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第4章 死が二人を分断つとも

27 キスの意味

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「これは意外だなぁ。嬉しい誤算ってやつだね。アリスちゃんはてっきり断ってくるかと」
「うるさいなぁ……するなら、早くしてよ」

 嬉しそうにニヤリとするレイくん。
 そんな顔をされるとなんだか恥ずかしさが増して、私はぶっきらぼうに返した。

 自分から好んでしたいわけじゃない。
 別にレイくんと特別したくないわけじゃなけれど、だからと言ってしたいわけでもない。
 色恋に疎い私は、キスっていうのは好きな人とするものだという漠然とした価値観しかないから。
 だから、そういう意味で好きではないレイくんとすることには好意的ではない。
 でも、しなきゃいけないのなら……できる。

 優しく包み込むようなその腕に身を任せる。
 身を寄せ合っているから全身でレイくんの存在を感じる。
 その端正な顔は目の前にあって、こんな身近にレイくんを感じていることで心臓が速くなっていくのがわかった。

 そんな私を見て、レイくんは優しく微笑む。

「じゃあ、アリスちゃんからしてよ」
「な、何で私から!? レイくん慣れてるんでしょ。そっちからしてよ」

 まさかの要求に私は慌てて反論した。
 レイくんは少しからかうような笑みを見せてくる。

「それじゃダメなんだよ。アリスちゃんからしてくれないと、意味がないんだ」
「……そんなの、最初は言ってなかった」
「ごめんごめん。まさか受けてもらえると思わなかったからね。そこまで言わなかったんだ」

 つくづく狡い。
 でも、もうここまできたらどっちも変わらない。
 いや、するよりされる方が、初めての私にとっては大分ハードルが低くはなるけれど。

「どうする? やめるかい?」
「や、やめない…………もぅ、わかったよ」

 ここまできたらもう覚悟を決めないと。
 ちょっとだけ。ちょっとだけだから。
 ほんの少し唇と唇を触れさせるだけだから。

 私の返答に嬉しそうに微笑んだレイくんは、そっと静かに目を閉じた。
 まるでキスするみたいだ。いや、これからするんだ。

 静かな夜の道中で向かい合って目を閉じられると、もうキスをしなければいけない空気だ。
 背中に回されたレイくんの手が私を逃がさない。
 もう、私にはキスをする以外の選択肢は残されていなかった。

 私はレイくんの肩に控えめに手を置いて、少しだけ背伸びをした。
 顔を近付けてみれば、レイくんのサラッとした黒髪が私の頰を撫でてくすぐったかった。
 近付くことでレイくんの柔らかな吐息を感じる。
 それが余計に私を緊張させた。

 なんだか、さっきもこんなことをしていた。
 でもさっきとは状況が違う。
 さっきは一時の気の迷いとは言え、私も少ししたいという気持ちがあった。
 でも今のこれは仕方なく。しなきゃいけないからするんだ。

 それでも緊張するものは緊張する。
 心臓がドキドキいっているのを全身で感じる。
 でも、私はする、できる。晴香のためなら、これくらい。

 私の体に回すレイくんの腕の力が少しだけ強まった。
 それに合わせて私も肩に置く手の力を強めてしまった。
 レイくんに倣って私も目を瞑る。
 キスの時は目を瞑るのが作法であることくらいは、私も知っている。

 もうどうにもならない距離。
 もう後には引けない。私はレイくんとキスをする。
 晴香のために、私はこの人とキスをするんだ。

 全ての覚悟と気持ちを飲み込んで。
 私の唇は、レイくんの元へ────

 しかし、それは空ぶった。というよりは先手を打たれた。
 私がレイくんの唇めがけて差し出したのをかわして、私のおでこに柔らかいものが先に触れた。
 確かに柔らかく、でも少し薄めな唇の感触。

 ちょうど晴香が私にそうした位置と同じところに、レイくんがキスをしてきた。

「え……!?」

 私はびっくりして飛びのいてしまった。
 今まさに私からキスをしようとしていたのに、それをあしらうように額にキスをされた。
 その意味が理解できなくて、私はレイくんを見つめた。
 そんな私を見て、レイくんは眉を寄せて笑った。

「せっかくだけど、やめておくよ。君からのキスはこんな風にもらうものじゃないしね」
「な……! 人がせっかく……勇気を出して……!」

 今の私の勇気と覚悟は何だったのか。
 初めてのキスを差し出すのにどれくらい勇気がいるものなのか、この人はわからないんだろうか。
 言葉にできない怒りがふつふつと込み上げてきて、私は強くレイくんを睨んだ。

「ごめんよアリスちゃん。でも、君からキスをもらうなら、きちんと君の意思と感情でして欲しかったんだ。こんなやり方は、美しくないからね」
「じゃあ、もう一生することはないね!」
「拗ねないでよ。困ったなぁ」

 私が怒りを露わにして言うと、レイくんは眉を寄せた。
 珍しく少しシュンとした顔をして見せたけれど、そんな顔をしたってダメだ。
 乙女の純情を弄んだ罪は重い。

「いいじゃないか。君にとっても僕とのキスは不本意だっただろう?」
「そ、そういう問題じゃありません!」
「それに、今君が僕にキスをしていたら、君の『寵愛』は僕に移っていたんだよ?」
「え……?」

 予想もしていなかった言葉に、私は怒りを忘れてレイくんの顔をまじまじと見てしまった。
『寵愛』がレイくんに移る?
 私のお姫様としての『庇護』の力が及ぶ、私が信頼する魔女の中でも特に想いを寄せる人に与えられる『寵愛』。
 今は氷室さんが私の『寵愛』を受けているらしいけれど、それがレイくんに移る?

「姫君のキスは寵愛の証。姫君はその情愛を接吻によって与えるのさ。それ程までに、本来それは気持ちが込められるものだということだよ」
「じゃあ、レイくんは今私に……」
「ああ。でもやめた。それは僕の望むところじゃない。君の『寵愛』は、君に心から愛された時にこそ賜りたい」

 まさか、そんなことになるかもしれなかったなんて。
 私のキスに、そんな意味があったなんて。
 あれ。でもそうすると、もしかして晴香は────

「お詫びとは違うけれど、ちゃんと教えてあげるから機嫌を直してほしいな」
「────え?」

 一瞬に何かに思い当たったような気がしていた私の考えを、レイくんの言葉が遮った。
 そして私にかわす暇を与えず、レイくんは腕を伸ばして頭を撫でてきた。
 機嫌をとるような猫なで声で、甘く囁く。

「僕たちが知る『魔女ウィルス』による死の克服について、教えてあげるよ」
「でも、私は……」
「君からのキスを断ったのは僕だ。君はしっかりとその意思を示してくれた。ならば僕は約束通り教えてあげないと格好がつかない」

 ウィンクしながらそう言うレイくん。
 私としては何も失わずに希望のものが手に入るから、願ってもないことだけれど。

「でも、どうせならここで僕が一人で話して聞かせるよりも、君がゆっくりと実感を持って聞ける方がいいだろうね。散歩もそろそろ飽きただろう?」

 レイくんの言わんとしていることがいまいちわからなくて私は首を傾げた。
 そんな私を見て、レイくんは慈しむように微笑んだ。

「僕たちのこちらでの住処に招待しよう。デートのゴールとしてはうってつけだよ」
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