空の話をしよう

源燕め

文字の大きさ
上 下
68 / 70
第十七章

(1)

しおりを挟む
 カーライルは、自分の見てきたことをすべて、皆に話した。大峡谷の向う側に大きな亀裂があったこと。すでに崩落が始まっていたこと。そして、自分たちの住む大陸の下方には、もうひとつ大陸があったこと。
「もしかすると、世界にはまだだまたくさんの大陸が空に浮いているのかもしれない」
「簡単には信じられないけどね」
 リュドミナは肩をすくめてそう言った。
「少なくとも帝国の歴史が始まってからこっちのことしか、わたしたちは知らないんだから」
 歴史という意味では、オージュルヌほうが、フェーレジュルヌ帝国の歴史よりもずっと長い。この大陸に生きる人の背には、皆、羽があったというのだから。羽をもたなくなってから長い時が経った後に建国された帝国の人間に、帝国の外の世界のことをわかれといわれても、実感がわかなくて当然だ。
「ここも崩れて消えちまうのかね…」
「すぐかどうかはわからない。東側は完全に山脈が崩壊していたけど、南北は安定しているように見えた。西側も崩れたのは、外側だけだ。すぐに全部崩れるとは言えないと思う」
 カーライルは見てきたこと、感じたことをそのままに語った。

 夜になって、アーネスティが訪ねてきた。タシタカの外れにある湖でエセルバートが待っているというのだ。
 月明りの下、アーネスティと肩を並べながら、林の中を歩いていく。
「それで、二つの集落はどうなったんだ」
「間一髪で助かったのよ。崩れ落ちたのは、皆を大峡谷の手前まで避難させたあとだった」
 ハーヴィーから知らせを受けたエセルバートは、急遽、年若い羽人をかき集め、救助に向かわせたのだという。先行していたアーネスティとともに、手助けが必要な者たちが逃げ遅れないように手分けして、全員で大峡谷を渡り切った。
 あの地響きが鳴り渡ったのはその直後だったという。
「オージュルヌだと、あの崩落の衝撃はすごかったんだろうな。タシタカにいてもかなり揺れたから」
「うん。…正直、怖くて足が震えたわ。あなたが逃げろと言ってくれなかったら、みんなを助けることなんてできなかった」
「良かったよ。役にたてて」
 月明りをたたえた湖の向うに、ゆっくりと羽を休めているエセルバートの姿があった。
「カーライル…」
「エセルバート様」
「カーライル、今度のことは、どう感謝すればいいか。おまえのおかげで、いくつもの命を救うことができた」
「おれにできることをしただけですよ」
「そうだ。羽を失ったおまえが、羽のあるわたしたちにはできなかったことをやり遂げた」
 エセルバートは、そう言って養い子を久方ぶりに抱きしめた。
「こんなに、小さくなってしまったおまえが…」
 羽を失ったカーライルは、オージュルヌを出奔してからわずかの間に、また一回りほど小さく華奢になっていた。もうこの症状は治まることはないだろう。
「羽を失ったことを悔やんでも、どうにもなりません。自分にできなくなったことを悔やむより、自分にできることをやったほうがいいんだ」
 それはエセルバートに答えるというより、自分に言い聞かせた言葉だった。
「おれには、もう羽人の羽はないけど、キールとキールの子どもたちが作ってくれた羽があるんだから」
「そうか…」
 エセルバートは、ゆっくりとカーライルの体を離すと、長の顔に戻った。
「おまえは、この大陸の下に、別の大陸があるのを見たそうだね」
「はい」
「羽人の長に代々伝わっていることがある。大陸には寿命があるのだ。それは数百年であるのか数千年であるのかは定かではない。ただ永遠ではないのだ。大陸に寿命がきたとき、移り住むために、わたしたちの背には羽がある」
「なら…」
「わたしたちは、新しい大陸へ行くべきなのだろう」
 移り住むのであれば、片道だけだ。助け合えば、羽人たちは新しい大陸へ飛んで行くことができるかもしれない。
「おれは、ここに残ります」
「カーライル!」
 アーネスティが悲鳴のような声を上げた。
「どのくらいの時間がかかるかわからない。でも、キールが残してくれたこの鉄の羽をみんなが使えるようになれば、羽人でなくても新しい大陸へ渡ることができる。それまで、新しい大陸をお願いします」
「わかった…。お前の思うようにするが良い」
 エセルバートはうなずき、奥深い湖のような光をたたえた瞳を伏せた。
 そして、ゆっくりと羽を広げると、月明かりの向う、オージュルヌへと帰っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

魔法少女は世界を救わない

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 混沌とした太古の昔、いわゆる神話の時代、人々は突然現れた魔竜と呼ばれる強大な存在を恐れ暮らしてきた。しかし、長い間苦しめられてきた魔竜を討伐するため神官たちは神へ祈り、その力を凝縮するための祭壇とも言える巨大な施設を産み出した。  神の力が満ち溢れる場所から人を超えた力と共に産みおとされた三人の勇者、そして同じ場所で作られた神具と呼ばれる強大な力を秘めた武具を用いて魔竜は倒され世界には平和が訪れた。  それから四千年が経ち人々の記憶もあいまいになっていた頃、世界に再び混乱の影が忍び寄る。時を同じくして一人の少女が神具を手にし、世の混乱に立ち向かおうとしていた。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

名探偵が弟になりまして

雨音
児童書・童話
中1のこころは小柄ながら空手・柔道・合気道で天才的な才能を持つJC。けれども彼女はとある理由から、自分のその「強さ」を疎むようになっていた。 そんなある日、両親の再婚によってこころに義弟ができることに。 その彼はなんと、かつて「名探偵」と呼ばれた天才少年だった! けれども彼――スバルは自分が「名探偵」であったという過去をひどく疎んでいるようで? それぞれ悩みを抱えた義姉弟が織りなすバディミステリ!

エーデルヴァイス夫人は笑わない

緋島礼桜
児童書・童話
レイハウゼンの町から外れた森の奥深く。 湖畔の近くにはそれはもう大きくて立派な屋敷が建っていました。 そこでは、旦那を亡くしたエーデルヴァイス夫人が余生を過ごしていたと言います。 しかし、夫人が亡くなってから誰も住んでいないというのに、その屋敷からは夜な夜な笑い声や泣き声が聞こえてくるというのです…。 +++++ レイハウゼンの町で売れない画家をしていた主人公オットーはある日、幼馴染のテレーザにこう頼まれます。 「エーデルヴァイス夫人の屋敷へ行って夫人を笑わせて来て」 ちょっと変わった依頼を受けたオットーは、笑顔の夫人の絵を描くため、いわくつきの湖近くにある屋敷へと向かうことになるのでした。 しかしそこで待っていたのは、笑顔とは反対の恐ろしい体験でした―――。 +++++ ホラーゲームにありそうな設定での小説になります。 ゲームブック風に選択肢があり、エンディングも複数用意されています。 ホラー要素自体は少なめ。 子供向け…というよりは大人向けの児童書・童話かもしれません。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

処理中です...