神と遊戯の勇者と魔王

もりもり

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第七話 吸血鬼

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ーー気付けば空を見上げていた。

 この空間を常に覆う、満天の星空。
 夜であるにも関わらず、星々の輝きが絶え間無く庭園を照らし続けている。

 ……ずっとこうしていたいなぁ。
 不意にそんなことを思った。

 暑くもなく、寒くもない適度な気温。
 空気がとても澄んでいて、青い薔薇の、ほんのり甘い匂いが漂う。
 見上げればほら、視界いっぱいに広がる靴底が……。

「あぶねぇ!」

 反射的に飛び起きた。
 ズドンという音を立てて、さっきまで俺の顔があった場所に、深い靴の踏み跡が刻まれた。

「早く起きろ」
「意識確認で顔を潰そうとするのやめてくれませんかねぇ!」

 ツッコミを入れながら顔を上げると、ルシウスが真冬のように冷えた眼差しを俺に向けていた。

「顔を潰されようが、身体が千切れようが、真祖の眷属であればすぐに再生するから問題無い。それよりも稽古の続きだ。早く私に一撃を入れてみろ」

 ルシウスは再び構える。
 ルシウスに一撃を入れれば稽古は終わり。
 そう言って始まり、意気揚々と挑んだ俺は、ルシウスを侮っていたことを直ぐに思い知った。

 正面からの戦闘が苦手だと言っても、隊長オークの時のように、意表を突いた奇策をいくつか持っていたからだ。
 しかし、それらの奇策は全て真正面から潰され、策へのダメ出しと共に殺される。
 そんな調子で半年以上続く稽古。

 吸血鬼の不死性を得ている為、頭や心臓を潰されようと復活できるが、ここにくる前まで普通の人間だった俺とっては地獄だった。
 一生のうちに一回味わうかどうかといった痛みを、当たり前のように毎日毎日受け続けるのだ。

『痛みには慣れておけ。不死性を得た者には必ずつきまとうものだ』
『今持っている策が最適だと思うな。常に次を考えて動け』
『戦闘に根性論なぞ論外だ。自分に出来ること、出来ないことの線引きはしっかりしておけ』

 ユリウスは俺を殺した後、再生を待ってから俺に送る指摘は的確だ。
 しかし答えは言わず、俺に何が足りないか、今の行動の何がいけなかったのかを考えさせる。

 指摘を受け、考え、挑んで、殺される。
 この吸血鬼としての身体には慣れてきたが、強くなったかと訊かれると、正直自信がない。

 外の世界との接点が無い為、判断基準がルシウスしかいないのだ。
 実は全く、アリスの眷属として成長できていないんじゃないかと思う時もある。

 ……やめよう。
 ネガティブなことばかり考えてると、何事もうまくいかなくなるものだって俺知ってる!
 というわけで、ちょっとした現実逃避はこのくらいにしておこう。

「いくぞクソジジイ!」

 今日も俺は殺された。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「お疲れみたいね」

 稽古や屋敷の掃除が終わり、今や日課となった書庫での読書。
 アリスは部屋に入ってくるやいなや俺の正面の椅子に腰掛けた。

「そりゃ、あんだけ毎日殺されてたらな」
「あら、毎回殺させているのにはちゃんと理由があるのよ」
「知ってる」

 俺の言葉が意外だったのか、アリスがへぇ~と微笑む。
 彼女は元々、あまり笑わないそうだが、時折見せるその笑顔は、思わずドキッとしてしまうほど美しい。
 ほんと、綺麗な顔してんだからもっと笑えばいいのに。

「死んだ時ってより身体が損傷した時だな。周囲の魔力を使って身体が再生されていく感覚がはっきりとわかる」
「それで?」
「その感覚が、魔法の遠隔操作に似てるんだ」

 そう言って、俺は目の前に小さな水の塊を生み出した。
 そしてアリスと俺の間をユラユラと移動させる。
 魔法の遠隔操作。

 アリスと出会ったあの洞窟で、隊長オークにとどめを刺したのがそれだ。
 魔力は使用者の身体から離れれば、急速に霧散してしまう。

 その為、あの時隊長オークに飲ませた水には、大量の魔力を注ぎ込んだ。
 そうでもしないと、込めた魔力が直ぐに霧散してしまい、魔法が発動しなくなってしまうからだ。

 魔法の遠隔操作は便利だが、それだけ多くの魔力を消費する。
 それは人族だけではなく、魔法を使う者全てに当てはまることだと思っていたのだが、吸血鬼に限っては違うらしい。

 俺はユラユラと宙に浮く水の塊を凍らせた。
 綺麗な球体となった氷は、コトリとアリスの前に落ち、俺の指の指示に合わせるようにテーブルを転がる。

「上手いものね」
「自分の身体から離れた魔力を、霧散しないように留める。新しい形を形成する。あれだけ殺されてたら流石に慣れるよ。自分の身体でそれが行われてるんだからな」

 それも再生中は無意識でだ。
 アリスの眷属となる前だったら、どうやっても数秒で体外の魔力は霧散していた。
 詰まる所、吸血鬼は魔族の中でも……いや、人族よりも魔力操作に優れている種族なのだろう。
 だからだろうか、人間だった頃に比べ遠隔操作時の魔力消費がかなり少なくなった。

「なら、何故ルシウスとの稽古で使わないのかしら? それを使えばもっといろんなことができたでしょう」
「付け焼刃であの爺さんに一撃入れれると思ってないよ。それに、なんか前より魔力を使うと違和感があってな。稽古で使うのはそれに慣れてからかな」
「違和感?」

 アリスは少し考えるそぶりを見せた後、あぁと納得したように立ち上がった。

「え、ちょ、何?」

 立ち上がったアリスは、俺の前に来たと思ったら、俺の顔の頬を両手で包みこんだ。
 ……いや、違うなこれ。
 がっつり顔をホールドされてるわ。
 ピクリとも動かせないんだけど、顔近いし、怖!

「変わった瞳の色ね」
「ちょっと、そんなに見つめないでくれる? 一応コンプレックスなんだけど」

 俺の黒い髪や瞳は珍しいらしく、勇者の一件もあり嫌悪の目で見られていた。
 “家族とも違う”自分の髪と瞳が、俺は嫌いだ。

「貴方は魔眼が使えなかったのよね」

 ーー魔眼
 種類は様々だが、その中でも吸血鬼が持つ魔眼は有名である。
 空間に流れる魔力を見ることができる魔力視。
 一度行った場所や、マーキングした人物の場所を瞬時に見通すことができる千里眼。
 吸血鬼はその瞳に二つの魔法を宿し、その瞳の色から『真紅の魔眼』と呼ばれている。

 眷属となって能力を受け継いだ俺も、本来なら魔眼を使うことが可能らしいのだが、魔法の相性が悪いのか、俺には使えなかった。
 
「あー、なんか眼に魔力を集中? するのが上手くいかないんだよね」
「……でしょうね」

 そう言ってアリスは手を離した。
 え、何? その意味深な言い方。
 なんか理由あんの?

 アリスは、もう俺の顔を見ることなく部屋を立ち去ろうとする。

「早くルシウスとの修行を終えなさい。“その状態”であの修行を終えることが出来たら……そうね。“吸血鬼の戦い方”を教えてあげるわ」
「前から思ってたけど、アリスって肝心なところの説明わりともったいぶるよな」
「その方が、貴方もやる気がでるでしょ?」
「まぁ、否定はしないけど」

 アリスはくすりと笑った後、もう用は済んだと書庫から出ていった。

 それから三ヶ月後、俺はルシウスに一撃入れた。
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