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オカルトハンター渚編

第5話 脱出の糸口

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 ルカは急いでベッドに転がっていたスマホを拾い上げる。
 この着信音は電話によるもので、ルカにわざわざ電話をかけてくる人間なんてひとりしかいない。
 
 「お母さ……」

 緑のボタンを押して電話に出るも、向こうから聞こえて来るのはざーっというノイズだけ。
 時折、ハルカ、という自分を呼ぶ声と、不安でいっぱいの泣きそうな声が聞こえて来るだけだった。
 断片的すぎて何を言っているかはわからない。
 ただ、私を心配してかけてきてくれたんだろう。
 お母さんはいつも出来過ぎなタイミングでかけてくる。
 溢れそうな涙を堪えて、切られてしまったスマホの画面をじっと見る。
 向こうからかかってきたのなら、今なら別の誰かに電話がかけられるかもしれない。

 渚はそんなルカの様子を心配そうに見つめていた。
 電話を取った瞬間、嬉しそうな顔が落胆の色に染まったのを見逃さなかった。
 恐らく、繋がったが会話は出来なかったんだろう。
 お母さ、と、お母さんと言い切らずにやめてしまった事からもそれがわかる。
 繋がったと思った電話が意味の無い物で、それが信頼しているお母さんからの電話だったら。
 もしも私だったら、すぐその場で泣き出してしまうかも知れない。

 「あはは、ダメでした。 お母さんからだったんですけど何を言っているか……ってちょっと」

 渚は画面の消えたスマホを片手に笑顔を浮かべているルカを、正面から抱きしめた。
 ルカは強いから、私が悲しまないように笑顔を浮かべたんだろう。
 その強さと優しさを、少しでも褒めてあげたくて。
 腕の中で小さく嗚咽を漏らす姿に気付かないふりをして、震えるその頭を優しく撫でた。

 ルカは渚のその優しさに、堪えて来たものが全て噴き出してしまいそうだった。
 突然の赤い夜が怖くない訳が無い。
 人を犯す幽霊が怖くない訳が無い。
 帰る方法もわからず、いつまで続くかわからないこの状況が不安じゃない訳が無い。
 その全てを偽って、平気な自分を演じる事で渚に必要とされたかった。
 怖がりな渚は強いルカの事を必要としてくれるはず。
 計算の上で作り上げた、仮初めのルカ。
 そのルカを抱きしめて、弱い姿に見て見ぬふりをしてくれる。
 それがルカには嬉しくてたまらなかった。
 
 「……私、本当はハルカっていうんです、遥か彼方の遥。 私はそんなすごいものじゃないから、今はルカ。 がっかりしました?」
 「ううん、全然。 良いじゃん、ルカ。 今っぽくてかっこいいし」
 
 渚の体に抱き着いて、腰に手を回す。
 あーくそ、やっぱり私より全然スタイルが良いな渚さんは。
 悔しいから少しお尻を揉んでやろう。

 「ちょっとルカ!」
 「急に抱き着いて来た渚さんが悪いんです。 あんまり私を誘惑すると次は指が入っちゃうかも知れませんよ?」
 
 恥ずかしそうにお尻を守りながら後ずさった渚に、ずらしたマスクからべっ、と舌を出し、ふざけてみせるルカ。
 長い舌の先についたピアスはきらりと妖しく光っていた。
 
 
 「スマホ、繋がるみたいです」
 
 ルカは同じオフ会参加者へと電話をかけながらそう話した。
 呼び出し音が止まり、電話の向こうから微かにだが音が聞こえて来る。
 ど、る、こ、た、る。
 聞こえて来る言葉の断片から意味を推測する事は出来ない。
 
 「そっちは大丈夫? 今ホテルに居るんだけど」

 聞こえていた声が止まる。
 少しして、聞こえて来る断片の数が増えた。
 向こうも聞こえてはいるようだ。
 ただ、どれだけ聞こえているかはわからない。

 「か、く、り、よ、む、ら、で、か、た、お、し、え、て!」

 幽世村、出方教えて。
 ルカは大きな声でゆっくりと、その一文を繰り返す。
 しばらくすると電話は切れてしまった。
 オフ会主催の行雄君。
 この界隈じゃけっこう名が知られているし、何かわかれば連絡をくれるかもしれない。 
 僅かな期待を抱きながら、ルカは次の相手に電話をかけた。

 渚はスマホの配信アプリから配信を開始していた。
 『幽世村内から配信中 有識者求む!』
 このタイトルで配信していれば何かしらコメントが残るかも知れない。
 カメラのレンズを自分の方へ向け、スマホへと映像を飛ばす。
 視聴者数30人。
 どうやら繋がってはいるようだ。
 
 「声聞こえますか? 聞こえていたらコメントお願いします」

 女の子?
 聞こえてるよー
 映像も音声もちょっとガビガビかな?
 ホテル内配信? エロっ

 渚の発言に反応するかのようにコメントが増える。
 これならいけそうだ。
 渚は手ごたえを感じ、配信を続ける。

 「今私たちは幽世村に居ます。 見てくださいこの空」

 カーテンを開き、赤い夜を画面に映す。

 なにこれ合成?
 こわっ
 やばいじゃんマジかよ

 いくつもの感想が流れていくが、深刻に受け止めているような物は少ない。
 やはり状況が異常すぎて、本当の出来事だと思われていないようだ。
 
 「ここから出る方法を探しています。 何か知っている人が居たらぜひ情報を下さい」

 幽世村って聞いた事はあるんだけどなー
 壊れた地蔵がポイントなんだっけ?
 八尺様かよ
 
 いくつかコメントを見るも有力そうな情報は無い。
 そんな中、『自分を見つめ直せ、身を清めろ、思い出を辿れ』
 というコメントが目についた。
 ユーザー名には全角のスペースが一つだけ入れられている。
 
 「えっと、名前が空欄の人、スペースさんで良い? スペースさんその意味って」

 と、突然配信がオフラインになってしまった。
 スマホで配信画面が確認できるもののコメントは動かない。
 視聴者数53人。
 その画面のまま固まってしまった。
 カメラを閉じ、配信アプリを切る。
 自分を見つめ直せ、身を清めろ、思い出を辿れ。
 渚はスペースさんの書いたこのコメントがどうしても引っかかっていた。
 
 「ルカ、そっちは?」
 「全然ダメです、メッセージも返信ゼロ」

 ベッドの上に仰向けで寝転がって足をバタバタとさせ、ルカは不満げな顔をする。
 はだけた浴衣から白い肌と形の良い乳房、その先端の桜色の乳首が顔を覗かせる。
 綺麗に手入れされた剃り残し一つないあそこも、その入り口が隙間から見えてしまいそうだ。
 その光景に、渚はルカへと近づいて浴衣の前を閉じた。
 
 「あのさ、人の事言える?」
 「あー、完全に油断してました。 次からは気をつけます」
 
 ベッドの上でぺたんと座り込むと、ルカは慌てて帯を締め直す。
 覆いかぶさるようにして、真剣な目で浴衣に手を伸ばされた時はどうしようかと思った。
 渚さんの綺麗な黒い瞳が近づいて、足の間に膝が置かれた時には思わず体の奥がきゅんとしてしまった。
 あの細く美しい手が私の肌に触れて、また優しく撫でてくれたなら。
 そんな妄想と一緒に熱を持ち始める自分の体を浴衣と一緒に締め直し、私はなんとか平静を装った。
 これがどんな感情なのかはわからない。
 少なくとも渚さんは女の私から見てもかっこいい女性で、とても優しい人ってだけだ。
 
 渚の頭にはルカの細く白い肢体が焼き付いていた。
 女の子らしい、小さくて白くて細くて、でも丸みはしっかりと帯びていて、可愛らしい体。
 身長にコンプレックスがある渚にとっては理想の体だ。
 抱き心地も良くて、あの温かい体温を感じながら寝られたらどれだけ幸せだろう。
 自然と湧き出たそんな考えを、渚は頭を振って掻き消した。
 会ってまだ数時間の相手にそんな事を考えるなんて。
 今まで経験した事の無いその熱に、渚は戸惑っていた。
 ルカはかっこよくて可愛くて、強いけど弱いところもあって守ってあげたくなる。
 そんな存在で、大事な仲間。
 そう再確認をした渚は、自身も強く浴衣の帯を締め直した。

 とにかく、まずはスペースさんの言う言葉の意味を理解するのが重要な気がする。
 
 「自分を見つめ直せ、身を清めろ、思い出を辿れ。 ってどういう意味だと思う?」
 「なんですかそれ、自己啓発?」

 不思議そうな顔をするルカだったが、真剣な顔で考え込んでしまう。
 少しして、

 「今の私たちの状況とは一致してますね。 ヒントにはなりそうですけど抽象的すぎて……」
 
 とベッドの上で胡坐をかいて首を傾げ始めた。
 
 「ルカ、ここに何か思い出はある?」

 渚はその隣に座り、ルカと一緒に考え始めた。
 
 「思い出って、初めて来る場所に思い出なんか無いですよ」
 「まぁそうだよね。 私の方も……」

 と、急にバス停の映像が頭に浮かんだ。
 中学校から少し離れた所にある、田舎道にぽつんと置かれた錆びれたバス停で、一時間に2本くらいの、学生以外はほとんど使わないようなそんなバス停。
 突然浮かんだその光景が頭から離れない。

 「バス停。 中学校に通う時に使ってた」
 「渚さん、この村出身なんです?」
 
 ルカが驚いた顔で渚の方を見る。

 「ううん、別の村だけど、ここくらい寂れてたかな」

 あの頃の記憶は、渚にはほとんどない。
 毎日を学校と家の往復に費やして、ただ空しく青春を浪費していたような。
 ただ、その頃を思い出そうとするとひどく頭が痛む。

 「大丈夫ですか?」

 苦痛に顔を歪ませる渚を、ルカは心配して肩に手を置いた。
 すると突然、渚が言うバス停の姿が頭に飛び込んでくる。
 見た事ないはずのバス停はくっきりとその姿を現し、ルカの脳に深く刻み込まれていく。

 「渚さん、そのバス停探しましょう」
 「え、でもここじゃない別の村で」
 「私の霊感がそうしろって言うんです」

 真剣な顔をしたルカは、渚の両肩を抱いてそう言った。
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