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近未来スカベンジャーアスカ編
第27話 絶望
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辛うじてシャッターは下ろせたが、そこでアスカの体に限界が来てしまう。
バリアで防ぐ前の一瞬、触れられた腹部が熱を持ち疼いている。
痒みにも似たその感覚はぞくぞくとアスカの体を震わせて、立っている事すら出来ない。
体が大きい分、媚毒も強力だったのだろう。
これがもし胸や秘部へと触れていたかと思うと寒気がする。
歯を食いしばり、震える足に力を込め、アスカはなんとか立ち上がる。
端末に映る異常事態を表す警告文にタッチして、消火処理を行った。
ザァーという水の流れる音がし、警告文が消える。
間髪入れずに水質調整メニューを開くと、水の温度を60度に設定した。
これならシャワーの温度よりも数段高く、共生生物は死ぬだろう。
降りたシャッターの向こうがどうなっているかはわからない。
最後の抵抗でガラスが割られ、安全装置が働き上げられないのだ。
怪しい音は特に聞こえてこず、ごぽごぽと排水管へと流れるような水の音だけが聞こえている。
エラーが出ていない事からも危険は去ったと考えて、アスカは部屋を出ようとした。
「アスカ、何をしたんですか?」
急に聞こえてきたのはポラリスの声。
どうやら無事だったらしい。
「なんか、でかい共生生物を倒したんだけど」
「ブッチャーの様子がおかしいです。 その場で回りだしたり動かなくなったり、明らかに動作に支障をきたしています」
だいたいの様子は想像できるが、なぜそんな事になったのだろう。
考えられるのは共生生物の親玉を倒した事で他の共生生物たちに何らかの悪影響が出たか、あるいは、アスカたちを捕まえる準備としてマーシャルが何かしらの対処を行ったかだ。
どちらにせよ、アスカたちには好都合だ。
通信を受けながら廊下へと出ると、そこにはまた服がところどころ破けたポラリスの姿があった。
狭い通路という事もあり無傷では済まなかったようで、足や腕には小さな切り傷がついている。
銀の髪も多少乱れており、今回の戦闘の大変さを物語っていた。
足元に転がる小さなブッチャーの残骸は山のようで、どれも焦げていたりひしゃげていた。
そして通路の先には、細い四本脚を天へと向けてばたばたともがくブッチャーの姿がある。
ポラリスの言う通り異常な様子で、ウィンウィンと音を立てるばかりだ。
体の関節部分からは共生生物が染み出している。
やはり近代のブッチャーたちにとって、共生生物は脳のような役割を果たしているのだろう。
親玉を倒した成果が出ているのであれば、命がけで戦いを挑んだかいがあるというものだ。
アスカはほっと胸を撫で下ろし、ポラリスへと得意げな顔を向けた。
「お疲れ様。 水発生装置に張り付いてた親玉は私がやったから」
「それはご苦労さまです。 その様子だと簡単では無かったようで」
アスカは得意げな顔をして自らの手柄をアピールしたが、震える足のせいで格好がつかない。
媚毒の影響は未だ強く、腹部からじんじんとするような熱が起こっている。
しかし休んでいる時間は無い。
また集まりだした敵性反応に焦らされるかのように、ふたりは急ぎ足でシェルターに続く道へと戻った。
管から垂れていた共生生物は姿を消し、代わりにもくもくと湯気が出ている。
管を流れる湯は問題なく循環し、中に住んでいた共生生物を退治したようだ。
ぷるぷると震えていたそのオレンジの体は色を失い転がっている。
恐ろしい共生生物も、こうなってしまえば問題はない。
ふたりは共生生物の死骸を乗り越えて、ようやくシェルターへと繋がるハッチの前にたどり着いた。
ポラリスの調べによると、ここは十数人規模の人間を収容できる強固なシェルターで、主にVIP用に作られた特別な施設らしい。
さすがにハッチまで金をかけてはいないのか、水管理施設へと繋がる物と大差は無い。
電波類を遮断する作りのせいで中の様子まではわからないが、もし使えるならここほど安全な場所は無い。
アスカは祈るようにハッチへと手をかけ、開いていく。
僅かに隙間が開いたその刹那、ポラリスはアスカを突き飛ばしていた。
「えっ?」
疑問を浮かべた顔でアスカは壁へとぶつかった。
その視線の先で、ポラリスの左腕がオレンジの触手に捕まっている。
ポラリスは涼しい顔のままその触手を眺めると、躊躇うことなく左腕を引き千切った。
その太い触手はポラリスの腕をシェルターの中へと引き込み消えていく。
ポラリスが足でハッチを閉じると、床には細かな部品と共生生物の体の一部が転がっていた。
ポラリスは水道管から漏れるお湯を掬い、自身の体とその床へとかけている。
オレンジの液体が動かなくなるのを確認すると、はぁと小さくため息をついた。
「大ハズレです。 どうやらここが奴らの本命だったようで」
「そんな事より大丈夫なの!?」
心配そうに駆け寄るアスカをポラリスは右手で制す。
左腕はちょうど修理したばかりで、無理やり引き千切ったにしては綺麗に外れていた。
肩の可動域も問題なく、漏電の心配も無い。
ぐるぐると数回肩を回し、ポラリスは小さく頷いた。
「問題ありません。 左腕だったのが幸運でした」
「媚毒の方は……」
「なんとか大丈夫です。 湯が無ければ無事では済まなかったかも知れませんが」
心配そうにポラリスの方を見るアスカの目がその深刻さを物語る。
あれだけ太い触手なら、受ける影響は先ほどアスカが受けた物に匹敵するだろう。
水発生装置に張り付いてたあの規模の共生生物が、このシェルターの中に居る。
その事実がアスカに恐怖と絶望を感じさせた。
頼りにしていたシェルターには入れず、ドリルを回すブッチャーはやがてここにたどり着くだろう。
そうなればふたりは袋の鼠で、圧倒的な物量になすすべなく蹂躙される。
その決定的な事実がアスカの足をすくませ、立つ力を奪った。
「もう行く場所なんて無いんじゃない?」
「安全性は下がりますが、進めるだけ進み続けましょう。 方法がなくともその間にマーシャルの部隊が到着すれば、最悪人間牧場行きは免れるかも知れません」
「上手くいって、監禁されて性処理係か…… こんな事なら来るんじゃなかったな……」
諦めたように笑うアスカの肩を抱き、ポラリスは体を起こすと前へと歩き始める。
シェルターの脇はスペースシップの発着場。
飛ばせる機体がひとつも無かったとしても、身を隠すスペースくらいはあるかも知れない。
力無く歩き続けるふたりの背後にドリルの轟音が迫る。
発着場へと繋がる分厚い扉を通り抜けると、ふたりの目の前には閑散とした景色が広がっていた。
スペースシップが一つもないどころか、壁や床には鋭く深い溝が刻まれている。
どうやらここにもブッチャーは到達していたようで、良く見ると赤黒い血による染みも残っていた。
広大な発着場は広いだけの空間と化している。
場内を明るく照らす照明も、この時ばかりは全く明るく感じられなかった。
「まだ諦めてはいけません。 緊急脱出ポットがまだ……」
力無くうな垂れるアスカの体を支え、ポラリスは発着場の奥へと進んでいく。
非常口を表す緑のランプの先、小型の脱出ポット発着場には、たったひとつの脱出ポットが残されていた。
「ほら、アスカ! 脱出ポットです!」
嬉しそうなポラリスの声にアスカは顔を上げ、脱出ポットを見る。
それは座席がひとつだけついた小さな物で、定員一名と大きく書かれていた。
「座って下さい、私も後から追いかけます」
アスカを席へと座らせ、シートベルトを閉め、ポラリスはポットを出ようとする。
アスカはそんなポラリスの肩を引くと、シートベルトを外して一緒に括り付けてしまった。
「アスカ、なにして……」
「マスター権限、絶対に離れないで」
「マスター権限を認証。 命令を遂行します」
「このまま発進させて」
「了解しました」
無表情のポラリスが機械的に端末を操作し、脱出ポットはふたりを乗せたまま地上へと放出される。
ただでさえ定員オーバーな上、ポラリスは人より重いアンドロイドだ。
射出式の脱出ポットに宇宙へと上がる力は無く、重力に引かれて地表へと落ちていく。
アスカはポラリスの体を抱きしめながら死を覚悟した。
永遠とも思える時間の中で、ポラリスの優しい瞳がアスカを捉える。
アスカが思わずその唇へと唇を重ねた時、脱出ポットは何事も無く地表へと着地した。
「標準的な脱出ポットには防御層生成機能が搭載されています。 やはり勉強のし直しが必要ですね」
ポラリスは右手で優しくアスカの頬を撫でると、そっと唇を重ねた。
アスカは呆然とそれを受け入れて、静かに涙を流していた。
バリアで防ぐ前の一瞬、触れられた腹部が熱を持ち疼いている。
痒みにも似たその感覚はぞくぞくとアスカの体を震わせて、立っている事すら出来ない。
体が大きい分、媚毒も強力だったのだろう。
これがもし胸や秘部へと触れていたかと思うと寒気がする。
歯を食いしばり、震える足に力を込め、アスカはなんとか立ち上がる。
端末に映る異常事態を表す警告文にタッチして、消火処理を行った。
ザァーという水の流れる音がし、警告文が消える。
間髪入れずに水質調整メニューを開くと、水の温度を60度に設定した。
これならシャワーの温度よりも数段高く、共生生物は死ぬだろう。
降りたシャッターの向こうがどうなっているかはわからない。
最後の抵抗でガラスが割られ、安全装置が働き上げられないのだ。
怪しい音は特に聞こえてこず、ごぽごぽと排水管へと流れるような水の音だけが聞こえている。
エラーが出ていない事からも危険は去ったと考えて、アスカは部屋を出ようとした。
「アスカ、何をしたんですか?」
急に聞こえてきたのはポラリスの声。
どうやら無事だったらしい。
「なんか、でかい共生生物を倒したんだけど」
「ブッチャーの様子がおかしいです。 その場で回りだしたり動かなくなったり、明らかに動作に支障をきたしています」
だいたいの様子は想像できるが、なぜそんな事になったのだろう。
考えられるのは共生生物の親玉を倒した事で他の共生生物たちに何らかの悪影響が出たか、あるいは、アスカたちを捕まえる準備としてマーシャルが何かしらの対処を行ったかだ。
どちらにせよ、アスカたちには好都合だ。
通信を受けながら廊下へと出ると、そこにはまた服がところどころ破けたポラリスの姿があった。
狭い通路という事もあり無傷では済まなかったようで、足や腕には小さな切り傷がついている。
銀の髪も多少乱れており、今回の戦闘の大変さを物語っていた。
足元に転がる小さなブッチャーの残骸は山のようで、どれも焦げていたりひしゃげていた。
そして通路の先には、細い四本脚を天へと向けてばたばたともがくブッチャーの姿がある。
ポラリスの言う通り異常な様子で、ウィンウィンと音を立てるばかりだ。
体の関節部分からは共生生物が染み出している。
やはり近代のブッチャーたちにとって、共生生物は脳のような役割を果たしているのだろう。
親玉を倒した成果が出ているのであれば、命がけで戦いを挑んだかいがあるというものだ。
アスカはほっと胸を撫で下ろし、ポラリスへと得意げな顔を向けた。
「お疲れ様。 水発生装置に張り付いてた親玉は私がやったから」
「それはご苦労さまです。 その様子だと簡単では無かったようで」
アスカは得意げな顔をして自らの手柄をアピールしたが、震える足のせいで格好がつかない。
媚毒の影響は未だ強く、腹部からじんじんとするような熱が起こっている。
しかし休んでいる時間は無い。
また集まりだした敵性反応に焦らされるかのように、ふたりは急ぎ足でシェルターに続く道へと戻った。
管から垂れていた共生生物は姿を消し、代わりにもくもくと湯気が出ている。
管を流れる湯は問題なく循環し、中に住んでいた共生生物を退治したようだ。
ぷるぷると震えていたそのオレンジの体は色を失い転がっている。
恐ろしい共生生物も、こうなってしまえば問題はない。
ふたりは共生生物の死骸を乗り越えて、ようやくシェルターへと繋がるハッチの前にたどり着いた。
ポラリスの調べによると、ここは十数人規模の人間を収容できる強固なシェルターで、主にVIP用に作られた特別な施設らしい。
さすがにハッチまで金をかけてはいないのか、水管理施設へと繋がる物と大差は無い。
電波類を遮断する作りのせいで中の様子まではわからないが、もし使えるならここほど安全な場所は無い。
アスカは祈るようにハッチへと手をかけ、開いていく。
僅かに隙間が開いたその刹那、ポラリスはアスカを突き飛ばしていた。
「えっ?」
疑問を浮かべた顔でアスカは壁へとぶつかった。
その視線の先で、ポラリスの左腕がオレンジの触手に捕まっている。
ポラリスは涼しい顔のままその触手を眺めると、躊躇うことなく左腕を引き千切った。
その太い触手はポラリスの腕をシェルターの中へと引き込み消えていく。
ポラリスが足でハッチを閉じると、床には細かな部品と共生生物の体の一部が転がっていた。
ポラリスは水道管から漏れるお湯を掬い、自身の体とその床へとかけている。
オレンジの液体が動かなくなるのを確認すると、はぁと小さくため息をついた。
「大ハズレです。 どうやらここが奴らの本命だったようで」
「そんな事より大丈夫なの!?」
心配そうに駆け寄るアスカをポラリスは右手で制す。
左腕はちょうど修理したばかりで、無理やり引き千切ったにしては綺麗に外れていた。
肩の可動域も問題なく、漏電の心配も無い。
ぐるぐると数回肩を回し、ポラリスは小さく頷いた。
「問題ありません。 左腕だったのが幸運でした」
「媚毒の方は……」
「なんとか大丈夫です。 湯が無ければ無事では済まなかったかも知れませんが」
心配そうにポラリスの方を見るアスカの目がその深刻さを物語る。
あれだけ太い触手なら、受ける影響は先ほどアスカが受けた物に匹敵するだろう。
水発生装置に張り付いてたあの規模の共生生物が、このシェルターの中に居る。
その事実がアスカに恐怖と絶望を感じさせた。
頼りにしていたシェルターには入れず、ドリルを回すブッチャーはやがてここにたどり着くだろう。
そうなればふたりは袋の鼠で、圧倒的な物量になすすべなく蹂躙される。
その決定的な事実がアスカの足をすくませ、立つ力を奪った。
「もう行く場所なんて無いんじゃない?」
「安全性は下がりますが、進めるだけ進み続けましょう。 方法がなくともその間にマーシャルの部隊が到着すれば、最悪人間牧場行きは免れるかも知れません」
「上手くいって、監禁されて性処理係か…… こんな事なら来るんじゃなかったな……」
諦めたように笑うアスカの肩を抱き、ポラリスは体を起こすと前へと歩き始める。
シェルターの脇はスペースシップの発着場。
飛ばせる機体がひとつも無かったとしても、身を隠すスペースくらいはあるかも知れない。
力無く歩き続けるふたりの背後にドリルの轟音が迫る。
発着場へと繋がる分厚い扉を通り抜けると、ふたりの目の前には閑散とした景色が広がっていた。
スペースシップが一つもないどころか、壁や床には鋭く深い溝が刻まれている。
どうやらここにもブッチャーは到達していたようで、良く見ると赤黒い血による染みも残っていた。
広大な発着場は広いだけの空間と化している。
場内を明るく照らす照明も、この時ばかりは全く明るく感じられなかった。
「まだ諦めてはいけません。 緊急脱出ポットがまだ……」
力無くうな垂れるアスカの体を支え、ポラリスは発着場の奥へと進んでいく。
非常口を表す緑のランプの先、小型の脱出ポット発着場には、たったひとつの脱出ポットが残されていた。
「ほら、アスカ! 脱出ポットです!」
嬉しそうなポラリスの声にアスカは顔を上げ、脱出ポットを見る。
それは座席がひとつだけついた小さな物で、定員一名と大きく書かれていた。
「座って下さい、私も後から追いかけます」
アスカを席へと座らせ、シートベルトを閉め、ポラリスはポットを出ようとする。
アスカはそんなポラリスの肩を引くと、シートベルトを外して一緒に括り付けてしまった。
「アスカ、なにして……」
「マスター権限、絶対に離れないで」
「マスター権限を認証。 命令を遂行します」
「このまま発進させて」
「了解しました」
無表情のポラリスが機械的に端末を操作し、脱出ポットはふたりを乗せたまま地上へと放出される。
ただでさえ定員オーバーな上、ポラリスは人より重いアンドロイドだ。
射出式の脱出ポットに宇宙へと上がる力は無く、重力に引かれて地表へと落ちていく。
アスカはポラリスの体を抱きしめながら死を覚悟した。
永遠とも思える時間の中で、ポラリスの優しい瞳がアスカを捉える。
アスカが思わずその唇へと唇を重ねた時、脱出ポットは何事も無く地表へと着地した。
「標準的な脱出ポットには防御層生成機能が搭載されています。 やはり勉強のし直しが必要ですね」
ポラリスは右手で優しくアスカの頬を撫でると、そっと唇を重ねた。
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