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『今日はサークルの飲み会で遅くなります』

 綾人あやと先輩へメッセージを送った。漫画サークルの飲み会が終わったら、先輩の家に泊まりに行く予定。ちゃんと連絡を入れておかないと後で鬼電と大量のメッセージがスマホにくる。
 それだけだったら別にスマホの電源を切っておけばいいだけなんだけど、その後が大変なのだ。先輩の機嫌を損ねると後々大きな代償を払う羽目になる。……もちろん体で。

 ああ、めんどくさい。もう全てがめんどくさい。放り投げたくなる。そう思うのに律儀に連絡なんか入れて、何やってんだか。綾人先輩とどうなりたいんだか自分でもわからない。

 考えてもわからないのに考えてしまう。思考を放棄したいのにできない。
 そんな時に誘われた飲み会。行かない選択肢はなかった。

 私は、前に綾人先輩とお酒を飲んだ時の約束も忘れて、飲み会に参加したのだった。





 
 

「みうー?飲んでるか?」

 ほろ酔いなのか、少し頬を染めて部長がビール片手に聞いてきた。

「のんでまーす!」

 ビールをかかげてぐいっといってやった。飲み慣れない苦い炭酸が喉を刺激してピリッとする。

「ぷはー!」
「おお!いい飲みっぷりだなぁ!」

 今日は飲むと決めていた。日頃の先輩へのイライラをお酒を飲んで発散する意味でも良い機会だったから。
 
 漫画サークルの飲み会自体頻度は少ないし、みんなもお酒を飲み慣れていない。そんな飲み慣れてない同士だから、先輩と飲むよりも気が楽だ。
 先輩とだと、飲み進めて顔が赤くなるたびに心配されすぎて飲むのが面白くないと感じたのもあった。心配されてるのにそんな風に思うなんてあり得ない、と思う人もいるかもしれない。だけど飲んで顔が赤くなっている張本人の私は、実際そんなに酔ってない。酔ってないのに心配されて、もうお酒やめようね、とか決められるとつまらない。飲みたい時に飲みたいし、飲みたいだけ飲ませて欲しい。つまり口出ししないで欲しいのだ。心配してくれてるのはわかるんだけどね、余計なおせっかい。

 それに、いつも先輩には好き勝手されて、体を弄ばれている。受け入れてしまっている私もどうかと思うけど、それでも先輩への鬱憤は溜まっていった。
 
 全部先輩が悪いのだ。全部。拒否できないように脅されているせい。あんなに甘い顔で私の名前を呼んで、激しく求められて。可愛い、好きだと言い続けられて。
 こんな平凡で、漫画サークルなんてオタクサークルに入ってる自分が、あんなイケメンモテ男に言い寄られるなんて、あり得ないのに。
 
 今日だって、講義が空いた空きコマ時間にあんなことされて、拒否しきれない自分がいる。
 
 だけど、先輩から好きだ好きだと言われても、他の女性がチラつく。キャンパス内で遠くから見る先輩は、他のキラキラとした女の子たちに囲まれて、私なんかみたいなモブ女は近寄れもしない。気づかれもしない、そんなパッとしない存在。
 
 ずっともやもやが残っていて、苦しい。普段飲まない分、こういう飲み会でパーっと飲んで何もかも忘れてスッキリしたい。先輩の目があると所じゃゆっくり飲めないし、丁度いい時にサークルの飲み会があってよかった。

「子路山みう、ビールイッキしまーす!!」
「おおー!やったれー」

 握りしめていたビールジョッキを思いっきり呷って飲み干した。
 
「みう先輩すごーい!」
「こっちも飲むぞ~!」

 飲み会開始早々、お酒を飲み慣れないサークルメンバーたちはいつも以上にお酒を飲み始めた。

 



 
 

◇◇◇

 

 みうちゃんからの連絡を見て唖然とした。

『今日はサークルの飲み会で遅くなります』

 飲み会?え?は?なんで?

 
 みうちゃんは酔っ払うとさらに可愛くなってしまう。したっ足らずな口調で「あやとせんぱぁい、すき♡」と言ってきたりもするのだ。
 
 セックスしてる時以外でそんな事を言ってくれる貴重な機会だった。そんなお酒弱々なみうちゃんがサークルの飲み会なんて、許されない。他のオタクな男どもに何されるかわかったものじゃない。

 以前二人でご飯に行った時に飲んで、酔っ払って二日酔いになったのを俺が介抱してやった。二日酔いでグロッキーになっているみうちゃんに、俺がいない時は飲むなと、サークルの飲み会も参加するなと口が酸っぱくなるほど言い聞かせたのに。
 
 なのに、こんな直前にメッセージで宣言してくるなんて強硬手段で来るとは思わなかった。余程お仕置きがされたいらしい。

 こめかみの血管が浮き出てきているのがわかるようだ。切れる寸前。
 本当に俺を試すのが上手いねみうちゃんはさ。

 鬼電してやっと繋がったみうちゃんのスマホ。ガヤガヤと居酒屋で飲み騒いでいる音が聞こえる。

 なるべく怒ってない声色を出す。

「みうちゃん?どこで飲んでるの?夜道は危ないから迎え行くよ」
『あれぇ、あやとせんぱい?だいじょうぶですよぉ。ひとりで帰れますからぁ』

 連絡が来て三十分も経っていないというのに、こんなに酔っ払っているなんてどれだけ飲んでんだ。無防備な姿を俺以外に晒しやがって。

 またイライラのケージが溜まっていく。

『なんだぁ?みう?帰りは俺が送ってやるから大丈夫だぞ?』
『えー、部長!だいじょうぶですって!ひとりでかえれます』

 みうちゃんの所属している、漫画サークルの部長らしき男の声がした。「みう」だって?人の彼女呼び捨てにしてんじゃねぇよ。このチンカスオタク野郎が。

 すでにイライラケージは溜まりに溜まって溢れ出ている。

「で?みうちゃん?どこで飲んでんの?」

 思わず声がワントーン低くなってしまった。

『えっとぉ、魚村うおむらでっす!』

 大学の最寄り駅前のところか。今から向かえば十五分もかからない。

 何でわからないんだろう、みうちゃんは。むしろ、お仕置きされたくてしてるとしか思えない。

「今から向かえに行くから、そこで大人しくして」
『えー、来なくてもいいですよ?おわったら、わたしがあやとせんぱいんちにいきまふから』
「いいから、そこにいろつってんの」

 最後はイライラを抑えきれなくてキレ気味でそうみうちゃんに言い放った。

『む!やだっ!あやとせんぱい、こわいからキライっ』
「はっ?」

 ブチっと電話が切れた。店に着くまでずっと電話を繋げて置こうと思っていたのに、切られた。しかも、「きらい」だって?マジでありえねぇ。マジで容赦しねぇ。

 電話を切られてすぐに店へと向かった。




「ほんとにきたのぉ?あやとさぁん!」

 酔っ払って体を真っ赤に染めながら、トイレの前に座って隣の男にもたれかかる俺の彼女がいた。嬉しそうに俺を見上げる。

 漫画サークルの部員たちもみんな酒が進んだのか、カオスになっていた。席にみうちゃんの姿が見えず焦ったが、すぐに見つけられて安心した。のも束の間、他の男に体を許すみうちゃんを見ることになるとは思わなかった。
 
 衣服が乱れて胸元が強調されていいる。スカートだってずれて、素肌が見えてお酒で赤い肌がエロティックに誘っているようにしか見えない。

 隣でみうちゃんを支えている男は驚いたような顔をして、すぐにその腰に回した腕を離した。
 
 クソが。きもいんだよオタク野郎。

 射殺さんばかりに男を睨みつけたら、サッとみうちゃんから距離を取った。

「コイツ、誰?」
「サークルの後輩だよー」

 へにゃへにゃと笑って俺の問いに答える。
 
 男の腕を腰に許していたみうちゃんにも、怒りを通り越した感情を持った。
 
 渦巻いていく抑え切れない黒い感情。

 俺にがんじがらめにして離れられなくしてやりたい。俺だけを見ろよ。俺に捕まって俺しか触れられなくして、一生を俺に寄越せよ。縋りついて、愛を俺に乞うて、俺を愛せよ。俺だけを。

「……帰るよみうちゃん」
「えぇー?まだのみたい、終わりのじかんじゃないよぉ」
「いいから!いくぞ」

 無理矢理に腕を引っ張って立たせた。隣でビビってる男に飲み代のお金を渡した。

「これ、みうちゃんの分、足りるよな?」
「ぁ、は、ハイ……」
「それからさ、みうちゃんはもう飲み会参加しないから。もし、参加させたら、俺が殴り込みに来るから……わかったかよ?」
「ヒッ……」

 胸ぐらを掴んで凄んだら小さく悲鳴をあげて、ぷるぷると震えながら涙目になっていた。コクコクコクと壊れた機械人形のように首を上下に振って、後輩クンは俺に答えた。


 

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