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さぁ、起きて、声を聞かせて

ねむりからさめるとき

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ふわり。ふわり。
柔らかな空気。優しい感覚。
まるでお母さんの腕の中にいるみたい。
何も怖いものなんか無くて、誰も私を虐めない。
今まで何をしていたんだっけ。
思い出せない。
思い出せないけれど、別にそれでもいいやと思う。
もう何もしたくない。
ずっとここで微睡んでいたい。

「マリーちゃん。」

……?
だれか私のうしろにいるの?私にうしろなんてないのに。

「そうよ。今私はマリーちゃんの後ろに居る。マリーちゃんは人間だもの。後ろくらいあるわ。」

そっか。私身体あるんだったっけ。

「えぇもちろん。とっても可愛い姿をしているわよ。」

ううん、普通だと思う。

「そうかしら?マリーちゃんはとっても可愛いわよ。」

あのね、私より可愛い子が居るんだよ。えっと、誰だったっけ。

「…ねぇマリーちゃん、貴方が今まで頑張ってきたことを知ってるわ。本当に、本当に大変だったわね。」

そう。そうだよ。私、一生懸命頑張ったんだ。これ以上ないってくらいにいっぱいいっぱい無茶をした。

「うん。」

もう痛いのも、苦しいのも、つらいのも嫌なの。

「うん。」

ここは暖かくて、気持ちいいから。私はここに居たい。

「うん。」

これでやっと、休める。

「でもね、マリーちゃん。外でお友達が大変なことになってるわよ。」

友達?だれのこと?

「忘れちゃったの?貴方の一番大好きなお友達。その子のために、マリーちゃんはボロボロになるまで頑張ったんでしょう?」

知らない。

「本当に?」

分か、らない。

「ほら、耳をすませて。」

怖い声ばっかり聞こえるからやだ。みんな私を責めるの。私には何も出来ないのに。

「怨嗟の声は、誰彼構わず吐き出されるものよ。マリーちゃんを責めてなんかいないわ。そんな声は無視しちゃいなさいな。ほら、こっち。この声が聞こえる?」

『マリーを………マリーを、返せぇぇぇぇ!!!!!!!』


私の名前。

「うん。貴方を呼んでる。」

どうして?

「貴方のことが好きだから。」

私、好きになってもらえるような子じゃない。どんくさいし、すぐ泣いちゃうし、魔法だってあんまり使えない。

「でも優しい子だわ。優しくて、頑張り屋さんで、人の痛みが分かる子よ。」

………………。

「だから貴方は私と出会い、言葉を交わした。貴方の心に傷を付けてしまってごめんなさい。でもね、あれは避けられない運命だった。マリーちゃんのせいじゃないわ。」

傷?

「私が死ぬことで、あの人は眠ることに決めた。だから、仕方ないことだったの。」

どうして?どうして仕方ないって思えるの?私は、私は死にたくなかった。ずっと、ヴィーと一緒に…。

「ヴィー…?」

「やっと声が出せたわね。偉いわ。それが貴方の大切な人の名前ね?」

「? 知らない…。」

「あら、まだ寝坊助さんなのかしら?ふふ、大丈夫よ。頭が忘れていたって、心が覚えているわ。」

「心が?」

「そうよ。もう一度名前を呼んでみて。」

「…ヴィー。」

知らないはずの名前なのに、とても馴染みがあって。それになんだか、

「心がポカポカして来ない?」

「…ちょっとだけ。」

「良い調子良い調子。ヴィーちゃんの声は聞いたわね?じゃあ次は顔を思い出すために、目を開けましょう。」

「私、目を閉じてたの?」

「そうよ。だってマリーちゃん眠ってたんだもの。寝てる時は誰だって目を閉じてるでしょう?」

「うん。」

私は眠っていたのか。
それはなんだか不思議な感じがするけれど、この声に言われるとそうだったのかもって気持ちになる。
私はゆっくりと目を開けた。

「目を開けたわね?何が見える?」

「…棺。」

「うーん、それは違うわ。マリーちゃんの目を開いてみて?あなたの意思で、あなたの目を開けるの。」

言われるがままに答えると、声は少しだけ困った様に聞こえた。
私の意思で目を開ける…。ならこの光景は、私の見ている世界では無いのだろう。
私は一度目を閉じて、それからまた目を開けた。私は私の世界が見たいのだと、そう思いながら。

「何が見えるかしら?」

声が尋ねる。
始めに目に入ったのは、人だ。

「えっと、人が居る。…!?戦ってるよ!どうしよう危ないよ!」

「そうね。みんな、マリーちゃんの為に戦ってるのよ。」

「私のため?」

私は驚いて目を見開く。だって私は、この視界に映る人達を知らない。

「そう。あなたが目覚めるように。」

「もう起きたよ。」

「えぇそうね。でも、まだまだ夢現だわ。」

「そうなの?」

「マリーちゃん、身体動かせる?」

私は腕を持ち上げようとした。けれど、腕は上がらない。不思議に思って視線を下げようにも下がらなかった。

「………あれ?出来ない。」

「ね?まだちょっと足りないの。」

「足りない…。」

「んー、もう少しだとは思うんだけどね。そうだ!勇者さん。初代勇者さん。」

「…勇者?」

その言葉に心が騒つく。嫌な気分だ。

「マリーちゃん気になる?」

「私の嫌いな言葉。」

「あらそうなの?ふふ、マリーちゃんは優しい子だからね。」

「優しくなんてないよ。」

「そうかしら?どう思います、勇者さん?」

声がどこかに向かって投げられる。だれに話しかけているのだろうと不思議に思うと、また後ろから声が聞こえてきた。

「…健気だとは思うが。」

「! だれ?」

「初代勇者だ。…すまない。焦り過ぎていたようだ。其方を傷付けるつもりは無かったのだ。」

「貴女も私を傷付けたの?」

「…あぁ。」

「そうなんだ。でも覚えないから別にいいよ。」

「こらマリーちゃん。そんな簡単に許しちゃダメよ。」

「私も同感だ。」

「そうなの?」

「そうなの。さて、勇者さんをお呼びしたのはほかでもありません。マリーちゃんのためにやってもらわなきゃいけないことがあります。」

「承知した。」

「あら、言わなくても大丈夫みたいね。本当に、ごめんなさい。あの人が迷惑をかけて。」

「謝らずともいい。彼のおかげで、この世界は救われたのだから。」

「…ありがとう。」

「マリーちゃん。」

「?」

「私、マリーちゃんのこと、娘みたいに思ってたの。だからね、長生きしてね。」

「え…?」

『マリーゴールド。悲嘆と絶望と、そして勇者の花。起きなさい。まだやるべき事があるのだから。』

「マリーちゃん、大好きよ。あの人のこと、頼んだわ。」

「待って、まだ…!」

ぐるり、世界が反転する。暗闇が光に変わる。

「マリーちゃん走って!」

その声に押されるようにして走り出す。
そうだ。私には足がある。手がある。身体がある。走るための、生きるための、私の身体。ヴィーとまた会うために全力で駆けた私の身体。
全部、全部、思い出していく。

「っ、」

涙が零れ落ちる。
けれど後ろを振り返ることはしなかった。してはいけないと、そう思ったから。

「勇者さん、これを。」

「感謝する。…ありがとう、初代魔王の奥方。」


あのね、本当は私も、お母さんみたいに思ってたんだよ。
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