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第2章 正しさの在り方

36 クリスティーン

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「もう魔女相手だからって手は抜かねぇよ。クリスティーン、出番だぜ」

 D7の言葉に、今まで微動だにしなかったクリスティーンがようやく動きを見せた。
 依然俯いたままだけれど、軽快な足取りでD7の前に出る。

 俯く彼女の表情は、長い髪に隠れて伺えない。
 クリスティーンが一体何者なのか。D7とは違って、黒いコートではなく煌びやかなドレスを着ているところを見ると、魔女狩りではないのかもしれないけれど、それは定かではない。

「……花園さん、退がって」

 そんなクリスティーヌを見て、氷室さんは言った。
 自身もジリジリと後退しようとしている。
 警戒は必要だと思うけれど、そこまでする必要があるのか私にはよくわからなかった。

「アリスちゃん。あれはまずい。もっと距離を取った方が────」

 そう、善子さんが言いかけた時だった。

「────────────!!!!!!」

 突如として顔を上げたクリスティーンから、とんでもない奇声が放たれた。
 とてもじゃないけれど人間のものとは思えない、超音波のような甲高い声だった。
 もはやそれは衝撃波のようで、目の前にいるとその音が形となってぶつかってきているようだった。

 思わず耳を塞いで踏ん張りながら、けれどその奇声よりも衝撃的なものを目にして、私は凍りついた。
 それは、私たちをまざまざと見つめているもの。
 その声を発している、クリスティーンの顔だった。

 とても美しい顔。まるで女優のような、見惚れる整った顔立ち。
 だけれどそれは、人間の顔ではなかった。そのよく整った顔は、人形のような作り物。
 おそらく誰かを模して精巧に形作られた、作り物の顔だった。

 つまりそれが意味するところは。
 クリスティーンもまた、D7が操る一体のドールであるということだ。

「アリスちゃん!」

 惚ける私を善子さんが突き飛ばした。
 そしてそこには既に、クリスティーンが飛び込んできていた。

 瞬時に状況に対応した氷室さんが、クリスティーンに向けて氷の槍を無数に放った。
 その全てが射抜けば、瞬く間に蜂の巣になりそうな攻撃を、しかしクリスティーンはその身一つで弾いて見せた。

 目にも留まらぬ高速回転で胴をグルグルと回して、その腕で氷の槍を全て弾き砕く。
 そしてその回転を保ったまま、クリスティーンの腕がぐんと伸びて、高速回転による鞭のような攻撃が二人を襲った。

 その速度に対応できなかった二人は、腕の鞭をもろに受けて吹き飛ばされる。
 そして善子さんに的を絞ったクリスティーンは、地面に倒れ伏した彼女に瞬時に追撃した。

 人間の大きさの物からは信じられない身軽さと素早さで、善子さんの元まで跳躍するクリスティーン。
 善子さんが苦し紛れに張った障壁を、その腕一つでいとも簡単に打ち破り、空いたもう一方の腕が顔面を掴んで空に放り投げた。

 空中に放られた善子さんが体勢を立て直す暇を与えずに、クリスティーンの口ががしゃんと縦に開いて、そこからまるで漫画のようなビームみたいな光線が放たれた。
 ろくに防御をとる余裕もなかった善子さんにそれは直撃し、ボロボロになった善子さんが落下した。

「善子さん!」

 無防備に落下した善子さんに、慌てて駆け寄る。
 意識こそ失っていなかったけれど、善子さんは苦悶の表情を浮かべていた。

 その横を、激しい冷気が駆け抜けた。
 地面ごとクリスティーンを凍らせるように、氷室さんから放たれていく。
 それを高速移動でかわしたクリスティーンは、瞬時に氷室さんの元まで移動していた。

 完全に氷室さんの隙を突いたクリスティーンは、彼女が反応する前にその口から業火を吐いた。
 その不意打ちにギリギリのところで対応した氷室さんも、同じように炎を放って応戦した。

 炎と炎がぶつかり合って、爆発にも似た衝撃が起きた隙を突いて、氷室さんはクリスティーンに向かって氷を放った。
 氷の直撃を受けたクリスティーンは、胴体を凍らせながら吹き飛んだ。

「……ちょっと効いたなぁ」

 魔法で少しダメージ癒した善子さんが、苦い顔をしながら立ち上がった。
 無理に笑顔を作ろうとしているけれど、足取りはかなり不安だった。

「ダメですよ、そのまま動いちゃ……」
「いやぁ、流石にあんな化け物の相手を、氷室ちゃん一人に任せてばかりもいられないからね」

 私を安心させようと、ニカッと笑おうとして顔がひきつる。
 魔法だって万能じゃないから、回復には時間がかかる。
 この短時間で完治するほど、善子さんのダメージは軽くなかった。
 それでも善子さんは、氷室さんの元へ駆けて行ってしまった。

「氷室ちゃんごめん。任せちゃって」
「……あれは一筋縄ではいきません」

 クリスティーンは既に氷を引き剥がして、行動を可能にしていた。
 全くの無傷。クリスティーンは今までのドールたちとは、比べ物にならないほどに強靭だった。
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