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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ
27 共にあるということ
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休む前に少し話がしたいと夜子さんに呼び止められたカノンさんを置いて、みんなは一つ下の階に降りていった。
そんな中、私はみんなとは反して一つ上の階へと登る。
夜子さんが住まうこの廃ビルは五階建てで、夜子さんが普段過ごしているスペースは四階。下の三階は普段千鳥ちゃんが使っているフロアだそう。
そして私が上がった五階には、私にとってとても大切なものがある。
オンボロな廃ビルには似つかわしくない、整然と整えられた扉を開く。
前にここへ来たのは数日前のこと。中の様子はその時と全く変わっていない。
部屋の真ん中にそびえ立つ水槽のような大きな筒。
そこに満たされた液体の中で、透子ちゃんは静かに眠ったまま浮かんでいる。
その見た目に傷はなく、外傷はすっかり治っているように見える。
本当にただ眠っているようだった。けれど、あれから彼女は目を覚ます兆しを見せない。
「透子ちゃん……」
届かないとわかっていても呼びかけずにはいられなかった。
そのガラスの壁に手をついて、大切な友達の名前を呼ぶ。
もちろん答えはない。私の声がただこの静かな部屋の中で響くだけ。
あの時、私の夢の中で助けてくれたのは間違いなく透子ちゃんだった。
あの声、笑顔、優しさ。それを間違うことはないと自信を持って言える。
私の夢の中の出来事で、それは私の頭の中、心の中でのことだから、あれを現実と表現するのは違うとは思うけれど。
それでもあそこで起きたことは紛れもなく本当で、そこに現れた透子ちゃんもまた本物だ。
だから、今はまだその身体が目を覚まさなくても、透子ちゃんの心は死んでいないはずだ。
いつかきっと、必ず目を覚ましてくれる時が来る。
私は友達としてそれを信じていなきゃいけないんだ。
「助けてくれて、ありがとう。透子ちゃん」
透子ちゃんには感謝しかない。私は助けてもらってばっかりだ。
最初のあの夜も、そしてさっきの夢の中でも。
いつも透子ちゃんは、まるでヒーローのように颯爽と現れて私を助けてくれる。
それがどれだけ頼もしくて、そして嬉しいか。
「私、透子ちゃんのこといつも感じてるから。私たちの心は繋がってる。どんなに離れていても、眠っていたとしても。私たちはいつだって繋がってるって、信じてるから」
それは力のことだけじゃなくて。
お姫様とか魔女とかそんなことは関係なくて、私たちは友達だから。
お互いがそう思えている限り、私たちはいつだって繋がってる。
その繋がりを辿って、透子ちゃんは私を助けに来てくれた。
なら、私たちが繋がり続けていれば、透子ちゃんは深い眠りの中から浮かび上がってくることができるかもしれない。
私たちの繋がりを辿って、再び目を覚ましてくれるかもしれない。
だから私は信じ続ける。思い続ける。
そうすることで少しでも透子ちゃんの道標になれるように。
「今度は、私が透子ちゃんを助けるからね」
それは自分に言い聞かせるような言葉。
でも、口にすることでより覚悟が決まった気がした。
バイバイと手を振って部屋を後にする。
あんまり長居すると離れられなくなってしまいそうだったから。
「うわっ! びっくりした」
私が部屋を出ると、扉の脇に氷室さんが立っていた。
あんまりにもひっそりと立っているものだから、直前まで気付かなくて飛び上がってしまった。
氷室さんはそんな私を静かに見つめてくる。
「……早く休んだ方がいい」
「あ、うん。そうだよね。ごめんね。迎えに来てくれたんだね」
その言葉に頷いて、私はその手を取った。
氷室さんはそんな私の顔をまじまじと見てから、部屋の扉の方に視線を向けた。
「…………」
「氷室さん?」
しばらくそうしていた氷室さんに声をかけると、静かにこっちに向き直った。
そして何事もなかったかのように私の手を引いて歩き始める。
氷室さんと透子ちゃんはほとんど面識はないはずだけど、でもやっぱり同じ魔女として思うところはあるのかもしれない。
魔女狩りに襲われるということは決して人事ではない。実際に私たちは昨日、魔女狩りと戦ったんだから。
「……花園さん」
二人でトボトボと階段を降りていると、氷室さんが不意に口を開いた。
消え入りそうな細い声だったけれど、シンと静かなこの廃ビルの中では問題なく聞き取れた。
「無茶なことは、しないでほしい」
「え?」
「あなたはとても、優しい人。だからその優しさで人に手を差し伸べる。それは良いことだけれど……今のあなたには、無茶をする力はないから……」
「それは……うん。そうだね」
あんまり自覚はなかったけれど、確かに私は自分の力に見合わないことをしようとしているんだと思う。
本来無力な私は、逃げて逃げて逃げて、ひっそりと隠れていなきゃいけないんだ。
なのに一丁前に抗おうとして戦おうとしている。一見それは勇敢なようで、実際はただの無謀なんだ。
今まではたまたま運が良かったり、色んな人に助けてもらえてなんとかなってきたけれど、いつもそうとは限らない。
自分の力で問題を解決できない私には、本来無茶をする資格すらない。
友達を守りたいとか、『魔女ウィルス』をどうにかしたいとか、透子ちゃんを救いたいとか。
全部全部、今の私には分不相応な望みなんだ。
「……だから、忘れないでほしい。あなたが私たちを想ってくれているのと同じように、私たちはあなたのことを想っている、から」
「氷室さん……」
決して氷室さんは喋るのが得意な方じゃない。お喋りをしている時だって、基本は私が話していて氷室さんは相槌を打っていることの方が多い。
そんな氷室さんが、私に必死にその想いを伝えようとしてくれている。それがどれだけ心強いことか。
「私はあなたの心と共にある、から。無茶は、私が引き受ける。あなたの想いは、私の想い。あなたの願いは、私の願い。だから……あなたは、自分を大事にして」
涙が出そうになるのを必死でこらえた。
嬉しくてどうしようもなくて、今すぐ氷室さんを抱きしめたかった。
でも実際に行動に起こしてしまったら、涙が止まらなくなりそうだったからそれも必死で我慢した。
一緒にいてくれることが、寄り添ってくれることが、わかってくれることが、こんなに嬉しくて頼りになって心強いなんて。
私も友達に対して、氷室さんに対して同じようにありたい。大切だから。物凄く。
渦巻く感情と想いで、言葉はうまく出てこなくて。
だから私はただ一言、ありがとうと言うのが精一杯だった。
そんな情けない言葉でも、氷室さんは優しく、ささやかに微笑んでくれた。
そんな中、私はみんなとは反して一つ上の階へと登る。
夜子さんが住まうこの廃ビルは五階建てで、夜子さんが普段過ごしているスペースは四階。下の三階は普段千鳥ちゃんが使っているフロアだそう。
そして私が上がった五階には、私にとってとても大切なものがある。
オンボロな廃ビルには似つかわしくない、整然と整えられた扉を開く。
前にここへ来たのは数日前のこと。中の様子はその時と全く変わっていない。
部屋の真ん中にそびえ立つ水槽のような大きな筒。
そこに満たされた液体の中で、透子ちゃんは静かに眠ったまま浮かんでいる。
その見た目に傷はなく、外傷はすっかり治っているように見える。
本当にただ眠っているようだった。けれど、あれから彼女は目を覚ます兆しを見せない。
「透子ちゃん……」
届かないとわかっていても呼びかけずにはいられなかった。
そのガラスの壁に手をついて、大切な友達の名前を呼ぶ。
もちろん答えはない。私の声がただこの静かな部屋の中で響くだけ。
あの時、私の夢の中で助けてくれたのは間違いなく透子ちゃんだった。
あの声、笑顔、優しさ。それを間違うことはないと自信を持って言える。
私の夢の中の出来事で、それは私の頭の中、心の中でのことだから、あれを現実と表現するのは違うとは思うけれど。
それでもあそこで起きたことは紛れもなく本当で、そこに現れた透子ちゃんもまた本物だ。
だから、今はまだその身体が目を覚まさなくても、透子ちゃんの心は死んでいないはずだ。
いつかきっと、必ず目を覚ましてくれる時が来る。
私は友達としてそれを信じていなきゃいけないんだ。
「助けてくれて、ありがとう。透子ちゃん」
透子ちゃんには感謝しかない。私は助けてもらってばっかりだ。
最初のあの夜も、そしてさっきの夢の中でも。
いつも透子ちゃんは、まるでヒーローのように颯爽と現れて私を助けてくれる。
それがどれだけ頼もしくて、そして嬉しいか。
「私、透子ちゃんのこといつも感じてるから。私たちの心は繋がってる。どんなに離れていても、眠っていたとしても。私たちはいつだって繋がってるって、信じてるから」
それは力のことだけじゃなくて。
お姫様とか魔女とかそんなことは関係なくて、私たちは友達だから。
お互いがそう思えている限り、私たちはいつだって繋がってる。
その繋がりを辿って、透子ちゃんは私を助けに来てくれた。
なら、私たちが繋がり続けていれば、透子ちゃんは深い眠りの中から浮かび上がってくることができるかもしれない。
私たちの繋がりを辿って、再び目を覚ましてくれるかもしれない。
だから私は信じ続ける。思い続ける。
そうすることで少しでも透子ちゃんの道標になれるように。
「今度は、私が透子ちゃんを助けるからね」
それは自分に言い聞かせるような言葉。
でも、口にすることでより覚悟が決まった気がした。
バイバイと手を振って部屋を後にする。
あんまり長居すると離れられなくなってしまいそうだったから。
「うわっ! びっくりした」
私が部屋を出ると、扉の脇に氷室さんが立っていた。
あんまりにもひっそりと立っているものだから、直前まで気付かなくて飛び上がってしまった。
氷室さんはそんな私を静かに見つめてくる。
「……早く休んだ方がいい」
「あ、うん。そうだよね。ごめんね。迎えに来てくれたんだね」
その言葉に頷いて、私はその手を取った。
氷室さんはそんな私の顔をまじまじと見てから、部屋の扉の方に視線を向けた。
「…………」
「氷室さん?」
しばらくそうしていた氷室さんに声をかけると、静かにこっちに向き直った。
そして何事もなかったかのように私の手を引いて歩き始める。
氷室さんと透子ちゃんはほとんど面識はないはずだけど、でもやっぱり同じ魔女として思うところはあるのかもしれない。
魔女狩りに襲われるということは決して人事ではない。実際に私たちは昨日、魔女狩りと戦ったんだから。
「……花園さん」
二人でトボトボと階段を降りていると、氷室さんが不意に口を開いた。
消え入りそうな細い声だったけれど、シンと静かなこの廃ビルの中では問題なく聞き取れた。
「無茶なことは、しないでほしい」
「え?」
「あなたはとても、優しい人。だからその優しさで人に手を差し伸べる。それは良いことだけれど……今のあなたには、無茶をする力はないから……」
「それは……うん。そうだね」
あんまり自覚はなかったけれど、確かに私は自分の力に見合わないことをしようとしているんだと思う。
本来無力な私は、逃げて逃げて逃げて、ひっそりと隠れていなきゃいけないんだ。
なのに一丁前に抗おうとして戦おうとしている。一見それは勇敢なようで、実際はただの無謀なんだ。
今まではたまたま運が良かったり、色んな人に助けてもらえてなんとかなってきたけれど、いつもそうとは限らない。
自分の力で問題を解決できない私には、本来無茶をする資格すらない。
友達を守りたいとか、『魔女ウィルス』をどうにかしたいとか、透子ちゃんを救いたいとか。
全部全部、今の私には分不相応な望みなんだ。
「……だから、忘れないでほしい。あなたが私たちを想ってくれているのと同じように、私たちはあなたのことを想っている、から」
「氷室さん……」
決して氷室さんは喋るのが得意な方じゃない。お喋りをしている時だって、基本は私が話していて氷室さんは相槌を打っていることの方が多い。
そんな氷室さんが、私に必死にその想いを伝えようとしてくれている。それがどれだけ心強いことか。
「私はあなたの心と共にある、から。無茶は、私が引き受ける。あなたの想いは、私の想い。あなたの願いは、私の願い。だから……あなたは、自分を大事にして」
涙が出そうになるのを必死でこらえた。
嬉しくてどうしようもなくて、今すぐ氷室さんを抱きしめたかった。
でも実際に行動に起こしてしまったら、涙が止まらなくなりそうだったからそれも必死で我慢した。
一緒にいてくれることが、寄り添ってくれることが、わかってくれることが、こんなに嬉しくて頼りになって心強いなんて。
私も友達に対して、氷室さんに対して同じようにありたい。大切だから。物凄く。
渦巻く感情と想いで、言葉はうまく出てこなくて。
だから私はただ一言、ありがとうと言うのが精一杯だった。
そんな情けない言葉でも、氷室さんは優しく、ささやかに微笑んでくれた。
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