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第4章 死が二人を分断つとも
2 いつもとは違う朝
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自分のベッドで身を覚ます。
それがこんなに幸せなことなんて。と、寝起き早々ちょっぴり大袈裟な感傷に耽った。
前日寝袋に包まって廃ビルで雑魚寝だったから、暖かなベッドで眠れたことに普段よりも幸せを感じてしまう。
寝覚めのいい朝、とは言いにくいけれど、それでも起きることはそこまで億劫ではなかった。
一晩ぐっすり眠ったことで、昨日の疲れはほとんど取れたようだった。
今日は月曜日だから学校に行かないといけない。
正直ここ連日命がけの戦いを繰り広げていて、とてもじゃないけど学校なんて行っていられないという気持ちはある。
けれどいつもと変わらぬ日々を守りたい私としては、学生の本分を疎かにするわけにもいかない。
戦いの後、私たちは夜子さんの廃ビルへと立ち寄って傷を治してもらった。
そこで一息ついてから、私と氷室さんは自分の家に帰ることにした。
カノンさんとまくらちゃんは、一晩休ませてもらったら行くところを探すと言っていた。
特別お別れは言わなかった。
二人がこれからどこへ行くつもりなのかはわからないけれど、でもこの世界にいる以上今生の別れになるわけじゃない。
また会うためにも、まるでまた明日会うよな言葉しか交わさなかった。
それで十分だと思ったし、二人もきっとそう思ってくれたに違いない。
私が心の中で出会った人について、そこで聞かされたことについてはまだ誰にも話せていない。
夜子さんに何か聞こうかとも思ったけれど、きっと私の今受けている制限がある以上、何を聞いても仕方がないんだろうと諦めた。
氷室さんへの相談もまだしていない。
私自身が整理しきれていないことを他人に話せる自信はなかった。
けれど、心配してくれている氷室さんにいつまでも隠し立てしているわけにもいかないし、近いうちに話せるようにしようと思う。
昨日の昼間、狙われているのにも関わらず一人で出歩いて危険な目に遭った前科があった私は、氷室さんに家まで送ってもらった。
氷室さんが送ると言い張って、私はその前科のせいで断ることはできなかった。
家には氷室さんが張った結界があるから安心できるとのことだった。
別れ際、散々言ったお礼をまた言って、その姿が見えなくなるまで見送った。
その小さい背中は頼もしい。角を曲がる時こっちに顔を向けてきたからニコリと笑って手を振ると、氷室さんも控えめに手を振ってくれた。
家に入る前に晴香の家に向けてみると、もう遅い時間なので当然の如く明かりは全て消えていた。
寝る前にちょっとしたメールを送ってみたけれど、朝になった今もまだ返信のメールはなかった。
「晴香、どうしたんだろう……」
朝の支度をしながら連絡のない幼馴染のことを考える。
一昨日のらしくない電話のことも気になるし、メールに返事がないのも気になる。
晴香は私なんかよりもよっぽどしっかりしているからもうとっくに起きているだろうし、返事の一つくらい来ていてもおかしくないんだけどなぁ。
片手間に焼いた食パンにマーガリンだけささっと塗った簡単な朝ごはんを食べていた時、インターホンの軽い音がした。
きっと晴香だと思った私は、食パンを咥えたまま玄関まで駆けて行って勢いよく扉を開けた。
心配で気持ちが急いていた私は、扉を開いた勢いで飛び出して、ドンと何かにぶつかった。
「少女漫画のベタな出会いのシーンかよ」
全く動じない何かにぶつかって尻餅をつきそうになった私の腕を、ぐっと掴んで支えてくれたのは創だった。
呆れ気味の溜息をこぼしながら、私よりもずっと高い位置から見下ろして、そんな冷たいツッコミを入れてきた。
「なんだ創かぁ」
「なんだとはなんだ。朝から失礼なやつだなぁ」
晴香の顔を想像して飛び出したらこの仏頂面があったとなれば、誰だって文句の一つも言いたくなる。
まぁ失礼であることは認めるけれど。
支えてくれたことにお礼を言いつつ、私は食パンを齧りながら奥に戻る。
「晴香はまだなのか?」
「うん。ていうか昨日から連絡もないんだよ」
ちゃんと鍵を閉めてから私の後をついてきた創の問いに、私はコーヒーを入れてあげながら頷いた。
そんな私の言葉に創は顔をしかめた。
「お前ら喧嘩でもしたのか?」
「まさか。むしろ私は創が晴香と喧嘩でもしたのかと」
「いや、この土日は俺会ってないからなぁ。特に連絡もしなかったし」
「私も。ただ一昨日電話きてさ。会いたいって言われたんだけど、ちょっと時間とってあげられなくて。一応昨日の夜メールしてみたんだけど、今のところ音沙汰なし。創なら何か知ってるかなって思ったんだけど、その様子じゃ何にも知らなそうだね」
私の話を聞いて創は難しい顔をした。
別にもう子供じゃないんだし、ちょっと連絡がこないだけで騒ぐことじゃないんだけど。
私と違って一緒に住んでる家族がいるわけだし、何かがあればそっちから連絡が来るはず。
でも創的には、この間私が二日間の音信不通をやらかしたばかりだから、似たようなことが続いている気がしているのかもしれない。
まぁ私の方は本当に誘拐だったわけだけど、晴香の場合は一昨日私が電話で話しているし、昨日だって家族で出掛けていたみたいだし。
きっとそこまで気にするよなことじゃないと思うんだけどな。
ただ私は、電話で話した時の晴香の煮え切らない態度が少し気になっていた。
少なからず心配事か悩み事のようなものはあったんだと思う。
けれどそれを今創に言うと余計心配しそうだったから、私はそれをぐっと飲み込んだ。
しばらくそんな晴香の心配をしつつ、そして雑談をしつつ創を待たせながら支度を済ませた。
そしていつも私たちが学校を出る時間になっても、晴香は来なかった。
それがこんなに幸せなことなんて。と、寝起き早々ちょっぴり大袈裟な感傷に耽った。
前日寝袋に包まって廃ビルで雑魚寝だったから、暖かなベッドで眠れたことに普段よりも幸せを感じてしまう。
寝覚めのいい朝、とは言いにくいけれど、それでも起きることはそこまで億劫ではなかった。
一晩ぐっすり眠ったことで、昨日の疲れはほとんど取れたようだった。
今日は月曜日だから学校に行かないといけない。
正直ここ連日命がけの戦いを繰り広げていて、とてもじゃないけど学校なんて行っていられないという気持ちはある。
けれどいつもと変わらぬ日々を守りたい私としては、学生の本分を疎かにするわけにもいかない。
戦いの後、私たちは夜子さんの廃ビルへと立ち寄って傷を治してもらった。
そこで一息ついてから、私と氷室さんは自分の家に帰ることにした。
カノンさんとまくらちゃんは、一晩休ませてもらったら行くところを探すと言っていた。
特別お別れは言わなかった。
二人がこれからどこへ行くつもりなのかはわからないけれど、でもこの世界にいる以上今生の別れになるわけじゃない。
また会うためにも、まるでまた明日会うよな言葉しか交わさなかった。
それで十分だと思ったし、二人もきっとそう思ってくれたに違いない。
私が心の中で出会った人について、そこで聞かされたことについてはまだ誰にも話せていない。
夜子さんに何か聞こうかとも思ったけれど、きっと私の今受けている制限がある以上、何を聞いても仕方がないんだろうと諦めた。
氷室さんへの相談もまだしていない。
私自身が整理しきれていないことを他人に話せる自信はなかった。
けれど、心配してくれている氷室さんにいつまでも隠し立てしているわけにもいかないし、近いうちに話せるようにしようと思う。
昨日の昼間、狙われているのにも関わらず一人で出歩いて危険な目に遭った前科があった私は、氷室さんに家まで送ってもらった。
氷室さんが送ると言い張って、私はその前科のせいで断ることはできなかった。
家には氷室さんが張った結界があるから安心できるとのことだった。
別れ際、散々言ったお礼をまた言って、その姿が見えなくなるまで見送った。
その小さい背中は頼もしい。角を曲がる時こっちに顔を向けてきたからニコリと笑って手を振ると、氷室さんも控えめに手を振ってくれた。
家に入る前に晴香の家に向けてみると、もう遅い時間なので当然の如く明かりは全て消えていた。
寝る前にちょっとしたメールを送ってみたけれど、朝になった今もまだ返信のメールはなかった。
「晴香、どうしたんだろう……」
朝の支度をしながら連絡のない幼馴染のことを考える。
一昨日のらしくない電話のことも気になるし、メールに返事がないのも気になる。
晴香は私なんかよりもよっぽどしっかりしているからもうとっくに起きているだろうし、返事の一つくらい来ていてもおかしくないんだけどなぁ。
片手間に焼いた食パンにマーガリンだけささっと塗った簡単な朝ごはんを食べていた時、インターホンの軽い音がした。
きっと晴香だと思った私は、食パンを咥えたまま玄関まで駆けて行って勢いよく扉を開けた。
心配で気持ちが急いていた私は、扉を開いた勢いで飛び出して、ドンと何かにぶつかった。
「少女漫画のベタな出会いのシーンかよ」
全く動じない何かにぶつかって尻餅をつきそうになった私の腕を、ぐっと掴んで支えてくれたのは創だった。
呆れ気味の溜息をこぼしながら、私よりもずっと高い位置から見下ろして、そんな冷たいツッコミを入れてきた。
「なんだ創かぁ」
「なんだとはなんだ。朝から失礼なやつだなぁ」
晴香の顔を想像して飛び出したらこの仏頂面があったとなれば、誰だって文句の一つも言いたくなる。
まぁ失礼であることは認めるけれど。
支えてくれたことにお礼を言いつつ、私は食パンを齧りながら奥に戻る。
「晴香はまだなのか?」
「うん。ていうか昨日から連絡もないんだよ」
ちゃんと鍵を閉めてから私の後をついてきた創の問いに、私はコーヒーを入れてあげながら頷いた。
そんな私の言葉に創は顔をしかめた。
「お前ら喧嘩でもしたのか?」
「まさか。むしろ私は創が晴香と喧嘩でもしたのかと」
「いや、この土日は俺会ってないからなぁ。特に連絡もしなかったし」
「私も。ただ一昨日電話きてさ。会いたいって言われたんだけど、ちょっと時間とってあげられなくて。一応昨日の夜メールしてみたんだけど、今のところ音沙汰なし。創なら何か知ってるかなって思ったんだけど、その様子じゃ何にも知らなそうだね」
私の話を聞いて創は難しい顔をした。
別にもう子供じゃないんだし、ちょっと連絡がこないだけで騒ぐことじゃないんだけど。
私と違って一緒に住んでる家族がいるわけだし、何かがあればそっちから連絡が来るはず。
でも創的には、この間私が二日間の音信不通をやらかしたばかりだから、似たようなことが続いている気がしているのかもしれない。
まぁ私の方は本当に誘拐だったわけだけど、晴香の場合は一昨日私が電話で話しているし、昨日だって家族で出掛けていたみたいだし。
きっとそこまで気にするよなことじゃないと思うんだけどな。
ただ私は、電話で話した時の晴香の煮え切らない態度が少し気になっていた。
少なからず心配事か悩み事のようなものはあったんだと思う。
けれどそれを今創に言うと余計心配しそうだったから、私はそれをぐっと飲み込んだ。
しばらくそんな晴香の心配をしつつ、そして雑談をしつつ創を待たせながら支度を済ませた。
そしていつも私たちが学校を出る時間になっても、晴香は来なかった。
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