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第6話 挑発的な身体への仕返し

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「あなたのその資料ができないと私も帰れないんだから、早く済ませなさいよ」

 もんろん定時には終わらなかった。
 桃木さんと飲みに行く話は残念ながらまた今度とせざるを得ない。
 先輩方が帰っていった後、二人きりになったところで椿原部長はそう言ったのだった。

 正直意味がわからなかった。
 確かに俺が一人で作業を終わらせても、責任者である椿原部長のチェックが入らなければ完成とは言えない。
 だから、今日中に仕上げなさいと言うのなら、残業をしろと言うのなら、部長もまた終わるまで残らないといけないんだ。

 俺一人だけ残業させられるならまだしも、自分もまた残業をせざるを得ない状況を自ら作るって、どう考えても変だろう。
 俺をいじめるポイントなんて他にいくらでもあるし、判断が謎すぎる。
 せめて責め立てるところで区切りにして、みんなに手伝ってもらって終わらせた方が絶対良かったはずだ。

 ここまで不自然だと、もしかして俺と二人きりになりたくてわざと残業させてるんじゃないか、なんて馬鹿げた考えが頭をよぎってしまう。
 全ての行為は好意の裏返しで、俺とコミュニケーションを取りたかっただけ、とか。

 いや、ありえない。そういうのはフィクションの中だけの話だ。
 このレベルで素直になれない性格だとしたら、それはもう人格が破綻しているとしか言えない。

 変な期待はするもんじゃない。
 いや、例えこれらがツンデレなんだとしても、このレベルのパワハラをする人は、どんなに美人でエロくても流石にお断りだが。

 何にしても仕事を終わらせないといけないことに変わりはない。
 椿原部長の真意は測りかねるけれど、俺は頭を切り替えて作業に取り掛かることにした。

「…………」

 しかし、どうにも集中できない。
 何故なら背後で椿原部長がこちらを監視しながらずっとうろちょろしているからだ。
 さっきはあれこれ口出しをしてきて、それはそれで集中できなかったけれど。
 ただ静かにうろうろされているのも同じくらい、いやそれ以上に集中力を欠いた。

 だって、ゆさゆさしているのが見なくてもわかるのだ。
 歩くだけで震える巨大なお胸が乱す空気の揺らぎが、俺の集中を妨げている。
 いや流石にこれは言いがかりだけれど。

 でも、どうゆさゆさしているのか容易に想像できるせいで、足音に合わせてどうしても連想してしまう。
 これはこれでかなりの妨害行為だが、きっと嫌がらせはまだ始まってもいない。
 今のうちに進めなきゃいけないのに……!

「まったくもう、見ていられないわ」

 自分の想像力、というか今まで散々見せられてきた光景からの連想に苦しみながら作業と格闘してしばらくのこと。
 おそらく無言の圧力に飽きたのであろう椿原部長が嘆息した。

 まだまだ先は長いのにお説教タイムの始まりかと思ったが、違った。

「わからないことは聞きなさい。そんなことも教えて上げなきゃいけないわけ?」

 質問や助力を許さない空気を出していたくせに、と思っていると、椿原部長は俺の隣の席、桃木さんのデスクの上にどかりと腰を下ろした。
 そして重い溜息をつきながら、真横からモニターを覗き込んで、今度は的確に改善点ややり方などを説明しだした。

 突然どうしたとも思ったが、流石にこれ以上は自分がしんどくなってきたのかもしれない。

「何ぼさっとしてるのよ。せっかく教えてあげてるんだから、ちゃっちゃとやりなさい」
「は、はい」

 不機嫌そうに目を吊り上げ、普段とは逆転して見下ろしてくる椿原部長。
 俺もこの機に乗じてサクサクと終わらせたいのは山々だ。またいつ部長の気が変わって状況が拗れるとも限らない。
 ただ、どうしても俺は目の前の仕事に集中することができなかった。

 何故って、俺のすぐ隣のデスクにスカートを履いた椿原部長が脚を組んで座ってらっしゃるからだ。
 マウスを構える俺の右手のすぐ側には、ぷりっと大きく張りのある尻が、その存在感をムンムン振り撒いている。
 そしてすべすべと柔らかそうな御御足《おみあし》もまた、簡単に手を伸ばせる位置に投げ出されていて。
 しかも時折組み直すものだから、内もものかなり際どい部分がよく見えてしまう。

 極め付けは視界だ。
 デスクに座ってモニターを横から覗き込んでくる椿原部長は、当然前傾姿勢になる。
 そうするとどうなるか。当然、重力に逆らえない質量を有した胸がたゆんと垂れ下がるのだ。

 こっちに身を乗り出してきているから部長との距離はかなり近く、俺の場所からだと視界の右側三分の一は胸に占拠されている。
 しかもそれが僅かな身じろぎでいちいち揺れる揺れる。もはやうるさい。

 おまけとばかりに椿原部長の垂れ下がる長い髪からはいい香りが振りまかれている。
 もはや誘惑、いや挑発されているのかと思うほどに、ムラムラさせられるポイント満載なんだ。

 散々漫画とかに例えてきたが、これはあれだ、エロ漫画だ。
『ムカつく女上司のエロい体に復讐する』みたいな内容、腐るほどあるぞ。
 定時を過ぎた二人きりの残業。展開としてはここらで襲う頃合いだ。

 まぁ現実でそんなことをしたら、即刻クビどころが逮捕だけれど。
 写真でも撮って脅迫して、今後もよろしくやり続けるとか、そういうのは実際問題難しいだろう。
 いや、可能だとしても流石にそんな卑劣なことはしないけれども。

 ただそういう情欲をそそるようなシチュエーションだということは間違いない。
 この状況で仕事に専念しろというのは、もうそれはそれで立派なハラスメントな気がする。
 かなりのメンタルが必要だ。下手すると普段のいじめよりも。

「ようやく終わった……思ってたよりは早く済んだわね」

 とは言えやらねば終わらぬと奮起して数時間後、やっとのことで資料が完成した。
 俺はもちろんのこと、それからずっと付きっきりだった椿原部長もかなりお疲れのご様子だ。

 そもそも俺の経験値ではまだ重い仕事内容だったんだ。
 だから時間をかけて、教えてもらいながらじっくり進めようと思ってたのに、こんなぶっつけでスムーズにいくわけがないんだ。

 まぁ日付を跨ぐ覚悟は若干あったから、そこまでいかなくてかなりホッとした。
 それに関しては口出しをしてくれるようになった椿原部長のおかげだ。いや、そもそもの発端が部長なのだから、感謝するみたいなのは変だけど。

「金輪際こういうのごめんだからね。お願いだからしっかりしてちょうだい」

 そう言いながら椿原部長はぐーっと大きく伸びをした。
 あなたがさせなきゃね、と思いつつも謝りながらそんな姿を見上げると、ただでさえパツパツなシャツが胸を張ることではち切れんばかりに引き吊っている光景を目の当たりにしてしまった。

 極端に強調された状態に思わず息を飲む。
 あんなに張ったらボタンが弾け飛んだりするんじゃなかろうか。
 と思って見てみれば、本当にボタンが、飛んで行かずとも糸が切れほつれていた。

 そのせいでできた隙間から、肌色の丸い膨らみの輪郭が、確かに覗き見えて────

「ねぇ私喉が乾いたわ。コーヒー淹れてきて」

 そんな椿原部長の命令に、俺はなんとか自我を保つことができた。
 俺は素直に従うことで今見たものを意識から外すよう努めるのとにした。
 コーヒーを淹れよう。苦いコーヒーを飲んで切り替えよう。

「まっずい。パックのドリップコーヒーをまずく淹れられるって、逆にどうすればいいの?」
「すみません……」

 そうして淹れたコーヒーは、確かにかなり不味かった。
 忘れよう忘れようと意識しすぎた結果どうしても頭から離れず、かなりコーヒーを入れる手がおざなりになってしまった。
 最初に水を入れちゃったり、淹れた後にパックを浸しまくっちゃったりと、かなりの大惨事だった。
 お口に合わないのは当然だ。流石にこの叱責は甘んじて受けよう。

「あぁもう、あなたのせいで本当に疲れたわ。肩凝ってしょうがない……」

 もう飲む気がなくなったらしいコーヒーを置き去りにし、椿原部長は自分のデスクへと戻りながら肩や首を回していた。
 まぁあんな重りを常にぶら下げていたら肩の凝りはかなりのものだろうな。
 ……。悪いことを思いついてしまった。

「でしたら椿原部長。肩でもお揉みしましょうか?」
「え……?」

 冗談ぽくも献身的っぽくも聞こえるように気をつけながら、俺はそう言ってみた。
 まぁ当然ながら椿原部長は訝しげに眉を寄せる。

 これがおっさん上司なら、どんなに凝ったアピールされようが、直接揉んでくれと頼まれようがやってやるつもりは全くない。
 男同士でも嫌だ。部下に肩を揉ませるというはパワハラの代表例の一つだろう。

 けれどまぁ、普通女上司が部下に、それも異性の部下に肩揉みを強要することはないだろう。
 女性の方が異性との距離の取り方を気にし、警戒心が強いものだし。
 でも椿原部長の場合、男との距離を測りかねているであろうこの人なら、乗ってくるんじゃないかと思ったのだ。
 それこそ、パワハラをするためとして。

「ご迷惑をおかけしたお詫びに。よろしければですが」
「……うーん。そうね、あなたにはそれくらい事はしてもらわないと」

 おっかなびっくりもう一押ししてみれば、案の定椿原部長は乗ってきた。
 今までこんなゴマを擦るようなことをしたことはなかったけれど、いい感じにこき使われてる感を出すことができた。

 俺は手早く椿原部長の椅子の後ろに回り込むと、丁寧な手つきでその細い肩に両手を添えた。
 ここで強く痛いマッサージをするなんてこともできるけれど、さすがにそんな子供じみた仕返しはしない。
 優しくその凝りをほぐして差し上げよう。

「んっ……あぁっ……いい、わね」

 俺が揉み始めると、椿原部長はらしくなく繊細な声を唇から漏らした。
 なんだかそれっぽい声色にドキリとする。
 さっきされた甘いウィスパーボイスを思い出してしまった。

「椿原部長、本当に凝ってますね……」

 今まで女の子の肩を揉んであげたことは何回かあるけれど、ほとんどの場合言うほど凝ってないじゃんと思う程度の凝り具合だった。
 男の俺からしたら張っているかも怪しいと思うほどに、やわやわな子達ばかりだった。
 けれど椿原部長に関していてば、ちょっと心配になるくらいのガッチガチな凝り具合で、力加減がかなり難しい。
 さすが、あれほどの重りを常にぶら下げているだけのことはある、ということか。

「あなたに手がからなきゃもう少しマシなんだけれど……あ、そこっ、いい……!」

 ところどころで細い声をこぼしながら、椿原部長はくどくどと文句を述べ続ける。
 どことなく内容が控えめなのは、肩揉みでリラックスしているからなのだろうか。
 普段ツンケンと堅苦しい部長の、珍しく大人しい姿はちょっと可愛らしくも見える。

 始めこそ警戒心からか少し強張っていた体も段々と力が抜けてきたところで、俺は次のステップに進むことにした。これこそが今回のお目当てだ。

「これだけ肩が張ってるなら、きっとこの辺りも気持ちいいですよ」
「あ、あぁぁぁっ……!」

 肩から少し手を下に滑らせ、鎖骨の下あたりまでを少し強めに撫でると、椿原部長はなんとも弱々しい声をあげた。
 肩が凝っている時、ついつい肩だけを意識しがちだが、案外この辺りの胸筋も疲れが溜まっているものだ。
 特に女性は。部長ほどの巨乳なら尚更だろう。

 気持ちよさそうにしているので、繰り返しその辺りをほぐしてやる。
 何故ここをほぐすのがお目当てだったかといえば、ここは女性の柔肌の中でも特に柔らかい部分の一部だからだ。

 要するに胸、乳房の始まりの部分とでもいうのか。
 女性の胸といえばしっかりと膨らんだ房そのものを指すが、この肩から鎖骨の下にかけての辺りもすでに、部位としては乳房が始まっているのだ。
 けれど女の子は案外その辺りのガードは緩い。胸を触っているとは認識されないことが多いんだ。
 もちろん房そのものには劣るが、感触が楽しめるほどの柔らかさがそこにはある。
 椿原部長ほどのサイズになれば、十分過ぎる膨らみがあるというわけだ。

 これこそが、この数時間間近で色香を振り撒かれて悶々とした俺の仕返し。
 触られている自覚なくしてその感触を楽しんでやろうという作戦である。
 まぁゲスいド直球のセクハラなのは承知だが、ちゃんとマッサージ自体はしてあげているのでいいだろう。

 凝り固まった胸筋をほぐすために強く指圧すれば、シャツ越しにでも滑らかな柔肌に指が沈み込む感触を味わうことができる。
 その他の肌とは違ったとろけるような肉感と、さりとて僅かな弾力を感じる触感は、まさに女性の胸に埋《うず》まるに等しい。
 手が滑ったと勢いで本体に手を伸ばしたいところだが、それは流石にグッと堪えよう。
 今はこの上部のマッサージが響いて揺らめいている光景を、真上から見下ろせる役得で満足だ。

「まだまだほぐれ切ったとはいえないけれど、まぁこんなものでしょうね。肩も満足に揉めないなんて、本当に役に立たない男なんだから」

 二、三十分ほどの肩揉みが終わった後、椿原部長はそんなことを、しかしいつもより勢いの足りない口調で言った。
 最中は大分リラックスして、イケない感じの声も出していたけれど、落ち着いたら恥ずかしくなったんだろうか。
 言っていることが、正当に評価しないパワハラ上司というより、ただのツンデレみたいになっている。

 まぁご満足いただけたようで何よりだ。
 俺も俺で満足できたのでウィンウィンだし。
 普段はラッキースケベで接触することが多いその巨乳も、なかなか手で触れる機会はない。
 そのものではないとはいえ、じっくりその柔らかさを確かめられたのはかなり美味しい時間だった。
 本日の締めとしては上々だろう。遅くまでの残業を耐えた甲斐があったというものだ。

「ねぇ、草野くん」

 そんな風に完全に終わった感じでいるところに、もう一段階落ち着いた椿原部長は、いつものような強気な雰囲気に戻って言った。

「さて、金曜だし飲みに行くわよ。付き合いなさい」
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