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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

59 仲間割れ

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「もう勘弁してよ! 私はこんな化け物の相手なんかしたくないし、そもそもコイツの顔も見たくないのに! けど、でも! アンタを置いて一人で逃げるなんてこと、できるわけないじゃないの!」

 その声は震えていた。
 今にも逃げ出したいのを必死で堪えた声だった。
 その手も体も震えてる。それなのに必死に踏んばっている。

「私だってね、私だってアンタの友達、なんだから!」

 でもただ我慢してるだけじゃなくて。
 その言葉には確かに私のことを想ってくれている気持ちがこもっていた。

 私のために自分が怖いのを堪えて立ち向かってくれている。
 その健気さに思わず笑みがこぼれてしまった。
 何だかんだ言って千鳥ちゃんは優しい。
 自分が一番可愛いとか、いざとなったら一人で逃げるとか言ってたくせに。
 やっぱり千鳥ちゃんは助けてくれるんだ。文句を言いながら。自分が怖いのを堪えながら。

「な、何笑ってんのよ! 私、アンタのために頑張ってんだけど!?」
「ごめんごめん。ありがとう千鳥ちゃん。嬉しいよ」

 嬉しすぎて笑みが溢れてしまう。
 本当は止めるべきなのに。私のために無茶をしなくていいと言わなきゃいけないのに。
 でも自分の気持ちを押してまで、私のために勇気を出してくれた千鳥ちゃんの気持ちがただ嬉しかった。

「あのさぁ結局どっちなわけ? クイナ、アンタ私と戦えんの?」

 アゲハさんが呆れ顔で言った。
 その言葉に千鳥ちゃんは苦い顔をする。

「アンタが喧嘩で私に勝ったことあったっけ? いつも私にピーピー泣かされてたじゃん。あの時だって────」
「う、うっさい! 私だってね、好き好んでアンタとなんか戦わないわよ! でも、アリスは私を友達だって言ってくれた。ここが私の居場所だって言ってくれたの。そんな友達を見捨てられるほど、私は堕ちてない!」

 千鳥ちゃんはおどおどと引き腰に、けれど怯えきっていたさっきまでとは違ってしっかりとアゲハさんを見上げていた。

「……友達、ね。くっだらないものにアンタも縋るのね。まぁいいや。そんなに死にたいならまとめて死んじゃいな!」

 アゲハさんが叫んだ瞬間。人間大の何かが吹き飛んで来てアゲハさんに激突した。
 完全に不意を突かれたアゲハさんは、その何かもろとも吹き飛ばされて地面に転がり落ちた。

「花園さん……!」
「アリス、無事か!」

 そして入れ替わるように氷室さんとカノンさんが駆け寄ってきた。
 二人のボロボロ加減は更に増していて、私たちがアゲハさんと対峙していた間にも過激な戦いがあったことが窺えた。

 二人がこっちまで来られたということは、もしかして今吹き飛んで来たのはカルマちゃんだったのかもしれない。

「……よかった」

 氷室さんは私のすぐそばまで駆け寄ってくると、私の腕をぎゅっと握って声をこぼした。
 そのポーカーフェイスが少し安堵に崩れていた。

「二人こそ無事でよかったよ。ごめんね、私何にもできなくて」
「戦うのはアタシたちの仕事だ。寧ろあんな奴の相手を一人でさせちまって悪かった」

 カノンさんの言葉に私は首を横に振った。
 そもそもは私が原因の戦いなんだから、二人が責任を感じる必要はないんだから。

「ちょ、ちょっと! 今私が格好良く戦うところだったんだけど!」

 少し置いてけぼり気味になっていた千鳥ちゃんが話に割り込んで来た。
 そんな千鳥ちゃんを見て、カノンさんは驚いた顔をした。

「何だお前、来てたのか」
「来てたわよ! 一応これでもアリスのピンチ救ったんだから! アンタたちよりよっぽどアリスのこと守ったんだから!」
「お、おう。そうか。なら、アイツの相手任せて良いのか?」
「良いわけないでしょ! お断りよ!」

 ピーピー騒ぐ千鳥ちゃんに、カノンさんは困惑した表情を浮かべた。
 多分勇気を振り絞って戦おうとしたのに、その必要がなくなって拍子抜けしてしまったんだと思う。
 後、仲間はずれってぽくなっていたのが気に食わなかったんだ。

 少し気が抜けて調子が戻ったのか、それとも人が増えて心強くなったのか、千鳥ちゃんはいつものピーキーさで騒いでいた。

「もーなんなのー! 超ムカつくんですけどー!」
「ムカつくのはこっちのセリフだっての! やっとアリスと遊べるとこだったのに!」

 きりもみになって地面に転がったアゲハさんとカルマちゃんが、口論しながら立ち上がった。
 二人ともお互いに好き勝手なことを喚いている。

「そもそもカルマちゃんはバトル向きじゃないの! 二対一なんて卑怯だよー!」
「アンタが遊びたいって言うからあっち譲ったんでしょうが! 押されてるとかマジありえないんだけど! 本気出すとか言ってたじゃん! あれは嘘なわけ!?」
「だってだってー! カノンちゃんが持ち直しちゃうのは予想外だったし、もう一人のあの魔女もあんなに強いと思わなかったんだもーん」
「知らないわよそんなこと!」

 なんか、こっちのことを忘れてるみたいに二人で喧嘩してる。
 さっきまであんなに切羽詰まって戦っていたのが嘘みたいだった。

「もういい! アンタと役割分担してても埒があかない。もう全員まとめて私がぶっ殺す!」
「えー! カノンちゃんはカルマちゃんが殺したいんだけど~」
「そうしたいなら勝手にして。私、もうイライラしてきてしょうがないんだよね! ボサッとしてると、私がみんな殺しちゃうから」

 仲間割れなのか何なのかよくわからない。
 とにかく一方的に会話を打ち切ったアゲハさんが一人空高く飛び上がった。

「悪いけどもうあんまり時間かけてらんないからさ、アリス残して全員死んじゃってよ!!!」

 アゲハさんが投げやり気味そう叫んだ瞬間、その蝶の羽から鱗粉のようなものが舞った。
 その一つひとつがまるで宝石のようにキラキラと煌めいている。

 その光景がどこか幻想的だなと、気の抜けた感想を抱いていた時だった。
 その鱗粉が舞った一帯が突如爆発した。
 まるで粉塵爆発のように、散布していた一帯が爆炎に埋めつくされる。

 咄嗟に氷室さんが私を抱き抱えて、その場から大きく跳んで離脱した。
 その後を追うように千鳥ちゃんが騒ぎながらついてくる。
 カノンさんだけは、一人爆発の脇をすり抜けてカルマちゃんの元へと突撃していってしまった。

「私相手に空中に逃げるとか、お馬鹿さんなんじゃないの!?」

 跳んで逃れた先には、アゲハさんが既に回り込んでいた。
 私を抱える氷室さんは咄嗟に氷の壁を目の前に張ったけれど、それはアゲハさんが放った糸の斬撃でいとも容易く切り裂かれる。

 アゲハさんが素早く次の攻撃に転じようと手を振り上げた時、ピシャンと乾いた音が鳴り響いて、千鳥ちゃんが放った電撃がその体を射抜いた。

「さ、させるかっての!」


 千鳥ちゃんはつっかえながら、けれどアゲハさんに一撃入れたことに少し得意げになって言った。
 そんな千鳥ちゃんの電撃によって生まれた隙を氷室さんは逃さなかった。
 巨大な氷柱が二つ創り出して、アゲハさんが身を翻す暇を与えずに放つ、
 それは真っ直ぐ的確にアゲハさんの二つの大きな羽を貫いた。

 悲鳴をあげて落下するアゲハさんに、追い打ちとばかりに無数の氷柱が落とされる。
 私たちが無事着地した時には、アゲハさんの落下地点には沢山の突き刺さった氷柱で埋め尽くされていた。
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