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第2章 正しさの在り方
16 寒空散歩
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ひとしきりお喋りをした後、晴香は私を夕飯に誘った。
いきなりで申し訳ないと断ったんだけれど、今更何言ってんのと押し切られてしまった。
高校に入ってお母さんが長期で家を空けることが多くなってからは、時々夕飯にお呼ばれすることがあったし、そもそも隣の家だからご両親ともすでに気心が知れてる。
あまり気を使いすぎるのもよくないかと、ありがたく誘いに乗った。
きっとそれも、私が一人になる時間を少しでも無くそうとする、晴香の気遣いだったんだと思う。
そもそも一人でモヤモヤしていたからこそ、愚痴をこぼすために連絡したわけで、それはとてもありがたかった。
しまいにはこのまま泊まっていけばなんて言ってくれたんだけれど、それは丁重に断った。
晴香と散々話をしてだいぶ気持ちはスッキリしたし、少しは一人での考え事もしたかった。
そんなこんなで自分の家に帰ってきたのは、日付をまたぐ少し前くらい。
さっさとお風呂にも入ってしまって、髪を乾かすのもおざなりにベッドに倒れこんだ。
正くんのことは一先ずいいとして、今私の頭の中で巡っていたのは、善子さんとレイくんのことだった。
善子さんが嘘をわざわざ話すとは思えないし、それを疑うつもりもない。
けれど私が出会ったレイくんを、それだけで悪者と決めつけるのも何か違うと思った。
でも氷室さんも警戒していたし、あんまり馴れ合わないほうがいいのかな。
答えの出ない考えをぐるぐる巡らせていた時、トントン軽いノック音がした。
家には私しかいないんだから扉をノックする人なんていない。
そもそも、そのノック音は外から聞こえた。
私がベッドから起き上がってキョロキョロしていると、もう一度同じようにノックが聞こえた。
そこでようやく、窓が叩かれていることに気付いた。
でも私の部屋二階にあるし……。
不信感を抱きながらカーテンを開けてみると、そこにはにこやかに微笑むレイくんの姿があった。
相変わらずの黒一色の服装は黒い背景に溶けていて、さながら不審者だった。
それでもその微笑みだけはキラキラと輝いている。
私は驚きのあまり咄嗟に窓を開けてしまって、そしてすぐに後悔した。
窓からの訪問なんて非常識なもの、無視してしまえばよかったんだ。
レイくんはひょいっと窓を潜ると、窓の桟に腰掛けた。
一応土足だから気を使ったのかもしれない。
それ以前に気を使って欲しいところがいっぱいあるんだけど。
「不審者が窓から入ってきたって通報してもいいんだけど」
「いきなり手厳しいなぁ。せっかく会いに来たんだけど」
「だからすぐ過ぎるんだって。今日で三回目だよ」
「もうすぐで日を跨ぐから、明日の分にしておいてよ」
そういう問題じゃないと思うんだけど。
爽やかに言うレイくんに、私は溜息をつくしかなかった。
「それで今度は何の用?」
「ちょっとアリスちゃん、冷たいなぁ」
そんなつもりは特になかったけれど、少し棘のある言い方になっていたのかもしれない。
レイくんは困り顔で呻いた。
自覚はなかったけれど、善子さんの話を聞いてそれが引っかかっているのかもしれない。
「約束通りデートに誘いにきたんだよ」
「デートって、こんな夜中に?」
「とりあえず散歩でもしようよ。外の空気は澄んでいて気持ちがいいよ」
十二月の冷え込む夜に、女の子を外に連れ出そうとするとは。
でもこのままここに居座られても困るしなぁ。
レイくんは一応、私には紳士的な対応をしてくれているから、きっぱりと断れば大人しく帰ってくれると思うけれど。
でも、レイくんが一体どういう人なのか、自分の目で確かめたほうがいいかもしれない。
こうして知り合ってしまった以上、同じ魔女として今後無関係ではなくなるだろうし。
「寒いからちょっとだけね。玄関の前で待ってて」
私が答えると、レイくんは嬉しそうに微笑んで窓からひょいっと飛び降りた。
それを見送ってから、仕方なく外着に着替えてしっかりと厚着する。
外に出てみれば、案の定突き刺すような寒さが肌に沁みた。
戸締りをして出てきた私を、レイくんは微笑ましく待っていた。
「それにしても不用心だよアリスちゃん。自宅には結界を張っておかないと。じゃないと僕みたいなやつに見つかっちゃうよ?」
「……そうしとく。レイくんに見つからないようなしっかりとしたやつをね」
そう言いつつ、結界はどうやったら張れるんだろうと頭を巡らす。
魔女として生きる以上、確かにそれは必要かもしれない。
明日にでも早速氷室さんに聞いてみよう。
「それじゃ、少し歩こうか」
そう言って、レイくんはポケットに突っ込んだままの腕を差し出してきた。
腕を預けろと言うことらしい。正直、腕を組むほどレイくんのことは信頼しきっているわけじゃないんだけれど。
でも一応これはデートの形を呈しているのだから、エスコートする側の意思を尊重したほうがいいのかもしれない。
私が渋々その腕に自分の腕をかけると、レイくんは嬉しそうに微笑んだ。
実際に腕を組んでみれば、レイくんは見た目通りの細身で男の子とは違う。
別に男の子と付き合ったことはないけれど、創とは結構身近に接しているし、体格が男の子のものではないことくらいはわかる。
目的地があるのかはわからないけれど、寒空の下歩き出したレイくんに、私は何も言わずに続いた。
いきなりで申し訳ないと断ったんだけれど、今更何言ってんのと押し切られてしまった。
高校に入ってお母さんが長期で家を空けることが多くなってからは、時々夕飯にお呼ばれすることがあったし、そもそも隣の家だからご両親ともすでに気心が知れてる。
あまり気を使いすぎるのもよくないかと、ありがたく誘いに乗った。
きっとそれも、私が一人になる時間を少しでも無くそうとする、晴香の気遣いだったんだと思う。
そもそも一人でモヤモヤしていたからこそ、愚痴をこぼすために連絡したわけで、それはとてもありがたかった。
しまいにはこのまま泊まっていけばなんて言ってくれたんだけれど、それは丁重に断った。
晴香と散々話をしてだいぶ気持ちはスッキリしたし、少しは一人での考え事もしたかった。
そんなこんなで自分の家に帰ってきたのは、日付をまたぐ少し前くらい。
さっさとお風呂にも入ってしまって、髪を乾かすのもおざなりにベッドに倒れこんだ。
正くんのことは一先ずいいとして、今私の頭の中で巡っていたのは、善子さんとレイくんのことだった。
善子さんが嘘をわざわざ話すとは思えないし、それを疑うつもりもない。
けれど私が出会ったレイくんを、それだけで悪者と決めつけるのも何か違うと思った。
でも氷室さんも警戒していたし、あんまり馴れ合わないほうがいいのかな。
答えの出ない考えをぐるぐる巡らせていた時、トントン軽いノック音がした。
家には私しかいないんだから扉をノックする人なんていない。
そもそも、そのノック音は外から聞こえた。
私がベッドから起き上がってキョロキョロしていると、もう一度同じようにノックが聞こえた。
そこでようやく、窓が叩かれていることに気付いた。
でも私の部屋二階にあるし……。
不信感を抱きながらカーテンを開けてみると、そこにはにこやかに微笑むレイくんの姿があった。
相変わらずの黒一色の服装は黒い背景に溶けていて、さながら不審者だった。
それでもその微笑みだけはキラキラと輝いている。
私は驚きのあまり咄嗟に窓を開けてしまって、そしてすぐに後悔した。
窓からの訪問なんて非常識なもの、無視してしまえばよかったんだ。
レイくんはひょいっと窓を潜ると、窓の桟に腰掛けた。
一応土足だから気を使ったのかもしれない。
それ以前に気を使って欲しいところがいっぱいあるんだけど。
「不審者が窓から入ってきたって通報してもいいんだけど」
「いきなり手厳しいなぁ。せっかく会いに来たんだけど」
「だからすぐ過ぎるんだって。今日で三回目だよ」
「もうすぐで日を跨ぐから、明日の分にしておいてよ」
そういう問題じゃないと思うんだけど。
爽やかに言うレイくんに、私は溜息をつくしかなかった。
「それで今度は何の用?」
「ちょっとアリスちゃん、冷たいなぁ」
そんなつもりは特になかったけれど、少し棘のある言い方になっていたのかもしれない。
レイくんは困り顔で呻いた。
自覚はなかったけれど、善子さんの話を聞いてそれが引っかかっているのかもしれない。
「約束通りデートに誘いにきたんだよ」
「デートって、こんな夜中に?」
「とりあえず散歩でもしようよ。外の空気は澄んでいて気持ちがいいよ」
十二月の冷え込む夜に、女の子を外に連れ出そうとするとは。
でもこのままここに居座られても困るしなぁ。
レイくんは一応、私には紳士的な対応をしてくれているから、きっぱりと断れば大人しく帰ってくれると思うけれど。
でも、レイくんが一体どういう人なのか、自分の目で確かめたほうがいいかもしれない。
こうして知り合ってしまった以上、同じ魔女として今後無関係ではなくなるだろうし。
「寒いからちょっとだけね。玄関の前で待ってて」
私が答えると、レイくんは嬉しそうに微笑んで窓からひょいっと飛び降りた。
それを見送ってから、仕方なく外着に着替えてしっかりと厚着する。
外に出てみれば、案の定突き刺すような寒さが肌に沁みた。
戸締りをして出てきた私を、レイくんは微笑ましく待っていた。
「それにしても不用心だよアリスちゃん。自宅には結界を張っておかないと。じゃないと僕みたいなやつに見つかっちゃうよ?」
「……そうしとく。レイくんに見つからないようなしっかりとしたやつをね」
そう言いつつ、結界はどうやったら張れるんだろうと頭を巡らす。
魔女として生きる以上、確かにそれは必要かもしれない。
明日にでも早速氷室さんに聞いてみよう。
「それじゃ、少し歩こうか」
そう言って、レイくんはポケットに突っ込んだままの腕を差し出してきた。
腕を預けろと言うことらしい。正直、腕を組むほどレイくんのことは信頼しきっているわけじゃないんだけれど。
でも一応これはデートの形を呈しているのだから、エスコートする側の意思を尊重したほうがいいのかもしれない。
私が渋々その腕に自分の腕をかけると、レイくんは嬉しそうに微笑んだ。
実際に腕を組んでみれば、レイくんは見た目通りの細身で男の子とは違う。
別に男の子と付き合ったことはないけれど、創とは結構身近に接しているし、体格が男の子のものではないことくらいはわかる。
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