空の話をしよう

源燕め

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第十四章

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「カーライル兄ちゃん! 水平だよ、水平!」
「そんなこと言ったって、水平のままじゃ、地上に降りられるわけないだろ!」
「気持ちは水平だって言ってんだよ。このままじゃ滑走路に機首を突っ込んじゃうよ。だめだ!やり直し、操縦桿引いて、そのまま、もう一度上空に戻って!」
 燃料は十分にあると思っていたが、久しぶりの飛行で、すっかり着陸のコツを忘れてしまい、何度もやり直しをしているうちに、燃料計が針が左へ寄っていく。
「燃料の残量がさ、一割切ってんだけど」
「うーん。あと二回はいけると思うんだ。できるだけ傷をつけずに着陸して欲しいんだよ」
「その気持ちはおれも同じだぜ」
「そうは、思えない! さっきのは、ほんとうにプロペラから突っ込みそうだった!」
 トーヤの声が、無線機を通してでもとんがっていることがわかる。
「ほら、もう一回やるよ。水平、水平」
「はいはい。水平ね」
「ちょっとだけ、操縦桿倒す、すぐちょっと引く」
「ちょっと倒して、ちょっと引く」
「お、いい感じ、もうちょっと倒して、同じだけ引く」
「もうっちょいって、このくらい…」
「わあ、倒し過ぎって! 戻して! ああ…! 戻しすぎるのが一番よくないって、ああ、だから水平だっての!」
「水平、水平」
 自分の羽を使って飛んでいたときは、自然に羽を緩めて好きなところに降りればよかった。こんな面倒な着陸なんて操作は必要なかった。
 だから、カーライルには、まっすぐ滑走路に向かっておりて、なおかつ機体をできるだけ水平に保って降りるなどという芸当には縁がなかった。
 つまり、着陸が下手だった。
「はあー。良かった。体勢戻ったね。そこから、またちょっとだけ前に倒して、感覚がわかれば前に倒しながらも水平に近い状態がわかると思う」
「うーん。こんな感じか?」
 羽の下に入る風の量を意識して減らす。それは機体の角度でどうにでも調整できる。もしかすると、トーヤが言っているのはそのことかもしれなかった。
「操縦桿押せとか、引けとか言われてもわかんねぇよな」
「無線で指示してって言ったの、カーライル兄ちゃんだよね?」
「あー。そうだったか…」
「まあ、いい感じで降りてきてるよ。機体の中心と滑走路の中心合わせて…」
 そういう調整は、カーライルにはお手の物だった。
「そのまま高度を下げるというよりは、地面に足をつけて走るイメージで…」
「あ、それ、わかりやすいな。こういう感じだろ」
 カーライルは機体全体を沈めるように、高度を下げて行った。
「そうそう、うまいじゃん!」
「いや、トーヤの説明がいいんだよ」
「そうかなぁ。褒められちゃったよ」
「で、いいから、次は?」
「ああ! もう車輪がつくよ! 車輪がついたら衝撃がくるから、あとは自転車と同じ」
「うわぁこれか、衝撃って。あのさ、おれ、自転車乗ったことないんだよな」
「うそだろ! ほらブレーキ、一度にかけちゃだめだ。何回かにわけて、止まりそうになったら一度緩めて、もう一回かけて、そうそう」
「ああ、なるほど。わかった気がする。こんな感じだな」
「うん、やっぱりカーライル兄ちゃんは体で覚えるのは早いね」
「だろ? うん、よし、止まったな。エンジン切るぞ」
 エンジンを切ると、そこから電力を回している無線も使えなくなる。
 操縦席で飛行眼鏡を上に上げると、目の前に白い羽が広がった。
 カーライルの視界が白で埋め尽くされた。
「もう、戻ってこないのかと思った…!」
「アーネスティ…」
「大地の向うまで飛んでいって、そのまま…」
「そんなわけないだろ。第一この飛空艇は、ハーレたちのものなんだし」
「帰ってきてくれて、ありがとう」
「うん」
 アーネスティは自分の羽を大きく広げ、飛空艇の操縦席の上で飛んだまま、カーライルの頭を抱きしめていた。その瞳から零れ落ちた涙が、カーライルの頬にぽたりと落ちた。
「なあ、ほら、みんなこっち見てるからさ」
「え?」
 カーライルの着陸をはらはらとしながら見ていたのは、当然アーネスティだけではない。着陸するやいなや、背中の羽を思い切り広げて飛び立っていったアーネスティの姿に、みな唖然として見守っていただけだ。
「この機体も整備しなくちゃいけないし。な?」
 そう言って、カーライルはアーネスティの腕を軽くぽんぽんと叩いた。
 我に返ったアーネスティは、頬を赤らめながら、ゆっくりと羽をたたんで地上に降りた。
 遠くから、トーヤとリーヤが脚立を持って走り寄るのが見えたので、腕を振って要らないと伝えた。カーライルは操縦席から身を乗り出すと、ひらりと地上に飛び降りてみせた。かなりの高さがあったが、これくらいの身のこなしは、羽を失ったとしても軽いものだった。
 二人で連れ立って、皆の元に歩いていくと、リーヤがポケットからハンカチを取り出して、アーネスティに手渡した。
「アーネスティお姉ちゃんって、カーライルお兄ちゃんのことが大好きなんだね!」
 それはリーヤの素直な感想だったのだろうが、もともと気位の高い、アーネスティた。まだまだ子どものリーヤからそんなことを言われて、見ていられないくらい、顔が朱く染まっていった。
「いや、そんな。初めてみる飛空艇だったし。着陸できるかどうか、カーライルのことがちょっと心配だっただけで…」
「それ、使って。涙の跡ついてるよ」
 リーヤにそう言われたアーネスティは、かえって赤くなるほどハンカチで目元をこすった。

「カーライル、今日見たことを皆に話してくれないか」
 ハーレにそう促されて、カーライルはうなづくと、その場にいる皆の顔を見回した。 
「おれたちの住んでいる大地は、空に浮いている…」
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