37 / 37
第5話 ラビリンス・ストロベリー
5-8 ラビリンス・ストロベリー
しおりを挟む
「お疲れ様、柑夏ちゃん」
春日部さんの下校を見送った後、私はオカルト研究会の部室にやってきた。
私のそもそもの目的地はここだ。だってここが私の居場所だから。
部室の扉を開ければ、いつものようにソファに座った香葡先輩が出迎えてくれた。
私の香葡先輩。私がいると信じている香葡先輩。
幻想、妄想、思い込み。なんだっていい。
そこに香葡先輩はいる。
「とっても頑張ったんだよね? こっちに来て、いつもみたいに話を聞かせてよ」
「はい」
朗らかに明るい笑顔でそう言う香葡先輩。
太ももをポンポンと叩いて促され、私はいつもそうするように倒れ込んだ。
狭いソファに寝転んで、頭を先輩の太ももに委ねて。
そして私は、今日の話をした。春日部さんと私の話を。
「そっか。とっても難しい選択をしたんだね。柑夏ちゃんも、その苺花ちゃんも」
聞き終えると、香葡先輩は私の頭を撫でながらそう言った。
私を見下ろす表情はとても優しくて、暖かくて。
とても安心して、私は体の力を抜きながら頷いた。
「どっちも選びたかったし、どっちも選びたくありませんでした。とても決められることじゃ、ありませんでした。私に背負いきれるものじゃなかった……」
「でも選んだ。自分で選んだじゃん。柑夏ちゃんは偉いよ」
「偉いん、でしょうか……」
この決断を後悔していないと、ハッキリとは言えない。
間違えたとは思わないけれど、正しかったとも思えない。
私が恋を消した後の春日部さんは、とてもすっきりとした表情をしていた。
彼女は自分のしてきたことを後悔してはいなかったけれど。
でもやっぱり、自分ではどうしようもない感情に苦しんでいたんだと思う。
でも同時に、その気持ちを手放したくないと、そうも思っていたはずだ。
そうじゃなければ彼女の涙は、もっとずっと早く止まっていたはずだから。
私の選択が本当に彼女のためになったのかはわからない。
あれは結局、私のための選択だったように思える。
それもまた、正しかったのかはわからないけれど。
「偉いよ。だって柑夏ちゃんは、最後まで苺花ちゃんのことを考えたんだから。苺花ちゃんは柑夏ちゃんに選択を任せたんでしょ? だったら、何を選んだって苺花ちゃんは満足だったと思うよ。大切なのは、柑夏ちゃんが選んであげたことなんだから」
「……はい」
春日部さんは覚悟を決めていた。
その覚悟に応えたことこそが春日部さんのためになったと、そう思っていいんだろうか。
私なんかに恋をしてくれた春日部さん。
そんな彼女が気持ちを失って、それでも私に好意を抱いてくれているかは、まだわからない。
私のような人間を、春日部さんみたいな人が快く思ってくれるかは、わからない。
また私たちが友達になれるかはわからない。
でも、次に会う時は、私から声をかけてみてもいいかもしれない。
私なんかにずっと友達と言ってくれた春日部さんに、私は友達になる努力をするべきだ。
それが、私のできる唯一の、彼女への想い。
「香葡先輩……」
いつものように私の頭を撫でてくれる香葡先輩を見上げる。
暖かく柔らかな笑みと、キラキラと綺麗な瞳が、私を優しく見下ろしている。
今日のことを考えると、春日部さんとのことに気持ちを整えていると、どうしても思い起こしてしまう。
今までずっと蓋をしてきたものを。見ないようにしてきたものを。
「香葡先輩はどうして、死んでしまったんですか……?」
もういない人に尋ねる。意味のない問いを口にする。
それに答えるのは、ここにいる香葡先輩。
「柑夏ちゃんの気持ちに応えられないことが辛くて。恋がわからない自分が嫌で。苦しかったから」
そんなことを言う、香葡先輩。
でもそれは、香葡先輩の答えじゃない。
「私は、柑夏ちゃんが知らないことは、わからないことは、教えてあげられないよ」
香葡先輩は今まで通りの優しい表情のままに言った。
私の知っている、私の見ている、香葡先輩のままに。
「だから、私が言った言葉も、私の考えも、私の気持ちも、全部柑夏ちゃんから生まれたもの。柑夏ちゃんはいつだって、一人で考えて、一人で決めてきたんだよ」
「……はい」
今私といてくれている香葡先輩は、私がそこにいてくれていると信じているもの。
私が見ている幻。私が思い描く妄想。私が信じる夢。
私が知らない香葡先輩は、その中にはいない。
私が望まない香葡先輩もまた、現れはしない。
「それでも柑夏ちゃんは、まだ私と一緒にいたい?」
「そんなの当たり前じゃないですか……」
腕で目を覆い、私は答えた。
あまりにも当たり前すぎる、私の望みを。
香葡先輩が好きだ。大好きだ。愛している。
一人になんてなりたくない。ずっと一緒にいたい。
香葡先輩がいない現実なんて考えたくない。
どんな形だって私は、香葡先輩を感じ続けていたい。
こんなの間違っているってわかっている。
もういない人の影を追って、空想を現実に織り交ぜて、私は立ち止まっている。
他でもない私がみんなにそうしてきたように、ケリをつけなきゃいけないんだ。
でも、できない。私には香葡先輩を手放すことはできない。
香葡先輩を、香葡先輩への気持ちを失うくらいなら、私は死んだ方がマシだ。
だから私は、香葡先輩を求め続ける。例えそれが、私の頭の中にしかいなくても。
「現実を見ろとか、他のものに目を向けろとか、言いますか?」
「言わないよ。だって私は、柑夏ちゃんの香葡先輩だからね」
香葡先輩はそう答えると、目を覆う私の腕をどかした。
溢れていた涙が隠せなくなって、赤い目を見られてしまう。
先輩は、穏やかに微笑んでいた。
「言ったでしょ? 私はずっと柑夏ちゃんの味方だよ。いつまでだって、柑夏ちゃんのそばにいる。それを、望んでいてくれる限りね」
「じゃあ、どうして、私を置いていったんですかっ……」
その言葉がどこまで香葡先輩のもので、どこまでが私の望んでいるものなのか。
わからない。わからなくて、答えのない問いをぶつけてしまう。
「ごめんね。ごめんね、柑夏ちゃん」
「私は、香葡先輩が大好きだったのに……香葡先輩だって私のこと、好きって言ってくれたのに……!」
こんなこと、今喚いたって仕方ない。
でもあの日のことを思い出してしまって、私は荒ぶる気持ちを抑えることができなかった。
香葡先輩はそんな私を見下ろし、困ったように眉を落とした。
「好きだよ。大好き。でもだからこそ私たちは、一緒にいられなかったんじゃないかな」
「わかりません……わからないっ……!」
「そうだよね。きっと私も、わからなかったんだと思う」
子供のように泣き喚く私に、香葡先輩は言った。
その言葉は、どこから出てきているのか。
「わからなかったから、だから、離れたんだよ。柑夏ちゃんのことがすっごく好きだったのに、この好きが柑夏ちゃんの好きと同じなのかわからなかったから。だから私は、そんな自分が許せなかったんだよ、きっと」
「なに、それ……」
知らない。そんなの知らない。そんな気持ち、知らない。
それは私の願望? 妄想? 悲観する幻想?
そんなわけがない。私はそんなこと、考えもしない。
「私は、自分の気持ちが理解できないのが許せなかった。柑夏ちゃんへの気持ちがわからない自分が、赦せなかった。そんな自分に、柑夏ちゃんの気持ちを独り占めする資格はないと思った。これ以上一緒にいたら、柑夏ちゃんを傷つけちゃうって、思ったんだ」
「香葡、先輩っ…………!」
それは、私が初めて聞く、香葡先輩の気持ち。
本当に私の内から湧いたものじゃないと、自信を持っては言えないけれど。
でもそれは、私が思ってもいなかったものだった。
香葡先輩は、私に追い詰められたんだと思っていた。
私が苦しめたから、堪えきれなくなったんだと思った。
そう思って疑わなかった。これまでずっと。
「ごめんね、柑夏ちゃん。勝手なことして。でも私はそれくらい、柑夏ちゃんのことが好きだった。大切だったんだよ」
柔らかい手が、私の頭を撫でる。
これは全て私の頭の中で起こっていること。
私が思い浮かべる、都合の良い空想。
わかってる。わかってるけど。
でもその言葉は、香葡先輩の言葉だと、信じたくなった。
相談して欲しかった。頼って欲しかった。もっと気持ちを話して欲しかった。
でも私が、自分の気持ちにいっぱいいっぱいで、香葡先輩と楽しく過ごすのに夢中で。
私は全然、先輩のことを考えられなかったんだ。
だから私は、香葡先輩が自分を追い詰めていることに気付かなかった。
どれだけ私を大切に想ってくれて、だからこそ自分を責めていることに気付かなかった。
恋も、罪も、私は自分のことしか考えていなかったんだ。
「大好きだよ、柑夏ちゃん。一緒にいてあげられなくて、ごめん」
「勝手ですよ、本当に。私は一緒にいられるだけで、幸せだったのに……」
それで満足しようと思っていたんだから。
いやだからこそ、香葡先輩はその選択をしたのかもしれない。
私が妥協していることに気付いていたから。
恋を諦めず、けれど一歩引いた幸せに甘んじてしがみついている私に、罪悪感を覚えて。
私を留めている自分が、許せなくなってしまったのかもしれない。
「私は、次になんて進めませんよ。ずっとずっと、香葡先輩を引きずり続ける。私はこれからも、香葡先輩を好きでい続けます」
「うん。ありがとう。柑夏ちゃんがそう思い続けてくれる限り、私はそばにいるよ。でもね、柑夏ちゃんはもうちゃんと前に進んでるよ?」
私のわがままのような宣言に、香葡先輩は言った。
「今はまだ、『私』が必要かもしれないけど。でも柑夏ちゃんは、ちゃんと自分の気持ちで考えて、自分が助けたい人に手を差し伸べてきた。柑夏ちゃんはちゃんと、成長してるよ」
「でも、でも私は……」
「良いんだよ、私を忘れられなくても。でもね、それでも歩みは止めないで。進み続けることを諦めないで。最後まで私はそばにいるから。ずっと味方でいるから」
「香葡先輩っ…………」
私はきっとこれからもずっと、ものすごく長い間、香葡先輩への気持ちを忘れることはできないと思う。
でも先輩が私にくれた沢山のものが、私を少しずつ後押ししてくれている。
一人ぼっちで、でも一人じゃ何もできなかった私を、香葡先輩が導いてくれている。
今だって私はやっぱり、人と関わるのが苦手だし、面倒なことは避けていたい。
でも、私の中の香葡先輩を感じ続けていれば、私は少しだけ勇気が出せる。そんな気がする。
私は香葡先輩が好きだ。ずっと好きだったし、これからも好きだ。
だからこそ私は、香葡先輩に誇れる自分にならなきゃいけない。
今はまだ寄りかかったままだけど、それでも一歩いっぽ、前に進まなくちゃ。
「好きです。大好きです、香葡先輩。ずっとずっと、これからも、ずっと。一生この気持ちは、変わりませんっ……!」
一人わんわんと泣きながら、切実な気持ちを吐き出す。
それに応えてくれる人はもういない。
でも香葡先輩は、私とずっと一緒にいてくれる。そう、約束した。
だから私は、この気持ちを抱き続ける。
ガールズ・ドロップ・シンドローム。
叶わぬ恋に堕ちた心が異能に拾われる病。
どうしようもない感情に囚われ、身動きが取れなくなった私たち。
そのしがらみから、一人で抜け出すことはとても難しい。
それを私は身をもって体験して、今も尚足掻いている。
だからこそ、身に染みているからこそ、同じ思いをしている人たちに、できる限りの手を伸ばそう。
その痛みを知る者として、力を貸そう。
その代わり、聞かせてもらう。味わわせてもらう。
飴のように甘い恋の病に罹った少女たちの物語を。
そうして私は、自分の気持ちを想い出し続けて。
これからも、香葡先輩に恋し続けるんだ。
【了】
春日部さんの下校を見送った後、私はオカルト研究会の部室にやってきた。
私のそもそもの目的地はここだ。だってここが私の居場所だから。
部室の扉を開ければ、いつものようにソファに座った香葡先輩が出迎えてくれた。
私の香葡先輩。私がいると信じている香葡先輩。
幻想、妄想、思い込み。なんだっていい。
そこに香葡先輩はいる。
「とっても頑張ったんだよね? こっちに来て、いつもみたいに話を聞かせてよ」
「はい」
朗らかに明るい笑顔でそう言う香葡先輩。
太ももをポンポンと叩いて促され、私はいつもそうするように倒れ込んだ。
狭いソファに寝転んで、頭を先輩の太ももに委ねて。
そして私は、今日の話をした。春日部さんと私の話を。
「そっか。とっても難しい選択をしたんだね。柑夏ちゃんも、その苺花ちゃんも」
聞き終えると、香葡先輩は私の頭を撫でながらそう言った。
私を見下ろす表情はとても優しくて、暖かくて。
とても安心して、私は体の力を抜きながら頷いた。
「どっちも選びたかったし、どっちも選びたくありませんでした。とても決められることじゃ、ありませんでした。私に背負いきれるものじゃなかった……」
「でも選んだ。自分で選んだじゃん。柑夏ちゃんは偉いよ」
「偉いん、でしょうか……」
この決断を後悔していないと、ハッキリとは言えない。
間違えたとは思わないけれど、正しかったとも思えない。
私が恋を消した後の春日部さんは、とてもすっきりとした表情をしていた。
彼女は自分のしてきたことを後悔してはいなかったけれど。
でもやっぱり、自分ではどうしようもない感情に苦しんでいたんだと思う。
でも同時に、その気持ちを手放したくないと、そうも思っていたはずだ。
そうじゃなければ彼女の涙は、もっとずっと早く止まっていたはずだから。
私の選択が本当に彼女のためになったのかはわからない。
あれは結局、私のための選択だったように思える。
それもまた、正しかったのかはわからないけれど。
「偉いよ。だって柑夏ちゃんは、最後まで苺花ちゃんのことを考えたんだから。苺花ちゃんは柑夏ちゃんに選択を任せたんでしょ? だったら、何を選んだって苺花ちゃんは満足だったと思うよ。大切なのは、柑夏ちゃんが選んであげたことなんだから」
「……はい」
春日部さんは覚悟を決めていた。
その覚悟に応えたことこそが春日部さんのためになったと、そう思っていいんだろうか。
私なんかに恋をしてくれた春日部さん。
そんな彼女が気持ちを失って、それでも私に好意を抱いてくれているかは、まだわからない。
私のような人間を、春日部さんみたいな人が快く思ってくれるかは、わからない。
また私たちが友達になれるかはわからない。
でも、次に会う時は、私から声をかけてみてもいいかもしれない。
私なんかにずっと友達と言ってくれた春日部さんに、私は友達になる努力をするべきだ。
それが、私のできる唯一の、彼女への想い。
「香葡先輩……」
いつものように私の頭を撫でてくれる香葡先輩を見上げる。
暖かく柔らかな笑みと、キラキラと綺麗な瞳が、私を優しく見下ろしている。
今日のことを考えると、春日部さんとのことに気持ちを整えていると、どうしても思い起こしてしまう。
今までずっと蓋をしてきたものを。見ないようにしてきたものを。
「香葡先輩はどうして、死んでしまったんですか……?」
もういない人に尋ねる。意味のない問いを口にする。
それに答えるのは、ここにいる香葡先輩。
「柑夏ちゃんの気持ちに応えられないことが辛くて。恋がわからない自分が嫌で。苦しかったから」
そんなことを言う、香葡先輩。
でもそれは、香葡先輩の答えじゃない。
「私は、柑夏ちゃんが知らないことは、わからないことは、教えてあげられないよ」
香葡先輩は今まで通りの優しい表情のままに言った。
私の知っている、私の見ている、香葡先輩のままに。
「だから、私が言った言葉も、私の考えも、私の気持ちも、全部柑夏ちゃんから生まれたもの。柑夏ちゃんはいつだって、一人で考えて、一人で決めてきたんだよ」
「……はい」
今私といてくれている香葡先輩は、私がそこにいてくれていると信じているもの。
私が見ている幻。私が思い描く妄想。私が信じる夢。
私が知らない香葡先輩は、その中にはいない。
私が望まない香葡先輩もまた、現れはしない。
「それでも柑夏ちゃんは、まだ私と一緒にいたい?」
「そんなの当たり前じゃないですか……」
腕で目を覆い、私は答えた。
あまりにも当たり前すぎる、私の望みを。
香葡先輩が好きだ。大好きだ。愛している。
一人になんてなりたくない。ずっと一緒にいたい。
香葡先輩がいない現実なんて考えたくない。
どんな形だって私は、香葡先輩を感じ続けていたい。
こんなの間違っているってわかっている。
もういない人の影を追って、空想を現実に織り交ぜて、私は立ち止まっている。
他でもない私がみんなにそうしてきたように、ケリをつけなきゃいけないんだ。
でも、できない。私には香葡先輩を手放すことはできない。
香葡先輩を、香葡先輩への気持ちを失うくらいなら、私は死んだ方がマシだ。
だから私は、香葡先輩を求め続ける。例えそれが、私の頭の中にしかいなくても。
「現実を見ろとか、他のものに目を向けろとか、言いますか?」
「言わないよ。だって私は、柑夏ちゃんの香葡先輩だからね」
香葡先輩はそう答えると、目を覆う私の腕をどかした。
溢れていた涙が隠せなくなって、赤い目を見られてしまう。
先輩は、穏やかに微笑んでいた。
「言ったでしょ? 私はずっと柑夏ちゃんの味方だよ。いつまでだって、柑夏ちゃんのそばにいる。それを、望んでいてくれる限りね」
「じゃあ、どうして、私を置いていったんですかっ……」
その言葉がどこまで香葡先輩のもので、どこまでが私の望んでいるものなのか。
わからない。わからなくて、答えのない問いをぶつけてしまう。
「ごめんね。ごめんね、柑夏ちゃん」
「私は、香葡先輩が大好きだったのに……香葡先輩だって私のこと、好きって言ってくれたのに……!」
こんなこと、今喚いたって仕方ない。
でもあの日のことを思い出してしまって、私は荒ぶる気持ちを抑えることができなかった。
香葡先輩はそんな私を見下ろし、困ったように眉を落とした。
「好きだよ。大好き。でもだからこそ私たちは、一緒にいられなかったんじゃないかな」
「わかりません……わからないっ……!」
「そうだよね。きっと私も、わからなかったんだと思う」
子供のように泣き喚く私に、香葡先輩は言った。
その言葉は、どこから出てきているのか。
「わからなかったから、だから、離れたんだよ。柑夏ちゃんのことがすっごく好きだったのに、この好きが柑夏ちゃんの好きと同じなのかわからなかったから。だから私は、そんな自分が許せなかったんだよ、きっと」
「なに、それ……」
知らない。そんなの知らない。そんな気持ち、知らない。
それは私の願望? 妄想? 悲観する幻想?
そんなわけがない。私はそんなこと、考えもしない。
「私は、自分の気持ちが理解できないのが許せなかった。柑夏ちゃんへの気持ちがわからない自分が、赦せなかった。そんな自分に、柑夏ちゃんの気持ちを独り占めする資格はないと思った。これ以上一緒にいたら、柑夏ちゃんを傷つけちゃうって、思ったんだ」
「香葡、先輩っ…………!」
それは、私が初めて聞く、香葡先輩の気持ち。
本当に私の内から湧いたものじゃないと、自信を持っては言えないけれど。
でもそれは、私が思ってもいなかったものだった。
香葡先輩は、私に追い詰められたんだと思っていた。
私が苦しめたから、堪えきれなくなったんだと思った。
そう思って疑わなかった。これまでずっと。
「ごめんね、柑夏ちゃん。勝手なことして。でも私はそれくらい、柑夏ちゃんのことが好きだった。大切だったんだよ」
柔らかい手が、私の頭を撫でる。
これは全て私の頭の中で起こっていること。
私が思い浮かべる、都合の良い空想。
わかってる。わかってるけど。
でもその言葉は、香葡先輩の言葉だと、信じたくなった。
相談して欲しかった。頼って欲しかった。もっと気持ちを話して欲しかった。
でも私が、自分の気持ちにいっぱいいっぱいで、香葡先輩と楽しく過ごすのに夢中で。
私は全然、先輩のことを考えられなかったんだ。
だから私は、香葡先輩が自分を追い詰めていることに気付かなかった。
どれだけ私を大切に想ってくれて、だからこそ自分を責めていることに気付かなかった。
恋も、罪も、私は自分のことしか考えていなかったんだ。
「大好きだよ、柑夏ちゃん。一緒にいてあげられなくて、ごめん」
「勝手ですよ、本当に。私は一緒にいられるだけで、幸せだったのに……」
それで満足しようと思っていたんだから。
いやだからこそ、香葡先輩はその選択をしたのかもしれない。
私が妥協していることに気付いていたから。
恋を諦めず、けれど一歩引いた幸せに甘んじてしがみついている私に、罪悪感を覚えて。
私を留めている自分が、許せなくなってしまったのかもしれない。
「私は、次になんて進めませんよ。ずっとずっと、香葡先輩を引きずり続ける。私はこれからも、香葡先輩を好きでい続けます」
「うん。ありがとう。柑夏ちゃんがそう思い続けてくれる限り、私はそばにいるよ。でもね、柑夏ちゃんはもうちゃんと前に進んでるよ?」
私のわがままのような宣言に、香葡先輩は言った。
「今はまだ、『私』が必要かもしれないけど。でも柑夏ちゃんは、ちゃんと自分の気持ちで考えて、自分が助けたい人に手を差し伸べてきた。柑夏ちゃんはちゃんと、成長してるよ」
「でも、でも私は……」
「良いんだよ、私を忘れられなくても。でもね、それでも歩みは止めないで。進み続けることを諦めないで。最後まで私はそばにいるから。ずっと味方でいるから」
「香葡先輩っ…………」
私はきっとこれからもずっと、ものすごく長い間、香葡先輩への気持ちを忘れることはできないと思う。
でも先輩が私にくれた沢山のものが、私を少しずつ後押ししてくれている。
一人ぼっちで、でも一人じゃ何もできなかった私を、香葡先輩が導いてくれている。
今だって私はやっぱり、人と関わるのが苦手だし、面倒なことは避けていたい。
でも、私の中の香葡先輩を感じ続けていれば、私は少しだけ勇気が出せる。そんな気がする。
私は香葡先輩が好きだ。ずっと好きだったし、これからも好きだ。
だからこそ私は、香葡先輩に誇れる自分にならなきゃいけない。
今はまだ寄りかかったままだけど、それでも一歩いっぽ、前に進まなくちゃ。
「好きです。大好きです、香葡先輩。ずっとずっと、これからも、ずっと。一生この気持ちは、変わりませんっ……!」
一人わんわんと泣きながら、切実な気持ちを吐き出す。
それに応えてくれる人はもういない。
でも香葡先輩は、私とずっと一緒にいてくれる。そう、約束した。
だから私は、この気持ちを抱き続ける。
ガールズ・ドロップ・シンドローム。
叶わぬ恋に堕ちた心が異能に拾われる病。
どうしようもない感情に囚われ、身動きが取れなくなった私たち。
そのしがらみから、一人で抜け出すことはとても難しい。
それを私は身をもって体験して、今も尚足掻いている。
だからこそ、身に染みているからこそ、同じ思いをしている人たちに、できる限りの手を伸ばそう。
その痛みを知る者として、力を貸そう。
その代わり、聞かせてもらう。味わわせてもらう。
飴のように甘い恋の病に罹った少女たちの物語を。
そうして私は、自分の気持ちを想い出し続けて。
これからも、香葡先輩に恋し続けるんだ。
【了】
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。
毎日一話投稿します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる