202 / 984
第4章 死が二人を分断つとも
40 わがまま
しおりを挟む
「晴香を、殺す……? ちょっと何言ってるんですか? 全然、意味が……」
のんびりとした声から発せられた理解不能な言葉に、私は声を詰まらせた。
いつものように呑気で、まるで世間話でもするようなテンションで、夜子さんはさらっと言ってのけた。
私は晴香の熱い手を強く握って、庇うように一歩前に出た。
弱って力があまり入っていない晴香の身体は、微かに震えている。
「言葉通りの意味だよ。私たちは晴香ちゃんを殺すためにここに来たのさ」
「私たちって、じゃあ千鳥ちゃんも……?」
「そうとも」
千鳥ちゃんは夜子さんの背中越しに、居心地悪そうに控えめな視線を無言で向けてきた。
代わりに頷いた夜子さんは、穏やかな笑みを浮かべて私越しに晴香を見た。
「晴香ちゃんみたいな子を殺すのが、言ってしまえばこの世界での私の役割の一つなのさ。そして千鳥ちゃんには、その仕事を手伝ってもらっているのさ」
「でもおかしいですよ。だって夜子さんは知ってるんですよね? 晴香はもう限界なんです。時間がないんです。どうしてわざわざ殺そうとなんて……!」
『魔女ウィルス』に侵され、食い潰されそうになっている晴香は、もう時間の問題だ。
あとどれくらい保つのかはわからないけれど、いずれその時が来れば死んでしまう。
その晴香をわざわざ殺しに来る意味が私にはわからなかった。
「『魔女ウィルス』で死なないように、こうしてその直前に殺しに来ているのさ。『魔女ウィルス』による死はあまりにも酷い。本人にとっても、その周りの人間にとってもね。だから身体の限界を迎えて後は死を待つのみとなった子には、介錯してやるのさ」
「そんな……そんなこと言ったって! それじゃあ魔女狩りとやってること一緒じゃないですか!」
「一緒にされちゃあ困るなぁ。私は飽くまで魔女個人を尊重しているよ? だから私だって無益に殺したりなんかしない。あと僅かの命を、ほんの少し手前で終わらせるだけさ。みんなのためにね」
夜子さんは飽くまで飄々としていて、その余裕の姿勢を崩さない。
私が声を上げたところで、その薄い笑みを浮かべるのやめない。
「アリスちゃん。君は『魔女ウィルス』による死を知らない。だからわからないのさ。もちろん魔女狩りのように、問答無用でやって来る相手に命を差し出す必要はない。けれど、『魔女ウィルス』に食い潰されるのなら、その前に死んでおいた方がマシだよ。あくまで直前で構わない。限界まで生き抜いた上での最期だ」
「そんなの、夜子さんが決めることじゃないじゃないですか……!」
「まぁ、うん。そうだねぇ」
夜子さんはそう頷きながらも、少し冷ややかな視線を向けてきた。
わがままを叫ぶ子供を哀れむような、そんな目だった。
「アリス……いいよ。私、いいから……」
私の手をぐっと引いて、晴香が絞り出すように言った。
振り向いてみれば、また晴香は無理してニコリと笑っていた。
「どの道、もう私には時間がないから。このまま死ぬのが迷惑なら、夜子さんの言う通り殺して貰った方がいいのかもしれない」
「バカなこと言わないでよ!」
私は思わず晴香の肩に掴みかかって叫んでしまった。
晴香の身体がびくりと震えた。けれど懸命に笑顔を絶やさずに私の顔を真っ直ぐに見てきた。
いつ自分の命が尽きるかもわからない。その上自分を殺しにきたと言う人がいるこの状況でも、晴香は笑う。
それがどうしても納得いかなかった。
「諦めないでよ。晴香が諦めないでよ。晴香はまだ生きてるんだから、最後まで生きることを諦めないでよ。私は諦めないよ。晴香が生き残る方法を、『魔女ウィルス』を乗り越える方法を最後まで探す。だから、そんなこと言わないでよ……!」
「アリス……でも……」
「そんな方法はないよ、アリスちゃん。一度『魔女ウィルス』に感染してしまえば、遅かれ早かれ命が尽きることは避けられない」
夜子さんの無情な言葉が背中に突き刺さる。
俯きそうになるのを必死で堪えて、それでも晴香の顔を見た。
晴香もまた、肩を震わせながら真っ直ぐ私の顔を見返す。
「ありがとうアリス。でも、やっぱり夜子さんが正しいんだと私は思う。だから……」
「わかんないよ! それが正しいなんて思わない。もしどうしようもなくても、だからって晴香が今殺されなきゃいけない理由が、私にはわからない。だって、晴香はまだこうしてここで生きてるんだから。まだ、時間はある。まだ、まだ……」
「アンタいい加減にしなさいよ!」
達観したような口調で、まるで納得したみたいに言う晴香に、私はどうしても頷けなかった。
そんな私を罵倒するように、千鳥ちゃんの怒声が響いた。
夜子さんの影から身を乗り出して、怖い顔で私を睨んでいた。
「いつまでもわがまま言って、それが余計その子を苦しめてるってわかんないわけ!? 放っておいて『魔女ウィルス』に食い潰される死を迎えれば、その子も、周りのアンタたちももっと沢山辛い思いをするの。その子本人のためにも、アンタたち全員のためにも、もう今死んでおいた方がいいのよ!」
「千鳥ちゃんは晴香のこと何も知らないから、そんなことが言えるんだよ。晴香は私の大切な幼馴染で、自分なんかよりもずっとずっと大切な親友なの! その晴香を目の前でみすみす殺されるなんて、そんなの私にはできないよ!」
「大切なら余計のこと楽にしてあげなさいよ。アンタのその優しいところは私も好きだけど、そんな綺麗事で生きてけるほど、世の中甘くないんだって!」
千鳥ちゃんの体が放電して、バリバリとつんざくような音と共に体の周りでスパークした。
その表情は怒りのようで、けれどどこかに迷いのある苦々しいものだった。
「私は夜子さんに言われて、もう何度も死の直前の魔女に最後を見届けてきた。魔女狩りがいないこの世界では、必ず魔女はウィルスによる死を迎えるから。そうなったらその本人は死んだ後も傷付くし、周りの人間も一生消えない心の傷を背負う。そして『魔女ウィルス』は更に拡大する。仕方ないのよ! 魔女になってしまった以上、どの道死ぬしかないんだから!」
千鳥ちゃんのその言葉は、私を、そして私たちを想って言ってくれていることだと伝わってくる。
決して向こうの勝手な都合なんかじゃないってことはわかる。
でも、理屈ではこの気持ちを拭えなかった。
「もうやめて……! アリス、もういいよ! これでいいんだよ。私が今ここで死ねば、それで全部いいんだよ。どの道、ほんの少しの時間の問題で結果は変わらないんだから。私が死んで、鍵はアリスの元に還る。それはもう決まってることなんだから!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
晴香に顔を向けないまま、私は叫んだ。
「そういう問題じゃないの。わかってる。頭では、二人の言ってることが正しいんだろうって。でも納得でいないんだよ。どんなにそれが正しくても、今ここで晴香が死ななきゃいけないことに納得できないの。私は、晴香に一分一秒でも長く生きて欲しい。一緒にいて欲しい。頭で理屈はわかってても、それが正しいんだってわかってても、心がわかってくれないの。だから、私は……」
泣きそうになるのを必死で堪えて、支離滅裂な言葉を並べる。
晴香の方がよっぽど苦しいんだから、私が泣いている場合じゃない。
頭では理解できる正解が、心では受け入れられない。
わがままだとわかっているのに、それでも心が抵抗する。
今ここで晴香が殺された方が、その方が苦しまずに済むのならそれが最良の方法なんだ。
長い経験があって、沢山の魔女の最期を見てきたであろう夜子さんが言うんだから、きっとそうなんだ。
でも、まだ何かあるかもしれないって思ってしまう。
夜子さんですらも知らない解決策が、あるかもしれないって。
例えば私の力とか。そういうイレギュラーが晴香を救うかもしれないって。
だからどうしても納得できない。ギリギリまで諦めたくないんだ。
「ごめん晴香。これは私のわがままで、晴香の気持ちを踏みにじる行為かもしれない。けどね、私は晴香が大好きだから、やっぱり最後まで諦められないよ。ごめん、晴香」
「アリス……」
晴香の方に向き直って、私は絞り出すように言った。
そんな私を晴香は困ったように見つめて、でも手を強く握って微笑んだ。
「……わかったよ、アリス。アリスに任せる。例えどうなっても、私はアリスが選んでくれた道を受け入れるよ」
にっこりと微笑んで、温かい言葉で晴香はそう言った。
それは本来、晴香にとっては辛い選択のはずなのに。
夜子さんの言う通り、ここで死ぬことの方が楽かもしれないのに。
でも晴香は、私と添う道を選んでくれた。
「言ったでしょ? 私はいつだってアリスの心と一緒にいるって。どうなったって、ずっと一緒だよ」
「うん。ありがとう、晴香」
間違った選択かもしれない。
ただのわがままで、愚かな行為かもしれない。
それでも、私たちは最後まで諦めない。
「まったく、アリスちゃんの純真さには困ったものだよ」
私たちを見て、夜子さんはやれやれと溜息をついた。
その表情は依然として軽薄だけれど、その目は鋭く私を捉えていた。
「いいだろうアリスちゃん。君の気持ちはよくわかった」
「え……?」
優しい口調でそう言う夜子さんに、私は一瞬気が緩んでしまった。
わかってくれたのかと思ってしまった。
「対話は終わりだ。私たちは私たちの仕事をするよ。千鳥ちゃん」
「わかってるわよ」
けれどそれは甘い考えだった。
夜子さんはいつだって冷静だ。情にほだされたりなんてしない。
私が素直に差し出さないのなら、残るものは実力行使。
夜子さんは自分の目的を、自分がすべきと思ったことをするだけだ。
夜子さんの声で千鳥ちゃんが一歩前に出る。
帯電させたその体で、私たちを真っ直ぐ見据える。
「残念ながら交渉決裂だ。私としては平和的にことを終わらせたかったけれど、アリスちゃんが納得してくれないのなら後は力尽くしかないからね。霰ちゃんに善子ちゃん。君たちはどうするんだい?」
夜子さんの態度は変わらない。
いつも通りの気の抜けた呑気な声色だ。
けれどその言葉の中には明確な意思が込められていた。
「私は、どんな時も花園さんの味方。花園さんが抗うのなら、私は同じ道を歩む」
氷室さんは静かにそう言って、私の前に一歩踏み出した。
今回こそ氷室さんには何にも関係ないのに、それでも私を助けようとしれくれている。
「私もアリスちゃんの味方だよ。正直、どっちが正しいのかなんて私には判断がつかない。でも、アリスちゃんも晴香ちゃんも私の可愛い後輩だから。今の私の正しさは、二人を守ることだよ」
善子さんもまた、私の前に乗り出した。
こんな私のわがままのために、みんなが力を貸してくれる。
「二人共……ありがとう」
善子さんは振り返ってニカっと笑って、氷室さんは静かに頷いた。
心強い。私に並び立ってくれる友達の存在が、どうしようもなく心強かった。
そんな二人に、夜子さんは特別言葉をかけなかった。
その答えをはじめからわかっていたように。
「夜子さん。私たち、戦わないといけないんですか……?」
「意見と意見がぶつかった。お互いの正しさがぶつかった。そこに生まれるのは、残念ながら争いだけだよ」
夜子さんとは、二人とは戦いたくなかった。
散々お世話になって、助けてもらった。そんな二人と争いたくなかった。
けれど夜子さんの目には迷いがなかった。
「私はねぇアリスちゃん。別段君の味方というわけじゃあないんだよ。でもさ、個人的に君のことは好きだし、手を貸すのはやぶさかじゃない。けれどそれは利害が一致した場合の話だ。だから、こうなるのは仕方ないよね」
戦いは避けられない。
お互いに譲れないものがある以上、今までどれだけお世話になっていたとしても、どれだけ仲良くても。
自分の気持ちを押し通すためには、もうぶつかるしかないんだ。
のんびりとした声から発せられた理解不能な言葉に、私は声を詰まらせた。
いつものように呑気で、まるで世間話でもするようなテンションで、夜子さんはさらっと言ってのけた。
私は晴香の熱い手を強く握って、庇うように一歩前に出た。
弱って力があまり入っていない晴香の身体は、微かに震えている。
「言葉通りの意味だよ。私たちは晴香ちゃんを殺すためにここに来たのさ」
「私たちって、じゃあ千鳥ちゃんも……?」
「そうとも」
千鳥ちゃんは夜子さんの背中越しに、居心地悪そうに控えめな視線を無言で向けてきた。
代わりに頷いた夜子さんは、穏やかな笑みを浮かべて私越しに晴香を見た。
「晴香ちゃんみたいな子を殺すのが、言ってしまえばこの世界での私の役割の一つなのさ。そして千鳥ちゃんには、その仕事を手伝ってもらっているのさ」
「でもおかしいですよ。だって夜子さんは知ってるんですよね? 晴香はもう限界なんです。時間がないんです。どうしてわざわざ殺そうとなんて……!」
『魔女ウィルス』に侵され、食い潰されそうになっている晴香は、もう時間の問題だ。
あとどれくらい保つのかはわからないけれど、いずれその時が来れば死んでしまう。
その晴香をわざわざ殺しに来る意味が私にはわからなかった。
「『魔女ウィルス』で死なないように、こうしてその直前に殺しに来ているのさ。『魔女ウィルス』による死はあまりにも酷い。本人にとっても、その周りの人間にとってもね。だから身体の限界を迎えて後は死を待つのみとなった子には、介錯してやるのさ」
「そんな……そんなこと言ったって! それじゃあ魔女狩りとやってること一緒じゃないですか!」
「一緒にされちゃあ困るなぁ。私は飽くまで魔女個人を尊重しているよ? だから私だって無益に殺したりなんかしない。あと僅かの命を、ほんの少し手前で終わらせるだけさ。みんなのためにね」
夜子さんは飽くまで飄々としていて、その余裕の姿勢を崩さない。
私が声を上げたところで、その薄い笑みを浮かべるのやめない。
「アリスちゃん。君は『魔女ウィルス』による死を知らない。だからわからないのさ。もちろん魔女狩りのように、問答無用でやって来る相手に命を差し出す必要はない。けれど、『魔女ウィルス』に食い潰されるのなら、その前に死んでおいた方がマシだよ。あくまで直前で構わない。限界まで生き抜いた上での最期だ」
「そんなの、夜子さんが決めることじゃないじゃないですか……!」
「まぁ、うん。そうだねぇ」
夜子さんはそう頷きながらも、少し冷ややかな視線を向けてきた。
わがままを叫ぶ子供を哀れむような、そんな目だった。
「アリス……いいよ。私、いいから……」
私の手をぐっと引いて、晴香が絞り出すように言った。
振り向いてみれば、また晴香は無理してニコリと笑っていた。
「どの道、もう私には時間がないから。このまま死ぬのが迷惑なら、夜子さんの言う通り殺して貰った方がいいのかもしれない」
「バカなこと言わないでよ!」
私は思わず晴香の肩に掴みかかって叫んでしまった。
晴香の身体がびくりと震えた。けれど懸命に笑顔を絶やさずに私の顔を真っ直ぐに見てきた。
いつ自分の命が尽きるかもわからない。その上自分を殺しにきたと言う人がいるこの状況でも、晴香は笑う。
それがどうしても納得いかなかった。
「諦めないでよ。晴香が諦めないでよ。晴香はまだ生きてるんだから、最後まで生きることを諦めないでよ。私は諦めないよ。晴香が生き残る方法を、『魔女ウィルス』を乗り越える方法を最後まで探す。だから、そんなこと言わないでよ……!」
「アリス……でも……」
「そんな方法はないよ、アリスちゃん。一度『魔女ウィルス』に感染してしまえば、遅かれ早かれ命が尽きることは避けられない」
夜子さんの無情な言葉が背中に突き刺さる。
俯きそうになるのを必死で堪えて、それでも晴香の顔を見た。
晴香もまた、肩を震わせながら真っ直ぐ私の顔を見返す。
「ありがとうアリス。でも、やっぱり夜子さんが正しいんだと私は思う。だから……」
「わかんないよ! それが正しいなんて思わない。もしどうしようもなくても、だからって晴香が今殺されなきゃいけない理由が、私にはわからない。だって、晴香はまだこうしてここで生きてるんだから。まだ、時間はある。まだ、まだ……」
「アンタいい加減にしなさいよ!」
達観したような口調で、まるで納得したみたいに言う晴香に、私はどうしても頷けなかった。
そんな私を罵倒するように、千鳥ちゃんの怒声が響いた。
夜子さんの影から身を乗り出して、怖い顔で私を睨んでいた。
「いつまでもわがまま言って、それが余計その子を苦しめてるってわかんないわけ!? 放っておいて『魔女ウィルス』に食い潰される死を迎えれば、その子も、周りのアンタたちももっと沢山辛い思いをするの。その子本人のためにも、アンタたち全員のためにも、もう今死んでおいた方がいいのよ!」
「千鳥ちゃんは晴香のこと何も知らないから、そんなことが言えるんだよ。晴香は私の大切な幼馴染で、自分なんかよりもずっとずっと大切な親友なの! その晴香を目の前でみすみす殺されるなんて、そんなの私にはできないよ!」
「大切なら余計のこと楽にしてあげなさいよ。アンタのその優しいところは私も好きだけど、そんな綺麗事で生きてけるほど、世の中甘くないんだって!」
千鳥ちゃんの体が放電して、バリバリとつんざくような音と共に体の周りでスパークした。
その表情は怒りのようで、けれどどこかに迷いのある苦々しいものだった。
「私は夜子さんに言われて、もう何度も死の直前の魔女に最後を見届けてきた。魔女狩りがいないこの世界では、必ず魔女はウィルスによる死を迎えるから。そうなったらその本人は死んだ後も傷付くし、周りの人間も一生消えない心の傷を背負う。そして『魔女ウィルス』は更に拡大する。仕方ないのよ! 魔女になってしまった以上、どの道死ぬしかないんだから!」
千鳥ちゃんのその言葉は、私を、そして私たちを想って言ってくれていることだと伝わってくる。
決して向こうの勝手な都合なんかじゃないってことはわかる。
でも、理屈ではこの気持ちを拭えなかった。
「もうやめて……! アリス、もういいよ! これでいいんだよ。私が今ここで死ねば、それで全部いいんだよ。どの道、ほんの少しの時間の問題で結果は変わらないんだから。私が死んで、鍵はアリスの元に還る。それはもう決まってることなんだから!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
晴香に顔を向けないまま、私は叫んだ。
「そういう問題じゃないの。わかってる。頭では、二人の言ってることが正しいんだろうって。でも納得でいないんだよ。どんなにそれが正しくても、今ここで晴香が死ななきゃいけないことに納得できないの。私は、晴香に一分一秒でも長く生きて欲しい。一緒にいて欲しい。頭で理屈はわかってても、それが正しいんだってわかってても、心がわかってくれないの。だから、私は……」
泣きそうになるのを必死で堪えて、支離滅裂な言葉を並べる。
晴香の方がよっぽど苦しいんだから、私が泣いている場合じゃない。
頭では理解できる正解が、心では受け入れられない。
わがままだとわかっているのに、それでも心が抵抗する。
今ここで晴香が殺された方が、その方が苦しまずに済むのならそれが最良の方法なんだ。
長い経験があって、沢山の魔女の最期を見てきたであろう夜子さんが言うんだから、きっとそうなんだ。
でも、まだ何かあるかもしれないって思ってしまう。
夜子さんですらも知らない解決策が、あるかもしれないって。
例えば私の力とか。そういうイレギュラーが晴香を救うかもしれないって。
だからどうしても納得できない。ギリギリまで諦めたくないんだ。
「ごめん晴香。これは私のわがままで、晴香の気持ちを踏みにじる行為かもしれない。けどね、私は晴香が大好きだから、やっぱり最後まで諦められないよ。ごめん、晴香」
「アリス……」
晴香の方に向き直って、私は絞り出すように言った。
そんな私を晴香は困ったように見つめて、でも手を強く握って微笑んだ。
「……わかったよ、アリス。アリスに任せる。例えどうなっても、私はアリスが選んでくれた道を受け入れるよ」
にっこりと微笑んで、温かい言葉で晴香はそう言った。
それは本来、晴香にとっては辛い選択のはずなのに。
夜子さんの言う通り、ここで死ぬことの方が楽かもしれないのに。
でも晴香は、私と添う道を選んでくれた。
「言ったでしょ? 私はいつだってアリスの心と一緒にいるって。どうなったって、ずっと一緒だよ」
「うん。ありがとう、晴香」
間違った選択かもしれない。
ただのわがままで、愚かな行為かもしれない。
それでも、私たちは最後まで諦めない。
「まったく、アリスちゃんの純真さには困ったものだよ」
私たちを見て、夜子さんはやれやれと溜息をついた。
その表情は依然として軽薄だけれど、その目は鋭く私を捉えていた。
「いいだろうアリスちゃん。君の気持ちはよくわかった」
「え……?」
優しい口調でそう言う夜子さんに、私は一瞬気が緩んでしまった。
わかってくれたのかと思ってしまった。
「対話は終わりだ。私たちは私たちの仕事をするよ。千鳥ちゃん」
「わかってるわよ」
けれどそれは甘い考えだった。
夜子さんはいつだって冷静だ。情にほだされたりなんてしない。
私が素直に差し出さないのなら、残るものは実力行使。
夜子さんは自分の目的を、自分がすべきと思ったことをするだけだ。
夜子さんの声で千鳥ちゃんが一歩前に出る。
帯電させたその体で、私たちを真っ直ぐ見据える。
「残念ながら交渉決裂だ。私としては平和的にことを終わらせたかったけれど、アリスちゃんが納得してくれないのなら後は力尽くしかないからね。霰ちゃんに善子ちゃん。君たちはどうするんだい?」
夜子さんの態度は変わらない。
いつも通りの気の抜けた呑気な声色だ。
けれどその言葉の中には明確な意思が込められていた。
「私は、どんな時も花園さんの味方。花園さんが抗うのなら、私は同じ道を歩む」
氷室さんは静かにそう言って、私の前に一歩踏み出した。
今回こそ氷室さんには何にも関係ないのに、それでも私を助けようとしれくれている。
「私もアリスちゃんの味方だよ。正直、どっちが正しいのかなんて私には判断がつかない。でも、アリスちゃんも晴香ちゃんも私の可愛い後輩だから。今の私の正しさは、二人を守ることだよ」
善子さんもまた、私の前に乗り出した。
こんな私のわがままのために、みんなが力を貸してくれる。
「二人共……ありがとう」
善子さんは振り返ってニカっと笑って、氷室さんは静かに頷いた。
心強い。私に並び立ってくれる友達の存在が、どうしようもなく心強かった。
そんな二人に、夜子さんは特別言葉をかけなかった。
その答えをはじめからわかっていたように。
「夜子さん。私たち、戦わないといけないんですか……?」
「意見と意見がぶつかった。お互いの正しさがぶつかった。そこに生まれるのは、残念ながら争いだけだよ」
夜子さんとは、二人とは戦いたくなかった。
散々お世話になって、助けてもらった。そんな二人と争いたくなかった。
けれど夜子さんの目には迷いがなかった。
「私はねぇアリスちゃん。別段君の味方というわけじゃあないんだよ。でもさ、個人的に君のことは好きだし、手を貸すのはやぶさかじゃない。けれどそれは利害が一致した場合の話だ。だから、こうなるのは仕方ないよね」
戦いは避けられない。
お互いに譲れないものがある以上、今までどれだけお世話になっていたとしても、どれだけ仲良くても。
自分の気持ちを押し通すためには、もうぶつかるしかないんだ。
0
お気に入りに追加
99
あなたにおすすめの小説
愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜
マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。
職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。
ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。
そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。
始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。
憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!?
*この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。
悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活
束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。
初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。
ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。
それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。
【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?
海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。
そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。
夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが──
「おそろしい女……」
助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。
なんて男!
最高の結婚相手だなんて間違いだったわ!
自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。
遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。
仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい──
しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。
西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~
雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。
元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。
※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる