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オカルトハンター渚編
第10話 悲しさと寂しさ
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「意外とあっけなく着いたね」
「はい、楽勝でしたね」
道中、崩れたブロック塀など物理的な障害はあったが通れないほどではなく、ふたりは難なく公園へと辿り着く事が出来た。
公園とはいえ遊具もベンチも無い、ただフェンスと木の社があるだけの空き地のようなもので、その狭さからボール遊びにも向いてはいない。
渚がこの公園に関して一番強く覚えているのは、ここで一度だけ、父親とキャッチボールをした事だった。
もういつだったかもわからない遠い昔、もう暗くなった、ふたりきりの公園でキャッチボールをした記憶。
その時の渚には意味が分からず、ただ言われるがままボールを投げていた。
父親を見たのはそれが最後で、たった一度のこの時ですら、知らないおじさんが居る程度に思っていた。
渚の父親は海外勤務で家に帰らず、大学入学を機にひとり暮らしを始めた渚にとって、なおさら縁遠い人となっている。
写真でしか見た事の無い顔は記憶に残らず、今でも思い出せないままだ。
「どうしました? 寂しそうな顔ですね?」
「ちょっと色々思い出しただけだよ。 残念ながらヒントじゃないみたいだけど、って……」
ふたり並んで公園を進み、木の社の前までやって来た。
するとその社の下に、野球のグローブが一組とボールが置かれていたのだ。
渚はぎょっとして辺りを見回した。
もしかして父親が居るのでは。
生きているか死んでいるかもわからないその姿を探す。
しかし、公園には虫の一匹も居なかった。
「渚さん?」
ルカが不安げな顔で渚の顔を見つめている。
悲しそうにしたかと思えば突然きょろきょろとしだしたり、どう見ても落ち着きがない。
その様子に聞かされていない過去がある事を感じつつも、なんですか、とは聞けなかった。
ただ少なくとも、このグローブとボールが関係している事はわかる。
「ほら、キャッチボールしましょ。 実は学校以外でやった事ないんですよね」
「ルカ……いいよ、やろっか」
ルカからグローブを胸に押し付けられ、渚ははっとした。
知らないうちに自分の世界に入ってしまっていたようで、さっきまでルカの存在すら忘れていた。
そんな自分に対して屈託のない笑顔を向けるルカを見て、渚は安心感と共に少し胸が痛くなるのを感じた。
「いっきますよー! はいっ!」
「なにそれ、下手」
地面に勢いよくボンと叩きつけられる野球ボールを見て渚は笑ってしまった。
肘も曲げずにボールを投げるルカの姿がおかしくて可愛くて、笑いをこらえきれなかったのだ。
「もう、笑わないでくださいよ!」
「ごめんごめん、下から投げると投げやすいよ?」
「嫌です、こっちの方がカッコいいので」
ルカは足を高く上げ、大きく振りかぶり、全身の力でボールを叩きつける。
その力強いフォームより、スカートから覗く下着が渚の目を奪っていた。
地面には小さな窪みが出来ている。
「はい、ナイスボール」
「いや、こんなはずじゃないんですって、もっとこうバシーンって……」
近づいてボールを拾おうとした渚の腕をルカが掴んだ。
その刹那、ふたりの脳裏に新しい映像が浮かぶ。
この公園から少し歩いた十字路の角の家。
真っ暗な室内で泣く女の子。
それは車内で見た、昔の渚の姿だった。
「見ました?」
「見た。 近いみたいだし行こっか」
社の下へとグローブとボールを返し、ふたりは公園を後にする。
と、社の下から視線を上げた時、社の中に残された数枚のお札が目に入った。
「ルカ、これって」
「魔除けのお札! これさえあれば雑魚は寄って来れないですよ!」
それを見るなりルカは大喜びでお札を抱き、ポケットの中へとしまってしまう。
良いのかと少し悩んだものの、今は緊急事態だ。
これも神様の導きと考えて、ありがたく貰っていく事としよう。
頭に浮かんだ映像通りの十字路に差し掛かった時、ルカが渚の腕を強く引いた。
「渚さん……静かに、こっちに隠れてください」
近くのブロック塀裏へと誘われ、渚はルカが指差す先を見た。
そこには、青白い顔で力なく歩く、死体の様な男の姿があった。
衣服は汚れて所々が破れており、首が横へとほぼ直角に曲がっている。
切れた皮膚から覗く白色は骨だろうか。
「あれって……幽霊?」
「いえ、憑依された死体ですね。 名札があるし、私と同じ心霊オフ参加者だったかも知れません」
たしかに、胸にはロメロと書かれた名札があり、年齢も若そうだ。
ただその表情は虚ろで、口からはだらしなく紫の舌が伸びている。
なんにせよ、関わらない方が良いだろう。
姿が消えるのを待ち、ふたりは目的の家へと向かった。
その扉は当然のように開き、ふたりを中へと案内する。
玄関へと入り、扉を施錠しながらふたりは安堵の息を吐いた。
「危ない所でしたね、良かったー見つからなくて……」
「幽霊より危険なの?」
「遥かに危険ですよ、男の力で押さえられたら一発アウトです。 実体がある分感触もリアルだろうし、確実に死ぬまで犯されます」
真剣なルカの顔に、今さら恐怖を感じてしまう。
実体の無い霊に触られただけであんなになってしまう体で、直接ヤられたらどうなってしまうのか。
渚はそれ以上考えないようにして、家の中へと注意を向けた。
家の中はとても綺麗で、この家だけ他とは様相が違う。
建てられた年代そのものが違うかのように新しく、近代的な造りをしていた。
二階へと上がる階段に廊下がひとつと扉が4つ。
渚の覚えている、実家そのものだ。
「見つからないうちに調べちゃお、やっぱり私の実家みたいだし」
「そうですね、ここからは本気モードでいきます」
真剣な顔のままふたりは進む。
扉は奥から脱衣所と浴室、リビング、キッチン、トイレに繋がっていた。
本当に実家そのものなら、二階には寝室がふたつと渚の部屋があるはずだ。
ふたりはまず、キッチンへと入る。
そこには記憶のままの光景と、あのテーブルがあった。
渚は何かに導かれるようにそこへ座る。
すると、視界が急に明るくなった。
夕日が沈む間際のキッチン。
どこからか晩ご飯の匂いが漂ってくる。
目の前に置かれたメモと500円玉。
いつもの光景だ。
渚の胸にはただただ悲しさだけがこみ上げてくる。
しかし今の渚は昔とは違う。
もう涙も出ないくらい慣れてしまった。
そんな渚の中に、悲しみの代わりにこみ上げてきたのは初めての感情だった。
寂しい。
誰かと一緒に居たい。
誰かに、愛されたい。
そんな混乱の中、自然と頬を涙が伝った。
「渚さん!」
「ルカ……」
突然放心状態で椅子に座り涙を流し始めた渚を、ルカは抱きしめて名前を呼び続けた。
ようやく返って来た返事に、ルカもつられて涙を流し始める。
昇降口の闇へと姿を消す渚の後ろ姿が、ルカの心に強く突き刺さっていたのだ。
「私、誰かに愛して欲しかったみたい……」
「当然ですよ! 青春真っただ中で一人きりだなんて……愛して欲しいに決まってます!」
ようやく聞けた渚の願いにルカはぼろぼろと涙をこぼした。
自分以上に悲しんでくれるルカの姿に、渚は幸せを嚙みしめると共に確かな愛を感じた。
色々あったけれど、今はこうしてルカが居てくれる。
それだけでまるで昔の自分も救われたような、そんな気がした。
その時、ガチャンという大きな音が部屋へ響いた。
そのガラスの割れる音に驚き、ふたりはリビングの方を見る。
閉じられた扉の向こう、パキパキというガラスを踏む音と共に、たしかに人が動く気配がした。
「はい、楽勝でしたね」
道中、崩れたブロック塀など物理的な障害はあったが通れないほどではなく、ふたりは難なく公園へと辿り着く事が出来た。
公園とはいえ遊具もベンチも無い、ただフェンスと木の社があるだけの空き地のようなもので、その狭さからボール遊びにも向いてはいない。
渚がこの公園に関して一番強く覚えているのは、ここで一度だけ、父親とキャッチボールをした事だった。
もういつだったかもわからない遠い昔、もう暗くなった、ふたりきりの公園でキャッチボールをした記憶。
その時の渚には意味が分からず、ただ言われるがままボールを投げていた。
父親を見たのはそれが最後で、たった一度のこの時ですら、知らないおじさんが居る程度に思っていた。
渚の父親は海外勤務で家に帰らず、大学入学を機にひとり暮らしを始めた渚にとって、なおさら縁遠い人となっている。
写真でしか見た事の無い顔は記憶に残らず、今でも思い出せないままだ。
「どうしました? 寂しそうな顔ですね?」
「ちょっと色々思い出しただけだよ。 残念ながらヒントじゃないみたいだけど、って……」
ふたり並んで公園を進み、木の社の前までやって来た。
するとその社の下に、野球のグローブが一組とボールが置かれていたのだ。
渚はぎょっとして辺りを見回した。
もしかして父親が居るのでは。
生きているか死んでいるかもわからないその姿を探す。
しかし、公園には虫の一匹も居なかった。
「渚さん?」
ルカが不安げな顔で渚の顔を見つめている。
悲しそうにしたかと思えば突然きょろきょろとしだしたり、どう見ても落ち着きがない。
その様子に聞かされていない過去がある事を感じつつも、なんですか、とは聞けなかった。
ただ少なくとも、このグローブとボールが関係している事はわかる。
「ほら、キャッチボールしましょ。 実は学校以外でやった事ないんですよね」
「ルカ……いいよ、やろっか」
ルカからグローブを胸に押し付けられ、渚ははっとした。
知らないうちに自分の世界に入ってしまっていたようで、さっきまでルカの存在すら忘れていた。
そんな自分に対して屈託のない笑顔を向けるルカを見て、渚は安心感と共に少し胸が痛くなるのを感じた。
「いっきますよー! はいっ!」
「なにそれ、下手」
地面に勢いよくボンと叩きつけられる野球ボールを見て渚は笑ってしまった。
肘も曲げずにボールを投げるルカの姿がおかしくて可愛くて、笑いをこらえきれなかったのだ。
「もう、笑わないでくださいよ!」
「ごめんごめん、下から投げると投げやすいよ?」
「嫌です、こっちの方がカッコいいので」
ルカは足を高く上げ、大きく振りかぶり、全身の力でボールを叩きつける。
その力強いフォームより、スカートから覗く下着が渚の目を奪っていた。
地面には小さな窪みが出来ている。
「はい、ナイスボール」
「いや、こんなはずじゃないんですって、もっとこうバシーンって……」
近づいてボールを拾おうとした渚の腕をルカが掴んだ。
その刹那、ふたりの脳裏に新しい映像が浮かぶ。
この公園から少し歩いた十字路の角の家。
真っ暗な室内で泣く女の子。
それは車内で見た、昔の渚の姿だった。
「見ました?」
「見た。 近いみたいだし行こっか」
社の下へとグローブとボールを返し、ふたりは公園を後にする。
と、社の下から視線を上げた時、社の中に残された数枚のお札が目に入った。
「ルカ、これって」
「魔除けのお札! これさえあれば雑魚は寄って来れないですよ!」
それを見るなりルカは大喜びでお札を抱き、ポケットの中へとしまってしまう。
良いのかと少し悩んだものの、今は緊急事態だ。
これも神様の導きと考えて、ありがたく貰っていく事としよう。
頭に浮かんだ映像通りの十字路に差し掛かった時、ルカが渚の腕を強く引いた。
「渚さん……静かに、こっちに隠れてください」
近くのブロック塀裏へと誘われ、渚はルカが指差す先を見た。
そこには、青白い顔で力なく歩く、死体の様な男の姿があった。
衣服は汚れて所々が破れており、首が横へとほぼ直角に曲がっている。
切れた皮膚から覗く白色は骨だろうか。
「あれって……幽霊?」
「いえ、憑依された死体ですね。 名札があるし、私と同じ心霊オフ参加者だったかも知れません」
たしかに、胸にはロメロと書かれた名札があり、年齢も若そうだ。
ただその表情は虚ろで、口からはだらしなく紫の舌が伸びている。
なんにせよ、関わらない方が良いだろう。
姿が消えるのを待ち、ふたりは目的の家へと向かった。
その扉は当然のように開き、ふたりを中へと案内する。
玄関へと入り、扉を施錠しながらふたりは安堵の息を吐いた。
「危ない所でしたね、良かったー見つからなくて……」
「幽霊より危険なの?」
「遥かに危険ですよ、男の力で押さえられたら一発アウトです。 実体がある分感触もリアルだろうし、確実に死ぬまで犯されます」
真剣なルカの顔に、今さら恐怖を感じてしまう。
実体の無い霊に触られただけであんなになってしまう体で、直接ヤられたらどうなってしまうのか。
渚はそれ以上考えないようにして、家の中へと注意を向けた。
家の中はとても綺麗で、この家だけ他とは様相が違う。
建てられた年代そのものが違うかのように新しく、近代的な造りをしていた。
二階へと上がる階段に廊下がひとつと扉が4つ。
渚の覚えている、実家そのものだ。
「見つからないうちに調べちゃお、やっぱり私の実家みたいだし」
「そうですね、ここからは本気モードでいきます」
真剣な顔のままふたりは進む。
扉は奥から脱衣所と浴室、リビング、キッチン、トイレに繋がっていた。
本当に実家そのものなら、二階には寝室がふたつと渚の部屋があるはずだ。
ふたりはまず、キッチンへと入る。
そこには記憶のままの光景と、あのテーブルがあった。
渚は何かに導かれるようにそこへ座る。
すると、視界が急に明るくなった。
夕日が沈む間際のキッチン。
どこからか晩ご飯の匂いが漂ってくる。
目の前に置かれたメモと500円玉。
いつもの光景だ。
渚の胸にはただただ悲しさだけがこみ上げてくる。
しかし今の渚は昔とは違う。
もう涙も出ないくらい慣れてしまった。
そんな渚の中に、悲しみの代わりにこみ上げてきたのは初めての感情だった。
寂しい。
誰かと一緒に居たい。
誰かに、愛されたい。
そんな混乱の中、自然と頬を涙が伝った。
「渚さん!」
「ルカ……」
突然放心状態で椅子に座り涙を流し始めた渚を、ルカは抱きしめて名前を呼び続けた。
ようやく返って来た返事に、ルカもつられて涙を流し始める。
昇降口の闇へと姿を消す渚の後ろ姿が、ルカの心に強く突き刺さっていたのだ。
「私、誰かに愛して欲しかったみたい……」
「当然ですよ! 青春真っただ中で一人きりだなんて……愛して欲しいに決まってます!」
ようやく聞けた渚の願いにルカはぼろぼろと涙をこぼした。
自分以上に悲しんでくれるルカの姿に、渚は幸せを嚙みしめると共に確かな愛を感じた。
色々あったけれど、今はこうしてルカが居てくれる。
それだけでまるで昔の自分も救われたような、そんな気がした。
その時、ガチャンという大きな音が部屋へ響いた。
そのガラスの割れる音に驚き、ふたりはリビングの方を見る。
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