47 / 70
第十二章
(6)
しおりを挟む
異変に気付いたのは、赤子を長の館に常駐している薬師に預けた後だった。部屋を去ろうとしたときに、声をかけられたからだ。
「カーライル、落ち着いたら、後で診察室に寄りなさい」
「…はい」
いつもなら、薬草の臭いが大嫌いで、薬師の近くには近寄りもしないカーライルが、やけに素直に返事をしたので、嫌な予感がした。
「どこか怪我でもした?」
「…いや。ひと眠りしたら、あの子の様子を見にこいってことじゃないかな?」
「わたしも一緒にいってもいい?」
「ああ、もちろん」
その言葉に、嘘はなさそうで、そのまま、その違和感を放置したことを、アーネスティは、ずっと後悔することになった。
「こんどの視察、一緒に行かないって、どういうこと?」
アーネスティが、カーライルの部屋にいって、問いただしても、のらりくらりと言い躱された。
「エセルバート様が、こっちの仕事を手伝えってさ。アーネスティは、ハーヴィーと一緒に行ってくれって」
「なんで、ハーヴィー?」
「ハーヴィーも、そろそろ仕事を覚える時期だろ、でもさ、同じ年頃に長距離が得意な奴がいない。だから、アーネスティが仕事を教えてやってくれって」
「わたしが?」
「おれよりも、仕事は丁寧だし、よく気がつくし、地理を説明するのも得意じゃないか」
「まあ、それは否定しないけど」
「じゃあ、よろしく」
「今回だけよね…?」
「ああ」
しかし、そのことばは、アーネスティを遠ざけるための嘘だった。
嵐の中を、無理にアーネスティを抱えて飛んだために、カーライルは羽根の付け根を脱臼していた。しかもその状態で長く飛び続けたために、神経をも傷めていた。すでに、背中から羽の付け根まで、紫色に変ってしまっており、壊死の兆候がでていたのだ。
短時間の飛行ならともかく、これまでのようにオージュルヌ中を飛び回る視察の仕事を続けるのは無理だった。
視察の仕事は一度出かけると、数か月にわたることも珍しくない。
アーネスティが久々に長の館に戻ってみると、そこにカーライルの姿はなかった。
「カーライルがもう飛べないって、どういうことですか?」
「あの子、アーネスティにも話してなかったのか…」
薬師は、悲痛な表情でそう呟いた。
「右の羽の付け根、神経までやられてるんだ。そのうち、羽根を広げることも難しくなるだろうね」
「それ、カーライルは知ってるんですか?」
「話したよ。黙っていても、そのうち動かなくなればわかることだ。隠しておけない」
「それで、エセルバート様の手伝いをしてるんですか?」
「手伝い? いや、仕事は割り当てられてないと思うよ。休養にあてるようにと」
「いないんです」
「いない?」
「姿が見えないんです! 飛べないのにどこに行くっていうんですか?」
アーネスティは薬師に食ってかかった。
「わたしに、そんなことを言われても、どうしようもないよ。まずは、エセルバート様に相談するのが先だろう」
長の館でも、カーライルがいなくなったことで、騒ぎになっていた。なぜなら、カーライルが、フェーレジュルヌに向かって飛んでいるのを見たという者がいたからだった。
「カーライル、落ち着いたら、後で診察室に寄りなさい」
「…はい」
いつもなら、薬草の臭いが大嫌いで、薬師の近くには近寄りもしないカーライルが、やけに素直に返事をしたので、嫌な予感がした。
「どこか怪我でもした?」
「…いや。ひと眠りしたら、あの子の様子を見にこいってことじゃないかな?」
「わたしも一緒にいってもいい?」
「ああ、もちろん」
その言葉に、嘘はなさそうで、そのまま、その違和感を放置したことを、アーネスティは、ずっと後悔することになった。
「こんどの視察、一緒に行かないって、どういうこと?」
アーネスティが、カーライルの部屋にいって、問いただしても、のらりくらりと言い躱された。
「エセルバート様が、こっちの仕事を手伝えってさ。アーネスティは、ハーヴィーと一緒に行ってくれって」
「なんで、ハーヴィー?」
「ハーヴィーも、そろそろ仕事を覚える時期だろ、でもさ、同じ年頃に長距離が得意な奴がいない。だから、アーネスティが仕事を教えてやってくれって」
「わたしが?」
「おれよりも、仕事は丁寧だし、よく気がつくし、地理を説明するのも得意じゃないか」
「まあ、それは否定しないけど」
「じゃあ、よろしく」
「今回だけよね…?」
「ああ」
しかし、そのことばは、アーネスティを遠ざけるための嘘だった。
嵐の中を、無理にアーネスティを抱えて飛んだために、カーライルは羽根の付け根を脱臼していた。しかもその状態で長く飛び続けたために、神経をも傷めていた。すでに、背中から羽の付け根まで、紫色に変ってしまっており、壊死の兆候がでていたのだ。
短時間の飛行ならともかく、これまでのようにオージュルヌ中を飛び回る視察の仕事を続けるのは無理だった。
視察の仕事は一度出かけると、数か月にわたることも珍しくない。
アーネスティが久々に長の館に戻ってみると、そこにカーライルの姿はなかった。
「カーライルがもう飛べないって、どういうことですか?」
「あの子、アーネスティにも話してなかったのか…」
薬師は、悲痛な表情でそう呟いた。
「右の羽の付け根、神経までやられてるんだ。そのうち、羽根を広げることも難しくなるだろうね」
「それ、カーライルは知ってるんですか?」
「話したよ。黙っていても、そのうち動かなくなればわかることだ。隠しておけない」
「それで、エセルバート様の手伝いをしてるんですか?」
「手伝い? いや、仕事は割り当てられてないと思うよ。休養にあてるようにと」
「いないんです」
「いない?」
「姿が見えないんです! 飛べないのにどこに行くっていうんですか?」
アーネスティは薬師に食ってかかった。
「わたしに、そんなことを言われても、どうしようもないよ。まずは、エセルバート様に相談するのが先だろう」
長の館でも、カーライルがいなくなったことで、騒ぎになっていた。なぜなら、カーライルが、フェーレジュルヌに向かって飛んでいるのを見たという者がいたからだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる