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第3章 オード・トゥ・フレンドシップ

7 お姫様であるということ

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「私が知っている中で答えるなのならば、どっちも正しいと言える」

 夜子さんは平然と話題を戻した。
 きっと夜子さんにとって、千鳥ちゃんとのこんなやりとりは日常茶飯事に違いない。

「魔法使いにとって君は、悪政を敷いていた女王を打ち倒した救国の姫君だ。そして魔女、ワルプルギスにとっては、希望の象徴とも言える魔女の姫君。それだけのことさ。結局は同じことだよ。ただ見方が違うだけさ」
「私が今魔女であることとは関係はないってことですか?」
「そうなるね。結局は、姫君が持つ力があってこそのことだからね」

 その力も結局のところ全容はわからない。
 私にわかるのは、あの魔法を打ち消す『真理のつるぎ』と、レイくんが言っていた『庇護と奉仕』の力だけ。
 どちらもすごい力だとは思うけれど、その力だけで魔女や魔法使いを殲滅できるとは思えないし、まだまだ私にはわからない力があるはずなんだ。

「でも、なんで私なんでしょう」
「それは不思議な疑問だね。君は自分が花園 アリスであることに疑問を持ったりするかい?」
「え……?」

 唐突な質問に私はぽかんとしてしまった。

「自分は自分でしかない。君は君だから君なんだよ。誰しも生まれた時からずっと自分だ。そこに疑問を挟む余地なんてないだろう? それと同じだよ」
「えっと……」
「君は花園 アリスであってそれ以外の何者でもない。それは君自身が何よりわかっていることだろう? だからね、アリスちゃん。君がアリスちゃんであることに理由なんてないのと同じように、君がお姫様であることに理由なんてない。君が生まれた時からアリスちゃんだったのと同じように、君は生まれた時からお姫様だったんだ。理由なんてない。あるのはただ、そうであるという事実だけだ」

 別に誰に選ばれたわけでもない。私自身が選んだわけでも、他の誰かに選ばれたわけじゃない。
 それはきっと運命なんて大それたものでもなくて、ただそうであるという純然たる事実。
 私がたまたま花園 アリスとして生まれたのと同じように、たまたまおその力を持って生まれて、そしてお姫様と呼ばれただけ。
 何だかその言葉はしっくりくるものがあった。

「選ばし者、みたいなのは中学生で卒業しておきなさい。特別な人間というのは生まれつき特別か、あるいは特別になる資格を持っている者かのどちからだ。はじめから何もない者に後から与えられるものなんてない。アリスちゃんはただ、たまたま前者だったというだけさ」

 私は何故だか氷室さんを見てしまった。相変わらずのポーカーフェイスで私を真っ直ぐに見ている。
 氷室さんは私がお姫様だということなんて関係なく、ただ友達だからと助けてくれる。
 特別かどうかなんて関係なく、私自身を見てくれている。きっと選ばれし者みたいなものだったら、こうはいかなかったのかもしれない。
 お姫様であっても私はあくまで私だから、氷室さんは私を一人の友達として見てくれているんだ。

「なんとなく、わかった気がします」
「ならよかった。長く生きていた甲斐があってもんだね」

 夜子さんはニンマリと笑う。この人は本当によくわからない人だけど、悪い人ではない。
 諭すように語ってくれるその言葉は、確かに私が気づかないことを教えてくれる。
 滅茶苦茶で傍若無人な時も確かにあるけれど。

「夜子さんは結構色んなことに詳しそうすけど、私のその、お姫様の時のことを知っているんですか?」
「さぁ、どうだろうね」

 夜子さんは明らかに何か知っていそうな態度で、わざとらしく誤魔化した。というか誤魔化すつもりもなさそうだった。
 その態度に今さっきまで上がっていた夜子さんの株が急降下した。
 そうだ、この人はこういう人だ。基本何でも他人事でのらりくらりと自分勝手なんだ。こっちの気持ちはお構い無しで。

「何でも他人に教えてもらおうとしないことだ。自分のことなんだから自分で見つけ出しなさい。これは君自身が見出さなければいけない問題だよ」
「でも、さっきまで色々教えてくれてたじゃないですか」
「必要があれば話せる限りのことは話すよ。つまり、今は私から話して聞かせる必要性がないってことさ」
「私結構困ってるつもりなんですけど」
「だからといって必要とは限らないさ。物事には手順というものがある。君自身の真相は自分の手で探り当てるべきものだよ」

 なんというか、わざと意味深な物言いをしているみたいだった。
 夜子さんが何を知っているのかはわからないけれど、でも何か重要なことを知っていそうなのは確かだった。
 でも彼女がそう言うのなら、今焦って聞き出すようなことじゃないのかもしれない。
 いや、私としては自分自身のことだから、わかるのなら今すぐ全てを知りたいけれど。でもここで駄々をこねても仕方ない。

 私は自分自身の過去に向き合わないといけない。私が知らない過去に。私が覚えていない過去に。
 一体どこからどこまでが本当で、どこからどこまでが嘘だったのか。
 それも全て自分自身で見つけ出して、受け入れていかなきゃいけないものなんだ。
 私は今を大切にするためにも、私自身が歩んできた過去を受け入れないといけない。
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