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第1章 神宮 透子のラプソディ

14 知らない親友

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「鬼ごっこはやめにしようぜ」

 D8が振るった剣を、氷室さんは大きく体勢を崩すことで辛うじて避ける。私を力強く抱きしめて倒れこむようにして。
 けれど魔法の力なのか、体勢は急激に持ち直されて、氷室さんはそのままの勢いで駆け続けた。けれど。

「もうあなたたちに逃げ場なんてないよ」

 その先にはD4の姿があった。
 完全に挟み撃ち。いくら広い廊下とはいっても、この二人を潜り抜けるのは難しいように思えた。

 けれど氷室さんはスピードを落とさずに、D4へと一直線に走る。それに気圧されずに構えるD4。
 手を伸ばせば届く距離まで突き進んだ時、氷室さんは大きく跳躍した。D4の頭上を、軽々と飛び越える。

 しかしその程度のことをD4が見逃すはずがない。
 私たちの四方に光の壁が現れたかと思うと、それらは私たちを閉じ込めるように迫ってきた。
 対して氷室さんは、人なんて簡単に串刺しにしてしまいそうな氷柱を作り出して、それらを打ち壊した。

 私たちを囲む前に砕けた光の壁は、光の砂となって崩れ去って、私たちは無事に着地した。
 それでも後ろから飛んでくる魔法を避けながら走って、角にあった階段を駆け上がる。

 階段を登りきったところで、氷室さんは分厚い氷の壁で階段を封鎖して、誰もいない廊下を駆ける。
 そう、そこには誰もいなかった。外に出た時もそうだったけれど、このお城には誰もいない。
 兵隊も使用人のような人も誰も。私たち以外に、ここには人の気配がなかった。

 だから多分追手はあの二人だけなんだろうけど、それを振り切るのが至難の技だった。
 私を抱えながらあの二人の相手にするのは、あまりにも荷が重すぎる。
 だからといって私には、氷室さんの力になることもできない。
 私はただ、守られることしかできない。

「っ…………!」

 突然、氷室さんが私を放り投げた。いや、落とした。
 大理石の床に打ち付けられた私が、痛みに堪えながらなんとか立ち上がると、氷室さんが倒れていた。

「氷室さん!」

 慌てて駆け寄ると、氷室さんの右脚からたくさんの血が出ているのがわかった。
 まるで撃たれたかのように、足首を貫く傷ができていた。

「逃げ切れるとでも思ったかよ」

 そして、ゆっくりとD8がやってくる。
 もう追いつかれていた。どんなに逃げ回ろうと、足止めをしようと無駄だったっていうの?

「氷室さん、立てる? 今度は私が担ぐから」
「おいおいよせよアリス。お前にそんなことできっこない」
「黙って! 私は……私だって、氷室さんを助けるの!」
「その気持ちはいいことだけどよぉ。今のお前に、一体何ができるんだ?」

 その瞬間、見えない力が私を吹き飛ばし、氷室さんから引き剥がした。それはD4だった。
 私を吹き飛ばしつつも倒れないように支えてくれたD4は、とても悲しそうな顔をしていた。

「ごめんなさいアリス。少しだけ、大人しくしていて」

 そう言ってD4が私の額に触れた瞬間、急に全身の力が入らなくなって、私はぺたんとへたり込んでしまった。
 足が動かない。倒れないように上体を起こしているだけで精一杯だった。
 私は床に手をついて、精一杯の力でD4を見上げる。

「すぐに終わるからね」

 どうしてそんな顔するの? 悪者ならもっと悪者みたいな顔してよ。
 もっと酷い顔で、憎らしい顔で、許せないような顔してよ。
 どうして悲しそうな顔をするの? 労わるような、哀れむような優しい顔をするの?
 だから私は、何を信じたらいいのかわからなくなる。

「どうして……どうしてこんなことするの?」
「彼女は魔女。私たちは魔女狩り。殺し合うのは当たり前のことなんだよ」
「そういうことじゃない! 私が聞きたいのはそんなことじゃない。どうしてそこまで、私を……」

 私には何の価値もないのに。他人が命をかけるまでの人間じゃない。
 私は何でもない。私のために誰かが傷つく必要なんて、ありはしないのに。

「それは────あなたが私の、私たちの親友だから。あなたは知らないでだろうけど。大切な友達を助けるのに理由がいる?」
「────」

 頭が真っ白になって、D4の言葉だけが頭の中で響く。
 私たちが親友? 今まで会ったことはない。見覚えもない。それなのに。
 何故かその言葉だけは、私の心にすっと降りてきた。
 それを否定する気持ちが一つも出てこない。
 おかしいな。そんな記憶、一つもないのに。

「さぁて魔女。もう終わりにしようぜ。生け捕りはやめだ。お前はここで殺してやるよ」
「ちょっとD8! その魔女には聞かなきゃいけないことが!」
「わかってるよ。わかってるけど、もうそういうわけにもいかねぇ。魔女ごときにここまでコケにされて、黙ってられるか。それに、この城に魔女の侵入を許したなんて、そんな汚点をお前も残したくないだろ、D4」
「それは、そうだけれど……」

 床から鎖が飛び出して氷室さんの手足を拘束すると、今度は十字架の磔が現れる。
 抵抗もできないまま、そこに磔にされる氷室さん。

「やっぱり魔女といえば火炙りだよなぁ。まぁ安心しろよ。手は抜かねぇ。一瞬で消し炭にしてやるよ」

 そう言うD8の手の上には、人なんて軽く飲み込んでしまう大きさの炎の玉が、まるで太陽のように燃え上がっていた。
 触れた瞬間に全てが燃え尽くされてしまいそうな、地獄の業火。
 もう、成す術はなかった。
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