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近未来スカベンジャーアスカ編

第8話 肉人形

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 「そろそろ目的地点ですが、いい加減立ち直ったらどうですか?」
 「そんなに簡単に切り替えられると思う? びっしり張り付いてたんだから、びっしり……」

 代り映えしない下水管の中をどれだけ進んだだろう。
 アスカは未だに足に蛆虫が張り付いた事で意気消沈している。
 ポラリスはそんなアスカにため息をつきながら前を歩いていた。
 途中いくつか分かれ道があったが、もう別々に調査しようとは思わなかった。
 出てくる虫の全てをポラリスに任せ、アスカは怯えながら後に続くだけ。
 もう完全に頼りっきりだ。

 「ん……前方に不思議な反応があります」
 「不思議な反応?」
 
 ポラリスが立ち止まったのは明かり一つない、田の字のようになった場所の中間地点。
 ポラリスのセンサーにはいくつかの生体反応がまとまって動く、不可解な調査結果が出ていた。 
 群れにしては密度が高く、範囲も限定的だ。
 縦2mほどの高さに、ざっと数えても30以上の反応がある。
 
 「はい、高さ2mほどの範囲に30以上の生体反応が」
 「なにそれ、絶対見たくないんだけど」

 すでに怯えた様子のアスカが正面にライトを当てる。
 するとそこには、腕をだらんと垂らして立っている作業着の男の姿があった。
 こちらに気付いていないようだが、背中に入ったUTOPIAの文字がここのスタッフであると告げている。
 ただ、どう見ても様子がおかしい。
 首を横に曲げたまま動かない様子には生気が感じられず、まるでゾンビのようだ。
 このまま不用意に近づけば、突然噛まれてもおかしくない。
 ポラリスは、はぁ、とまたため息をつき、その男の元へと向かった。
 
 「あの、まさかとは思いますが生きてらっしゃいますか?」
  
 声を掛けられた男はゆっくりとポラリスの方へと振り向く。
 その姿を見てアスカは卒倒しそうだった。
 眼球が収められているはずの場所や口にあたる部分からは蛆虫が這い出し、ぽっかりと空洞になっている。 
 下腹部には大きな穴が開いており、そこから成長した巨大なハエが飛び出している。
 
 「お約束ですね」

 ポラリスは手のひらが上に向くように拳を握り、肘を脇腹につけた姿勢で斜め前へと上体を倒す。
 体を起こしながら腰を回し、そのままの勢いで男の顔をぶん殴った。
 中が虫でいっぱいな分軽いのか単純にポラリスが強すぎるのか、殴られた男は縦に回転しながら壁へと叩きつけられる。
 上下逆さまに叩きつけられた男の体からは、おびただしい数の虫が飛び出してきていた。
 自身目掛けて飛んでくるそのハエやら蛆虫やらを、ポラリスは大型ナイフで切り捨てていく。
 最低限の動きで翅を狙い、落ちたものは踏みつぶす。
 蛆虫に関しては張り付いて来ても相手にすらしていない。
 
 「生体反応ゼロ。 駆除完了で……」

 ポラリスの動きが止まる。
 センサーには性的感覚の上昇が示されており、それが示す通り、体の動きが鈍っている。
 
 「どうしたの? ポラリス」
  「体内で性的感覚の刺激が計測されまして、原因を調査中です」

 心拍数が上昇し汗が浮かび、体が疼き、思考能力が鈍る。 
 典型的な性的興奮状態だ。 
 原因になりそうなのはこの環境と虫たちだが、空気と水質に関してそのような成分は検出されていない。
 となると……。
 ポラリスは足元で潰れていたハエの死骸を拾い上げた。
 指先のセンサーをオンにして成分を分析する。
 すると、浴室に滴っていたあの生物と同じ成分が検出された。
 
 「アスカ、この虫たちは体内にあの共生生物を住まわせているようです。 寄生か共生かはわかりませんが、どちらにせよ体液に触れると危険です」
 「どうしてそんな事に? あいつらは母乳採取装置なんじゃ……」
 「原因は不明ですが、下水道という環境を考えると偶然の産物である可能性が高いです。 意図した変化であれば私はすでに快感に狂っている可能性が高いので」
 
 共生生物の媚毒は強力で、そんな便利な武器を捨てるはずがない。
 自ら股を開く女性を繁殖器とした方が捕獲も維持も楽だ。
 それが弱毒化しているという事は、寄生したものの相性が悪かったか、あるいは、主体が虫の方にあるからだろう。
 ポラリスはそう結論付けた。
 
 「とにかく虫には近付かず、体液には十分注意してください」
 「ポラリスは大丈夫なの?」

 あれだけの数の虫を駆除したポラリスは、全身いたる所に虫の体液がついている。
 粘り気を含んだ薄黄色の液体は見ただけで嫌悪感を覚える。
 それにあの生物の媚毒が含まれているのなら、ポラリスの体は今大変な事になっているのではないか。
 実際に経験した、アスカがゆえの心配だった。
 
 「大丈夫です、アンドロイドなので。 耐性は人間の数十倍です」

 涼しい顔を崩さずそう言ってのけ、空になった男の体を拾い上げる。
 
 「網膜は無理なので静脈ですね。 腕を借りましょう」

 そしてミリミリと、男の左腕をねじ切って盾へと提げた。
 
 ポラリスがアンドロイドだと理解している。
 しかし、これだけ綺麗な女性が虫を怖がらず、どんな残酷な事も冷徹にこなす姿に、アスカはどうしても違和感を覚えてしまう。
 ポラリスが本当の女性だったら、どんな性格だったんだろう。

 「アスカ、目的を達成したのにここに残るつもりですか?」
 「まさか、帰るに決まってるでしょ」
 
 後ろを振り返り進もうとしたアスカをポラリスが止める。
 
 「生体反応集合中。 すごいスピードで集まってますね、巣をやられた事による怒りでしょうか」
 「虫やアメーバが怒りなんて高尚なもん持ってるの?」
 「どうでしょうね」

 周辺数十メートルが赤い点に埋め尽くされ、ふたりは完全に包囲されていた。
 姿が見えず、羽音も聞こえない所から察するに、奴らは水中の細い管を移動して来ているのだろう。
 だとすればチャンスは今しかない。
 完全に水面から飛び出し囲まれる前に、ここを走り抜けて脱出する他ない。
 
 「ポラリス、最短ルートを!」
 「このまま北へ進み点検用通路へ入りましょう。 この腕があれば恐らく通行可能です」
 「恐らくって……確実な方法は?」
 「ありません。 下水道の扉はそれぞれが独立しておりネットワークと接続されていないので、物理的に壊れていたら行き止まりです」
 「もし行き止まりだったら?」
 「虫に犯されてよがる、新品の繁殖器の完成ですね」
 「最低」

 作戦会議が済み、ポラリスの先導で下水道をひた走る。
 曲がりくねる迷路のような道を進み、ようやく点検用通路入口へと辿り着いた。
 背後にはどこから現れたのか、虫の繁殖器へとなり果てた元人間が群がっている。
 更に聞こえて来る、身震いしたくなるような激しい羽音。
 ハエたちも殺到しているらしい。
  
 「ポラリス、開けられる?」
 「少しお待ちを」

 その小さなハッチを前にして、ポラリスは指から伸びた様々なケーブルを接続している。
 
 「早く!」
 「もう少しです」

 管内に肉の腐った腐臭と羽音が満ち、アスカの脳裏には一瞬、絶望がよぎる。
 アスカが先頭の男を蹴り飛ばした時、ようやくハッチが開いた。
 
 「ちょっと!」

 ポラリスはハッチへと素早く飛び込むとアスカを引き入れ、レールガンのトリガーを引く。
 キィィィィィィィンという甲高いコイルの加速音がした直後、装填された鉄杭が奴らを吹き飛ばしていた。
 残骸となって飛び散る死体の山に、その風圧だけで粉々になるハエたち。
 その威力は絶大で、黒い群れにぽっかりと穴が開き、遠くの壁には深々と鉄杭が食い込んでいた。
 それを確認し、ポラリスはハッチを閉じる。
 目の前の細く暗い通路には緑のランプが光り、黄色い液体が滴っていた。
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