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第4章 死が二人を分断つとも

26 欲求的な要求

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「ところで、アリスちゃんも僕に何か用事があったんじゃないの?」
「え? まぁ、うん」

 レイくんがわざとらしく聞いてきて、私はとりあえず頷いた。
 私が聞きたいことがあったからこそこうしてついてきていることを、レイくんはお見通しだったみたいだ。

「何でも言ってごらんよ。アリスちゃんの話なら、僕は何だって聞いてあげるよ」

 悪意のない笑顔で優しく促してくるレイくん。
 私が言い出しやすいような雰囲気を作ってくれていた。
 そういう細やかさもレイくんの女ったらしさが垣間見えて、何だか気分は良くなかった。
 でもそんなことを言っている場合じゃない。

「じゃあ単刀直入に聞くけど。レイくんは、ワルプルギスは、『魔女ウィルス』で死なない方法を知っているんだよね? それを教えて欲しいの」
「……なるほど。そうきたか」

 レイくんの手をぎゅっと握って、その少しだけ高い位置にある瞳をまっすぐ見つめる。
 レイくんはキリッとした目を少し細めて、私を見定めるような薄い笑みを浮かべた。

「ちなみに、どうしてそんなことが知りたいのか聞いてもいいかな?」
「それは……言いたくない」

 晴香のことを説明したくはないし、その必要もない。
 それに私も一応魔女ってことになっているんだし、みんなからしてみればそれを聞く理由がないわけじゃないし。
 レイくんは私の返答に特に追求をしてこなかった。
 はじめから聞けるとも思っていなかったのかもしれない。

「アゲハさんは、既に死を乗り越えたって言ってた。レイくんたちワルプルギスは、『魔女ウィルス』による死を克服する方法を知っているんでしょ?」
「転臨のことかな。まぁそういうことになるけれど。でもあんまりおすすめはできないなぁ」

 優しく、まるで子供を諭すような口調でレイくんは言った。
 眉を寄せて、少し困っているようにも見える。

「教えては、もらえないの?」
「うーん。僕としては、あんまり進んで教えてあげるようなものではないかな。でも、他でもないアリスちゃんの頼みだから、聞いてあげたい気持ちもあるし……」

 レイくんは自らの顎に手を添えて考える素振りを見せた。
 その仕草は少しわざとっぽくて、そう見せているのが見え見えだった。
 伏せ目でそんなポーズをとって、やがて目をぱちっと開いた。

 まるで名案が浮かんだとでもいうように、明るい顔をして私を見る。
 その顔には機嫌の良さそうな満面の笑みが浮かべられていた。
 私はなんとなく、嫌な予感がした。

「じゃあこうしよう。アリスちゃんが僕のお願いを聞いてくれたら、アリスちゃんのお願いも聞いてあげる」
「……お願いって?」

 全くもって良い予感はしない。
 レイくんの提案はきっと、私にとって碌でもないものだという気がしてならなかった。
 でも仕方なく聞くしかなかった。

「僕にキスしてくれたら、アリスちゃんが聞きたいことを教えてあげるよ」
「キ、キス!?」

 予想外の要求に、私はとっさにレイくんの手を振り払ってしまった。
 いや、レイくんなんだからそれは予想できたことかもしれないけれど、いやでもなぁ。

 私はてっきり、お姫様関係のこととか、そういう要求をされると思っていた。
 まさかこんなストレートな欲求をぶつけられるなんて思ってもみなかった。
 自分の顔が一瞬で赤くなったのを感じた。

「レ、レイくん。私、真面目な話してるんだけど……!」
「僕だって至って真面目だよ。僕はアリスちゃんとキスがしたい」

 語気を強めて睨みつけながら言ってみるも、レイくんは気にせずにクールな声色で返してきた。
 調子が狂っているのは私だけで、レイくんは完全に余裕な面持ちだった。

「なんでそんな……私なんかとキスしたって……」
「何を言っているさ。好きな女の子とキスがしたいなんて、当たり前のことじゃないか」

 もう一周も二周も通り越してムカついてきた。
 なんでこういう言葉を息を吸うように言うんだろうか。
 別にときめいたりはしないけれど、何とも言えないもやもやが渦巻く。
 とりあえずパンチの一つでも入れたい気分だった。

「もちろんフレンチなもので構わないよ。まぁ、僕としてはもっと濃厚なものでも大歓迎だけどね」
「なっ…………」

 濃厚な、とは一体何を言ってるのか。
 いや、それが意味することはわかってはいるけれど、でも私とレイくんが濃厚なそれを……。
 ダメだ。頭がパンクしそうになる。

「しなきゃ、ダメなの?」
「ダメじゃないさ。けれどこれは取引だからね。してくれないと、僕もアリスちゃんの聞きたいことを教えてあげられないよ」
「……卑怯だ」

 完全に弱みに付け込まれた。
 何故私がそれを知りたいのか、その実をレイくんは知らないけれど、でもそれが私にとって大事なことだと見抜いているんだ。
 だからこそレイくんはこんなことを言い出してくる。

 でも実際問題、それだけのことで晴香が助かる糸口が掴めるのなら安いものかもしれない。
 いや、女の子として唇を安売りするのは良くないとは思うけれど。
 でも何がより大事かと言えば、私なんかのファーストキスより晴香の命だ。
 そう考えれば、これは決して安いことではない。

 レイくんとキスをする。
 それでそのことを教えてもらえるのなら、私は……。

「わかったよ」

 私が一歩踏み出すと、レイくんは少し驚いたように微笑んだ。
 身を寄せる私の背中にそっと手を回して優しく包んでくる。
 なんだか、とてもいけないことをするような気分になってきた。
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