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第1章 宵闇の冒険者

Epilog スタートライン

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 ……まぶたの向こうから光が差し込んでくる。だけどからだが重い。特に胸のあたりがずっしりとする。
 ああ、そういえば最後にデュラハンの大剣で真っ二つにされたからな、俺の身体……。そのせいで重く感じるんだろう。
 いや、もしかして後遺症でも残ってないだろうな。やたらと胸が苦しいんだが。

 まぶたを開ける。
 ああ、見慣れた“妖精のとまり樹亭”の屋根裏の天井だ。
 視線を下に落とすと胸に見えるのは、ハシバミ色の髪。
 なんだ、ユエちゃんが乗っかっていたのか……。

 あのとき、俺はいったん死亡したはず。リスポーン地点はいじってないから開拓使庁舎の安置所のはずだったんだけどなぁ。
 何で俺はここで寝てるんだ? しかもユエちゃんを上に乗っけて……。

「……う、……うん」

 ベッドの横で椅子に座り、俺の胸にうずくまるようにしていて寝てたユエちゃんが身じろぐ。
 ふぅむ。彼女が起きないよう静かにしているか……。幸い考えることならたくさんあるからなぁ。

「……うにゅぃ」

 そんな俺の思いもむなしく、ユエちゃんのまぶたがゆっくりと開く。

「!」

 あわてて、つい目を閉じてしまった。

「……あれ、お兄ちゃん気がついた? でも寝てる? う~ん」

 再び胸に重みがかかる。二度寝に入ったのだろうか。
 様子をうかがうため、そおっと薄目を開く。

「あーー、やっぱり起きてるー!」

 しまった、また目が合ってしまった。
 ユエちゃんはこちらをうかがうため、横になって俺の胸にのっていたらしい。
 これが孔明の罠か!

「もーー、起きたなら起きたっていってよ、心配したんだから。もー、もーーー」

 ユエちゃんは牛みたいにモーモーいいながら、胸をぽかぽかとたたいてくる。
 その様子がなんだかちょっとおかしくて、くすりと笑ってしまった。

「もー、何笑ってるの。怒っちゃうんだからー」
「あはは、ごめんごめん」

 ユエちゃんの頭をなでた。
 相変わらずもーもーとユエちゃんは言っている。
 ユエちゃんには悪いが、ちょっと笑ったおかげで、戻ってきたっていう実感がわいた。

「んもーー」

 ユエちゃんが頬を膨らませながら立ち上がった。

「ごめんってば」

 再度謝る俺に対し、ユエちゃんは笑いかける。

「…………ううん、いいの。お兄ちゃん元気になったし。おとーさんとおかーさん呼んでくるね」

 扉を開け部屋から出て行く。

「心配かけちゃダメなんだからね。もー」

 あはは、まだ言ってる。


 ユエちゃんが出て行き一人になった部屋で考える。
 さっき彼女はお父さんとお母さんを呼んでくるっていってたよな。

 …………よかった。助けられたんだ。

 思わず腕をいだく。あたたかい。
 腕を握る手のひらから、今度は逃げなかったんだという実感が、じんわりと全身に広がる。

 …………本当によかった。

 ほぉと息をつく俺の視界の端でアイコンが瞬いている。
 確認すると、【クエストクリア報酬を確認してください】とある。
 ああ、そういえば、おっちゃんを助けにいったのってクエストだったんだよな。
 報酬を確認って事は、クエストは成功した。つまりおっちゃん達は無事に戻ってこれたって事が、この事からも確認できる。よかった……。

 ひとしきり喜びを噛みしめたのち、報酬を確認することにした。
 ユエちゃんがおっちゃん達を呼びに行っている間に見ておきたいしな。

 ふむふむ……、ユニーククラスの解放か。
 クラス名は《ツクモヅキ》。デュラハン戦で使用していたクラスだな。《ウェポンマスター》からの転職になるのか。この転職はどこでもできる形なのね。
 ああ、ただし一度転職するとすぐには元に戻せないのか。しかも単純な派生職じゃないから取得できるスキルが大幅に変わる、と。
 でもなあ、転職しない手はないんだよな。なにせ《ツクモヅキ》は待望の戦闘職だ。
 あ、いやまて。《ツクモヅキ》のつくもって付喪神のことじゃないよな。 もしそうだとしたら武器が限定されるんじゃないか? 例えばあの剣と銃しか装備できないとか……。
 ……ちょっと保留しておこうか。おっちゃんにあの剣と銃のことを相談してからでも遅くはないだろう。あの二つは借り物だからな。

 クエスト報酬はこれだけか……。
 思うに突然発生したあのクエストは、このユニーククラスを手に入れるための物だったんだろう。
 とはいえ、クエストがあろうがなかろうがおっちゃん達はテスキヨ湿原に行っただに違いない。もともと期日が切られた形で開拓使にクエストが出ていたわけだしな。
 クエストが発生したおかげで俺がそれに介入できたわけだ。これは望外の幸運だよなぁ。

 おっと。クエスト報酬以外にもアイテムが入っているぞ。
 ごそごそとポーチを探る。増えていたのは[ランダムボックス:金]というアイテムと[テスキヨ湿原の鍵]という物だ。
[ランダムボックス]はわかるんだよなぁ。ようは使えば何かしらのアイテムがランダムに手に入るのだろう。リアルラックの低い俺にとっては微妙な物だけどな。
 ただもう一つの方、[テスキヨ湿原の鍵]がわからない。これって、あのデュラハンのドロップ品なんだろうか。いやでも、俺あいつから剥ぎ取りできなかったしなぁ。
 まあ、アイテムの説明を見ればわかるか……。


 ―――――――――――――――――――――
 テスキヨ湿原の鍵


 テスキヨ湿原のエリア解放の証。
 詳細不明。現在は使用不可。

 ―――――――――――――――――――――


 エリア解放の証、だと?
 もしかしてあのデュラハン、テスキヨ湿原のエリアボスだったとでもいうのか?
 俺よく勝てたな……。いやまあ、ほぼほぼクエストの後押しとあの二人のおかげだろうけど……。
 ただこれ、現在は使用不可ってなってるんだよな。一体何なんだろうな……。

 こういうときはフジノキだな早速連絡をって、うおっ。……不在通知がいっぱいある。

 なになに? ああこれはカネティスからか。
 夜連絡しようとしたらとれなくなっていた。安置所にリスポーンした体がいつの間にかどこかに運ばれている、等々。

 ……ったく、心配性だな。カネティスにはとりあえず無事って事と妖精のとまり樹亭にいることを伝えておけば良いだろうか……。
 後フジノキにはエリア解放と鍵の件を聞いておくとしよう。
 とりあえず今できるのはこんな所だろうか……。

「う、う~~ん」

 ぐっとのびをした。パキリと関節がなるが、どうやらそれだけだ。多分後遺症はないだろう。ステータスは半減しているが時間限定のものだ。

「お、大丈夫そうじゃねぇか」

 ノックの音とともにおっちゃんが部屋に入ってきた。
 ソレイユさんとユエちゃんも一緒だ。
 ベッドから下りようとするが、おっちゃんに止められてしまう。

「いい、いい。そのまま横になって、これでも食べてろ」

 おっちゃんの持ってきた盆の上にはどんぶりが、中にはとろりとした黄金色のかゆが入っていた。
 真ん中の三つ葉の青も鮮やかなたまご粥だ。
 うまそうだ。思わずおなかがぐぅとなる。

「あー。おにーちゃん、おなかなったー」

 ユエちゃんに気づかれた。
 でもまあ、おいしそうだから仕方ないじゃないか。
 ごまかすように苦笑して、お膳を受け取った。

「それじゃあ、いただきます」

 箸をとり早速食べ……、おっちゃんの視線が気になるな。
 何か言いたいことがあるのか、むすっとして腕を組んでいる。

「もう、お父さん。お礼を言うんじゃなかったんです?」

 ソレイユさんがたしなめるように言った。

「お、おう。いやコダマが飯を食ってから言うつもりだったんだよ」

 心なしかおっちゃんの声はうわずっている。

「そんなこと言って、急に恥ずかしくなったんでしょう。だいたいそんなに見てたらコダマ君だってご飯が食べづらいでしょうに、ねぇ」
「は、はあ」

 ソレイユさんに水を向けられ、ついうなずいてしまう。
 それを見て、おっちゃんはガリガリと頭をかいた。

「あーもう、わかったよ。コダマ、お前のおかげで俺たち三人の命が助かった。ありがとう、この通りだ」

 おっちゃんが深く頭を下げてきた。

「え!? いや俺は……」

 言いよどむ俺に待ったをかけ、おっちゃんは続ける。

「飯食いながらでいい、聞いてくれ。コダマが来なかったら俺たちの命はなかった。それは明らかだ。ユエだって命は助かっても自由のない生活が待っていた。それを救ってくれたのはお前なんだ、ありがとう……」

 ……そうか、俺やったんだな。
 二人を助けるって約束を守れたんだな。笑顔を守れたんだな……。
 さっき感じてた思いが、おっちゃんの言葉で胸にストンと落ちてくる。
 自然と涙がこぼれてきた。

「あほう、お前が泣いてどうするんだよ」

 そういうおっちゃんこそ目尻に涙が浮かんでる。

「んひひ、お父さんも泣いてる。もー、こんな時は笑わなきゃダメなんだよ」

 ユエちゃんも泣き笑いだ。
 はは、そうだよな。そうなんだよ。これを見たかったんだ……。
 みんなの笑顔が、ゆげの向こうににじんで見えた。





 ひとしきり泣いて笑って、おかゆを食べ終わったところでおっちゃんが、さてと切り出す。

「まずはこいつをコダマに渡さねぇとな」

 ゴトリと机に置かれたのは剣と銃。レントゥスとフォルティスだ。

「助けてもらった礼ってわけじゃないが受け取ってくれ」

 正直ありがたい……。俺が《ツクモヅキ》を十全に扱うには、多分彼らが必要だからだ。
 ただ、これはおっちゃんの祖父の形見だったはず。簡単に受け取っていいものだろうか。
 そんな思いが表情に表れていたのだろうか、おっちゃんが言った。

「難しく考えるな。なんなら開拓使に出してたデュラハン退治の報酬とでも思っておけば良い。それに、こいつらだって飾られてるよりコダマに使われる方が良いだろ」
「わかりました。ありがとうございます」

 おっちゃんから二人を受け取る。クラスも《ツクモヅキ》に転職させる。
 そのとたん、頭にフォルティスの声が響いた。

『はっ。再会したと思ったら、最初に見るのが泣き顔とはね。戦ってるときはちったあましだと思ったんだが……。やれやれ、軟弱な坊やに逆戻りかい?』
『そう言ってやるな、フォルティス。確かに私としても、再会の印に、協力した我々に礼の一つでもあった方が良いとは思うがね』

 細剣レントゥスと二人で、頭の中で好き勝手言い始める。

「うるさいなぁ」

 つい声に出してぼやいてしまう。

「なに? どうしたの、おにーちゃん。ごめんね、うるさかった?」

 俺のぼやきに反応して、ユエちゃんが謝ってきた。

「あ、いや。違うんだユエちゃん。こいつらがいきなりしゃべってきたからうるさくって……」

「え!? おにーちゃん、このこ達とお話しできるの? すごーーい」

 ユエちゃんは両手をぶんぶんと振って驚きの声を上げた。
 レントゥスとフォルティスの二人を相手にこのこ扱いかぁ……。やっぱり将来は大物になるな、ユエちゃん。

『ふむ……。なかなかに見所のあるレディだ。この少女の笑顔のために戦ったのであれば、紳士としてとりあえずの合格点をやろう』
『あーもう、うるさいな。ちょっと黙っててくれ』
『くっくっく。仰せのままに……』

 レントゥスとの会話を無理矢理打ち切った。

「驚いたな……。そいつらと会話ができるのか。爺さんと同じだな。それならますますその武器をもらってもらわないといけねえな」

 おっちゃんは髭をごりごりとしごく。
 そうして後はと言いながら、さらに台の上にゴトリと物を取り出した。
 黒い金属の塊と、禍々しい形をした大剣だ。

「残りはこいつらだな。あの後デュラハンから剥ぎ取ったもんだ。俺らが持っててもしょうが無いし、コダマが持ってろ」
「いいんですか?」
「いい、いい。あっても邪魔なだけだ。俺には愛用の武器があるからな。それにお前は現役のエインヘリヤルなんだ。交渉材料に使うなり、売っぱらうなり好きにするといい」

 ありがとうございますと礼を言いながら、二つのドロップ品を見る。
 大剣は、あのデュラハンの装備してた物だよな。すごく強そうだけど、見るからに禍々しいな。あまり装備したいとは思えない。

『ハッ。アタシはそんな奴認められないからね』
『同意だね』
『……わかってるよ』

 騒ぎ出した二人をあしらいながら、大剣をポーチに入れた。
 もう一つの黒い金属は……、[魔化鋼]か。多分素材か何かだろう。とりあえずポーチに入れておいて、後で詳しい奴に聞くとしよう。フジノキとかトライゾン案件だな。
 そうだ、俺の方も手に入った物をおっちゃんに見せてみるか。おっちゃんなら何かわかるかもしれないしな。 

「そういえば、俺もこういった物が手に入りまして……」

 取り出したのは[ランダムボックス:金]と[テスキヨ湿原の鍵]だ。

「お、そいつは[ランダムボックス]じゃあねぇか。開けてみな、運がよければお宝が手に入るぜ。しかも金なら期待値高めだ。こっちの鍵は……。ふぅむ、よくわからんな」

 おっちゃんは鍵を見てひげをしごく。どうやら鍵の方については心当たりはないようだ。
 だが、[ランダムボックス:金]については予想通りだな。
 とは言えリアルラックに不安がある俺ではなぁ。いくら期待値高めとはいえ、下振れを引いてしまっては意味が無い。
 ――そうだ!

「ユエちゃん、これ開けてみない?」

 ユエちゃんを手招きして、ボックスを手渡す。
 彼女は、いいの? と俺とおっちゃんを交互に見た。

「おっちゃん、危ない物が出るって事は無いですよね」
「お、おう……。そりゃ大丈夫だが……。そいつからは獣魔の類が出ることもある。そいつらは開けた奴になつくんだ。お前にとっては損になるぞ」

 獣魔か……。確かにちょっと前まではいて欲しかった。でも今の俺にはレントゥスとフォルティスがいる。それにこいつもまだ孵ってないからな……。
 腰の卵をなでる。
 まあ、そもそもの話……。

「それならそれでいいですよ。どうせ俺が開けてもいいもの出ませんから……」

 俺は肩をすくめた。
 そうしてユエちゃんを促すと、彼女は戸惑ってはいたがうなずいてくれた。

「わかったよ、おにーちゃん。それじゃあ良いのを出すね」

 ユエちゃんは、ふんすと気合いを入れ――、

「とぉおおぉ!」

 妙なかけ声と共にボックスを開いた。
 そこからは…………、こぶし大の大きな木のみがごろりと転がり出てきた。
 木の実といっても、すぐに食べられる感じの実じゃない。見た目はゴツゴツとしていてとても堅そうだ。

「おっちゃん、これって食べられます?」

 食い物――違うかもしれないが――についてならおっちゃんだ。そう思って聞いてみるが、おっちゃんはあんぐりと口を開けている。

「…………こいつは」
「さすがにおっちゃんでも、こんなのは料理できないかー。いや、それとも滅多にない貴重な食べ物なんですか?」

 ……、しばらく待ってもおっちゃんが答えようとしない。
 仕方が無いので、その実をポーチにしまおうとすると、おっちゃんが再起動した。

「おいおい、そんな適当に扱うもんじゃねえよ。こいつは妖精樹の実だぜ。食えば万病快癒、延年転寿の品だ」

 妖精樹っていうと、この店に絡まるように立ってる樹のことだよな。
 確かおっちゃん達が苗木を手に入れたんだっけか。

「あー、いや待てよ。実から育てるには人が手を入れたらダメだったか? 確か純粋な物の手でどうとか……」

 何やらおっちゃんはブツブツと言い始めた。
 ユエちゃんがこちらを不安そうに見ている。何かマズい物でも出しちゃったのかと勘違いしたか?
 俺はユエちゃんの頭をなでる。

「ありがとね、ユエちゃん。これ、おっちゃんが困るくらいには貴重な物みたいだ。大切にするね」
「んひひ。よかった、おにーちゃん」

 笑顔を見せたユエちゃんの頭をさらになでてから、実をポーチに放り込んだ。
 貴重な物なのはわかったが、正直どうしていいものかわからない。

「そんな無造作に扱う物じゃねえんだが……。まあ、本国ならともかくこっちに出張ってきてる奴らがどうこうできる物でもねぇからなぁ」

 おっちゃんは頭をかきながらぼやいた。
 そんなおっちゃんにソレイユさんが話しかける。

「お父さん、もう一つ渡す物があるんでしょう?」
「いかんいかん。そうだったな」

 ソレイユさんの言葉に、おっちゃんは居住まいを正した。

「最後にお前にやるものがある。……この“妖精のとまり樹亭”だ」
「…………はぁ?」

 思わず変な声を上げてしまった。だがおっちゃんはかまわず続ける。

「正確に言うとコダマとユエ、二人のものだな。さすがにネームドのデュラハン相手に戦うと十中八九死んでしまうと思ってな。権利をお前ら二人に委譲しておいた」

 おっちゃんの言葉に呆然としてしまう。
 対して、そばにいるユエちゃんはむくれ顔を見せた。

「もーー。死ぬとか行っちゃダメなの、もーー」

 ああ、せっかく笑顔だったのに牛に逆戻りだ。
 おっちゃんをぽかぽかとたたいている。

「わかった、わかったからユエ。ちょっと母さんのところへ行ってな」
「はいはい、ユエはこっちに来なさい……」

 ソレイユさんがユエちゃんを優しく抱きしめる。
 ユエちゃんはまだもーもー言っているようだ。

「ま、そんなわけでだ。この店はお前らのもんだから。好きにするといい。お前ももう宿舎の利用ができるはずだから、別に売っちまったってかまわねぇぜ。俺らは店がなくても生活には困らねぇ。何なら次の船で本国に帰っても良いんだしな。まあ、そん時はユエも一緒に帰るから、文字通りお前の好きにして良いさ」
「いやいや。何を言ってるんだおっちゃん。せっかくお客もついてきたところだったのに」

 おっちゃんはポリポリと鼻をかきながら俺に答える。

「いや、まさかお前らが客を集めるとはな。予想外だったわ。店はこの大陸に来るためのカモフラージュみたいなものだったからな」

 ……と言うことは最初から死を覚悟していたって事か。
 おっちゃんは続ける。

「まぁ、店を続けるって言うんならそれでもいい。飯つくるのは好きだからな。何なら他になんかやるってのもいい。あっと、ただ権利を元に戻すのだけは無しな。今回権利関係で結構無理を通したからな。次は無理だろうな」

 さて、どうする? とおっちゃんが言ってきた。
 そりゃもちろんおっちゃんには店を続けて欲しいんだけど……。なんかしゃくに障るというか。思い通りにしたくないって思いが頭をよぎる。
 …………どうしようか。
 ……そうだな、こんなのはどうだろう。

「もちろんおっちゃんに店を続けてほしいです」
「そうか……」

 俺の答えにおっちゃんは笑顔を見せる。なんだかんだで店を続けたいんだろう。そういや手紙にも夢だったって書いてたしな。
 でも、それだけじゃすませないぞ。
 ニヤリと笑う。

「ただ……、一つお願いというかやって欲しいことがあるんです」
「……なんだ?」

 おっちゃんはいぶかしげな顔を見せた。

「いやなに、簡単なことです。今、俺宛にいろんな依頼が来てますよね。これからは本格的に冒険しようと思うんで、全部は受けられないと思うんです。ですからその依頼を、俺以外の人に割り振る仕事をやってもらえないかなぁと」

 ようは、お使いクエスト限定で冒険者の店をやってもらえないかということだ。
 需要はあると思うんだよな。実際トライゾンもかなり興味を示してたからな。つてがないからって諦めていたけど……。
 それにクエスト――戦乙女の啓示だったか?――である以上、受けた側もむげにできないと思うし。
 悪くは無いと思う……。

「うーむ」

 おっちゃんは顎に手を当て考え込んでいる。

「もちろんユエちゃんも賛成してくれたら、ですけど。……かまわない?」

 ユエちゃんは大きく頷いた。

「みんなにもおにーちゃんのお手伝いをしてもらうの? さんせーい。ね、おとーさんもいいでしょ?」

 さっきまでもーもー言ってたのに、一転笑顔になってくれた。

「いや、しかしなぁ……」

 言いよどむおっちゃんに、ソレイユさんが語りかける。

「あなたの負けですよ。それに、何でもするって言ったんですから……。私も手伝いますから、ね?」

 その言葉に背を押されたのか、おっちゃんは首を縦に振った。

「わかった。……わかった、やってやるよ」

 おっちゃんが差し出してきた手を握り返す。
 契約成立だ。

 その時、リンと音が鳴った。見るとフジノキからメッセージが届いている。

『みんなで店まで来たんだけど閉まってるよ。もし大丈夫なら開けてほしいな』

 なんだ、わざわざ会いに来てくれたのか。

「おっちゃん。もしかして今店閉めてます?」
「ん? ああ、店の権利を譲った手前、勝手に開けるわけにもいかんかったからな」

 律儀な人だなぁ。もし俺が今日起きなかったら休みにしてたんだろうか……。
 そうだな。ホントに店を手放す気だったから、それも当然と思ってたんだろう。
 いや、そんなことよりも呼んできてもらわないと。今はデスペナルティのせいなのか、うまく動けないからなぁ。

「……えっと、友達がきてるみたいなんで、よかったら通してあげてくれませんか?」
「なるほど、ちょくちょく飯食いに来てたあいつらがきてるのか。ちょっと待ってな」

 おっちゃんは階下へと向かう――。
 ――途中、扉を開けたところでこちらを振り向いた。

「あ、そうだコダマ。もういい加減その気色悪い敬語をやめろ。似合ってねぇし、何よりもう……、家族みたいなもんだろうが」

 そう言い捨てて、足早に階段を下りていった。

「………………」
「あーー。おにーちゃん、かおまっ赤ーー」

 ユエちゃんが指をさしてくる。でも仕方ないじゃないか、恥ずかしいに決まっている。
 それにどうせおっちゃんのかおもまっ赤になっているに違いない。

 そんな俺たちを見て、ソレイユさんが微笑んだ。

 階下のドアが開いたからだろうか。わいわいとした声が聞こえてきた。
 あはは、キツネさんの声はよく通るな。カネティスも常にはあわず、大きな声を出しているようだ。
 後は、薬屋のお姉さんもいるみたいだ。あの人には感謝だな。ポーションがなかったらデュラハンには勝てなかったと思う。
 おっと、この野太い声は服屋のオネエか……。やばいなぁ。ちらりと机の上を見る。そこにはボロボロになった服がたたんである。
 あれのおかげで助かった反面、多分もう修復のしようが無いよなぁ、あれ……。

 そんな面々が階段を上ってきている。なんか結構な人数になってる気がするぞ。
 でも、それだけの人が俺を看に来てくれるって言うのはとても嬉しい。

 ……この世界に来て、最初はどうしようかと思ったけど。いろんな人に会って、教えを受けて、そのおかげで今ここにいれる。
 多分、今がようやくスタートラインになんだろう。
 他の人たちと比べてずいぶんと遅れたスタートだ。でもその代わりこんなみんなに笑ってもらえる。
 それってすごく幸せなことなんじゃないかって、そう思った。

 ああ、俺の冒険はここから始まるんだ。
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