上 下
61 / 122
旅に出よう、彼女の元へ、行けるように

つみあげてきたもの

しおりを挟む
ベッドの方に戻れば、ジルが居た。

「マリーゴールド。」

「ジル、久しぶり…?」

つい疑問系になってしまったのは、ジルはずっと私に伝書鳩で手紙を届けてくれていたからだ。
中身は私を探す騎士達の居場所や、見つかりにくい道、街や村の逃走経路。逃亡生活に必要な情報を手紙で定期的に教えてくれていた。

「あぁ。」

ジルは私の後ろを歩いていたトールを一瞥すると、目を閉じて木に寄りかかる。
旅の間もヴィーに話しかけられた時以外あまり喋らない人だったから、私は気にせずレーシアを探す。

「マリー、ご飯だよ。トールもジルもおいで。」

木の影から出てきたレーシアが、私たちを手招きする。
近寄れば、美味しそうな香りがした。

「レーシア、ありがとうございます。」

「どういたしまして。あるもので適当に作ったから、ちょっと物足りなくても勘弁ね。」

「ううん、美味しそうです。」

「ありがと。ほら、ちゃちゃっと食べちゃって。」

「はい。いただきます。」

差し出されたボウルを受け取って膝の上に乗せる。お肉と野菜が沢山入ったスープだ。暖かい。

「ジルもトールも。」

「あぁ。」

素直に傍に寄ったトールとは反対に、ジルは動かない。

「俺はいい。」

「ご飯食べてきたの?」

「いや。」

そう言って首を振ったジルに、レーシアはボウルを持って近付いていく。

「じゃあ食べなきゃ。お腹すいてると悪い方悪い方に思考が寄ってっちゃうからね。」

ジルは腕を組んだまま、何も言わない。
それを見てレーシアは溜息を吐く。

「食べないならまたあたしが力尽くで食べさせるけど?」

また、と言った通り、レーシアは旅の間よく色々とジルの世話を焼いていた。もちろん、ジルだけじゃなくて、私やヴィーのことも気にかけてくれて面倒を見てくれていた。
私たちと歳の近い弟がいるらしく、ついあれこれ構ってしまうのだと言っていたっけ。

「…要らない。」

「食欲無い訳じゃないんでしょ?低燃費なのは知ってるけど、あの日からろくに食べてないのはあんたの顔を見れば分かるよ。」

レーシアはジルの手を取ってボウルを渡す。
目を開けたジルはボウルをじっと見つめ、それからレーシアへと視線を投げる。

「食べて、少しでも力にするの。そんなヘロヘロじゃ、助けられるもんも助けられないよ。」

優しく、レーシアがジルの目の下をなぞる。
ピクリと反応したジルは、しかしそのままレーシアの手を受け入れていた。

何度も見た光景だ。始めは殺気立って遠くへと逃げていたのに、いつの頃からかレーシアの手を拒まなくなった。害がないと分かったからだろうか。レーシアの手が暖かかったからだろうか。私には分からないけれど、ジルがヴィーとレーシアを拒まないことだけは知っていた。

旅の中で、確かに育まれてきた情だ。
レーシアが顔から手を離すとジルは溜息を吐いてボウルに差し込まれていたスプーンを手に取り口に運ぶ。

「よし、良い子!それ食べたら作戦会議だよ。」

「お前も早く食べろ。」

にこにこと笑うレーシアから顔を背けて、ジルが言う。

「はいはい。」

戻ってきたレーシアと目が合う。どんなもんよ、というようにウインクをしたレーシアに思わず笑ってしまった。
そんな私にレーシアは嬉しそうに笑って、空のボウルにスープを入れて食べ始めた。

懐かしい食事の風景だ。
旅の最中はここにヴィーとエミリーと、ファルさんとジャヴィさんが居て、そして少し離れた所に姫様達が居た。
懐かしい。
そう思うほどの時が経っていた。

「ごちそうさまでした。」

空いたボウルを洗おうと立ち上がるも、トールに奪われる。

「お前は病み上がりなんだから座ってろ。」

いつもの様に頭を撫でられる。さっきの事なんて無かったかのように。だから私も、くしゃくしゃになった髪を整えながらいつもの様に返した。

「ありがとう、トール。」

「おう。」

こういう時、大人だなぁと思う。
水場の方へと歩いていくトールをぼんやりと眺めていると、隣に座ったレーシアが私の頬をつつく。

「レーシア?」

「マリー。嫌なことは嫌だって言っていいんだよ。したくないことは断っていいし、無理なら目を閉じて知らんぷりしたっていいの。」

突然の言葉に驚いて目を見開く。
そんな私に、レーシアは苦笑する。

「マリーの周りには強い人がいっぱいいるから、自分も強くならなきゃって思ってるのかもしれないけどさ、皆が皆強くなれる訳じゃない。前にも言ったことあったね。」

あ、マリーが弱いって言ってるわけじゃないからね!と続けるレーシアに、私は頷く。
大丈夫。
意味を取り違えてはいない、と思う。

「マリー。急いで大人にならなくていいんだよ。」

レーシアは私の顔色を確認したあと、そう言って優しく私の髪を撫でた。

「旅の最中はそんなこと言ってられなかったからなんも言えなかったけど、今はヴィオのおかげで皆、自分以外のことも考えられるようになったわけだし。ちょっとだけ余裕があるからさ。」

「…うん。」

「トールは多分、マリーに隠し事したくなかったんだよ。自分が楽になりたくて、言いたかっただけ。あいつ図体デカいけどすんごい子供だから。」

「子供…?」

苦笑するレーシアを見つめる。
あんなに頼りになる人が子供とはどういう意味だろうか。

「マリーとヴィオの前では格好付けて大人ぶってたんだろうけど、見てれば分かるよ。あいつも大人にならざるを得なかった子供。そこから成長出来てないんだ。」

ヴィオと似てるとレーシアが言う。

「マリーはもっとゆっくり大人になっていいんだよ。っていうか、ゆっくり大人になって。あたしにもっと面倒見させてよ。」

「えっと、じゅうぶんしてもらってるよ?」

「全然!マリーは手のかからない良い子だもん。もっと甘えて、迷惑かけて、寄りかかって。あたし達は仲間なんだから。」

にこりと笑ったレーシアが、私の頬を柔くつまむ。

「レーシア、ありがとう。」

「うん。いっぱい頼ってね!」

レーシアはまた食事を再開する。

私はトールの後ろ姿を見て、それからゆっくりと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子
ファンタジー
 目の前に立ちふさがる悪竜ニドヘグを切り伏せた瞬間、翠緑の勇者エリアスは思い出した。  この世界は前世で遊んでいたシミュレーションRPG【月虹のレギンレイヴ】の世界であり、自分がそのゲームに登場する『設定のわりに中途半端な性能をしている勇者』であることを。  しかしゲームでの推し〈氷の貴公子ミシェル〉の親友になれる立ち位置であることに気が付いたのもつかの間、この世界のミシェルは女性であることを知ってしまう。  あわよくば恋人になりたい――そんな下心を持ちつつも、エリアスは大陸中を巻き込んだ戦乱へと身を投じていくことになる。 ※第一部(全73話+おまけ7話)完結。第二部(全30話+おまけ5話)が完結しました。第三部を開始しました。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」  テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。 「誰と誰の婚約ですって?」 「俺と!お前のだよ!!」  怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。 「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

聖女のはじめてのおつかい~ちょっとくらいなら国が滅んだりしないよね?~

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女メリルは7つ。加護の権化である聖女は、ほんとうは国を離れてはいけない。 「メリル、あんたももう7つなんだから、お使いのひとつやふたつ、できるようにならなきゃね」 と、聖女の力をあまり信じていない母親により、ひとりでお使いに出されることになってしまった。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

処理中です...