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第一章 Projective identification
プライドの結果
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誰にも頼らないといって、自分で何かできるわけじゃない。僕はこの週末を家でこもって過ごすことにした。
時間が経つのは早かった。それは不安からだろうか。怠惰で、生産性のない時間はあっという間に過ぎた。
日曜日の夜、榛原から電話がかかってきた。
その声は慌てていたようだった。
「美登ちゃんと……エミカちゃんが……また……」
息を切らしているかのような慌てた口ぶりに、僕は何も思わなかった。
「何があったんですか?」
「……、家に帰ってこないからって、ずっと探されていたらしいんだけど、さっき警察から連絡があって、学校の焼却炉の中で遺体で見つかったって……」
――探されていたらしい。友達なのに知らなかったのか?
「明日、学校で話を聴きます。始業前にいつものベンチに来てください」
「そうね、今ここで話してもどうしようもないものね」
僕は面倒なことになったと思い、電話を切った。
翌朝、学校のベンチへ行った。冷え込んだ冬の朝に、せめて集まるのは図書室くらいにしておけばよかったかなと後悔した。
榛原の後ろに三船、有栖がついてきていた。僕は思わず歯ぎしりをした。
「それで、何があったんですか?」
「焼却炉の方は警察が規制線を張ってる。入れないよ」
三船が言った。
「俺が聞いてる限り、前回とほぼ同じ内容だ。焼却炉の中は案外広いから、警察としてはそこで同じことをやったのだろうっていう見立てだ。影響されやすい年ごろだから、模倣じゃないかとかなんとか」
「そんなバカな話あるわけないでしょう!」
有栖がいきなり怒鳴った。
「同じ文芸部の、私の同級生よ? つい先日まで一緒に本を読んだり、小説を書いたりしていたのに!」
「梨香子ちゃん、気持ちはわかるから落ち着いて」
榛原になだめられ、有栖は落ち着いたそぶりを見せた。いや、あれは落ち着いてないふりをしているのだ。その微妙な加減で、嘘をついているんだ。きっと榛原の感情を揺さぶるため。そうやって遊んでいるんだ。
「さて、警察はこれも自殺と他殺が同時に起きた一件の事件として処理するらしい。片方が片方を殺し、自らの肉を割いて死んだ。先日と似たような遺書も残っている。単なる模倣だとして捜査も早々に終了するらしい。もっとも、加害者は死んだまま送検されるなりすると思うけど」
やるせなさは僕にも共有された。こういう異常なとき、公的機関は無難に収めようと何もしてくれない。
榛原はつぶやいた。
「前回のものとつながりがないわけがないでしょう」
三船は黙ってうなずいた。
「さて、ここからは俺たちの問題だ。連続性があると見立てて犯人を見つけ出して復讐する、なんてことは簡単にできそうにない」
三船は現実的なところを模索しようとしているのかもしれない。しかしすかさず榛原は言った。
「犯人は決まっているわ」
有栖と三船は驚いて榛原を見た。
「三咲朱音!」
三船は目を丸くしていった。
「それはどういうことだ? 先日自殺した人の名前じゃないか」
「そう。でもその人は生きてた。死人になったふりをして、悪事を働いている。そうでしょう、桐生君、」
一斉に僕に視線が向く。思わずたじろいだが、それは違うといった。
「正確には、三咲朱音を名乗る女の子が『私が殺した』って言ったんだ。きっと彼女は死んでない」
「いいえ、死んでる。そうでないとこんな奇妙な殺人できるわけがない。あの子の呪いよ」
「榛原先輩、少し落ち着いてください。冷静に考えればそんなおかしなことあるわけがないでしょう」
榛原は取り乱しているようだった。僕は苛立ちを感じていると、三船が言った。
「なあ、桐生、どうしてそういうことは早く言わなかった?」
「それは……」
「きみがもう少し早く話してれば、二人は死なずに済んだかもしれない」
僕の立場は悪い。全員の視線が辛かった。もうどうにでもなれと思い、目をそらす。僕はあの二人が死のうと、どうだっていいんだ。
三船は僕を見捨てたようにしていった。
「でも、あの踏切で確かに三咲朱音は死んだんだ。その名を名乗るには、翌日の朝刊を見なくちゃいけない。内部情報が漏れることは、基本的にはない。新聞社の親縁か、あるいは警察の親縁か。いや、普通漏らすことはないはずだ」
「でも、三船先輩は知っていた」
有栖が指摘した。
「親父、口が軽いから。遺伝かな。あはは……」
笑いが虚しく消えた。
「ともかく、公にされるのは翌朝の朝刊からだ。それまでに知っていたとしたら、対象は限られる――」
三船は警察に言ったが相手にされなかったらしい。父親のつてで新聞社にも伝えたが、週刊誌を紹介された挙句、記者に「探偵じゃないからね」と跳ねのけられたらしい。
僕はその話をきいて、内心ひどく笑ったものだった。
時間が経つのは早かった。それは不安からだろうか。怠惰で、生産性のない時間はあっという間に過ぎた。
日曜日の夜、榛原から電話がかかってきた。
その声は慌てていたようだった。
「美登ちゃんと……エミカちゃんが……また……」
息を切らしているかのような慌てた口ぶりに、僕は何も思わなかった。
「何があったんですか?」
「……、家に帰ってこないからって、ずっと探されていたらしいんだけど、さっき警察から連絡があって、学校の焼却炉の中で遺体で見つかったって……」
――探されていたらしい。友達なのに知らなかったのか?
「明日、学校で話を聴きます。始業前にいつものベンチに来てください」
「そうね、今ここで話してもどうしようもないものね」
僕は面倒なことになったと思い、電話を切った。
翌朝、学校のベンチへ行った。冷え込んだ冬の朝に、せめて集まるのは図書室くらいにしておけばよかったかなと後悔した。
榛原の後ろに三船、有栖がついてきていた。僕は思わず歯ぎしりをした。
「それで、何があったんですか?」
「焼却炉の方は警察が規制線を張ってる。入れないよ」
三船が言った。
「俺が聞いてる限り、前回とほぼ同じ内容だ。焼却炉の中は案外広いから、警察としてはそこで同じことをやったのだろうっていう見立てだ。影響されやすい年ごろだから、模倣じゃないかとかなんとか」
「そんなバカな話あるわけないでしょう!」
有栖がいきなり怒鳴った。
「同じ文芸部の、私の同級生よ? つい先日まで一緒に本を読んだり、小説を書いたりしていたのに!」
「梨香子ちゃん、気持ちはわかるから落ち着いて」
榛原になだめられ、有栖は落ち着いたそぶりを見せた。いや、あれは落ち着いてないふりをしているのだ。その微妙な加減で、嘘をついているんだ。きっと榛原の感情を揺さぶるため。そうやって遊んでいるんだ。
「さて、警察はこれも自殺と他殺が同時に起きた一件の事件として処理するらしい。片方が片方を殺し、自らの肉を割いて死んだ。先日と似たような遺書も残っている。単なる模倣だとして捜査も早々に終了するらしい。もっとも、加害者は死んだまま送検されるなりすると思うけど」
やるせなさは僕にも共有された。こういう異常なとき、公的機関は無難に収めようと何もしてくれない。
榛原はつぶやいた。
「前回のものとつながりがないわけがないでしょう」
三船は黙ってうなずいた。
「さて、ここからは俺たちの問題だ。連続性があると見立てて犯人を見つけ出して復讐する、なんてことは簡単にできそうにない」
三船は現実的なところを模索しようとしているのかもしれない。しかしすかさず榛原は言った。
「犯人は決まっているわ」
有栖と三船は驚いて榛原を見た。
「三咲朱音!」
三船は目を丸くしていった。
「それはどういうことだ? 先日自殺した人の名前じゃないか」
「そう。でもその人は生きてた。死人になったふりをして、悪事を働いている。そうでしょう、桐生君、」
一斉に僕に視線が向く。思わずたじろいだが、それは違うといった。
「正確には、三咲朱音を名乗る女の子が『私が殺した』って言ったんだ。きっと彼女は死んでない」
「いいえ、死んでる。そうでないとこんな奇妙な殺人できるわけがない。あの子の呪いよ」
「榛原先輩、少し落ち着いてください。冷静に考えればそんなおかしなことあるわけがないでしょう」
榛原は取り乱しているようだった。僕は苛立ちを感じていると、三船が言った。
「なあ、桐生、どうしてそういうことは早く言わなかった?」
「それは……」
「きみがもう少し早く話してれば、二人は死なずに済んだかもしれない」
僕の立場は悪い。全員の視線が辛かった。もうどうにでもなれと思い、目をそらす。僕はあの二人が死のうと、どうだっていいんだ。
三船は僕を見捨てたようにしていった。
「でも、あの踏切で確かに三咲朱音は死んだんだ。その名を名乗るには、翌日の朝刊を見なくちゃいけない。内部情報が漏れることは、基本的にはない。新聞社の親縁か、あるいは警察の親縁か。いや、普通漏らすことはないはずだ」
「でも、三船先輩は知っていた」
有栖が指摘した。
「親父、口が軽いから。遺伝かな。あはは……」
笑いが虚しく消えた。
「ともかく、公にされるのは翌朝の朝刊からだ。それまでに知っていたとしたら、対象は限られる――」
三船は警察に言ったが相手にされなかったらしい。父親のつてで新聞社にも伝えたが、週刊誌を紹介された挙句、記者に「探偵じゃないからね」と跳ねのけられたらしい。
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