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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

37 今更な誓い

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 それからしばらくまくらちゃんとお喋りをしていたら、カノンさんと氷室さんがもぞもぞと起き出した。
 カノンさんは豪快な欠伸と伸びをしてから、まくらちゃんを見つけるとニカッと笑った。
 それに合わせたようにまくらちゃんはパッと起き上がって、トタトタとカノンさんの方に駆け寄った。
 本当に仲がいいんだなぁ、あの二人は。

 氷室さんはというと、上体を起こしたかと思うと目をシバシバとさせて、こちらも抜け切った欠伸をしながら伸びをしていた。
 けれどその途中で私と目が合って、その瞬間顔を真っ赤にしてぷいと顔を背けてしまった。

 私はその意外すぎる光景に少しフリーズしてしまった。
 氷室さんはいつもクールで物静かで、色んなことに淡々としている子だ。キリッとしていて抜け目がなくてしっかりしてる。
 そんな氷室さんが寝起きとはいえ、あんな無防備で気の抜け切った仕草をするなんて。

 普段とのあまりのギャップで可愛さのあまり飛びつきたくなったけれど、今の件に触れたらきっと氷室さんは傷ついてしましそうだったので、私は必死の思いで堪えた。
 今のはそっと私の胸の中にしまっておこう。たまに思い出してほくそ笑む用として。

 少ししてから、寝たばかりの千鳥ちゃんを置いて四階に登ると既に夜子さんは起きていて、相変わらずボロボロのソファーで踏ん反り返っていた。
 この人は寝ているところは想像できないなぁ。気を抜いている時というか、無防備な時が想像できない。

 誰か食べ物を買ってきてと頼まれたので、私が名乗り出た。
 カノンさんとまくらちゃんはこの街の住人じゃないどころかこの世界の人じゃないし、ここは私が行くしかなさそうだし。
 それに少しでも渋っていたら、夜子さんは千鳥ちゃんを叩き起こしに行ってもおかしくない。それは流石に可哀想だ。

 というわけで、同伴を名乗り出てくれた氷室さんと一緒に、食べ物の調達に近くのコンビニに向かうことになった。
 近くのと言っても、この辺りはこんな廃ビルがあるような場所だからコンビニのような商店なんてなくて、それなりに歩かないといけない。
 まぁでも朝の散歩にはちょうど良さそうだし、そんなに苦ではなかった。

「そういえば、あの時は氷室さんが買い出しに行かされてたよね」

『まほうつかいの国』から帰還して、夜子さんのあの廃ビルで目覚めた時のことを思い出して言った。
 氷室さんは静かに頷く。

「あの時は本当にありがとう。私を迎えに来てくれて。ずっとずっと感謝してるよ」
「私は、自分がしたいことをしただけ、だから。その……友達、だから」
「うん。友達」

 氷室さんは私が友達だからと、あんな危険を冒してまで私を助けに来てくれた。
 それだけじゃない。一昨日の戦いも、それに昨日だって。氷室さんはいつだって私を助けて守ってくれる。

「ねぇ氷室さん。私、決めたの」
「……?」

 肩を並べて歩いている私たち。
 氷室さんがそっと私に視線を向けてきていることはわかったけれど、私はあえて真っ直ぐ前を見て歩き続けた。

「私へっぽこでしょ? 魔女になったのに魔法も使えなければ、魔女や魔法使いの気配も感じられない。お姫様だってみんなから言われるけど、その力も基本的には使えない。私のせいで色んなことが起きてるのに、私には何にもできない」
「…………」

 氷室さんは何も言わない。黙って私の言葉を聞いてくれている。

「それなのに気持ちだけいっちょ前でさ。今までの生活を守りたいとか友達を守りたいとか、『魔女ウィルス』をどうにかしたいとか。昨日氷室さんに言われたけど、私の望みは私には無謀だと自分でも思うよ」

 身の丈に合わない願い。今の私では叶えることのできない望み。
 でも、それが私の心からの願いであることには変わりない。
 今までと変わらない平和な日々を守りたい。大切な友達を守りたい。魔女を苦しめる『魔女ウィルス』をどうにかして争いをなくしたい。
 その願いは、どうしたって捨てられない。

「だから私決めたの。今更何をって思うかもしれない。でも改めてしっかりと自分の口で言わせて欲しいの」

 私はそこで立ち止まって氷室さんの前に出た。
 その手を握ってしっかりとその目を見つめる。
 氷室さんのスカイブルーの瞳はそらさずに私を見つめ返した。

「私を助けてください。たくさん甘えさせて欲しい。頼らせて欲しいし助けて欲しいし守って欲しい。何にもできない私は、氷室さんの力を借りるって決めた」

 偽ることなく真っ直ぐに言葉にした。
 わがままだと、自分勝手だと言われてもおかしくないお願い。
 けれど、自分では何もできない私は、友達を頼るしかない。

「今は氷室さんに甘えさせて欲しい。その代わり、氷室さんがピンチの時は私が誰よりも早く駆けつける。困った時は必ず私が一緒にいるから。氷室さんがそれを拒んでも、私は絶対に最後まで氷室さんの味方でい続けるから。だから私に力を貸してくれないかな?」

 氷室さんのスカイブルーの瞳が陽の光で爽やかに煌めいた。
 その澄んだ瞳は揺れることなく私を真っ直ぐに見つめてくる。
 吸い込まれそうになるくらいの透き通った瞳だ。

 まるで、この世界には私たち二人しか存在しないようなようだと感じた。
 そう思ってしまうほど、その澄んだ瞳に引き込まれて、静かさが私たちを包んだ。

 私の瞳はきっと不安で揺れている。けれど氷室さんの瞳は揺るがなかった。
 その瞳が既に答えを述べていた。いや、最初からずっと氷室さんはその答えを私に告げていた。
 決まっていなかったのは私の覚悟だけ。

「はい」

 静かに一言。でもそれだけで十分だった。だって答えは最初から────

 できないことは助けてもらう。その代わり、私にできることは全てやろう。
 友達だからこそ、助け合って補い合って生きていこう。
 大好きな友達だからこそ。絶対に放したくないからこそ。誰よりも迷惑をかけて、誰よりも力になってあげるんだ。

 その誓いを改めて交わして、私たちはきつく抱きしめあった。
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