう指示する他ない。もうあまり時間は残されていない。スクルドが首を突っ込んでくるならまだしも、王族特務が痺れを切らして自ら動き出してはたまったものではない」

 デュークスは重い溜息をついた。
 本意ではないことは明らかだったが、そうせざるを得ないといった風だった。

「D8、貴様が行け」
「お、俺が行っていいんスか!?」

 全く予想できなかった指示に、D8は目を見開いた。
 最初の任務に失敗したD8を再び送り出すのは、体裁的にいいものとは思えない。
 それにD8は不問になったとはいえ、他の君主ロードに対してトラブルを起こしたばかりだ。
 客観的に見れば適切な采配とは言えなかった。

「勿論だとも。貴様だからこそ、この任務を任せるのだ」
「あ、ありがとうございます……!」
「────だが」

 デュークスは重い腰をあげると、ゆっくりとした歩みでD8に近付いた。
 その面持ちはどこか、よくない何かを匂わせていた。

「これが最後のチャンスだD8。もう失敗は許されない。私が命じた通り、正確に任務を遂行するのだ」

 D8の肩にゆっくりと重く手を置くデュークス。
 そんな彼の顔を、D8はまっすぐ見ることができなかった。

「安全に、確実に姫君をお連れするのだ。もし、万が一だ。お連れするまでに姫君に身に何かあれば、国の一大事だ」
「それは、もちろん……」
「いいやD8。貴様は事の重大性をわかっていないぞ。不慮の事故など、起こってはいけないのだ」

 D8にはデュークスが何を言わんとしているのかわからなかった。
 姫君の身に何かあってはいけないということなど、あまりにも当たり前すぎる。

「時に、レジスタンスの連中が姫君の周りをうろちょろとしているようじゃないか」
「は、はぁ……」
「奴らのことだ。姫君に手をかけることがあっても、おかしくはないだろうなぁ」
「ロード、一体何を……」
「わからんのか」

 肩に置かれた手に力が入り、D8は顔をしかめた。
 向けられた顔は、とても黒い笑みで満たされていた。

「貴様は姫君を迎えに上がるのだ。しかしその時既に、姫君はレジスタンスの手の者によって命を落としていた」
「ロード、それは────」
「我々は遅きに失してしまった。悲しきかな我らが姫君はお亡くなりになられていた。帰還した貴様は、私にそう報告するのだ」
「…………!」

 それは、その手で姫君を殺せということだった。
 そしてその一身に全ての責任を負えと。

「そんな……! そんなこと俺は……!」
「なぁD8。貴様も我が直属の部下であれば、私の研究と、その魔法についてよく知っているだろう」

 D8の顔色を見てほくそ笑んだデュークスは、肩から手を離して背を向けた。
 落ち着いた声色で、まるで子供を諭すような言い方で言葉を紡ぐ。

「確か貴様は、D4とも旧知の仲だそうじゃないか」
「何が、言いたいんスか……」
「貴様の態度一つで、救える命があるという話さ。私はなぁD8。自身の部下には全員、私の魔法を付与しているのだよ。つまり、その命は私の手のひらの上ということだ。そしてそれは、貴様も例外ではない」
「…………!」

 D8は全身の肌が裏返るような鳥肌が立つのを感じた。
 その冷ややかな声は決して冗談などではなく、またそれはただの脅しでもない。
 ただ振りかざしているものではなく、いつでも容易に実行することができるという宣言だ。

 確かに、ロード・デュークスが専門とする魔法が既に付与されているのならば、その命を奪うのは赤子の手を捻るよりも容易いだろう。
 既に、その首に手をかけられている状況だ。

 アリスの命を奪うのを躊躇い、D4を殺されるのか。
 D4の命を救うためにアリスをこの手にかけるのか。
 どちらにしろ、D8の命の行く先は変わらない。
 どちらの友を選ぶか、これはそういう選択だ。

 額に冷たい汗が伝うのを感じ、D8は唇を噛んだ。
 拳を強く握り、込み上げてくる不安と恐怖を抑え込む。
 そんな彼を見て、デュークスはほくそ笑んだ。

「私ならば、どちらを選ぶべきかなど目に見えていると思うがね。まぁ、賢い判断を期待しているよ、D8」

 D8は項垂れるのを必死で堪えたが、しかし口を開くことはできなかった。



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