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私は、独り、流される

とつぜんのおやすみのひ

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ゆっくりと意識が浮上する。煩わしい程に頬が濡れていて、袖で拭う。

夢を、見た。優しくて残酷な夢を。

「…ヴィー。」

小さく呟く。その声はきちんと空気を震わせて、その事に少しホッとする。身体もちゃんと動く。

あれは夢だ。私が見せた、見たかった、ただの、夢。ヴィーに会いたくて、そんな自分を慰める為の、叱咤する為の、幻想。


…ねぇ、本当に?


心の奥底から聞こえる声に知らん振りをして、ベッドから起き上がる。なんだか頭がはっきりしない。顔を洗ってスッキリしようと洗面所へ向かう。

鏡に映る私はいつもより陰気で、酷い顔をしていた。赤く腫れた目元をなぞる。

もしも、を考えるのは好きじゃないと昔ヴィーは言っていた。運命は決められていて、それに向かって進むしかないのだからと。

でも、私は弱いから、もしもを考えてしまう。過去は変えられないのに。

もしも、ヴィーと旅に出たのがアシェルだったら。

もしも、私にもヴィーの背中を預けてもらえるような力があったなら。

もしも、姫様がヴィーを見つけなければ。

もしも、ヴィーがゲームの主人公じゃなかったら。

もしも、ヴィーが生きているなら。もしも私の右腕が、ヴィーと共にあるなら。もしも、ヴィーを助ける方法があるのなら。もしも、私が

「勇者だったら…。」

洩れた言葉がハッとして、冷たい水を顔に叩きつける。

代わりになんてなれる筈無いのに。アシェルにも言われたじゃないか。

無くなった腕をなぞる様に手を動かす。本当にヴィーの元にあればいいのに。あの時伸ばした腕が、腕だけでも、ヴィーに届いていたならば、少しは気持ちも晴れるだろうから。

コンコン、とノック音が聞こえる。いつもより丁寧な音だ。騎士様ではないらしい。

私は急いで濡れた顔を拭き、洗面所を出る。

「マリーゴールド様、お目覚めでしょうか?」

「侍女さん?」

ドアの向こうから聞こえてきた声は侍女さんのものだ。どうしたのだろうと不思議に思いながらもドアを開ける。目が合った瞬間、侍女さんの顔が少しだけ歪んだ気がした。

「おはようございます、マリーゴールド様。急な事ですが、姫様が体調を崩されたため、2日程この街に滞在することとなりました。」

「えっ、大丈夫ですか?」

「はい。同行している宮廷医師によりますと、疲労からくるものだと。1日安静にしていれば良いとの事でしたので、大事をとって2日ここに留まるとこが決定いたしました。」

「そうですか。分かりました。2日間、私は何をすれば?また薬草集めをすればいいでしょうか。差し支えなければ今どんな様子かお教えいただいても?」

侍女さんの眉がピクリとはねる。珍しい。

「…主な症状は軽度の発熱と食欲不振ですね。しかし、マリーゴールド様はご自由になさってくださいませ。医師の方で対応するとの事ですから。他の街や村へ行く事は推奨しませんが、2日後に出発出来るよう準備してくだされば、後は何も制限はございません。」

「そうですか。あのお医者さんが対応出来る程度の症状で安心しました。」

言った後にハッとする。これではヤブ医者だと言っているみたいだ。

「あ、えっと、あの、そう言う意味ではなくて、ですね。」

「マリーゴールド様はいつも薬草集めを?」

侍女さんは気にした様子もなく、話し始めた。けれど少し表情が硬いようにも見える。空気が少し、重い。

「?はい。ヴィーや、姫様、騎士様方が病気や怪我をした時には、お医者さんに言われて取りに行っていました。私の時はヴィーが。」

「ヴィオレット様やマリーゴールド様も、病気に掛かった事が?」

「お恥ずかしながら何度か。ヴィーに迷惑をかけてしまいました。」

「そう、ですか。それも医師の指示でしょうか?」

どんどん重くなる空気に、不安が過ぎる。何かいけないことをしてしまったのだろうか。

「え、えっと、そうですけど、何か駄目だったでしょうか?」

「いえ。御二方には感謝しなければなりませんね。ありがとうございます。私は姫様の元へ戻りますので、これで失礼致します。2日間のみですが、休暇をお楽しみください。」

さっきまでの雰囲気が一変し、ホッとする。なんだか怖かった。

「ありがとうございます。姫様が早く元気になりますよう、祈っております。」

そういえば旅の間、侍女さんが病気に掛かった事はなかったなと思い出した。やっぱり侍女さんは強い。もしかしたら何度か掛かってしまった貧弱な私に呆れたのかもしれないな、と思った。

ドアを閉じ、出掛ける支度を始める。今日と明日は自由にしていいって侍女さんが言っていた。薬草集めも魔物退治もしなくていいんだ。そう思うと嬉しくて、気分が上がる。



さて、今日は何をしよう。
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