上 下
67 / 984
第2章 正しさの在り方

41 不思議の森のお茶会

しおりを挟む
 気がついた時、私は木々や草花が鬱蒼と茂る森の中にいた。
 力強い幹に、青々とした枝葉を伸ばす木々。見たこともない鮮やかな花々。
 まるでこの世のものとは思えない、とても綺麗な森だった。

 私はその只中にポツリと一人で立っていた。いつの間にか立っていた。
 しばらくぼーっと辺りを見渡して、私はあることに気がついた。

 あらゆるものが果てしなく大きいのだ。
 木の幹はビルように太く、天まで登るその先端はもはや見て取れない。
 草や花も電柱ほどの大きさで、鮮やかに咲く花弁は、私をすっぽりと包み込むほどに巨大だった。

 何もかもが大きな森。まるで、私だけ小人になってしまっているみたいだった。
 もし小さいのが私だけで、他のものは通常サイズなのだとしたら、ここで虫や動物が出てきたらもうそれは怪獣のようになるんだろう。私なんて、一瞬でぺしゃんこだ。

 とても穏やかな森だった。
 サイズ感はチグハグしているけれど、暖かい木漏れ日やほのかにそよぐ風がとても心地良い。
 まるでお伽話の世界に来たみたいにのどかで、どこか幻想的とすら思った。

 そんな巨大な森の中を興味深く眺めていると、少し離れた所に、森にはそぐわない物を見つけた。
 少し開けた所(といっても私のサイズ感で)に、大きなテーブルが広げられていた。
 そのテーブルには綺麗でファンシーなテーブルクロスが広げられていて、その上には美味しそうなケーキやクッキーなどのお菓子が所狭しと並べられている。

 でもそんな森には合わない光景の中で私が一番気になったのは、そのテーブルが私のサイズ感と一緒だったこと。
 天まで登る木々や、私に覆いかぶさるような草花と比べると遥かに小さい。
 私が普段使うような、私視点でいえば普通サイズのものたちだ。

 この何もかもが巨大な森の中で唯一自分と同じサイズものを見つけて、私は慌ててそこに駆け寄った。
 そのテーブルの周囲には椅子が二つだけ用意されていて、その片方には先客がいた。
 女の子が一人、テーブルについて紅茶を飲んでいる。
 この巨大な森の中で、私と同じサイズ感の女の子が優雅なティータイムを過ごしていた。

 私はホッと胸を撫で下ろしてテーブルに近付いた。
 そこでようやくその子は私に気がついて顔を上げた。

「こんにちは。ようやく会えたね」

 その顔を見て、私は心臓が口から飛び出すかと思った。
 それは私がよく知る女の子。きっと世界一よく知る女の子。毎日見る顔を見間違うはずがない。

 その女の子は、私と同じ顔をしていた。

「一応初めまして、なのかな? 何だか変な感じ」

 ニコニコと、その子は砕けた笑顔を向けてくる。
 状況が全く理解できない私は、完全に硬直してしまった。

「まーまーそう固くならないで。一緒に紅茶を飲も。美味しいお菓子もあるよ」

 女の子は椅子から立ち上がって駆け寄ってくると、私のことをいそいそと向かいの椅子に座らせる。
 私はただされるがままに椅子に押し込められて、その子が入れた紅茶を眺めた。
 フルーティで少し甘めな香りが鼻孔をくすぐる。

「……あなたは、何なの?」

 呆然としていても仕方がないので、意を決して尋ねてみた。
 するとその子は屈託のない笑顔で答えた。

「わたしは私。つまりわたしはあなただよ」
「……ごめん、わかんない」

 あんまりも当たり前のように言うから、全然ついていけなかった。
 そんな私の顔を見て、その子はまた無邪気に笑う。

「ごめんごめん。ちょっと意地悪しちゃった」
「今は冗談言う時じゃないでしょ。同じ顔が目の前にいるんだよ?」
「ごめんなさい。一度言ってみたかったの」

 悪戯っぽく笑うその顔は、どこか幼く見える。

 全く同じ顔で、背格好も同じ。
 服装こそ真っ白なノースリーブのワンピースを着ているものの、その見た目は完全に同じだった。
 強いて違う点を挙げるのなら、髪を三つ編みに結ばずに下ろしているということくいらい。
 それほどまでに瓜二つなのに、その仕草や話し方がなんだか幼さを感じさせる。

「そうだなぁ。わかりやすく言うと、わたしはあなたの中の『お姫様』の部分、かな」
「それって、もしかして────」

 みんなが求めている私のお姫様の力。
 かつて『まほうつかいの国』を救ったというお姫様。

「そう。あなたが知らないあなたわたしの一面。みんながお姫様と呼ぶ一面」
「でもそれって、こんな風に私とは別物なの? やっぱり私自身はお姫様じゃなくて、あくまで私の中にお姫様がいるってこと?」
「うーん、それは違うよ。わたしはあなた。わたしはずっと花園 アリスだもの」

 理解が追いつかない。
 私だと言うのに私とは違うもの。何が何だかさっぱりだ。

「もう少しわかりやすく説明できないの?」
「できないの。これでも精一杯。本来、わたしたちは接触ができないようにされてるから、こうして面と向かうのだって奇跡みたいなものなんだ。話せることにも色々制限があるんだから」

 少し唇を尖らせてお姫様は言った。

「かつてあなた────つまりわたしは、『まほうつかいの国』でお姫様と呼ばれるようになった。わたしは、その頃のあなたって言えばわかるかな」
「うーん。なんと、なく……?」

 つまり、私が知らない過去の私ってこと?
 あくまで、その過去が事実だって仮定すればの話になるけれど。
 みんなが語る、『まほうつかいの国』を救ったという過去の私。
 その部分が私自身とは別に存在してるってこと?
 えぇ……どうやって?

「ここはあなたの心の中。この森はあなたの心が作り出してる、言わば心象風景かな」
「もしかしてこれ、所謂もう一人の自分との対話、みたいなの?」
「そうかも」

 美味しそうにケーキを頬張って、幸せそうに微笑むお姫様。
 なんだか調子狂うなぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小説教室・ごはん学校「SМ小説です」

浅野浩二
現代文学
ある小説学校でのSМ小説です

二穴責め

S
恋愛
久しぶりに今までで1番、超過激な作品の予定です。どの作品も、そうですが事情あって必要以上に暫く長い間、時間置いて書く物が多いですが御了承なさって頂ければと思ってます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

憧れのあの子はダンジョンシーカー〜僕は彼女を追い描ける?〜

マニアックパンダ
ファンタジー
憧れのあの子はダンジョンシーカー。 職業は全てステータスに表示される世界。何かになりたくとも、その職業が出なければなれない、そんな世界。 ダンジョンで赤ん坊の頃拾われた主人公の横川一太は孤児院で育つ。同じ孤児の親友と楽しく生活しているが、それをバカにしたり蔑むクラスメイトがいたりする。 そんな中無事16歳の高校2年生となり初めてのステータス表示で出たのは、世界初職業であるNINJA……憧れのあの子と同じシーカー職だ。親友2人は生産職の稀少ジョブだった。お互い無事ジョブが出た事に喜ぶが、教育をかってでたのは職の壁を超越したリアルチートな師匠だった。 始まる過酷な訓練……それに応えどんどんチートじみたスキルを発現させていく主人公だが、師匠たちのリアルチートは圧倒的すぎてなかなか追い付けない。 憧れのあの子といつかパーティーを組むためと思いつつ、妖艶なくノ一やらの誘惑についつい目がいってしまう……だって高校2年生、そんな所に興味を抱いてしまうのは仕方がないよね!? *この物語はフィクションです、登場する個人名・団体名は一切関係ありません。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

【完結】公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

処理中です...