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12 オセローの最後 君のいない白黒の世界
しおりを挟む次に、モアーナの両親が私の前に現れた。
「モアーナを、モアーナを返して! 私の可愛い子……ああ、モアーナぁぁ……っ」
頭を振りかざして私に縋るモアーナの母親。私のぼやけた視界の焦点がゆっくりと合ってくる。
その母親の後ろでモアーナの父親が拳を握りしめながら震えていた。
私を殴り殺すのを必死で我慢している様に見えた。
「お前のせいで私の娘は……モアーナは……!」
他にも色々な言葉をかけられたが、私の頭には上手く入ってこなかった。
聞くことしかできず、あまり反応もできなかった。
ただじっとモアーナの面影を彼女の両親から探していた。
彼女の絹の様な金髪は父親譲りだったのだとか。目鼻立ちは母親そっくりだとか。
他にも君にそっくりなところをたくさん探し出した。
母親の泣き顔がモアーナととてもよく似ていたが、やはり違う。
モアーナに会いたい。
彼女がいなくなり、私は抜け殻のようになってしまった。
「モアーナの体を返してもらう! うちの、キャシオン籍に戻させてもらうからな!」
その言葉に私は頷き、二人をモアーナがいる地下の冷暗室に案内した。
彼女も、ずっと地下にいるのは息苦しいだろう。
たまには里帰りだってしたいはずだ。
モアーナの体には、亡くなった後にする特別な保存処理を依頼していた。
最も腕のいい専門の業者に通常の何倍もの高額な金を支払って、最高の処置を施してもらっていたのだ。
地下のこの部屋でモアーナを寝かせ始めてどれくらい経ったのか、モアーナが旅立ってしまってから時間の経過が私にはわからなくなっていた。
だがモアーナの体はこの地下の冷暗室と保存処理のおかけでいつまでも綺麗なままだ。それだけが重要だった。
鮮やかな赤色のドレスを着て、髪も化粧も生前と同じように施し、柔らかなベッドで地下に永遠に眠るモアーナ。
彼女の安らかな寝顔を見て、ベッド横に崩れ落ちて膝をつき、すすり泣く義両親を私は後ろから眺めていた。
◇
私はずっと自分の世界に逃げ込んでしまっていた。
外界の全てを遮断し、夢の中でモアーナを探した。
目を瞑れば暗闇の中には誰もいない。
君以外のことは何も考えられない。
政略婚だったとしても、離婚することだっていつでもできた。相手はいくらでもいるのだから。
私の母を思い出させる強気な君と、婚姻前に婚約を解消することだってできたはずだった。
だが、いつも踏みとどまった。
それはなぜか。
君を手放したくないという強い欲求を感じていたからだ。
その欲求がどこから来るものなのか、暗闇の中でそのことばかり考えていた。
やっと気がついた。
ずっと君のことが好きだった。
そう、簡単なことだった。
君に、泣いて愛を請わせたかった。
私が欲しいのだと。
私だけしかいらないのだと。
これが私の愛の形だと、私の歪んだ愛し方だったのだと気付かされた。
私は君の愛を確かめようとした。
どこまで許されるのかと試した。
そして、いつ君が私に弱みを見せてくれるのかと期待し、望んだ。
だが君はいつまで経っても貴族であり続けた。
絶対に弱い君を見せてはくれない。
どれだけ私の愛人に嫉妬しようとも。
そして君は最後の最後まで貴族の令嬢であり続けた。
私は間違ってしまったのだ。
もう取り返しはつかない。
長い夢をみているようだ。
どれだけの時間、夢を見ているのか分からない。
悪夢はずっと続いている。
君の姿を見つけ、手を伸ばしても届かない。
目が覚めたら、気がついたら、君がいない。
意識が浮上してきて顔を上げてみると、部屋に立てかけた鏡に映る自分に目がいった。
鏡の中の男は痩せこけて、元々濃くて艶のある髪はボサボサで真っ白に変わっている。
美しいと言われた美貌は、今や見るも無惨な姿と成り果てていた。
だがそんなことは重要ではない。
「モアーナ?」
彼女を探し回る。
屋敷にも地下にもいない。
どこにもいない。
「モアーナ? どこにいるんだ?」
散々探し回った後に、モアーナの両親がここにやってきた時のことを思い出した。
そうか。
彼女をキャシオン家に帰してしまっていたのだった。
夜の暗い道を、手に持ったオイルランプの灯りだけを頼りにキャシオン家へと歩いて行った。
もうそろそろモアーナを私の元へ返して欲しいとお願いするためだ。
灯りのついていないキャシオン家の門をしつこく叩くと、寝衣に重たそうなガウンを羽織ったモアーナの父が現れた。
モアーナによく似た瞳は、怒りと悲しみで溢れていた。
「もう彼女の里帰りは十分でしょう? モアーナを返していただきたい」
モアーナに会いたい。
自分勝手にも、それしか考えられなかった。
モアーナの父が顔を真っ赤にしてぶるぶると震えながらその拳を振り上げた。
私は横面をモアーナの父親に殴られて、後ろに倒れた。
「いきなりこんな夜中に押しかけてきて、ふざけるな! 娘はもう墓の中で安らかに眠っているんだ! そっとしておいてくれ! 私たちを……っ、そっとしておいてくれ……!」
彼女の父は、力任せに門を閉めて屋敷へと戻っていった。
殴られた時に、脳みそが揺さぶられるほどの衝撃が走り、私のぼやけていた視界が夢から覚めたように戻ってきた。
ああ、そうだった。
彼女は死んでしまっていたのだった。
キャシオン家を去り、ふらふらとした足取りで夜の闇が深い墓地に向かった。
ランプの光り一つで広い敷地内を彷徨い、ひたすらモアーナの墓標を探した。
そして「モアーナ・キャシオン」の名が刻まれた場所を見つけ出した。
その下の土を素手で掘り起こした。
何時間もかけて。
爪に土が入り込み、時として砂利が食い込む。
土に混ざったガラスで手を切っても掘り続けた。
やっとモアーナが眠っている棺を掘り起こし、落ちている石で棺桶の杭を外して蓋を開ける。
開けた瞬間、中から一瞬だけ鮮やかに光り輝く美しい彼女が見えた。
だが、次の瞬間にはもういなくなった。
そこにいたのはもうただの抜け殻で、君ではない。
彼女の魂はない。
もう彼女は戻ってはこない。
永遠に。
「モアーナ……っ」
干からびた彼女の体に私の涙が落ちて、そして吸い込まれていった。
もし私が君より先に自分の弱さを見せていたらこんなことにはならなかったのか。
私の長い袖の下は鞭で叩かれて痣だらけだ。
今まで誰にも見せたことはなかった。
もしこの体を君に見せていたら、君は私を抱きしめてくれただろうか。
『もう大丈夫』と頭を撫でて慰めてくれただろうか。
問いかけても答えぬ君。
なぜ私はまだ生きているのか、わからなくなった。
持ってきたオイルランプの火に目がいくと、いつの間にかそれで自分に火をつけていた。
めらめらと燃える。
熱さも痛みも、もう何も感じることはできなかった。
棺の中で安らかに眠る彼女の額にそっとキスを落とした。
彼女が最後に私にしてくれたように。
私の火が彼女の体にも移る。
全てが燃える。
暖炉の火のように燃える棺桶の中を見つめた。
君は、ただ静かに灰になるのを待っていた。
五歳の頃、私のお気に入りだった人形のように。
その時に思い出した。
ああ、そうかモアーナ、私は思い出したよ。
あの女の子の人形は君がくれたんだ。
五歳の私は、自分が親に鞭で打たれているなんて恥ずかしくて君に言えなかった。
愛されて育った君が羨ましくも見えた。そして君と比べると、弱い自分が恥ずかしかった。
だけど弱音をどうしても吐きたくなり、塞ぎ込んでいた私を心配してくれた君に、ただ勉強が嫌だ辛いと泣き事をいってみた。そうしたら君はお気に入りの人形を私に譲ってくれたんだ。
『この子がいれば大丈夫、もう辛くないよ』と……。
その時私は、朝露に濡れた薔薇のようにいきいきとした君の笑顔に心を奪われた。
それからその人形を持ち歩くようになった。それが私の支えとなってくれたから。
だが、母に人形を燃やされ、私は君への想いと一緒に心に蓋をした。
全てが燃え尽きていく。
炎は私たちを包み、私はモアーナの亡骸を強く抱きしめた。
体が灰となり崩れ落ちていく中で、私は、最後に見たモアーナの泣き顔を思い出した。
落ちていく君の、儚げに泣きながらも笑う美しい顔。
その時、蓋をしていたはずの私の中からモアーナへの感情が溢れてきた。
どろり、とした黒いその感情。
私の中に閉じ込めて蓋をしていた淡い色の初恋が、どす黒い執着心へと変わっていたのだ。
――君の泣き顔がもう一度見たい……!
これほど強い感情が自分の中に宿っていたなんて信じられなかった。
この恐ろしいほど真っ黒な感情は、もう私の体に留めておくことは出来なかった。どろどろと溢れかえって、燃えることなく私とモアーナの体を覆っていく。
(どれだけ月日がかかっても君に会いにいくよ、モアーナ。だから、待っていてくれ)
より一層大きな炎が立ち込める。
炎が消えていき、後に残ったのは白と黒の灰だけであった。
――窓から落ちていく君に魂を囚われた私は、
ただ君を探し回って世界を彷徨うだろう。
君を見つけ出した時は、
もう決して離したりはしない。
死が二人を分つ日はない。
――そう、永遠に……。
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私の乏しい語彙力では、この素晴らしい作品をこれ以上賞賛できないのが残念です。
ものすごく嬉しい感想をありがとうございます❣️
私の作品をそんなに気に入ってくださって、感激です!全然乏しくなんかないです☺️
ukky様の感想で、幸せな気持ちに包まれました💕
読んでいただきありがとうございました。
素敵なお話ありがとうございました。
実は、こちらの作品ムーンの方で先に読んだのですが大好きすぎてこちらでも楽しく読んでしまいました。
皆が皆出てくる人達が切なくてたまらない気持ちになりました。
現世話も読みたいです。
ムーンでもこちらでも読んでいただきありがとうございます😊💕
私も書いてて辛かったです…。特にオセローの過去編…😭
現世編もいつか書きたいです!