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第十二章
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「無茶よ!」
アーネスティは、カーライルの意見に真っ向から反対した。
「アーネスティならそう言うと思ってた。でもさ、おれは、飛びたい。飛ばさせてくれよ」
「嵐になるわ。あの雲を見て! 大峡谷には予想もできないような突風が吹くわ。子どもを抱いてなんて、絶対無理よ!」
「でも、この子をここに置いておいたら、もっと具合が悪くなる。この村には薬師すらいないんだぜ」
カーライルが抱いている赤子を産んだ母親は産褥で亡くなったという。小さな村にはもらい乳ができるような赤子を持つ女性はほかにおらず、父親は途方にくれていた。赤子を置いたまま助けを呼びにいくこともできず、妻を失った悲しみに呆然としていたところに、ふたりが偶然いきあったのだ。
難産の末に産み落とされた子どもは、産湯だけはつかったのだろう、こぎれいな産着を着せられてはいたが、すでに泣く元気もなくぐったりとしている。
山間の郷ではしばしばこういうことが起こる。早産のときなどは、産婆が間に合わず死産になることも多いのだ。今回は、無事生まれはしたものの、出産時の出血が止まらず、産み落とした赤子の顔をみることもなく、母親のほうが息を引き取ったという。
嵐が近いためか、すでに強い風が吹き始めている。羽人は押しなべて華奢な体格なものが多く、飛べるといっても、強い風の中では、谷をはさんだ隣の町へいくことすら危険を伴う。
「だからって、あの大峡谷を越えられると思っているの?」
「おれ以外の誰にできるっていうんだ」
「あなたにだって、できないわよ」
「やってみなくちゃわからないだろ!」
嵐はもうじきにやってくるだろう。風に押し流されていく黒い雲はどんどん早くなっていく。決断をためらっている時間はなかった。
カーライルはそれ以上口論につきあうことはなく、生まれたばかりの子どもを毛布にくるみ、自分の腹にくくりつけた。
「アーネスティはここに残ってていい。嵐が落ち着いたら、帰ってきて」
「何言ってるのよ。あなたを一人で行かせるわけないじゃない」
アーネスティは、生まれてくる赤子のために用意されていた、産着の替えとおむつを濡れないように油紙に包んでから、布にくるみ、自分の腹に巻き付けた。
「どんなに言っても聞いてくれないんじゃ、一緒にいくしかないってことでしょ」
「意地をはらなくたっていんだぜ」
「意地をはってるのはどっちよ。まったく…」
ふたりで扉を開けると、すでに真っ黒な雲が目の前まで迫っていた。
「おれたち、いきますね。落ち着いたら、エセルバート様のところまで訪ねてきてください。それまで大切にお預かりします」
カーライルは赤ん坊の父親の手をしっかりと握ると、父親の目から涙がほろりとこぼれ落ちた。
「頼みます。どうか、この子だけでも…」
「はい」
ふたりは、背にある白い羽を広げると、強風の中へ飛び出した。
アーネスティは、カーライルの意見に真っ向から反対した。
「アーネスティならそう言うと思ってた。でもさ、おれは、飛びたい。飛ばさせてくれよ」
「嵐になるわ。あの雲を見て! 大峡谷には予想もできないような突風が吹くわ。子どもを抱いてなんて、絶対無理よ!」
「でも、この子をここに置いておいたら、もっと具合が悪くなる。この村には薬師すらいないんだぜ」
カーライルが抱いている赤子を産んだ母親は産褥で亡くなったという。小さな村にはもらい乳ができるような赤子を持つ女性はほかにおらず、父親は途方にくれていた。赤子を置いたまま助けを呼びにいくこともできず、妻を失った悲しみに呆然としていたところに、ふたりが偶然いきあったのだ。
難産の末に産み落とされた子どもは、産湯だけはつかったのだろう、こぎれいな産着を着せられてはいたが、すでに泣く元気もなくぐったりとしている。
山間の郷ではしばしばこういうことが起こる。早産のときなどは、産婆が間に合わず死産になることも多いのだ。今回は、無事生まれはしたものの、出産時の出血が止まらず、産み落とした赤子の顔をみることもなく、母親のほうが息を引き取ったという。
嵐が近いためか、すでに強い風が吹き始めている。羽人は押しなべて華奢な体格なものが多く、飛べるといっても、強い風の中では、谷をはさんだ隣の町へいくことすら危険を伴う。
「だからって、あの大峡谷を越えられると思っているの?」
「おれ以外の誰にできるっていうんだ」
「あなたにだって、できないわよ」
「やってみなくちゃわからないだろ!」
嵐はもうじきにやってくるだろう。風に押し流されていく黒い雲はどんどん早くなっていく。決断をためらっている時間はなかった。
カーライルはそれ以上口論につきあうことはなく、生まれたばかりの子どもを毛布にくるみ、自分の腹にくくりつけた。
「アーネスティはここに残ってていい。嵐が落ち着いたら、帰ってきて」
「何言ってるのよ。あなたを一人で行かせるわけないじゃない」
アーネスティは、生まれてくる赤子のために用意されていた、産着の替えとおむつを濡れないように油紙に包んでから、布にくるみ、自分の腹に巻き付けた。
「どんなに言っても聞いてくれないんじゃ、一緒にいくしかないってことでしょ」
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「意地をはってるのはどっちよ。まったく…」
ふたりで扉を開けると、すでに真っ黒な雲が目の前まで迫っていた。
「おれたち、いきますね。落ち着いたら、エセルバート様のところまで訪ねてきてください。それまで大切にお預かりします」
カーライルは赤ん坊の父親の手をしっかりと握ると、父親の目から涙がほろりとこぼれ落ちた。
「頼みます。どうか、この子だけでも…」
「はい」
ふたりは、背にある白い羽を広げると、強風の中へ飛び出した。
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