上 下
29 / 984
第2章 正しさの在り方

3 謎の麗人

しおりを挟む
 善子さんと別れて自分たちの教室へ行くと、入り口のところに人だかりができていて、なんだか騒がしかった。
 人だかりというよりは入りあぐねているというか、みんなが奥まで入っていかないから、詰まっているような感じだった。

 訝しがりながら私たちもその集団に紛れて教室の中を覗いてみると、教室の中は何とも異質な光景だった。
 主に奥の方。もっと言えば、私の席が明らかに異常事態だった。
 これは確かに、みんな近寄りたくないかもしれない。

 私の席で知らない人が本を読んでいる。
 しかもただの知らない人じゃない。この学校の制服を着ていないから、明らかに部外者だった。

 黒いブルゾンに黒いジーンズ。おまけに黒いニット帽を被った黒尽くめの、少なくとも学校内では明らかに怪しい出で立ちだった。
 年頃は私たちと同じくらいに見えるけれど、その雰囲気は学生のものとは言えない。

 けれどとても綺麗な顔立ちの人だった。
 男か女かの見分けが本気でつかない、中性的にも程がある綺麗な顔。
 日本人離れした端正な顔立ちで、すらっとした体系や短めだけれど艶やかな髪も含めて、麗人と言って差し支えない程だった。

 そんな人が、私の席で私の本を黙々と読み耽っている。
 周りの状況なんてお構い無しに物語に没頭している。
 先に来ていた子たちが言うには、あの人は誰よりも早くこの教室にいて、既に私の席で本を読んでいたらしい。

 あの人自身の綺麗さもさる事ながら、その佇まいや、本を持ってページをめくる所作までもが綺麗すぎて近寄りがたくて。
 今の今まで誰も声がかけられず、そして中に入ることもできなかったらしい。

「どうする? 先生、呼んでこようか?」

 晴香が私の袖をぎゅっと握って言った。
 確かに、単に不審者という意味では、先生に対処してもらうのが一番いいのかもしれないけれど。
 でも、あの人はきっと普通じゃない。やってることとかの話じゃなくて、あの人そのものが、きっと。

「大丈夫だよ。ちょっと話してみる」
「知ってる奴、じゃないんだろ?」
「まぁ、うん。でも大丈夫でしょ」

 心配そうに言う創の腕をぽんぽんと叩いて、私は教室の奥へと向かった。
 大丈夫かどうかというところには自信はなかったけれど、きっと話さないことには始まらない。
 私が席の横まで行くとその人は、やっと本以外にも世界があったことに気づいたかのように顔を上げた。

「やぁ、待ってたよ」

 本をぱたりと閉じて、のどかな笑みを浮かべて私を見上げる。
 その声を聞いても、やっぱり男か女かの区別がつかない。
 男の子にしては高めの声で、女の子にしては低めの声。どちらにも聞こえてしまう。

「張り切って朝早く来てみたは良いものの、いざ着いてから早すぎることに気がついてね。暇つぶしにここあった本を読ませて貰ったよ」

 私たちの困惑などどこ吹く風。完全に自分のペースで話し始めた。
 それでもその声や言葉、仕草の全てが綺麗で洗礼されていて、多分何も知らない、関係ない人が見たら惚れ惚れしてしまうんじゃないかというほどに美しかった。

「君は本が好きなんだね。面白いよ、これ。是非最後まで読みきりたいんだけれど、今日は別の用事で来たから、それができないのが残念だよ」
「私に、何か用なんですか?」

 相手のペースに飲まれないように私は声を出した。

「まずは自己紹介をしようか。僕の名前はレイ。だよ」

 僕、というのだから男の子だと、そう断定ができない。名前も、どちらともとれる。
 それよりも、さも当然のように放たれた言葉が引っかかった。ワルプルギスって何?

「レイ、さん……?」
「敢えて敬称をつけるなら『くん』の方が僕は好みかな」

 軽やかに笑ってレイ────くんはそう言った。
 その仕草は優男のようでもあり、でも男の子っぽい女の子のようでもある。

「えっと、私は────」
「知ってるよ。花園 アリスちゃん。僕は、君に会いに来たんだから」

 私の目を真っ直ぐに見つめて、まるで見透かすようにレイくんは微笑む。
 多分これで、普通の女の子なら落ちてしまうだろうな。
 生憎今はそれどころじゃないんだけど。

「君がここにいるって聞いてね。どうしても一目会っておきたかったんだよ。この学校には他にも知り合いがいるし」
「あの……ワルプルギスって、一体……」

 話が全く見えてこなくて、私はとりあえず質問をしてみた。
 するとレイくんは、そんなこと聞かれるとは思わなかったとでも言うように目を見開いた。
 けれどすぐに普通の余裕のある表情に戻ると、和やかに微笑んだ。

「そうか。君は何にも聞いていないんだね。何も知らせず、俗世に溶け込ませようとしているのか。それとも必要なことは自分で知るべきだと思っているのか。どちらにしても、真宵田まよいだ夜子よるこ……意地悪だな」

 薄々そうじゃないかと思っていたけれど、その名前が出てきたことで、それは殆ど確信に変わった。

「あなた、もしかしてま────」
「おっと、こんな所で口にするものじゃないよ」

 私が口を開いた瞬間、レイくんの人差し指が私の唇をしーっと押さえた。
 同時に近付けられた顔が目の前まで来て、その整い過ぎた顔立ちに吸い込まれそうになる。
 そしてしばらくじっくりと私の目を眺めてから、レイくんは耳元に口を近付けて囁くように言った。

「僕たちには君が必要だ。そのうちお迎えにあがりますよ、お姫様」

 戸惑ってる私をよそに、レイくんはすっと離れると、窓まで静かに歩いた。
 自然な動作で窓を開けると、窓枠に手を掛けた。

「今日はとりあえずご挨拶だけだよ。次会う時も、僕のことを覚えていてくれると嬉しいな。その時まで────」
「待って」

 唐突に私の腕を掴まれてびくりと振り返ると、氷室さんが私を後ろにぐいっと引っ張った。
 私の前に乗り出した氷室さんは、いつも通りのクールさながらも、レイくんに静かに敵意の眼差しを向けていた。

「……へぇ」

 対するレイくんは、氷室さんを興味深く見返していた。
 まるで氷室さんがここでこうしていることが、意外とでも言うかのように。

「既に一手が打たれているってわけか。なるほどわかったよ。アリスちゃんのこと、よろしくね」

 そう言うと、レイくんは止める間もなく身を乗り出して、窓から外へ飛び出した。
 この教室は三階にあって、窓の外にはベランダも何もない。
 慌てて駆け寄って窓から外を見降ろして見ても、そこにはもう何もなかった。

 そうして朝から騒ぎを起こすだけ起こして、レイくんという謎の魔女は姿を消してしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最弱の冒険者と呼ばれてますが、隠してるチート能力でたまには無双します!……と言いたいところだが、面倒だから今日は寝る。お前ら、邪魔するなよ?

ランド
ファンタジー
『最弱の冒険者』の称号をほしいままにしている、リアトリス。 仲間であるジャスミンにいくら誘われようとも、冒険に行かず、レベル上げすらもしようとしない怠惰っぷり。 冒険者の義務なんて知らない。 仕事なんて絶対にしたくない。 薬草採って、ポーション作って売ってのその日暮らしができれば大満足。 そんな舐めた事ばかり考えているリアトリスだが、実はこの世界で最も強力な能力を持つ最強の冒険者。 それも、本気を出せば魔王軍幹部すらも圧倒できるほどの。 だが、リアトリスは意地でも能力を隠そうとする。 理由はいたって単純。 面倒な事には関わりたくないから。 そんなリアトリスが、果たして魔王を倒すことができるのか。 そもそも、冒険の旅に出てくれるのだろうか。 怠惰で最強な冒険者による、異世界奇譚をお楽しみください! ※作品内に一部過激な描写がありますので、投稿ガイドラインに基づき、R15指定としています。 この作品はなろうとカクヨムにも掲載しています(下記URL参照)。また、タイトルの文字数制限の関係で、少々タイトルも変えています。 https://ncode.syosetu.com/n4679gv/ https://kakuyomu.jp/works/16816700428703293805

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

美少女だらけの姫騎士学園に、俺だけ男。~神騎士LV99から始める強くてニューゲーム~

マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
ファンタジー
異世界💞推し活💞ファンタジー、開幕! 人気ソーシャルゲーム『ゴッド・オブ・ブレイビア』。 古参プレイヤー・加賀谷裕太(かがや・ゆうた)は、学校の階段を踏み外したと思ったら、なぜか大浴場にドボンし、ゲームに出てくるツンデレ美少女アリエッタ(俺の推し)の胸を鷲掴みしていた。 ふにょんっ♪ 「ひあんっ!」 ふにょん♪ ふにょふにょん♪ 「あんっ、んっ、ひゃん! って、いつまで胸を揉んでるのよこの変態!」 「ご、ごめん!」 「このっ、男子禁制の大浴場に忍び込むだけでなく、この私のむ、む、胸を! 胸を揉むだなんて!」 「ちょっと待って、俺も何が何だか分からなくて――」 「問答無用! もはやその行い、許し難し! かくなる上は、あなたに決闘を申し込むわ!」 ビシィッ! どうやら俺はゲームの中に入り込んでしまったようで、ラッキースケベのせいでアリエッタと決闘することになってしまったのだが。 なんと俺は最高位職のLv99神騎士だったのだ! この世界で俺は最強だ。 現実世界には未練もないし、俺はこの世界で推しの子アリエッタにリアル推し活をする!

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~

泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。 女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。 そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。 冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。 ・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。 ・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません ※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。

処理中です...