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10 オセローの最後 君のいない白黒の世界

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 十八歳になり、十六のモアーナと政略結婚を果たした。

 初夜、モアーナが待つ寝室へと向かう前に、いつものように酒をあおった。悪夢にうなされるせいで、すでに酒なしでは寝られない体となっていた。

 ドアを開けるとベッドの中でモアーナが待っていた。彼女の強い眼差しが突き刺さってくる。まるで母のような強い目に、嫌悪感とも言える強い感情が自分の中から湧き上がってくるのを感じた。

「白い結婚を」と願った私に、彼女は唖然とした顔をしていた。
 常に貴族然として、彼女のすました顔しか見たことがなかった。私は、彼女のペースを崩せたことで、どこかもやもやとした気持ちがすっきりとした。 
 それに調子に乗った私はさらに言葉を上から重ねていく。
 次々と彼女をおとしめる言葉を吐いた。その度に、彼女が泣き出しそうな顔をするのが堪らなくて、高揚感を覚えた。
 彼女では勃ちそうもないと思っていたはずだったのに、彼女はなんて顔をするんだろう。
 
 
 もっとその表情を見たい。


 興奮する自分がいた。

 彼女の肩がふるふると小動物のように震え出し、期待感が高まった。だが、彼女は私が望んだものを見せてはくれなかった。

 落胆して、私はすぐに部屋から出て行った。


 なぜ君は泣いてくれなかったんだ。
 
 私は君の泣き顔が見たかったのに。

 
 

 



 舞踏会に二人で出席したが、私がモアーナの機嫌を損ねてしまい彼女は踵を返して先に帰ってしまった。
 私は一人残って貴族としての務めを果たした。

 貴族というものはなぜこのように必要以上に着飾り、華やかな舞踏会に出席しなければならないのか、理解に及ばない。
 私は生まれてくる場所を間違えてしまったのではないかとも思うのだ。

 メイドのマリーに手を出したのは、平民を羨ましく感じたというのもある。
 彼女が私に好意を寄せてきた時に愛人としたのは、平民の愛というものはどんなものか知りたかったから、というのも理由の一つだった。結果は全くの空回りだったが。
 
 だが、一番の理由は、モアーナが嫉妬すると思ったからだった。
 
 モアーナが深く嫉妬し、私を欲しがる様子を見たかった。
 彼女のことになると、どれだけ表面上は平静を装っても、心の中は冷静を保っていられない。
 もっともっと、普段見せない彼女の姿が見たくてしょうがなくなった。

 私を追いかけ、助けを求め縋ってくる姿が見たいのに。
 全く思い通りいかないモアーナに、いつもやきもきした気持ちにさせられていた。

 どうしてこんなにも彼女のことを気にしてしまうのかは、不思議だった。だが深くは考えない様にしていた。
 考えても仕方ないからだ。
 

 
 私は舞踏会で貴族としての交流を終えて、外が明るくならないうちに馬車に乗って帰った。

 屋敷に戻ると、三階の寝室へ向かった。部屋に入ってすぐ、ベッドサイドに常に用意しているウィスキーをグラスに注ぎ、一気に喉奥へと流し込む。
 毎晩見る悪夢のせいで満足に眠ることはできない。

 疲れた体をベッドへと投げ出し、酒の力を借りて気を失うように意識を手放した。
 
 しばらく眠っていたが、身体が発熱したように熱くなって息苦しくなった。
 
 また悪夢を見ているのか。

 そう思ったが、いつもとは何かが違っていた。
 下半身を優しい手付きで撫でる小さな手があることに気づき、目が覚める。
 

「モアーナ! なにをして、……あぁ……っ、」
 

 目の前にモアーナがいた。熱く膨らんだ私の股間を撫でまわしている。

 私はモアーナから離れようと両手を動かしてみるが、手首はロープで縛られていることに気がついた。
 硬く結ばれたロープは解けることはできそうもなく、自由の効かないこの状況に焦りを感じた。
 

「うぁ……っく、やめ……っ! ッ!」
 
 
 そんな私の状況を心底楽しむように妖艶に微笑みながら私にいたずらをする。
 

「嫌いなわたくしに触られているのに、こんなに反応するのですね」

「あ……っ、くぅ……っ、な、にか……盛ったのか?」
 

 口の中に苦みがある。毒でも盛られたか。ギッと睨みつけてみたが、内心ではむしろ毒であってくれと思った。
 そうすれば、ようやくこの自分ではどうしようもできない悪夢の苦しみから解放されることができるのだから。
 
 彼女になら殺されてもいいと思った。
 
 彼女に与えられた死で、私を彼女に永遠に縛り付けて欲しいと、そんな頭の沸いた訳のわからないことを思った。
 

「初夜に使うはずだった媚薬ですわ。効果は素晴らしいものですね。でも、あまり持続性はないのです」

「なにを……」


 毒ではなく、媚薬だったらしい。
 

 彼女の指がドレスの紐にかかる。いとも簡単に解けていった。
 するりとドレスが脱げ落ち、モアーナの裸体が現れた。

 その美しくも扇状的な艶めかしさに、私は唾を飲み込み、彼女に釘付けになった。

 頭が沸騰しそうなくらい熱くて、息苦しい。吐く息は重苦しくて、口を閉じていられなくなった。唾液を大量に垂れ流してしまっていた。


「すぐに楽になりますわ」
 
 
 もういっそ、ひと思いに殺してくれ。この早鐘のように鳴る心臓をひとつきしてくれればそれでいい。

 そんな風に思った。

 私の上に乗り出すモアーナを、手を縛り付けられた体は拒むことはできない。
 私の下着からはち切れんばかりに熱くなった大きな杭を、彼女は取り出す。
 

「ぅ……っ! ああ……っ」
 

 少しの振動でも、痛みに近い刺激が快感となって襲いかかる。私は声を抑えることさえ叶わなかった。

 我慢しきれず杭の先から白濁が少し漏れ出て達してしまった。
 

「……っ、くそ……!」

 
 こんな状態を彼女には、彼女だけには見せたくはなかったのに。悪態をついたが起こった事実は取り返せない。


「ああ、もう出してしまわれたの? だめではないですか。ちゃんと、わたくしの中に出していただかないと」

「なに……?」

 
 彼女の言っていることは、熱に浮かされた頭ではあまり理解できなかった。
 だが、彼女が私のそそり立つ杭を彼女の蜜壺へとあてがってことを進めようとしたことで、何をしようとしているのか一瞬でわかった。
 

「モアーナやめろ……」


 止めたくても媚薬で体が思うように動かず、手は縛られていた。
 
 彼女は貞淑な貴族令嬢であり、私と初夜を共にしなかった。当然彼女は清らかな体であったのだ。
 狭く、何も準備されていないところに無理矢理に膨張した杭を押し込めば、どうなるかはわかりきっている。


「……ッ……ぁ……っ!」


 彼女は圧倒的な痛みに身を悶えさせた。みちみちと私の杭も締め付けられて苦しかったが、彼女の痛みに比べれば比ではないだろう。

 呼吸も上手く出来ず、彼女の顔が真っ青になっていく。


 だからやめろと言ったんだ!


 呼吸をしたいのだろうが、喉の入口は閉じられていて入り込む余地はない。だからまず息を吐くことで空気の入口を作ってやることが最優先だ。
 

「モアーナ、無理に息を吸うのではない。吐くんだ」
 

 そうはいっても実行するのはやはり難しいだろう。息を吸いたいのに吐くだなんて。
 彼女の背中をさすってやりたいのに、手が縛られているのがもどかしい。
 

「私の言うことを信じろ」


 そんな言葉が自然と私の口から出てきた。
 その言葉を発した後に自分に呆れ返って苦笑いした。

 どの口が私を信じろなどと。
 
 だが彼女は素直に私の言うことを聞いて息を吐く。
 

「はっ……ふ、……ぅう」

「そうだ。ゆっくり、少しずつだ」

「ん……はぁ」


 背中をさすってやれない代わりに、言葉で彼女をなだめていく。

 呼吸が落ち着いた彼女は、熱っぽく私を下から見つめた。
 彼女が何を期待しているのかはわかっていた。だが、私には彼女の欲しいものを与えやることはできない。
 
 
 子どもを与えてやることはできないのだ。
 
 
 子どもなんて産まれてきても、その子が不幸になるだけだ。

 
 私の、ブランバンティオ家の血を引く子どもなど。
 

 私も、母と同じことを子どもにしないとも断言できない。自分の子どもに、私と同じような目に遭わすことは絶対に避けなければならなかった。
 
 私の代でブランバンティオ家は途絶えさせる。そう自分の中で決めていたのだった。
 
 だからこそモアーナに白い結婚を望んだ。
 
 
「もうこんなことはやめるんだ」
 
 
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