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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

55 二人で一つ

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「なんだよ、それ……」

 カノンさんの顔からは覇気が消え、構えていた木刀はだらりと下げられた。
 呆然と力なく、まくらちゃんだったもの────今はカルマちゃんになったものを見つめるだけ。

 私だって何がなんだかわからなかった。
 なんで、どうしてそうなるのか。
 一体何が起こったのか。サッパリわからない。

 それは確かにまくらちゃんだ。身にまとうものは変わっても、その顔も体格もまくらちゃんと変わらない。
 でもその表情だけはどうしようもなくまくらちゃんではなかった。

 穏やかで優しい表情をするまくらちゃんのものではない。
 悪戯好きの子供のような、けれど内側にある邪悪さを隠せていない、憎たらしいトロけた笑みだ。

「戸惑ってる戸惑ってるぅ~! いいねいいねー! それでこそ今日まで焦らしてた甲斐があったってもんだよねっ!」

 カルマちゃんを名乗るその子は、嬉しそうに頰に手を当てて、腰をくねくねと踊らせていた。
 驚愕と戸惑いで埋め尽くされている私たちと、一人だけ全く空気が違っている。

「てめぇが、カルマだっていうのか……! まくらは……まくらはどうしたんだ!」
「こわいこわい怒鳴んないでよ~! 心配しなくても大丈夫っ! まくらちゃんはちゃーんとここにいるよ! こーこーに!」

 カノンさんの絞り出すような怒声に、カルマちゃんは胸を張ってポンポンと叩いた。

「今まくらちゃんはぐっすりお休みタイムなの。心の中でスヤスヤとねん。だっかーら、今はカルマちゃんがこうして出て来られるの!」
「わけ、わかんねぇよ……!」
「えぇー! カノンちゃんってやっぱりお馬鹿さんなのー!? 魔法使いさんって、みんなお勉強できる頭良い人たちだと思ってたのにぃー! あ、でもカノンちゃんは見るからに脳筋さんかっ! ごめんごめーん」

 カノンさんは言い返す気も起きないのか、一人で楽しそうにしているカルマちゃんを静かに睨んだ。
 誰一人として彼女についていけない。

「簡単な話だよ。カルマちゃんはー、まくらちゃんが魔法で作り出したもう一人の自分。いわゆる、二重人格的な?」
「なんだと……」
「つまり~、カルマちゃんはカルマちゃんでもあり、まくらちゃんでもある! 二人で一つ。カルマちゃんはまくらちゃんなのだ!」

 カルマちゃんが、まくらちゃんのもう一つの人格?
 似ても似つかないこの二人が、同一人物?
 そんなこと、簡単には受け入れられなかった。

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ! 適当なこと言いやがって! てめぇがただ単にまくらに取り憑いてるだけだろ! アタシたちを惑わそうったてそうはいかねぇ!」
「まぁそう思いたくなる気持ちはわかるよ~! うんうんわかるわかる! でもさぁ、目の前の現実は受け入れた方がいいと思うよぉ?」

 カルマちゃんの調子は変わらない。
 カノンさんがどんなに声を荒らげても、のらりくらりとかわして自分のペースで喋り続ける。

「どうしてカルマちゃんは、カノンちゃんたちがどこへ逃げても必ず現れたと思う? どうして色んなタイミングがある中で、まくらちゃんが眠っている時しか現れないと思う? どうしてずっと長い間、まくらちゃんの周りの人間を狙ってきたと思う?」

 その言葉を否定すること自体は簡単だと思う。理由付けなんていくらでもできる。
 でも、私には思い当たる節があった。今朝千鳥ちゃんが眠った後に、カルマちゃんはあの廃ビルに現れた。夜子さんの万全の結界の中に。

 夜子さんの強力な結界を突破することはそう容易いことじゃないだろうし、されたら夜子さんは気づく。
 ならどうして気付かれずに侵入することができなのか。
 簡単だ。はじめから中にいたんだ。まくらちゃんを私が招き入れた。堂々と正面から、既に入っていたんだ。

「カノンさん……! 私、言ってなかったことが……!」

 私がその事実を伝えると、カノンさんは力なく目を見開いた。
 私をまじまじと見やってから、弱々しくカルマちゃんに向き直る。
 そんなカノンさんを見て、カルマちゃんはより一層意地悪く笑った。

「カルマちゃんは、まくらちゃんが眠っている時だけ出て来られるの。だから、その間にカルマちゃんたちの邪魔をする人間を殺したの。カルマちゃんたちはただ二人で夢の中で遊んでいれば幸せだったのに、余計な人たちが勝手に助けようとしてくるんだもーん」
「うそだ……」
「ホントだよーん。まくらちゃんが寝ちゃうのも、ホントは別に呪いってわけじゃないし。カルマちゃんがそろそろ遊ぼっかなーって思った時に、中から眠らせてただけだし」
「うそ、だ……」
「嘘じゃないってー! だってだって、カノンちゃんのこと助けてあげたのだって、他ならぬカルマちゃんだしね!」
「────!」

 ますます意地悪く、カルマちゃんの顔が歪む。

「楽しく遊べそうだなぁと思って治してあげたの。だから言ったでしょ? 元気になったら一緒に沢山遊んでねって」

 カランと、木刀が地面に落ちる音が静かに響いた。

「たっくさん遊んでくれて楽しかったよ~! 簡単に死んでくれないから、何度も何度も遊べてカルマちゃんは大満足! カノンちゃんをびっくりさせたいと思って、ずっと寝たフリしながら戦うのはちょっと大変だったけどね!」

 全部、全部全部。カノンちゃんは、私たちはカルマちゃんに欺かれていた。

「でもそろそろお遊びはおしまい。そろそろまくらちゃんの中でカルマちゃんの居場所がなくなりそうだし、一回全部ぶっ殺してリセットしないと。まくらちゃんは、カルマちゃんとだけ遊んでれば良いんだから!」

 楽しげに、年頃の女の子が恋の話で盛り上がっているようなテンションで。
 けれどその言葉には華やかさのカケラもない。

「でもさでもさ。超ウケるよね~! あーんなに必死でまくらちゃんのこと守ってたけど、実際はカルマちゃんのことも守ってくれてたわけだし! 自分で自分の敵守っちゃってさ! カノンちゃんを殺そうとしてるのは、他でもないこの身体なのに!」

 静かに力なく、カノンさんの膝が折れた。
 今まで信じてきたもの、守ってきたものが、全部嘘だったと突きつけられて。

「サイッコーだよカノンちゃん! そんなカノンちゃんが見たかったの! そのためにずーっと頑張ってきたの! カノンちゃん超サイコー超カワイイ!!!」

 カルマちゃんの甲高い声だけが全てを満たす。

「ねぇねぇねぇねぇ。今どんな気分? 自分を助けてくれた優しさは嘘だって知って。自分が守ってきたのはか弱い女の子じゃなくて、自分を殺そうとしてる敵だったって知って。どんな気分どんな気持ち? ねぇねぇねぇねぇ気になるなー! カルマちゃん気になっちゃうなぁーーーー!」

 カノンさんにもう答える気力は残っていないようだった。
 ただ呆然と、醜悪な笑みを浮かべるカルマちゃんを見つめるだけ。

「うんうん。答えられないくらいショックかな? わかるよーその気持ちよーくわかる! だってずっとこの時のカノンちゃんの気持ちを考えて今まで頑張ってきたんだもん。だからカノンちゃんの気持ちは手に取るようにわかるよ。だからカルマちゃんは責めません。許してあげます。だからカノンちゃんは一つだけ教えてくれればいいの。最後カルマちゃんに殺される時、どんな悲鳴をあげて死んでいくのかを、ねっ!」
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