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第二章
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実験飛行まで後三日と迫った朝、カーライルは上空から轟音が響くので目が覚めた。
「トーヤ、早く、早く!」
「あぁ、今年も始めたな」
トーヤとリーヤが並んで、空を見上げている。カーライルは眠い目をこすりながら寝床から起き出した。昨夜も遅くまでトーヤに付き合ってエンジンの調整をしていたのだ。
「なんの音だよ。まったく…」
カーライルが不平を言いながら、倉庫の前まで来てみると、空に数機の飛空艇の姿があった。
「え、なんで飛んでるんだ? 実験飛行は、まだずいぶん先だろ?」
「ハーレ商会のやつらだよ。実験飛行の予行演習やってんだ」
トーヤが、ぶっきらぼうに言い放った。
「ああ、そうか、本番でうまくいくように練習してるってわけだ」
カーライルは手でひさしをつくり射し込む朝日をよけながら、気持ちよさそうに飛んでいる飛空艇を見上げていた。
「なあ、トーヤたちは、予行演習しなくていいのか?」
カーライルは至極まともな問いをしたつもりだった。
「…」
リーヤは無言になった。
トーヤもしばらく無言だった。
「したくてもできぇんだよっ」
無言の空間を打ち破るように、突然トーヤが叫んだ。
「おれたちの機体は、これひとつしかねぇんだ。小さな事故だとしても、修理する時間も金もない。それに、予行演習なんかで、遊んで飛ばす燃料費なんて、どこにもないんだ!」
毎日、タシタカで一番安い石パンをかじって飢えをしのいでいる二人だ。そのことを分かっていながら、カーライルは残酷な問いかけをしたのだと、後悔した。
リーヤは唇をかみしめて、頭を二・三度横に振ると、きっと顔を上にむけた。
「トーヤ、もういいよ。そんなことより、あいつらの、飛行状況を記録しなくちゃ」
「そうだな」
トーヤは倉庫にとって返して、紙の挟まったボードとペンを三人分もってきた。
「リーヤは、あの尾翼がとんがってる機体な。カーライル兄ちゃんは、あの細い機体を頼む。おれは、あの頭でっかちの機体のを記録するから」
「おい、頼むって、何をさ?」
「飛行記録。高度とか、旋回性能とか、安定性とか、見た目でわかる程度で構わないからさ」
「いや、それ無理だろ…」
横目で見てみると、トーヤとリーヤのペンが恐ろしい速さで動いている。
しばらくすると、ハーレ商会の飛空艇が姿を消していった。
カーライルは大きなため息をつくと、紙を丸めてほおり投げた。
「おい、カーライル兄ちゃん、大事な情報なんだから、捨てんなよ」
見とがめたトーヤが、二・三歩歩いて、丸まった紙を拾いあげて、広げた。
広げたが、トーヤももう一度丸めた。それをほおり投げる寸前で、横から声がした。
「トーヤ、なんで丸めるのよ」
今度はリーヤがその紙をトーヤの手から取り上げて、広げた。そこに書かれていたのは、おそらく、飛空艇が飛んだ飛行経路なのだろう。まるで、飛行機雲の形を写し取ったように、うねうねとした線が描かれているだけだった。
リーヤは、カーライルがついたため息よりも、さらに大きなため息をつくと、紙を丸めて、自分の上着のポケットに押し込んだ。無闇にそこいらに捨てないだけでも、カーライルやトーヤよりはマシだった。
「トーヤ、早く、早く!」
「あぁ、今年も始めたな」
トーヤとリーヤが並んで、空を見上げている。カーライルは眠い目をこすりながら寝床から起き出した。昨夜も遅くまでトーヤに付き合ってエンジンの調整をしていたのだ。
「なんの音だよ。まったく…」
カーライルが不平を言いながら、倉庫の前まで来てみると、空に数機の飛空艇の姿があった。
「え、なんで飛んでるんだ? 実験飛行は、まだずいぶん先だろ?」
「ハーレ商会のやつらだよ。実験飛行の予行演習やってんだ」
トーヤが、ぶっきらぼうに言い放った。
「ああ、そうか、本番でうまくいくように練習してるってわけだ」
カーライルは手でひさしをつくり射し込む朝日をよけながら、気持ちよさそうに飛んでいる飛空艇を見上げていた。
「なあ、トーヤたちは、予行演習しなくていいのか?」
カーライルは至極まともな問いをしたつもりだった。
「…」
リーヤは無言になった。
トーヤもしばらく無言だった。
「したくてもできぇんだよっ」
無言の空間を打ち破るように、突然トーヤが叫んだ。
「おれたちの機体は、これひとつしかねぇんだ。小さな事故だとしても、修理する時間も金もない。それに、予行演習なんかで、遊んで飛ばす燃料費なんて、どこにもないんだ!」
毎日、タシタカで一番安い石パンをかじって飢えをしのいでいる二人だ。そのことを分かっていながら、カーライルは残酷な問いかけをしたのだと、後悔した。
リーヤは唇をかみしめて、頭を二・三度横に振ると、きっと顔を上にむけた。
「トーヤ、もういいよ。そんなことより、あいつらの、飛行状況を記録しなくちゃ」
「そうだな」
トーヤは倉庫にとって返して、紙の挟まったボードとペンを三人分もってきた。
「リーヤは、あの尾翼がとんがってる機体な。カーライル兄ちゃんは、あの細い機体を頼む。おれは、あの頭でっかちの機体のを記録するから」
「おい、頼むって、何をさ?」
「飛行記録。高度とか、旋回性能とか、安定性とか、見た目でわかる程度で構わないからさ」
「いや、それ無理だろ…」
横目で見てみると、トーヤとリーヤのペンが恐ろしい速さで動いている。
しばらくすると、ハーレ商会の飛空艇が姿を消していった。
カーライルは大きなため息をつくと、紙を丸めてほおり投げた。
「おい、カーライル兄ちゃん、大事な情報なんだから、捨てんなよ」
見とがめたトーヤが、二・三歩歩いて、丸まった紙を拾いあげて、広げた。
広げたが、トーヤももう一度丸めた。それをほおり投げる寸前で、横から声がした。
「トーヤ、なんで丸めるのよ」
今度はリーヤがその紙をトーヤの手から取り上げて、広げた。そこに書かれていたのは、おそらく、飛空艇が飛んだ飛行経路なのだろう。まるで、飛行機雲の形を写し取ったように、うねうねとした線が描かれているだけだった。
リーヤは、カーライルがついたため息よりも、さらに大きなため息をつくと、紙を丸めて、自分の上着のポケットに押し込んだ。無闇にそこいらに捨てないだけでも、カーライルやトーヤよりはマシだった。
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